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邪神の使徒になった転生少女の冒険録  作者: 中毒のRemi
第二章 人形期 冒険者編
23/34

第23話 人形少女vs獣人の戦士

 ストゥルトの号令と同時、地を蹴る鈍い音が走った。


「うぉおらぁッ!」


 雄叫びとともに、ラックスが一直線に間合いを詰めてくる。木剣を肩の上から振り下ろす、単純明快な一撃だ。

 私は一歩下がりながら、その軌道を木剣の腹で、不器用ながらもなんとか受け流した。

 衝撃が腕を伝って抜けていく。


「流石に一撃で剣を落とすようなヘマはしないかぁ?!」

「殺し合いは何度か経験しているので。要点は押さえているつもりです」

「人間族の子供は、嘘を吐くのも下手らしいなッ!」


 挑発混じりの声とともに、再び振るわれる木剣。

 横から、斜めから、正面から――手加減という言葉を知らぬ振る舞い。

 けれど私はそれを剣で弾き、足で捌き、時に身体を傾けてかわす。

 

『思った以上に余裕あるね』

「私も自分で驚いてますよ。まぁエメアと山の中で数年間暮らしてますからね。頼りきりだった魔術が無くてもこれくらいは出来ないと」

『でもあまり慢心しない方がいいよ。怪我しちゃうから』

「分かってます」


 そして――その一瞬だった。


「何一人で喋ってんだ馬鹿がぁ!」


 怒声とともに、木剣が唸りをあげて迫る。

 遅れた判断。重い一閃を完全には避けきれず、頬を裂かれた。

 熱が皮膚に走り、瞬く間に生温かい血が伝う。


「これで終いだッ!」


 勝ち誇った声とともに、木剣が振りかぶられる。

 しかし――私は一歩も退かず、そのまま左手を突き出し、迫る木剣を素手で受け止めた。


「は――はぁ!?!?」

「お終いですね」


 私はそのまま足を捻り、力を溜めて、ラックスの横腹に回し蹴りを叩き込んだ。

 鈍い衝撃。肉が凹む感触とともに、彼の体が横に吹き飛んでいく。


 静寂。視線が、空気が、一瞬止まった。


 そして――


「そこまでだ。勝者――ラックス」

「え?」




 ---



 模擬戦が終了し観客達は散っていった。

 私達はストゥルトの家に場を戻した。

 

 そして結果から言えば、私は負けたらしい。

 理由は二つある。


 どうやらこの村のルールでは、一度でも出血レベルの傷を付けられた側は、その時点で敗北らしい。

 おまけに剣を叩き落とされているので、ラックスの完全勝利だそうだ。


 全く……。

 だったらそのローカルルールを、始めから説めして欲しかった。

 というか、それなら私に最後の一撃を与えようとした彼を誰か止めて欲しいものだ。

 私が本当にただの人間だったら、あの一撃を喰らって大怪我している事だろう。


 少し離れたところで倒れているラックスを無視し、ストゥルトが近づいてきた。


「顔の傷は大丈夫か?斬られたようだが」

「そんなのはもう治りました」

「そうか」


 この体は傷の治りがかなり早い。

 軽傷であれば数分と経たず、勝手に治ってしまうのだろう。


「負けた事をそう気にする必要はない」

「してません」


 どこをどう見てそう見えたのか。

 私が気にしているのは、勝利報酬である服が手に入らなかった事くらいだ。


 いや、一つ挙げるとすれば、蹴り飛ばす時に殆ど魔力を込められなかったところだろうか。

 あの男を再起不能にする程度の力は込めることが出来たけど、しかしそれだとこれからの旅で困るだろう。

 ここはしっかり反省だ。

 

「確かに模擬戦のルールでは、アレの勝ちになるが……」


 そう言ってストゥルトは、伸びているラックスを一瞥する。


「これが殺し合いであれば、お前が勝っていただろう。技術的な問題は少々あるように見えるが、それ以上に才能が垣間見えた」


 なんだこの人。

 試合が終わってから妙に優しく見える。


『獣人族は力ある者には多少の敬意を払うからね。個人差はあるけど』


 あぁ……そういう。

 納得した。

 というか、この話を続けていても生産性が無い。


「全く、魔力がほとんど感じられない身で、どうしてそこまで動けるのか知りたいところだ」

「やめましょう、この話。それより何か短剣のような物をくれませんか?」

「構わないが……何に使うつもりだ?」

「それはもう依頼を達成するための武器として使うんですよ」

「気が早いな。こちらとしては失敗されたく無いのだが」

「流石に今日実行に移したりしませんよ。念のためです」


 もちろん嘘である。

 

 依頼達成の為というよりは、どちらかというと金のためだ。

 今回の模擬戦で負けてしまったので、ヴュステの殺害依頼を大銅貨3枚でこなすしかない。ついでに使わない武器は、街に入ったら売ってやろう程度の考えだ。

 

