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邪神の使徒になった転生少女の冒険録  作者: 中毒のRemi
第二章 人形期 冒険者編
28/34

第28話 さあ、旅を始めよう。

「……まだ寝てるんですか?」


 足先で彼女の横に立ち、小さく溜息を吐く。


「そろそろ行きますよ。動けますね?」

「…………」

「傷が痛むのは分かりますが、後で治療するので今は歩いて下さい」


 彼女を空間内にぶち込んでもいいけど、緊急事態は去ったのだし、招くなら流石に住み着いてる神様に、許可を取ってからにしないと……というのは建前で。

 今は体調が悪いから、一人でこの特殊な魔術について、説明をする時間を設けたくないだけである。

 

「……分かってる」


 くぐもった声でヴュステが答える。

 私はその手首を掴み、力任せに引き起こした。


「まったく……最初から足手まといになって、どうするんですか。私じゃなければとっくに見捨てられてますよ」


 叱責のような口調でそう言い放ち、そのまま彼女の腕を引いて歩き出そうとした――その時だった。

 

「……待て」


 背後から、静かながら芯のある声が届いた。

 私は足を止め、ゆっくりと振り返る。


「流石に長をしているだけありますね。ストゥルトさん」


 予感はあった。

 あの程度の時間稼ぎと、ラックス達を倒している時間的に、流石に追いついてくると思っていた。


「単刀直入に聞く。何故こんな真似をした?」


 彼の視線が私に注がれる。

 問いの刃が鋭く光った。

 

「私の癒す力は、私自身の命を使う為一度きり。そしてヴュステは魔障とは何ら関係が無い。この一言で充分でしょう?」

「ならそれをどうして村の中で説明しなかった!!」

「貴方だけが納得したところで無駄なんですよ」


 声を荒げる彼に、私は肩をすくめて返す。


「第一に、皆さんがヴュステに向けている敵意は、長年の積み重ねによるもので、そう簡単に崩せるものではありません」

「……その通りだ。だがお前には村人達は信頼を寄せていただろう!」

「第二に、あれだけの期待を掛けられた後に、それを裏切るのがどれだけ難しい事か。というより、私には期待されてましたが、私達の関係には絶望的に信頼が足りてません」

「…………」

「意味は分かりますよね? 村人達は貴方の妹さんが治療されてているのに、自分達だけはされない――で納得できるほど、頭の柔らかい人達だったのでしょうか?」

「それは――」


 ぴしり、と空気が裂ける。

 彼の口が動く前に、私は言葉を重ねる。

 

「あぁ、すみません。聞いておいて何ですが、私がここから離れることに変わりありませんので、説明は不要です」


 くるりと踵を返す。

 私が立ち去ろうとする中、背後の気配が一歩も動けずに留まっている。

 

 彼は迷っているのだ。

 剣を抜くか、それとも見逃すか。

 

 それは仕方ない事だ。

 彼は年若くして一団を束ねる立場。

 判断ひとつで命運が揺らぐ重責に、躊躇いはつきものだ。


 私は、ひとつ息を吐いてから視線だけをヴュステへ送った。

 丁度、確かめたいこともあった。


「ストゥルトさん。貴方は仲間が私に殺されているのに、何も無しで皆さんの元に帰るつもりですか?」

「……その言い方、まるで一緒に戻ってもらえるように聞こえるな」

「良いですよ、戻っても。――ただし条件があります」


 戻って魔障の説明をしたところで、何の意味もないし、おそらく私が無駄死にするだけなのだが。

 

「聞こう」


 私はヴュステの背に手を当て、そっと前へ押し出した。

 小柄な身体が戸惑いの様子を纏って、雪を踏む。

 

「この子と戦って下さい。貴方が勝ったらそちらの用件を飲みます。この子が勝ったら私達はそのまま去ります」

「え……?」


 ヴュステが目を見開く。

 状況の理解が追いつかず、喉の奥で言葉が詰まっているようだった。

 

