第27話 山では負け知らず、一騎当千の人形少女
陽は既に傾き、木々の隙間から漏れる光が赤みを帯びていた。
私は山道を走る。息を殺し足音を抑えながら。
だが、追手の気配は消えていない。むしろ、じわじわと距離を詰めてきている。
――まぁ来るとは思っていた。
来ない理由がない。
昔の魔術が使えず索敵が出来なくなっても、流石に数年間の山暮らし経験があるので、敵に囲まれているくらい分かる。
このまま走っていても逃げきれない。
ヴュステを捨てる……もしくは自分の空間に格納出来るなら、この体調でも逃げれない事も無いのだが、あの空間に人を招くなら流石に誰かで、人体実験をした後にしたい。
私は走るのをやめた。
そして、息を吐きながらヴュステを腕から下ろす。
そっと、木の根元に横たえた。
そのまま腰を下ろし、追手が姿を現すのを静かに待つ。
ほどなくして、木々の間から現れたのは――ラックスだった。
「なんだ、もうギブアップか?」
「えぇ……このまま走っていても逃げきれないのは分かっているので」
「へぇ、潔いじゃねえか」
追いかけて来たのは彼だけでなく、ラックス率いる軽装備の獣人が四人。
武器を構え、私達を囲むようにエリアを取り、こちらに圧を掛けている。
対してこちらは戦闘不能寸前のヴュステと、私の空間内にある短剣が一つ、そして同じく中にある赤い石ころが一つである。
赤い石ころの方は何故か、ポツンといつの間にか置いてあったが、
おそらく色合いからして神様が私の体内にある魔障を、結晶にでもして抽出したものだろう。
神様と前回出会った時に片手でなんか持ってたし。
……う〜ん、この条件で戦うのは少し怠いかもしれない。
この状況での戦闘は、相当な消耗を覚悟しなければならない。
何より――不殺でいくのは、まず無理だ。
「さあて。どうしてこんな馬鹿な真似をしたか話してもらおうか」
「話しませんよ。貴方みたいな頭が悪い相手と会話したくないんです。時間の無駄なので」
「そうかよ!じゃあテメェはこのまま足を切り落として連れ帰ってやる!痛くしないでやるから、動くなよ!!」
彼らが私を殺せないのは分かっている。
癒し手である私は、魔障に蝕まれた獣人族にとって唯一の希望だ。
ヴュステにしても、彼女の血に対する制約がある以上、手は出せない。
彼らにとって優先すべきは、おそらく私の肉体。
生きたまま連れ帰ることは最優先事項だろう。
ラックスが吠える。
「お前ら!かかれ!!」
その一声で、彼の背後に控えていた獣人たちが動く。半円を描くように私を包囲しながら、ゆっくりと間合いを詰めてくる。
私は木に背を預け、片手で幹に触れながらゆっくりと立ち上がる。
かすかに息を整え、視線だけで獣人たちの位置を把握する。
ラックスの口角が歪む。
「やる気か?」
「――一つ忠告です」
言い終えると同時に、空間から短剣を抜き出し、そのまま腕を振りぬく。
鋭い風切り音と共に短剣は真っ直ぐ――獣人たちの足元へと飛び、地面に突き刺さった。
ピクリと動きを止める者が数人、だがそれは一瞬だけ。
彼らはすぐに、牙を見せたような笑みを浮かべる。
「それ以上、踏み込むなら――死ぬ覚悟をしてきてください」
私はそう言い切る。
静寂。
風の音すら止まったような、冷たい空気が流れた。
だがそれを破ったのは、やはりラックスだった。
「んな言葉に構うな!ソイツは一度俺に負けてんだ!!手柄が欲しいんなら進め!!!」
その言葉に彼らは再び足を進める。
短剣の刺さったラインを、ためらいもなく越えた。
……本当に仕方のない人達である。
自分の命が惜しくないのだろうか。
私も疲れているので、お互い見なかった事にしてwinwinと行きたかったものだ。
「…………はぁ」
私は木から手を離し、わずかに腰を落とす。
その瞬間、空気を裂くように踏み込み、獣人の間合いへと突入した。
速さに反応できた者はいない。
短剣を抜き返すと同時、目の前の男の喉元を横に薙ぐ。
「――まずは一人」
呻きもなく崩れ落ちた獣人の手から、即座に槍を抜き取る。
触れた瞬間、私はそれを自らの空間へと収納し、反動を利用して一気に木々の上へ跳ね上がった。
