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邪神の使徒になった転生少女の冒険録  作者: 中毒のRemi
第二章 人形期 冒険者編
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第21話 獣人の村

「行くの?」

「昨日話した通り私がこんなところにいるのは、人探しのためですからね。でもまだここを離れるつもりは無いので、日が沈む前には戻ってきます」


 ヴュステの家にお邪魔して二日、2人で食事したりお話をする中で、ようやく歩ける程度にまでこの体に慣れてきた。

 私がリハビリに時間を使っている中、彼女は時々姿を消すので、何をしているかと思いそれを尋ねると、集落に用事があって顔を出しているのだと言う。


 それならば、私の現在の目標はエメアを探し出す事なので、ここは情報を集めるために私も集落へ顔を出したいと考えた。


「ヴュステはついてきてくれないんですか? 顔を知る人がいる方が、話が早く進んで楽できるんですが」

「私はいかない。外は寒いし、あの人達のところに近づきたくない」

「……それなら仕方ないですね」


 そう。

 どうやら彼女は集落の人達と折り合いが悪いらしい。

 この雪深い森の外れにぽつんと家を構えていたり、顔に痣をつけて帰ってきている時点で、薄々察してはいたけれど。


 ちなみにヴュステの家に辿り着いてからの二日間、体内にいる神様に話しかけても一度も反応は無かった。

 一体何をしているのだろうか?

 もしかしたら私が体を動かせるように、中で頑張っているのかもしれないが、口を聞いてくれないので、謎のままだ。




 ---




 木々の合間を縫い、雪を踏み締めながら歩く。


 そう言えば結局、服は借りられなかった。

 適当に見繕った獣の毛皮を身体に巻きつけ、裸足のまま凍てつく地面を踏みしめている。

 ただ、この体だとあまり寒さや痛みを感じないのか、あまり苦労はしていない。

 周りからの見栄えは酷いものだけど、機能性で言えばこのままでも暫くは問題ないだろう。


 そしてヴュステに教わった方角を信じて、足を運び続けること三十分。


「――そこで止まれ!」


 森の静寂が、声に裂かれた。

 誰も見えない。だけどどこかにいる。気配が雪の隙間から滲んでくる。

 

「お前は人間族か?!」

「見ての通りです」


 答えながら軽く両手を広げる。

 敵意がないことを示すために。

 

「何をしに俺たち獣人族が集まる集落に来た!」


 聞く感じだと、集落の番人と言ったところだろうか。

 地を這うような喉の奥の低音。唸り声にすら似ている。

 恐らく外敵や魔物の侵入を防ぐための、番人なのだろう。

 

「大切な人――獣人族の女の子を探しに、貴方達のところへお邪魔したく参りました」


 丁寧な言葉を選ぶ。

 相手の怒気を削ぐように、静かな声で。


 すると木の上の影が動いた。

 雪の枝を鳴らし、一人の獣人が跳ね降り、地に膝をつく前に、獣のような軽やかさで着地した。

 

「そうか、俺の名前はストゥルトだ。早速で申し訳ないが、俺たちが人間を歓迎することはない。が……ガキの女一人、牙もないようなもんだ。だから暫く置いてやらんでもない」


 細められた目には、明確な侮蔑が混ざっていた。

 小柄な身体、女の子の見た目。それだけで判断されるのは癪だが――


 その慢心が、いまはありがたい。


 こちらが敵と見なされないので、やりようはいくらでもある。

 

「それはどうも、私の名はアイラです。暫くの間よろしくお願いしま――」


 挨拶の途中、ストゥルトが一歩踏み込む。

 鼻面が頬に触れそうなほど近づいてきたかと思うと、短く息を吸った。


 ――匂いを嗅いでいる。


 その行動は獣人族特有のものなのだろう。

 だが、初対面の男から不意にやられると流石に神経に触る。

 エメアに同じことをされた時には何も感じなかったのに、今は僅かに肌が粟立った。


 違う種族、違う常識。そう割り切って、私は表情を変えないよう努める。


「お前の体には、呪われた子供――ヴュステの匂いが染み付いている。アレに会ったのか?」


 呪われた子供……?