「ヴュステさんの力は今のところ未知数です。貴女は私と旅に出るんですから、やっぱり力の程は見たいもの」


 彼女の顔を見据えたまま、私はゆっくりと手持ちの短剣を差し出す。

 

「――自身に差し迫る運命くらい、断ち切れる力を見せて下さい。この戦闘を以て連れていくか決めます」


 この言葉に情けは込めない、拒否をさせるつもりもない。


 ヴュステは短剣を受け取り、息を呑んだ。


「……分かった」


 そしてストゥルトへと視線を向ける。


「ストゥルトさんもそれで良いですよね?」

「構わん」

 

 低く短い返答。

 風に削られた岩のように揺るがぬ響き。

 その立ち姿は、まるで決闘を前にした騎士そのものだった。


 私は一歩引き、静かに雪を踏み鳴らす。


「双方、準備は整ったようですね――では、始めて下さい」


 静寂が降る。

 空気が張り詰めていく。


 そして次の瞬間。

 二つの影が、凍える白の中で鋭く交差した。




 ---




 私は少し離れた木の枝へと跳び上がり、くつろぐように腰を下ろした。

 下では、ヴュステとストゥルトが睨み合い、互いの間合いを測っている。


 ……ありがたい話だ。

 彼らが戦ってくれるおかげで、私は安全な場所からヴュステの戦闘能力を測れるし、体力回復のためにこうして休む時間も確保できる。

 二人の戦いの様子から学びを得ることができれば、一石三鳥にもなる。


 などと、呑気な皮算用をしていると、体内に馴染んだ声が響いた。


『やっぱり妾と縁がある人間だけあって、趣味が悪い事するよね』

「類は友を呼ぶって言いますからね、それはお互い様ですよ」


 私の言葉の言質を取って、映像化して見せてくるような相手に、趣味が悪いとか言われたくないかもしれない。


「そういえば自分の空間を確認するんですが、ゼレシアさんがいた試しないですよね。何してるんですか?」

『色々』

「答えになってません……」

「答える気なんて無いし、それに外から妾の姿が見えないよう、こっちで工夫してるからアイラが空間内に入ってくるまで見えないだけだよ」


 私達のこの会話の裏で、ヴュステとストゥルトの剣戟はなお続いていた。


 彼女は絶不調なはずだが、それでも動けている。

 むしろ、あのストゥルトが多少押し込まれているように見える場面もあった。

 彼自身、予想外の応戦に内心驚いているのだろう。

 表情にわずかな綻びが浮かんでいる。


 だが――それでも時間が経つにつれ、均衡は崩れ始めた。


 ヴュステの呼吸が荒くなる。

 肩が上下し、短剣の刃先がわずかにぶれている。


「……はぁ、はぁ……っ」


 白い吐息に混じって、少女の疲弊が露わになった。

 そして、それを見たストゥルトが一歩、雪を踏みしめた。


「降参しろ。村に戻っても――悪いようにはしないと約束する」


 その声に剣気はなかった。

 彼は疲弊したヴュステに、できる限り穏やかな言葉を与えようとしたのだろう。


 ……そこへ、神様がまた口を挟んできた。

 

『この手の堅物な男って、本当に見ててイライラするんだよね』

「そうですか?私は嫌いじゃないですよ」

『人の純粋な本質は悪性、それは余裕がない時ほど顕著に現れる。これに例外なんてない』

「それは言い過ぎだと思いますけどね。……人には愛という無限の可能性が、秘められているんですから!」


 私はそう語るが、神様は無視して言葉を続ける。

 

