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邪神の使徒になった転生少女の冒険録  作者: 中毒のRemi
第二章 人形期 冒険者編
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第29話 両眼を失う日

「……どこに向かってるの?」

「…………」


 獣人族の村を離れてから、一晩が過ぎた。

 白んだ朝靄の中、私たちは山の奥で立ち尽くしていた。

 木々はどこまでも同じ顔をして並び、雪化粧をまとった枝の間からは、かろうじて朝日が滲む。

 

 ――考えてみれば、そもそもここがどの大陸で、どの国のどのあたりなのか、私は全く分かっていなかった。

 しかも私は実質エメアとの暮らしの中、山で数年間迷い続けていた方向音痴である。

 これはまずいことになったかもしれない。


『妾達が今いるこの大陸は、覇力の権能の支配領域――マギステリア大陸だよ』

「マギステリア大陸……と言われても、ピンと来ませんけど」


 頭の片隅に過去の記憶がよぎる。

 前にいた国は……そう、オードラッド大陸にあるウルティアナ王国だった。

 つまり私は、知らぬ間に大陸をまたいでいたということか。


『とりあえず妾達がいる場所は、東の果てにある大地と覚えておけば良いよ。……ただ、大陸の名前は教えられても、国の名前までは共有できないかな』

「なんでですか?」

『妾が知らぬ間に、新しい国が生まれたり、古い国が滅んだりしているかもしれぬから』

「あぁ……」

 

 そうだ。

 そういえば神様自体、だいぶ昔の人物だ。

 長い歳月を得て、つい最近に起きたと言っていたので、ここ最近……というかこの時代の出来事や地理を把握していないのも、仕方ないと考えるべきなのだろう。

 

『人が多くいる場所に行きたいんでしょ?』

「そうですね。都や町に出られれば、エメアやムムララを探す手がかりも掴めるでしょうし」

『なら、何も考えずに北に向かって。妾があなたの体に移る前に感じた通りなら、北の方角に人が多く集まっているはず。それに天護の管轄している土地も北の大陸だし、丁度良いわ』

「なるほど。それはありが――」


 ――ガンッ。


 背中に乾いた衝撃が走り、肺の中の息が一瞬で押し出される。

 数歩よろめいて雪の上に足を取られ、振り返った先には、無表情で足を下ろすヴュステがいた。


「ちょっと!いきなり何するんですか?!」

「こっちの台詞。突然黙ったかと思ったら、急に1人で喋りだして……本当に気持ち悪い」


 あぁ……そうだった。

 私と神様の会話は、外から見れば私が延々とひとりごとを垂れ流しているようにしか見えないのだ。

 頭の中だけでやり取りできるのに、つい口に出してしまう。

 良くない癖だ。

 

「何か勘違いしているようですけど、別に私はヴュステさんが思ってるような狂信者じゃないですよ」


 と……言ってみても、返ってくるのは軽蔑を塗り込めた視線だけだった。

 

「というかあの村で私は、あまり神に対する信仰の話を聞かなかったんですが、ヴュステさんが勘違いで私に変に言いがかりをつけてるだけなんじゃないですか?」

「……龍神」

「へ……?」

「あの村の人達はみんな、龍神が救ってくれると信じてる」


 龍神……天護の龍神か。


『へぇ、今の獣人族って天護を信仰してるんだ』

『?? ……その反応だと、昔は違ったんですか』

『当然。覇力を司る神の作り物が、なんで他所の神に頭下げるのかって話。まあ他の神はみんな死んでるから、こうなるのも仕方ないけど』


 ……そう言われれば、理屈としては納得できるのかもしれない。

 もっとも私にとっては信仰の変遷がどうとか、旅に支障がなければ本当にどうでもいい。


 ただ、あんな雪深い閉鎖的な村にも、外から神の名や教えが入り込む余地があったという事実は、少しだけ意外だった。

 私が普通に出入りできた時点で、完全な鎖国のような社会じゃないのは明らかだが……それでも、神の噂は雪よりも早く染み込んでいくらしい。

 

『そういえば、その子とこれからしばらく行動を共にするんだよね?』

『一応、そのつもりです』

『それなら一度その子をここに連れてきて。妾達の現状をまとめてこっちで説明するから』


 ……ここに連れてくる?

 私の空間の中に?