 それに帰り道で山菜でも摘んでいけば、夕食の際に少しは印象も良くなるだろう――そんな算段だ。


 ストゥルトは何も言わず、腰のベルトから一本の短剣を外し、私に手渡してきた。

 金属製で刃渡りは前腕ほど。鞘ごと渡されたそれは、ずしりと骨に響く重さがあった。


「鍛錬はあの一度きりで終わりにするのか?」

「まさか、数日程は貴方達と一緒に取り組むつもりですよ」

「その言葉を待っていた。次回は俺が相手になってやろう」


 うわぁ……

 なんか楽しくなってそうに見える、この人。

 面倒くさそうだ。


「では私は一度、ヴュステのところに戻らせて頂きますね。一緒に夕飯を食べる約束がありますので」


 流石に依頼を受けている身だ。

 この状態で彼女の元に戻ることを、邪険にされたりはしないだろう。

 

「あぁ、分かった。くれぐれも気づかれないように頼む」

「勿論です。それではまた」




 ---




 ボロ家へ戻る道すがら、私は小さな斜面の草むらにしゃがみ込んでいた。

 山菜の一つ目を切り取った瞬間、あることに気づく。


「そういえば、これ……袋ないから持って帰れない……」


 摘んだ山菜を見下ろし、手を止める。

 

 よくよく考えれば、これまでは自分の能力頼りで物を持ち運んでいたけど、今はそれが出来ない。

 かなり面倒くさい状況だ、これは。


 さて……どうしようか。


 不便で非常に面倒くさい。

 私はため息をひとつつき、手元の短剣に視線を落とした。

 刃ごと軽く握ったそれは、思ったよりも重たく、かさばる。

 ……正直、かさばって邪魔かもしれない。捨てるのも視野に入れるべきだろう。


 そう思った瞬間、視界から短剣がふっと消えた。

 

『あっ……』

「あれ、消えてしまいました」


 確かに”邪魔だな”とは思ったが――まさか、本当に消えるとは。

 取り返しのつかないことをしたのではないか、と胸に薄く冷たい感触が走る。

 ストゥルトに問い詰められたらどうする? “さっき渡した短剣はどこにやった”って。

 答えようがない。面倒事の未来がすぐそこまで見える。


 『短剣ならちゃんとあるよ』

 『?……私の手から消えたのに、どこにあるっていうんですか?』

 『そう言われると説明するのが面倒くさいね。ちょっと目を瞑って、お腹あたりにでも意識を集中させてくれる?』


 私は半信半疑のまま、目を閉じた。

 神様の言葉に従って意識を腹部に沈めるようにして――


 ……その瞬間。

 視界の奥に、あの”部屋”が浮かび上がった。

 

 今は神様の姿は見えないが、部屋の中心には、先ほどまで手にしていた短剣がぽつんと転がっていた。


『……いや、なんでそこにあるんですか。 私の体の中に勝手に入ってきたところで、ただの埋葬じゃないですか』

『何を諦めたように言ってるの。こうやって仕舞えるってことは、当然――出すこともできるってこと。いいから黙って意識を集中して、取り出してみて』


 言うのは簡単だが、問題はその「取り出す」方法である。

 腹から? 胸から? あるいは口の中に手でも突っ込めとでも?


 ……まぁ、試してみるに越したことはないか。


 私は半ば諦め顔で、旧身体で魔術を使っていた時と同じように、手のひらに魔力を込めた。

 すると――


 掌の中で、金属の重さが確かに“現れた”。


「……おぉ」


 本当に出てきた。

 呆気に取られるというより、どこか肩透かしを食らった気分だ。

 完全に使えなくなったと思っていた力の一部が、どうやらまだ残っていたらしい。

 能力自体は少し変容しているようだが。


 『これは流石に妾も驚いたかも。時間に余裕が出来たら後で色々実験しないとね』


 神様にとっても予想外だったらしく、声にわずかに熱がこもっていた。

 これは嬉しい誤算だ。

 おかげで短剣を常に握っておく必要もないし、山菜だって両手いっぱい持って帰ることができる。

 

 『あっ、あんまり物をいっぱい詰め込むのはやめて頂戴。ここは妾の部屋だし物置小屋にされるのは不愉快だから』

 『善処します』


 もちろんしない。

 

 



 ---




 ヴュステのいる家に辿り着いた頃には、空の端が濃紺に染まりかけていた。

 火を焚くには、ちょうどいい時間帯だ。


「いま戻りました」


 家の中から振り返った彼女は、わずかに眉をひそめて言った。


「……結構遅かった。何やってたの」


 何やってたか――か。

 本当のことを言うとまずいだろうし、軽くかわしておこう。

 