『結局のところあなた達が村に戻ったところで、何の生産性もない。何か起きるとしたら二人揃ってそこで無駄死にするのが関の山でしょ』

「まぁ、それはその通りなんですけど……」

『この手の自分の狭い世界でしか物が見れないタイプ。どれだけ年月が経っても減らないのが、知的生命体としてのダメな点の一つね』


 そこまで吐き捨てて、神様の声はひとまず途絶えた。


 地上では、ヴュステの息がひときわ荒く響いた。

 彼女の喉が震え背がわずかに揺れる。


「……絶対に……降参なんか……しない……!」


 かすれた声だった。

 だが、意志は確かにあった。

 そのままよろけるように立ち上がり、踏み出す。

 傷ついた身体を引きずりながら、ヴュステは再びストゥルトへと飛びかかる。


 だが――彼女の拳も、踏み込みも、あまりに拙かった。

 ストゥルトは一歩も動かず、その一撃を正面から受け止める。

 

 武器を使うまでもない。

 受け止め、払う。

 それだけで、ヴュステの身体はたやすく地面に叩きつけられた。


 それを見て、神様はまた口を開く。


『このままだと、あの子が負けになるけど――本当に、その賭け受け入れる気?』

「まさか。私はこんな場所で、腐るつもりはありません」


 私は静かに呼吸を整え、体内に魔力を巡らせた。

 指先に感覚が集まる。肺の奥に熱を感じる。


「丁度いい機会です。教わった魔術――ここで試させてもらいます」

 

 ヴュステは動けずにいる。雪の中で倒れ伏したままだ。

 私は揺れる枝の上から、彼女を真っ直ぐに見下ろす。

 

 狙いは慎重に。

 呼吸を殺し思考を研ぎ澄ます。


 そして詠唱を始めた。

 

「――尊き(まなこ)は倒れゆく芸者に雫を落とす。

 さぁ、再び舞え。

 正しき道を征く行人よ――恩寵の涙(グレイス・ミストラル)


 その瞬間、淡い光が指先からこぼれ落ちた。

 舞い降りるように、光の粒がヴュステの身体に触れた。

 

 傷がゆっくりと癒え始める。

 彼女の肩が震え、口から細い息が洩れた。


「……あ、まずい。今の体調で魔術なんて使ったから……全然、力が――」


 言い終える前に、私は足元を踏み外していた。

 枝から滑り落ち、葉をはらいながら真っ逆さまに落下する。

 背中に鈍い衝撃。視界がぐるりと回転したあと、地に這いつくばった私の目に飛び込んできたのは、変わり果てた戦況だった。


 ヴュステがいた。

 荒い息を吐きながら、なおも両足で立っていた。

 その手には短剣――そして、逆さまの視界の中で、彼女がストゥルトを拳で木に叩きつける瞬間が、まるで夢のように緩やかに映った。


 ドン――という鈍音。

 息を呑む間もなく、ヴュステの短剣がストゥルトの喉元に添えられる。


「……私の勝ち」


 その声音は静かだった。

 歓喜も誇りも虚勢もなく……ただ、一言。


 戦いとは――本当に、何が起こるか分からないものだ。


 ……まぁ今回は私が邪魔を入れたのが、彼女の勝因になったというところだろう。

 ストゥルトの敗因は……相手が彼女なのが悪い。

 どう足掻いてもストゥルトじゃ、制約の関係上、重傷をヴュステに負わせることはできないのだから。

 