「は、はぁぁ!?!?」
「速すぎる!?」
「……見えない」
ざわつく視線の中、私は枝から枝へ、
軽く跳ねるように移動していく。
「もしこのまま逃げてくれるのなら、これ以上手出ししません――大人しく手を引きなさい」
「はっ、誰が引くかよ!! 一人殺ったくらいで調子に乗るな!!!」
言うなり、一人が地を蹴ってヴュステへと向かい、その身体を前に引き寄せるようにして立ちはだかる。
「こ、これなら手を出せないだろ?!」
ヴュステの肩を掴んで押さえるその様子に、私は軽く息を吐いた。
彼女はあんな事を言っておいて、のっけから足手まといである。
まぁ、今回のはノーカウントしておこう。
木々の影から、私は一人の獣人へと狙いを定める。
次の瞬間、腕の奥で生まれたしなりと共に、槍を放つ。
風を裂く音の後、金属が肉にめり込む濁った音――槍は、まっすぐにその額へと突き刺さっていた。
その刹那。
残った一人、ヴュステを盾にしている男の死角へ、私は木の幹を滑り落ちるように高速で接近。
後方に立った瞬間、男の背に手を添え、ふっ、と音もなく彼の姿が空間に沈む。
ヴュステの身体がぽとりと地面に落ちた。
「問題なく生きている人も、収納できるようですね」
とはいえ、魔障そのものをジャストで吸い込んだように、なんでもかんでも空間内に引き入れると私の命が危ない。
触れた感じだとこの獣人もかなりの少量だが、魔障を患っているようだ。
すぐに吐き出さないと。
「さて――残るは貴方一人です」
雪煙の向こう、ラックスが目を見開いていた。
「……ルナークが消えた?」
「心配しなくても私が持ってますよ」
私は空間を裂き、ルナークと呼ばれた男の身体を引き摺り出す。
現れた瞬間、その首筋めがけて短剣を投擲。
刃が肉を裂く、鈍く湿った音が響いた。
「くっ……!?やってくれたな、クソガキがぁ!!絶対に許さねえぞ!!」
「仲間を想う気持ちがあるなら、追撃なんかせずに村の中で籠ってて欲しいものです」
私は淡々とした声音のまま歩み寄り、男の首から突き出た短剣を引き抜く。
「殺した側がそれを言うのか!」
「……ラックスさんは人と殺し合うのは初めてですか?」
――私とこの男の会話が噛み合う事はない。
彼と私の熱はどうしようもないくらいに違いすぎる。
これはもう少し、頭の良い人間相手なら幾許かの選択肢もあっただろう。
私の言葉をしっかり聞けて、関係をある程度築こうとする相手に、選択肢は限るが。
私はこれ以上病を癒すのは不可能で、ヴュステ自身は直接的な魔障の発生源では無いのだから、戦うだけ無駄なのだ。
だが、この件をそのまま伝えても、絶対に信じて貰えない。
というかお互いに信頼関係が欠け過ぎている上に、価値観が違いすぎる。
やはり話し合いという選択を、取る事はできないのだろう。
「私はさっき忠告までしてあげたんですよ。それを無視して掛かってきたのは貴方達の方です」
ラックスの怒声が空を裂いた。
「敵討ちがしたいのなら――どうぞ。死ぬ覚悟を決めて、かかって来て下さい」
彼の剣閃が火花を散らすように私へ迫る。
私は半歩だけ身を引いて、彼の腕の動きに合わせて軸を滑らせた。
手の内から力が抜ける瞬間を見逃さず、彼の剣柄を指先で弾き、奪い取る。
言葉の終わりと同時、私は空いている足で、彼の腹部に膝を叩き込んだ。
重い衝撃音。ラックスの身体が曲がる。
呻き声すら上げきれず、そのまま背後の木へと叩きつけられた。
私は奪ったその剣をくるりと回し、迷いなくそのまま――彼の胸をめがけて投げ放つ。
ぐしゃりと音がして、ラックスは木の幹にもたれかかるように崩れ落ちた。
「終わりですね」
口から漏れたのは、呆れるようなため息だった。
思ったより初めての殺人は何も感じなかった。
まぁ、まともに人肌を斬ったのは一度だけ。
他は武器を投げつける形で、終わらせたのもあるかもしれないが。
それに、学んだ魔術を戦闘で使う機会は無かった。
今度から余裕がある時に、意識して使わないといけない。
じゃないと、余裕がない時に咄嗟に出るわけがないのだから。
私は血溜まりを避けながら、倒れているヴュステへと歩み寄る。




