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大きなゴミ箱

 神殿と聞いて身構えたけど、実際はなんてことはない。

 最低限の道具を積んだ馬車が来ただけだった。


 僕は剣士、レムルスは…マジックシューターって言う才能。

 司祭さん曰く純魔導職はかなり珍しいらしいんだけど、僕にはよくわからなかったし、多分レムルスもよくわかってない。


「んふふ~♪」


 でもまあ、レムルスが嬉しそうなのでそれでいい事にする。

 …幼児退行なのか、或いは今まで張ってた見栄が弾け飛んだ結果本当のレムルスになったのか。僕には分からない。


「おおジル~!どうだった?」

「これが鑑定書です。」

「ふむふむ良い感じじゃないか。然しまさかレムルスが大当たりとは思わなかったなぁ。タダだなんて信じられない!」


 とはいえ、才能だけあっても意味が無い。

 才能は育てることでその真価を発揮する、らしい。


「ジルは剣士だけじゃなくて、奴隷商の才能もあるのかもしれないね!」

「はは、そうかもしれませんね。」


 ご主人様に関しては、僕は特に何も思ってないと思ってた。

 でもいざ離れるとなると、ほんの少しだけ、寂しい気がする。


「んじゃ荷物はもう纏めておいたから!明日にも迎えが来ると思うよ!」


 ご主人様には全然そんな様子はないけれど。



 ………



「………ん?」


 目が覚めると、馬車の中に居た。

 もしかして日付が変わった瞬間に迎えが来たのだろうか。


「ん…レムルス…?」


 見当たらない。

 別々に運ばれているのだろうか。


「あの…」

「私語は慎め」


 私の隣からそんな声がしてきたかと思うと、何とも言えない不快感と共に、何もしゃべりたくなくなった。

 今は彼が僕の持ち主らしい。


 馬車であることを見るに帝国側では無い。

 レムルスが心配だ。一人じゃ動けないのを良い事に、また見せしめにでもされてしまうかもしれない。

 でも、僕にはどうする事も出来ない。

 声一つ自由に出せないのだから。


 そのまま僕は、心に穴が開いたような物寂しさを抱えながら運ばれていく。


 暫くすると馬車は止まった。

 僕は隣に座ってた人に、首輪から伸びる鎖で引かれながら外に出る。


「!」


 そこは凄く、凄く大きな円形闘技場だった。

 見えているだけでも8階層はある。


「ぼーっとするな。付いてこい。」


 強引に引かれ、歩かされる。

 ご主人様のせいで麻痺してたけど、奴隷の扱いは普通これだ。

 悪い事をした覚えも無いのに、まるで自分が囚人にでもなってしまったかのような惨めな気持ちが湧き上がってくる。


 そのまま僕は、コロッセオの地下の牢獄に放り込まれた。


「おい見ろよ。女だ」

「ッチ。リジュール人か。俺ぁパスするぜ。」

「つーかまだ餓鬼じゃねえか。さしずめ余興用だなこりゃ。」


 しかもがっつり相部屋だ。

 同じく奴隷剣士が大量に押し込められている。


「………」


 まだ何も話す気になれない。

 もしかしたら僕は、あの命令のせいでもう一生言葉を話せないのかもしれない。

 奴隷、なんて不自由な身分なんだ。


 と、檻の前に今の僕の持ち主が歩いてきた。

 高そうな帝国産のスーツを着た人間だ。


「命令解除」

「あ…あの、レ」

「そいつらと"遊んでやれ"。」

「…へ?」


 男の顔が、醜悪な笑みを浮かべた。


 奴隷、なんて不自由な身分なんだ。



 ◇◇◇



「んー…」


 目が覚めると、わたくしは檻の中に居ましたわ。

 手足には枷。口にはくつわ。


 そうですわよね。

 闘技場が、戦えないわたくしを買い取る理由なんて一つしかありませんもの。


「なあ…この檻の中身、一発ぶん殴りに行っても良いかなぁ。」

「馬鹿。余興まで傷一つ付けるなと言われた筈だ。」


 もう何とも思いませんわ。

 生まれが財政難の帝国貴族家という時点で、わたくしには選択肢も可能性も最初から無かった。

 それだけのお話ですわ。


 わたくしの檻の前を、幾つもの拷問器具を乗せた台車が通り過ぎていきますわ。

 きっとわざとですわね。


「んー…」