 だがヴュステは、あの火傷からまだ間もないというのに、その身体でここまでやってのけた。


 ……流石に認めざるを得ない。


 私はふらつく身体を無理やり起こし、ヴュステのもとへゆっくりと歩み寄る。


「これでいい……?」

「良いですよ。実力は――エメアには到底及びませんが、それもまたこれからの成長に期待です」


 ヴュステは無言で短剣を差し出した。

 柄が私の手に触れた時、彼女はゆっくりと息を整え視線を宙に落とす。

 戦いの余韻が、空気にしがみついていた。


 その傍らで倒れ伏していたストゥルトが、ぎこちなく身を起こす。


「……まだだ。まだ、俺は負けていない。お前の魔術に気を取られただけだ」

「私が魔術を行使してはいけない、なんてルールはありませんでしたからね」


 以前、ローカルルールで敗北にさせられた事を思い出す。

 あの経験がある以上、私が建てた試合なのだから、こっちでルールを決めさせてもらう。


「それに私は欲しい情報(ヴュステの実力)を得たので、これ以上戦うつもりもありません」

「……だが、俺にはある」


 静かに言って、彼は剣を構え直した。

 全身から痛みと執念が滲み出ている。

 私はヴュステの袖をかすかに引いて、後ろへ下がれと目で伝える。


 ストゥルトのこの行動。

 土壇場で駄々をこねるというのもの、人としてよく見る姿の、一つかもしれない。


「強情ですね。いえ、これは強欲というべき――――――ん?」


 ふっと笑いかけた瞬間、視界の隅で奇妙なものを見つけた。

 誰かが、ストゥルトの背後からゆっくりと近づいて来ている。


 その姿を確認した瞬間、唇の端が自然に吊り上がった。


「ふふ……これも、運命というのかもしれませんね」

「……何がおかしい?」


 苛立ちを隠せず、彼が私を睨む。


「ストゥルトさん、後ろをご覧ください。とても面白い物が見えますよ」


 私の言葉に、ストゥルトは眉をしかめたまま振り返った。

 そこにいたのは、遠くからおぼつかない足取りでこちらへ歩いて来る少女。


 ――スフェレ。

 魔障に蝕まれ、長い昏睡の底にいた彼の妹。


 私の言葉を聞いてストゥルトはゆっくりと振り返った。

 遠くからか弱い足取りでこっちに歩いて来ていたのは――スフェレ。魔障に侵され、長い事眠りについていたストゥルトの妹である。


「……スフェレ……?」


 その一言に、彼の声から全ての殺気が抜け落ちた。

 まるで冬の剣に春風が触れたかのように。


「久方ぶりの再会でしょう? 私たちなど放り出して、駆け寄ってあげればいいんじゃありませんか?」


「だが……っ」


 それでも彼は剣を手放さない。

 瞳の奥に千切れそうな感情が、渦巻いているのが分かる。


「……ふう、こんなところで迷うなんて。がっかりです、ストゥルトさん」


 私はわざとらしく息を吐き、懐から赤い石をひとつ取り出す。

 掌に乗せれば、夕暮れの光を吸って血のように鈍く輝く。

 

「迷える貴方に道を指し示してあげましょう」


 そのまま石を掲げ、ストゥルトの目の高さに突き出す。

 石の輝きが彼の顔に赤い影を落とした。


「……何だ、それは」

「貴方の妹さんの体から抽出した“魔障”の源です」

「……なっ――」


 ストゥルトの肩が震える。

 剣の切っ先がわずかに下がり、理性と激情のあいだを揺れた。


「驚くのはまだ早いですよ。ちなみにこの石、砕くとどうなると思います?」

「…………」

「まあ、分からないでしょうけど――でも私がこんなものを、わざわざ今ここで持ち出す意味くらい、考えることは出来ますよね?」


 沈黙が走る。

 彼の目が初めて、私を見たような気がした。

 見透かそうとするような、絶望と怒りがない交ぜになった瞳で。


「貴様……」


 呟きは低く、喉の奥から絞り出すように。

 剣士の顔が瞬間、化け物のように歪む。

 あの理知的で比較的穏やかだった男は、今や妹と村人の命の天秤にかけられた絶望の囚人だ。


「さあ――妹さんの命か、村の人々の命か。どちらが大事か、しっかり考えてください」


 もっとも、この脅しは――全部嘘だ。

 

 石を壊せば魔障は患者の元に戻る?そんなのは今さっき考えたでっち上げである。

 

 とはいえ、彼は考えなければいけない。

 魔障を癒したのは他の誰でもない私で、私自身がその嘘を吐いているのだから。

 