「集落の人達と喧嘩してました」

「……あんたは怪我してないみたいだけど?」

「私の圧勝でしたからね」


 ヴュステは「ふ〜ん」とだけ呟いて、また薪に火をくべた。

 明るくも暗くもないその声色は、何かを測るようでもあり、何も気にしていないようでもあった。


 私も黙って、そのまま夕餉の準備に加わる。

 火がパチパチと弾ける音が、ひとしきり夜を呼び込んでいた。


 少しして、ぽつりと彼女が言った。


「……あそこの人達、優しかった?」

「まさか。いっぱい、差別的――」


 言いかけて、言葉を飲み込む。

 “差別”という単語が、五歳の子供に通じるとは限らない。


「……悪口を言われちゃいましたよ」

「だよね。私もいっぱい言われるし、殴られた」


 ヴュステの声は、あまりに静かだった。

 感情の起伏がなさすぎて、かえってその底に沈むものの深さが伝わってくる。


 私は返す言葉もなく、火の揺れを見つめる。

 薪がぱちりと鳴いて、赤く小さな火花が跳ねた。

 それをしばらく眺めてから、ふと口を開いた。

 

「ヴュステさんは何でこんなところに住んでるんですか? ここに住んでいても嫌な事しかないと思うんですが」


 私が彼女の立場だったら、すぐにこんな場所を捨てて出て行く。

 まず人間関係が最悪だ。

 あそこの人達に必要とされていないどころか、邪険にされ命を狙われる始末。

 そんな場所に居座り続ける理由など、到底見出せなかった。


 ヴュステは、火の揺らぎの中でぽつりとこぼした。


「分からない……みんな最初は優しかった。でも、ちょっと前から……おかしくなって」


 その声は、湯の冷めた湯呑みのように空虚だった。

 言葉に熱も棘もない。ただ、何かを諦めたあとの残響だけがある。


「私の家族は、私を産んだ時に死んじゃったらしいから……。村の人たちが代わりに育ててくれてた。でも、今は……」


 言い淀んだその先を、火の音が埋めていく。

 焚き火が、ぱちりと薪を弾く。


 言葉のひとつひとつを選ぶように、彼女は話し始めた。

 自分を産んで母が亡くなり、村の人たちが代わりに面倒を見てくれていたこと。

 けれど、二年ほど前から空気が変わったこと。

 呼び出されては叩かれ、蹴られ、時には引きずり倒されたこと。


 ……それでも一度もやり返さなかった、と彼女は言った。


「……最初に優しくしてくれたの、忘れられないから。ほんとは今でも……期待しちゃってるのかも」


 その言葉に、どこか縋るような響きがあった。

 炎の赤が頬を照らす。

 涙が光っていたのかもしれない。


 だが私は、それを見ても何も思わなかった。

 哀れとも、憤りとも違う。

 ただ、風景の一部として受け取るだけ。


 黙って、しばらく火を見つめたあと。私は口を開いた。


「……もし、ここを出るとしたら。ヴュステさんは、外の世界で何がしたいですか?」


 問いかけに、ヴュステは黙って目を伏せた。

 そのまま、薪の崩れる音を聞いていたが――やがてぽつりと、静かに言った。


「……私、いつも夢を見るの」

「夢?」


 小さく頷く。


「ひとりの人間族が、私を抱きしめてくれる夢。頭を撫でて、名前を呼んでくれるんだけど……声がくぐもってて、どうしても聞き取れないの。顔も、ずっとぼやけたまま」


 ああ、なるほど。

 最初に出会ったとき、開口一番に名前を聞かれた理由がようやく理解できた。


「……私は、その夢の人じゃなかったから。がっかりしたでしょうね」

「……した」

「はい」


 そこに皮肉も自嘲もない。

 ただ、会話として成立しただけ。

 

 火が揺れて、影が壁に長く伸びる。


 まあ、暗い話はここまででいい。


「ではこれからしばらくは、あなたの代わりに私が殴られてきますよ」

「……どうしてそうなるの?」

「自分からそう申し出たんです。気にしないでください」

「は……?」


 説明するつもりも、する価値もない。

 武術指南だの鍛錬だの、いちいち言わなくてもいい。


「ヴュステさんに目が行かないくらい、私が目立ってきます」


 ぽかんと口を開いたままの彼女を横目に、私は湯気の立つ皿を片付けて、寝る準備に取りかかった。




 ---




 深夜。

 静寂に包まれた室内の、獣の皮の下――ぬくもりの中から、寝息の混じる夜気を裂かぬよう、息を殺しながら体を起こした。

 

 意識を指先へ落とす。

 次の瞬間、短剣が手の中に現れる――まるで夢から引き抜いたかのように、静かに。


 私は立ち上がりもせず、身を屈めたまま膝を敷き、ヴュステの顔を見下ろす。


 幼い寝顔だ。

 呼吸は深く穏やかで何の警戒心もない。

 わずかに口元を緩めて、何かを夢見ているようだった。


 私はその喉元にそっと刃を寄せた。

 わずかな隙間も開かないほどに近くまで。

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