「にしてもほんとに余興になるのか?どう見ても最初から頭いっちまってるぞあいつ」

「構わねえさ。帝国人を嬲り殺せるってだけで民衆は喜ぶ」


 分かりますわ。その気持ち。

 わたくしたちがリジュール人にしてきたことそのものですもの。

 楽には逝けないかもしれないけれど、これで終われるなら、それで…


 いいえ。

 わたくしに限って、そんなに潔く逝ける訳がありませんわ。

 それはもう醜悪な断末魔を上げながら、顔を涙でぐしょぐしょにして、碌に動けもしないのに必死にもがいて。でもきっと助かるなんてことは無くて。

 人生最悪の気分を味わいながら死ぬ事になるでしょう。

 丁度、あのパーティーみたいに。


「おい見ろ。震えてるぞ。」

「へへ。あいつがちゃんと人間で、心底安心したよ。」



 ………



 帝国式のドレスを着せられ、わたくしは闘技場に連れて来られましたわ。

 粗雑な木の椅子に縛り付けられ、闘技場の中心に置かれて。


『さあさあ今年もやって参りました!ドカル王国主催!連合諸国全ての繁栄を願う平和の祭典、大闘技大会!今年も各国から集められた勇猛果敢な戦士達が一堂に会し、我らが女神へ演舞を捧げます!』


 果てしない恐怖で意識が濁る中、耳を裂くほどの大歓声が聞こえますわ。


『今年の開幕を飾る余興をご紹介しましょう!闘技場中央におわせられるは、かの偉大なる帝国!その貴族です!』


 歓声が全てブーイングに変わりましたの。


『哀れなこの姫君は連合国領に迷い込み、今まさに、考えうる限りで最悪の死に様を晒そうとしています!そんな彼女を救うのは!』


 入場口の重厚な鉄格子が開く。

 松明で僅かに照らされたそこから出てきたのは、


「ぁ…ぅ…」


 ジル…ですわよね?

 髪も体も穢れきり、その目は虚ろ。

 おんぼろの剣を引きづりながら、まるでアンデッドの様な足取りで歩いてきますの。


『おおなんと醜い!汚らわしきリジュール人の奴隷騎士!彼女は果たして!愛しの主人を救う事ができるのか!』


「ぅ…おえええげええ!」


 ジルはその場で、濁り切った嘔吐をしてしまいましたわ。

 可哀想ななジル。一体どれだけ嬲られたのでしょうか。


「きったねえぞ!」

「最悪ー!」

「こんなところで戦う選手が可哀そうよ!」


『嗚呼!誠に申し訳ございません!リジュール人の醜悪さは大会運営の予想を遥かに上回る物だったようです!一体どうしてこのような生き物がこの世に存在するのでしょう!』


 野次と怒号とブーイングの嵐。

 ジルに向かって物まで投げられ始めましたわね。


『然しご安心を!この醜い魔物と相対するのは!』


 反対側の鉄格子が開かれ、そこからは実にがたいの良い剣闘士たちがぞろぞろと入場してきましたわ。

 その中の一人にやせこけた司祭の様な姿の方がおりますが、彼だけはわたくしの元に来ましたの。

 沢山の戒具と共に…


『今大会にて、ベッド数の多かった有望選手上位30名!我らが連合の誇る偉大なる勇士たちです!!!』


「わあああ!!!」

「そんな奴やっちまえー!」

「とっとと終わらせろ!」

「キャー!バルドル様ー!」


 戦士たちが配置につきましたわ。

 これから何が起こるかなんて、火を見るよりも明白。


『ルールは簡単!このリジュール人が一度膝をつくごとに、帝国の小娘…ごほん!捕らわれの乙女に新たな戒具が追加されていきます!どれもドワーフの国より取り寄せた一級品!一つ一つが激しい苦痛を齎し、狂死もありえるでしょう!

 そしてこの奴隷戦士が倒れた場合は…ご主人様も後を追う事となるでしょう!』


「…ふふ」


 良かったですわね。ジル。

 わたくしたち、一緒のゴミ箱で果てれますわ。

 この、闘技場みたいに大きなゴミ箱の底で。


『さあ両者見合って!』


 ジルはきっと、抵抗せずに一瞬で刃に斬られるでしょう。

 わたくしが、直ぐに散れるように。

 分かっていますわ。あなたはそういう方だと。

 誰よりも優しい。わたくしの…


 大切なお方。


『はじめ!』


 次の瞬間。

 勇士たちが全員、胴体に大きな傷を負いながら壁に叩き付けられましたわ。

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