 てっきり神様は、人を中へ入れることには反対だと思っていたのだが、どうやら私の勘違いだったらしい。

 

『これは特例。普段は人に構ってる時間なんて無いし、何の分別もなくここに招いたりしたら、妾達は一緒に死ぬことになるからね』

『あっ、はい……』


 私はヴュステの方に視線を向けた。

 するとヴュステから話しかけてきた。

 

「……終わった?」

「何ですか?『終わった?』って。ヴュステさんは私が今何をしていたのか理解していないでしょう?」

「分かんない、でも気持ち悪い。だから私が分かるようどうにかして」


 私はスッと右手を差し出した。

 ヴュステは眉をひそめ、一歩だけ引く。


「なに……?」

「実は私、他の人には見えない幽霊さんと、お話していたんです」

「は?」

「何も考えず、一度この右手を握ってみてください。それで何も見えなかったら、今度は蹴りじゃなくて、私の顔を思いっきり殴ってもらって構いませんよ」


 彼女は訝しげに目を細め、しばらく逡巡した後、渋々といった様子で私の手を握った。

 温もりが混ざり合うより早く、皮膚の境界がふっと溶け、ヴュステの輪郭が水面の像のように揺らぎ、色も音も彼女ごと吸い込まれていく。


「どうですか?ちゃんとヴュステは、そっちに行きましたか?」

『見れば分かるでしょ』


 それもそうだ。

 私はまぶたを閉じ、意識を内側へと滑らせる。

 するとヴュステが、この前まで私が魔術の勉強していた場所、大図書館の空間で一人暴れていた。


「…………あの、何をして……?」

『アイラには見えないでしょうけど、妾は今この子に襲われてるの。一眼妾を見るなり襲いかかってくるとか、野蛮も良いところだよね』


 え、襲う……?

 ちょっと状況の理解に頭が痛くなりそうだ。


「中から放り出した方が良いですか?」

『気にしないで。数日ほど使ってこっちで躾けるから、あなたは早く北に向かって移動して』

「はい」


 どうやら問題ないらしい。

 ならば、人がいる街を探して歩き出すとしよう。


 それにしても、何の対価も無しに人手が手に入ったと思ったが、ヴュステは結構な問題児だったかもしれない。

 



 ---




 北へ、ただ北へ――雪と風と獣の匂いの中を、何日か、あるいは何十日か、ひたすら歩き続けた。

 山の稜線が何度も入れ替わり、その度に空の色が僅かに変わっていく。魔物との遭遇も一度や二度ではない。むしろ、異様なほど頻繁だった。


 これが土地柄のせいなのか、魔障の濃さのせいなのか、あるいは――私を殺したあの白い獣の影響なのかは分からない。


 それでも、ついに山の端を越えた瞬間、視界は一気に開けた。

 広大な平原。雪はまだ地面を覆うほどではなく、土の色が所々覗いている。風の匂いが少しだけやわらぎ、季節が移ろい始めていることを告げていた。

 

「ゼレシアさん。ヴュステさんはまだ外に出さなくて良いんですか?」


 ヴュステ。

 彼女はこの山歩きの間ずっと、私の空間の中で神様に「躾」と称した修行を叩き込まれている。

 覗き見るたび、彼女の顔色は日に日に痩せ、目元には険しい影が落ちていた。

 耳を澄ませば、時折「もう出せ」と喚く声すら響いてくる。

 

『まだダメ。いきなり殴りかかってきた分のやり返しが終わってない』

「えぇ……」

『冗談。神の血を引いてるくせに、このまま弱いのはさすがにね。ヴュステの飲み込みは結構早い方だから、もうひと段落したら一度放り出すよ』


 そんな会話の中、背後から風の切れる音と、地面を踏む振動が伝わる。


 振り返ると、平原を行く一台の荷馬車が見えた。


「おぉ……これは運が良いです」


 正直、自分の足で歩くのが怠くなっていた。

 昔はエメアの背に乗って移動することが多かったため、自分の足で延々と進むこの距離は、思った以上に苛立たしい。


 手持ちの金はゼロ。だが、何とかしてあの荷馬車に同乗できないか――私は雪を蹴って駆け出した。


 距離が半分ほどに縮まったその時、荷馬車が突然、きゅっと止まり、帆布の陰から私と同じくらいの年頃の金髪の少年が飛び降りてきた。


 って……


「あれ、どこかで見覚えがある顔のような……?」

 

 金髪は足音ひとつ立てず、平原を切り裂く風の中、

 ゆっくりと、まるで観客の視線を独り占めする役者のように歩み寄ってくる。


『何やってるの!殺気を感じないの?!!!!』


 声が落ちるより早く、鋭い光が視界を裂いた。

 

