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転売される

「は…は…ん…はぁ…はぁ…」


 不意にドアが開き、ドアに張り付いてた僕は転げた。


「わっ!」

「ん?」


 出てきたのは、レムルスを抱えたご主人様。

 レムルスは、眠ってるみたいだ。


「あの…ご主人様…これは…」

「床、拭いとけよ」

「…はい…すみません…」


 凄く恥ずかしい。

 でもご主人様はあまり怒ってなかったみたい。むしろ…


「ご主人様が僕を気に入ってくれたのは…僕がこういう子だから…?」


 考えるのはよそう。



 ………



 レムルスを拾って三週間。

 この子はみるみる回復していった。


「なんかあれみたいだね!鮮魚コーナーに売られてる貝とかを水槽で復活させて飼うやつ!」


 ご主人様、今はどちらかと言えばレムルスに夢中だった。

 少し嫉妬だけど、聞いた所レムルスもすごくかわいそうな子だから、暫くは気にしない事にした。


「……ジル……」


 それに、レムルスは僕に懐いてくれた。

 気が付くといつも僕に寄りかかってる。暖かいし、近くで見ると可愛い。


「どうしたの?レムルス。」

「貴女はわたくしが憎いですか?」

「まあね。帝国人だし。君はどう?リジュール人は相変わらずネズミ以下?」

「今はそうは見えませんわね…地位も…人種も…同じ奴隷の身であるなら関係ありませんわ…」

「ちょっと、ずるいよレムルス。運命の憎悪の鎖は?」

「ふふ。なんですのそれ?うわごとなど覚えておりませんわ。」


 出会った頃は肌も顔も綺麗だったレムルス。

 今は全身傷跡だらけ。見ているだけで痛々しい。

 おまけに手足が不自由になったので、いつも僕にもたれかかるようになった。


 あんなこともあってか、口数は随分少なくなった。

 でもたまに、囁くように話しかけてくる。


「わたくしたちもいつか、処分されるのでしょうか。」

「だろうね。その時は一緒のゴミ箱に入ろう。」

「…死ぬのが怖くないんですの?」

「そりゃこわいよ。本当は今すぐにでも逃げ出したい。でも、どうしようもないんだ。受け容れるしかないよ。」


 かたや孤独なリジュール人。

 かたや体の不自由な元帝国貴族。

 今この瞬間を生きてるだけで、奇跡みたいな物なんだ。


「そう…だったんですのね。貴女はもう…受け入れる事ができたのですわね…わたくしたち弱者に…希望なんて欠片も無い事を…」

「うん。まあね」


 僕は勇者じゃないし、それらしい選ばれた特別な人間なんかでもない。

 叙事詩の中で、一行で大勢殺されるその他大勢の中の一人でしかない。

 私も、そしてきっとレムルスも。


「わたくしたちは…何のために生まれてきたのでしょう…」

「理由なんてないよ。しいて言えば、人間と言う種を増やすための、遺伝子の奴隷としてかな。最も、僕にはもうその役割を果たす力も無いんだけどね。」

「空虚、ですわね」

「そうだね。このまま生きてても空虚なだけ。だから、生きる理由を自分で後から作るんだ。僕の場合はそう、できるだけ長く苦しんでから死にたいから、かな」

「ふ、不思議な願望ですわね。ならわたくしはその逆が良いですわ。できるだけ…そう、シャンデリアの様に、最後は一瞬で壊れてしまいたいですの。」


 壮絶な絶望は、きっと人を変えてしまう。

 きっとレムルスのそれは、僕とは比べ物にならない。

 いつかの帝国兵の言葉を借りるなら、レムルスは僕と違って富める幸せを知っている。


「…それとは少し違うんですけどね。」

「ん?」

「ジル…わたくしを、罰してはくれませんか?ご主人じゃなくて、貴女が良いの…」



 ………



 お屋敷の地下室。

 僕はレムルスを乱暴に地面に放り投げると、壁にかかってた棘付きの鞭を手に取る。

 ここは昔ご主人様が奴隷をしつける為に使ってた場所らしく、道具が揃ってた。


「ジル…」


 レムルスが床でもぞもぞ動く。

 誰かの助けが無ければ、彼女は自力で起き上がる事もできない。


「哀れだね。お嬢様。」


 勢いを付けるために、鞭を振り回す。

 ひゅんひゅんと、恐怖を煽るような風を切る音がする。


「苦しむ僕を見て、随分楽しそうにしてたね。」

「はい…すっごく楽しかったですわ…リジュール人は何をしても許される家畜と、心からそう思っておりましたわ!」


 パシュンッ!