 その呼び方に、思わず眉が動く。

 

「ええと、はい。川で溺れているところを彼女に救われた関係で、数日ほどお世話になりました」


 事実をそのままに返すと、ストゥルトは言葉を失ったように黙りこむ。

 目を伏せ何かを噛み締めるように。あるいは、抑えているのか。

 

「……もしかして彼女と関わりがあると、集落に入れてもらえない、というようなことは……?」


 探るように問うと、彼は小さく首を振った。


「いや、問題ない。だがアレには近づかん方がいい」

「どうしてですか?」


 そう訊いたとき、ストゥルトの足が雪を踏む音だけが返ってきた。


 答えは返ってこない。

 背を向け、歩き出したその姿からは、明らかに会話を打ち切る意思がにじんでいる。


「……ついて来い。お前が誰を探しているのかは知らんが、とりあえず集落まで案内してやる」


 それだけを吐き捨てるように言って、背を向けたまま進んでいく。

 私は無言でその後ろを追った。乾いた足音が、静かな森に二重奏のように重なる。

 

 静まり返った森の中、風も音も遠のくような感覚の中で、ふとお腹のあたりから声が響いた。


『そういえば、空気中に漂っている気持ち悪い魔術因子に気づいた? 空から落下してる最中から、ずっと存在しているんだけど』

『久しぶりに話しかけてきたかと思えば、いきなり何を言い出してるんですか?』

『やっぱり見えてないよね。あなたの力が自由な状態なら気づいたかな?』

『自己完結で終わらせるのをやめてください。私はその意味不明な発言の説明を求めます』


 私が念じ返すと、ゼレシアの声はぴたりと止んだ。

 まるで煙のように、こちらの言葉を受けて立つ気などさらさら無いというように。


 ──それから、言葉のない時間がしばらく続いた。


 森を抜けるまでのあいだ、ストゥルトは一度も振り返らなかった。


 そして、さらに数十分。

 白に覆われた木々の隙間が徐々に開け、目の前にようやく、人の営みの気配が現れた。


 集落――目的地が、そこにあった。



 ---


 

 獣人族の集落を一言で表すなら貧しいのに、活気を感じると言ったところだ。


 雪に埋もれた地に、ぽつぽつと並ぶ十数軒の家屋。

 造りは粗雑だが、どこか手の跡が残る温かみがある。

 ヴュステの住まう荒屋よりはずっとマシだろう。少なくとも、壁に風穴は空いていない。


 そして、村の中に足を踏み入れるとすぐに、剣を振るう音が耳に届いた。

 家々の隙間、広場のような場所で数人の男たちが鋼を交え、雪煙を舞わせながら修練に励んでいた。


「ストゥルトさん、アレはいったい何をしているんですか?」

「見ての通りだ。人間の子供が知るところでは無いだろうが、俺たちの種族は基本的に戦闘民族なんだ」


 それは知らなかった。

 確かにエメアも身体能力が凄かったし、そう言われると種族単位で強いのも納得できる。

 名前に獣が付く人種だ。

 日常に戦闘が組み込まれている種族だと考えれば、腑に落ちなくもない。


 そんな会話の途中、修練していた一人の獣人がこちらへ近づいてきた。

 黒ずんだ短髪に傷だらけの腕。年はストゥルトと同じくらいだろうか。


「おいおい、なんだそのガキは?人間の女じゃねえか!」


 やけに馴れ馴れしい物言いだったが、ストゥルトは眉ひとつ動かさず応じる。

 

「……ラックス、暇なんだったら狩りにでも行ってこい」

「言い返すようで悪いけど、あんたは仕事ばかりしてないで、魔障で倒れている妹の看病をしたらどうなんだ? 病が末期まで進んだら、俺たちで首を刎ねないと化物になるんだぜ?」


 淡々とした口調にしては、中々に重い内容だった。

 一瞬、空気が冷え込んだように思える。

 ストゥルトの目が微かに伏せられる。

 

「…………わかっている。だが、その件は後だ」


 二人の間に流れる緊張と、それを覆うような沈黙。

 先ほども“魔障”という単語は耳にした。だが、意味までは分からない。


 私は、恐る恐る訊いてみることにした。

 

「何ですか? 魔障って」


 すると、先に食いついてきたのはストゥルトではなく、獣人のラックスだった。

 