 ……判断が遅れた。

 回避に移るよりも前に、刃の感触が骨の奥にまで響く。


 私の視界は、漆黒のカーテンが引かれてしまった。


「くっ――!」

「外したか。次は当てる」


 ……出会い頭に斬られる経験なんて、人生初だ。

 このまま目を癒やそうとすれば、次の一撃で首を刈られる未来しか見えない。

 これはギアを最大まで上げて対応しないといけないな。


 腰の短剣を抜き、刃先をわずかに下げて呼吸を整える。


「出会いってすぐに人に斬られるのは、これが初めてです」

「……まさか君達()()()()()の一つが、こんなところを歩いているとは思わなかったよ。もしかして前に潰した男の敵討ちにでも来たのかい?」

「はぁ……?」


 魔族の霊核?、敵討ち……?

 一体この男は何を言っているのだろうか?

 どうやらこの人は大きな勘違いをしている。

 

 ……そして一応だが、彼の正体の見当はついた。

 正直、ここでそれを持ち出して戦闘を終えても良いのだが……


「とぼけても無駄だ。君の体内からは高濃度に圧縮された魔障の結晶体、魔族の心臓の気配を感じる。……君は人間じゃない、魔の王の一欠片だ」

「それはまた……」

 

 魔障の結晶体……あれか、絶対にあの赤い石だ。

 まさかの厄ネタになりえる代物だったとは。

 ストゥルトに対して脅しに使った時点で、投げ捨てておくべきだったか。

 

『なんであんな殺気に気づけないの?馬鹿なの?』

『そんな……私はあんまり、人にそういうの向けられた経験無いんですよ。殺気なんてこれまでの生活では、魔物達の分だけ気づければ充分でしたから』

『なら今度、アイラにもみっちり教えてあげるね』

『ひっ、必要な――』


 会話を遮るように金髪が再び踏み込む。

 動きは稲妻のように速い。

 

 刹那。視界を裂く銀線。

咄嗟に短剣を横に構える。

 金属が金属を叩く甲高い音が空気を震わせ、衝撃が腕を駆け抜けて肩まで痺れさせた。

 

「っ!」

 

 息をつく間もなく、第二撃が襲いかかる。

 

 今度は袈裟懸け。

 身体を捻って刃筋を逸らし、短剣の背で受け流す。

 火花が散り、耳たぶをつんざく音が鳴り響く。

 

 三合、四合、五合——


 相手の剣が描く軌道を読み、紙一重で躱し続ける。

 だが、じわりと追い詰められていく。

 技量の差は歴然としていた。

 

 私は隙を見つけた瞬間、地面を蹴って後方に跳躍する。

 着地と同時に構え直し、息を整えながら相手との距離を測った。


 金髪は剣を下段に構えたまま、涼しい顔で口を開いた。


「魔族だろう?どうして眼をすぐに治さない?」

「眼なんか治してたら、貴方の攻撃をいなせないからに決まっているでしょう?」


 両眼が斬られてからすぐに何となく勘付いていたけど、やはり私は眼がなくても、ある程度打ち合えるようだ。

 これは前の体で使っていた魔術が、少し生き残っている証拠だろう。ぶっつけ本番だったけど、何とか成立してよかった。


 まぁ前とは違って使える距離はかなり狭い。

 ハッキリと周りが見えるのは、両手を中心に半径5メートルくらいが限度と言ったところだろうか。

 それ以上を先を視ようとしても、結構モザイク掛かる。

 魔力の詳しい分析などは出来ず、前ほどの利便性は皆無で、物の位置がどこにどうあるか何となくくらいにしか分からない。


 両眼が機能するなら無用の産物だろう。


 金髪の彼がゆっくりと口を開いた。


「欠損を回復するのに、手間取る魔族を見たのは初めてだ。でも好都合、これなら楽に討ち滅ぼせる」


 その通り。

 このまま斬り結べば私が負ける。

 さっきまで成立していた数十合の剣戟は、奇跡にすぎなかった。


 彼の魔力量は大した事ないように見えるのだが、今の私と同じくそういう物差しで測れない存在なのかもしれない。


 ……ここら辺が潮時だろう。


「……これで終わりにしてやる」

「はい、終わりにしましょう」


 私は空間を裂き、そこから赤い魔障の結晶体を引き抜いた。

 血のように濃く、脈動する石を、彼の目の前へ突きつけた。

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