「ひゅぐ!」


 そんな心地よい音と共に、彼女の身体に新しい傷が刻まれる。


「僕が!」

 パシュン!「ひぎゅ!


「どれだけ!」

 パシンッ!「ひゃい!」


「痛くて!」

 バシュン!「うぎゅっ!」


「苦しくて!」

 バシン!「いぎぃ!」


「惨めな気持ちだったか!」

 バシン!「あぐっ!」


「分からないでしょうね!」

 バシン!「ひぎゃっ!」


 勿論僕を見物してたレムルスを実際に見たわけではない。けれどその気持ちは容易に想像がついた。あのパーティーで、僕がレムルスを見た時ときっと同じだ。

 少し夢中になってしまった。

 気付けば僕の息は切れていて、レムルスは生傷だらけ。床にも血が滲んでいる。


「は…は…はぁ…」


 汗が垂れる。肩も少し痛い。


「えぇ…そうですわ…わたくしは最低な子…世間知らずでお馬鹿で傲慢で!人の気持ちなんて何一つ分からない最低な子ですわ!」

「理解できたじゃん!その通り!君も僕も悪い子だ!だから!」


 肩が悲鳴をあげる。

 知った事か。


「こんな最悪の人生になって当然なんだ!!!」

 バシイイィィィイン!


 これは、いつしか儀式になっていた。

 僕等の不幸を正当化する為の、儀式。



 ………



「君達が仲良くなれたようで私も凄く嬉しいけど…」


 夕食時。

 僕は右肩を脱臼して、レムルスに至っては全身包帯だらけだった。


「地下で何やってたの?」

「少し…儀式を…」

「へー。人間もそう言うのやるんだ!今度調べてみようかな…」


 あれから、僕とレムルスはらぶらぶになった。と思う。多分。恐らく。きっと。

 レムルスは前よりも一層僕にべったりくっつくようになって、たまに耳を咥えてくるようになった。

 相変わらず口数は少ない、というか前よりも少なくなった。殆ど全く喋らない。

 多分、彼女も彼女なりに満足できたんだと思う。


 時折耳を咥えて来るので、僕も時折頭を撫でたりしてやった。


 レムルスは、自分の居場所を見つけられたんだろう。

 いずれ来る捨てられる日まで、このまま…


「あ、そうだジル。」

「?」

「そろそろ君達を、一度手放そうかと思うんだ。」

「!?」


 以外と早かった。いやそんなでもない?

 出会った頃はあんなだった癖に…

 レムルスは…良かった。穏やかだ。むしろ少し嬉しそう?


「あ、誤解しないでくれ!決して君達に愛想を尽かしたとかそう言うのじゃないんだ!そう言うのじゃないんだけど…ちょっと最近懐が厳しくてさー。」

「10億も出したのに?」

「悲しいけど仕方ない。君達は転売する事にしたんだ。ケーのお墨付きの時点で高値は確定してるんだけど、どうせなら黒字にしたい。てことで!」


 ばーんと、ご主人様は魔族に似つかわしくない、神殿のポスターを机に叩き付ける。


「君達の"才能"を発現させる!」

「才能を………発現?」

「あれ、もしかして知らない?ま魔王と縁のないリジュール人なら無理も無いか。」


 そこからご主人様は、僕に魔王についてを教えてくれた。


 まずこの世界には、不定期でランダムな場所に魔王城が現れ、その周囲は魔界と呼ばれる危険な場所に変わる。魔界には魔物が発生し、魔物が増えれば魔界もどんどん広がっていく。

 それを鎮圧するには、魔界を渡り魔王城を攻略し、魔王を倒す必要があるんだとか。


「で、魔物と戦う為には"才能"ってのが必要なの!因みになんだけど私の才能は医者!勇者ってのも一応才能なんだよ!まあ帝国じゃあまりなじみ無い文化ではあるけどね。人海戦術で銃とか戦車でがーってやっちゃうから。」


 魔王城は何となく知ってたけど、魔界が云々の前にその場から退散してしまうのでそのあたりの事は知らなかった。


「つまり、僕らを魔王城攻略隊みたいな場所に売ると?」

「違う違う。君達を売る場所はもう決めてる。」


 ばーんと別なポスターを出す。


「コロッセオさ。」

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