 ちょうどそのとき、ようやくスフェレがこちらへと駆けつけた。

 肩で息をしながら、よろめく足取りで兄の腕に縋りつく。

 手を取られたストゥルトは、思わず名を呼んだ。


「……スフェレ」


 しかしその声を、スフェレが上擦った声で遮った。


「に、兄さん……村が、化物に襲われてる……今すぐ、来て……」


 化物……おそらく魔物、もしくは魔障患者だろう。

 魔障の末期寸前だった人物は、彼の妹以外にも、二人ほどいた。

 魔障が原因の化物であれば、おそらくそのどちらかが完全に魔障に侵されきってしまったのだろう。


 私はその魔障によって暴れ出すという化物の存在を見ていないので、憶測でしかないが。


「ストゥルトさんも、どうやらお忙しくなるようですね。では私はそろそろ退散させていただきます」


 私は身を翻し、そしてすぐ傍にいたヴュステの手を取って、歩き出そうとした。

 だが、彼女はその場でぴたりと足を止める。


「……あれ、どうかしましたか? ヴュステさん」


 問いかける私の手を彼女はそっと離す。

 そして無言のままストゥルトの方へと歩み寄り、彼の目の前で静かに立ち止まった。


 短く、深く息を吐いたあと。

 ヴュステは静かに言葉を紡いだ。


「……短い間、育ててくれてありがとう」


 その声は静かだった。

 けれど、迷いも、恨みも、もうそこにはなかった。

 ストゥルトは何も言わない。ただ、顔を向けたまま動かず、じっとその言葉を受け止めていた。

 

 沈黙がほんの数秒、重く垂れ込める。


「それだけ、言いたかった」


 ヴュステの声にはもう揺らぎがなかった。

 言い切ってからも一拍、彼女はその場に留まり――そして、ゆっくり背を向けた。


 その背に、かすれた声が投げられる。


「……もう二度と、ここには来るな」


 ヴュステは立ち止まらない。

 歩みは緩めず小さく一度だけ頷くと、そのまま私のもとへ戻ってきた。


「……てっきり、心変わりして村に残るものかと」


 肩越しに言うと、ヴュステは首を横に振る。


「戻らない。もう、私の居場所はどこにもない」

「てっきり、気持ちが変わって村に残るんじゃないかと思いましたよ」

「戻らない。私の居場所はもうどこにもないから」


 その言葉に、私は言葉を返さなかった。

 彼女がストゥルトに歩み寄った時は何事かと思ったが――そうか。

 ただ一言、感謝を伝えるためだけだったのだ。


 生まれたばかりの頃、彼女は優しく育てられたと言っていた。

 だからこそその片鱗だけでも、本当に大切に胸に残っていたのだろう。

 もしも彼女に神族の血が流れていなければ。もしも理不尽な病が蔓延しなければ。

 彼女は、きっと――


 ……いや、そんな“もし”に意味はない。


 私もまた、子供らしい子供時代など送れなかった。

 だからこそヴュステの胸のうちが、少しだけ分かる気がした。

 

「では、今度こそ進むとしましょう」

「ん」


 私たちは踵を返し歩き始める。

 だが数歩ののち私は足を止めた。

 振り向きもせず、背中越しに声を投げる。


「あぁ、言い忘れてました。最後に一つ」

「…………なんだ」

「ストゥルトさん達もこんな場所に住んでないで、もっとマシなところに移った方が良いですよ。例えば――天護の龍が統治する国とか」


 私は魔障というもの直に取り込んでから。

 これはほぼ確信に近いのだが、この世界の神と名のつくもの達は、この病の影響を受けない。

 おそらく獣人の村にいた人達は、ほぼ全員が軽症、もしくは重症の形で魔障を患っていた。

 

 だがヴュステはその影響を受けていない。

 完全な形で体を保っている。

 それは私の中にいる神様も同じだ。

 

 ならば、天護。おそらくその意味は守りに特化している概念だ。

 楽園を目指す……とは少々違うが、ある程度気を休める場所を求めて、そこを目指すのはアリではないかと言う、ちょっとした気遣いから出た提案である。

 

「…………」


 けれど彼から返ってきたのは、ただの沈黙だった。

 言葉はもはや届かない。


 夜風が僅かに雪を鳴らして通り過ぎる。

 背後には彼らの足音だけが残されていた。

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