「はぁ?魔障も知らねえのかよ。この餓鬼、どこの穴ぐら出身だ?」

「口を挟んでくるな、ラックス。俺が説明する」

「そんなことする必要あるか?力も知恵もなくて、その上ここ最近持ちきりの話題である、魔障についても知らない田舎人だ。さっさと外に追い出せよこんなの」


 やはり獣人族というのは聞いている感じだと、差別を飾り気なく吐き出すタイプの種族らしい。

 言葉を選ぶことなく、あけすけに蔑みをぶつけてくる。まるでそれが当然の態度であるかのように。

 閉鎖的な社会で生きているからかもしれないので、一概には言えないが……

 

 昔の私なら、足を引っかけて顔面から雪に叩きつけるくらいはしていたかもしれない。

 

 けれど今の私は、どうにも怒りが沸点に達しない。火花が散っても火種は湿ったまま。

 体が変われば感情の流れも変わるのか。

 熱くなりきれない自分に、少しだけ戸惑う。


 そこへ、ストゥルトが口を開いた。


「いや……俺はこの人間を連れ回している時に、良いことを思いついたんだ。まずは聞いてくれ」


 にやりと口の端を吊り上げ、私の方へ顔を向けた。


 ……これはめんどくさそうな事に巻き込まれそうだ。





 ---





 それから私はストゥルトの家で“魔障”という病について聞く事になった。


 あれは五年前のことだという。

 復活した邪神が世界中へ放った、目に見えぬ病魔の種。

 それが人々の身体に根を張り、蝕み、ある一点を超えると――肉体を変異させ、赤黒く爛れた“化物”に変える。

 

 魔障という病魔は不治の病だそうで、今まで治った例はなく、病状が末期に至ると知性のない化物として活動し始める。

 どうしようもない状態になってやっと、動けるもので患者の首を刎ねているそうだ。

 

 そして呪いの子――ヴュステ。

 彼女こそ魔障の発生源として選定された、邪神の造物らしい。

 奇形児であり、彼女が生まれた時期と、邪神復活の報が届いた年が一致している――それが証拠だそうだ。

 

 ……奇形児云々で思い出したけど、確かエメアも尻尾の数がどうとかで、村から追い出されたと言っていたような覚えがある。

 これを聞いて客観的視点から思うことがあるのだが、邪神の造物と始めから分かっているなら、わざわざ成長するまで待たず、生まれた時点で殺すなり何なりすれば良いのに……と。


 まぁいいだろう。

 とりあえずは――邪神め、ゆるせない。

 罪のない人を傷つけるなんて最低な行為だ!……と頭の片隅にでも置いておけば良い。


 『絶対に体の中から叩き出してやりますよ!ゼレシアさん!』

 『分かってて言っている悪ふざけに、付き合う気はないの。……だけど5年前ね、確かに時期だけはこの分体(妾自身)が動き出した時と被ってるかも』

 『……まぁ、会ったばかりの他人とはいえ、貴女がそんな事をするような人には見えないですからね。ちなみにヴュステ本当に呪いの子だったりするんですか?』

 『う〜ん……それはありえないかな。でも、この魔障っていう病気? 妾の知識にない現象だし、断言はできないね』


 さて……神様との脳内会議の結果は、グレー寄りの白と言ったところだ。

 普通に考えれば獣人達を信じるのが正しい気がするけど、私を生き返らせたのは体内にいる神様なので、あちら側の主張がどうであれ無条件で私は神様の味方をするしかないわけである。


「何をぼーっとしている? 俺の話を聞いているのか!」

「あっ、もちろん全部聞いてますよ。ちょっと頭の中で情報の整理をしていただけです」

「本当に大丈夫なのか? こいつ」

 

 神様とのお話はここで切り上げておこう。

 これ以上続けていると更に不審がられそうだ。


「それで結局、私に何をさせたいんですか?ストゥルトさん」

「……子供だと侮っていたが、話の流れは分かるようだな」

「貴方が私に何かをやらせたいのは、流石に伝わりますよ」


 ……失礼な。

 体型は中学生くらいでも、中身は立派な大人だ。

 これだけあからさまな態度を取られたら、たとえ小学生でも私と同じ考えに行き着くだろう。


「それもそうか。なら話が早い」

 

 口元にわずかな笑みを浮かべながら応じると、ストゥルトの瞳がわずかに細まった。

 まるで言葉を選ぶのが面倒だとでも言いたげに、低く短く告げる。


「お前にやってもらいたいのは――ヴュステ(忌み子)の殺害だ」

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