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ゴミあさり

 ご主人様との暮らしは上々だった。

 温かいご飯。ふかふかの寝床。殆ど無い仕事。

 僕は幸福と虚しさの織り交ざった物に身を浸しながら、日々を空虚に過ごしていた。


 そして寝床に入ると、いつも妄想する。

 不幸と死について。


 悲しみに取りつかれ、幸せの薬に走って廃人になったり。

 不本意な犯罪で捕まって、できるだけ長い間苦しむ方法で処刑されたり。

 とうとうご主人様に愛想をつかされて、自分の爪で自分の首をかき切って自害するように命令されたり。


 そんな苦痛と死を妄想するたび、僕の身体は火照り、鼓動は加速する。

 ああ愛しき理不尽よ。次は僕を何処に連れて行ってくれるのだろうか。



 ………



 休みなので、今日はご主人様が楽しい所に連れてってくれるらしい。


「いやぁ驚いたよ。まさか君があの"黒鉄の剣姫"だったなんて。今でも強いの?」

「いえ。あれは機械に操られていただけなので、僕の力では…」

「ふぅん。あでも、だとしたら帝国の事死ぬほど恨んでるでしょ。元はと言えば帝国に攫われちゃったのが堕落の始まりだし。もしそうなら、今夜は楽しめるよ。」

「?」


 ご主人様に連れられてやってきたのは、僕が買い取られたオークション会場だ。

 でも前来た時とはだいぶ内装が違う。


「これは?」

「ふっふっふ。チケット取るの大変だったんだよぉ?」


 何が起こるのか見当もつかないまま、開演時間が始まった。


「さあさあ紳士淑女の皆さま!今宵もお集まりいただき心からの感謝を!さあさあ早速!今宵のスケープゴートをご紹介しましょう!」


 運ばれてきたのは、裸にされて、台に磔になった女の子。

 白い肌。金髪に青い瞳…

 あ、駐屯城がなんとかの子だ。


「んー!むぐー!」

「第四駐屯城領ミルハイム伯爵家長女!レミリス・ミルハイムです!」


 凄いブーイングだ。

 やっぱり帝国は嫌われてるらしいし、僕も嫌いだ。


 舞台袖から、刃物や変な形の拷問器具を持った黒服の男達が出てくる。


「さあ今宵は!帝国に受けてきた数々の苦渋を全て!忌々しい小娘に苦痛としてお返しいたしましょう!」

「ふぐーーー!むぐーーーー!」


 歓声。

 そこで僕は、漸くこのパーティーの意図が分かった。


「さあ、始まるよジル。あったかもしれない、君の末路が。」


 それはもう、壮絶だった。

 一体どれだけの罪を犯せばこんな罰を受けるのだろうとさえ思った。

 レミリスはそれから、殴られ、犯され、切られ、焼かれ、刺され。

 この世全ての拷問を集めたかのようなショーの主役にされた。


「僕も…ああなってたかもしれない?」

「かもね。一応君リジュール人だし。」


 思いつく限りの苦痛が全部、一人の女の子に集結していくその様を見て。

 生理的嫌悪感と共に、心の底から優越感が湧いた。

 まるで、自分が受けてきた物を全部お返しできたかの様な、そんな果てしない快楽に溺れた。

 そして、一歩運命が違ったら僕があの台の上に居たかもしれないと言う、果てしない恐怖と興奮が、そんな快楽を味付ける。


「はぁ…はぁ…はぁ…」

「ん?大丈夫?」

「ありがとうございます…ご主人様…これが見れただけで僕…もうこの世に未練はありません…!」

「気に入ってくれてよかった!」


 きっと僕、今凄い顔してるんだろうなぁ。



 ………



 三日三晩続いたそのパーティー。

 会場を出る頃には朝になっていた。

 まだ体が火照ってる。


「そうだなぁ。じゃこの後は衣料品店にでも…ジル?」


 変な気配がして、僕は会場の裏まで来た。

 すると、レムルスがゴミ箱に捨てられてるのを見つけた。


「うわ~。こうやって処分してるんだ。初めて見た。良く気付いたね~ジル。」


 切り落とされた腕と足と一緒に、本当にゴミみたいに捨てられてる。


「……………っ…………」


「驚いた。まだ生きてたんだ。」

「ご主人様。こ」

「良いよ!せっかくタダならもらっちゃおう。」


 ご主人様はレムルスを、僕は一緒に捨てられてたレムルスの手足を持って車に乗った。ご主人様曰く、ちょっと汚れてるけど一応使えるかもしれないらしい。

 手足を荷台に放り込むと、僕はレムルスと一緒に後部座席に乗った。


「………し………」


「何か言ってる」

「傷口を焼かれたお陰で偶然止血効果になったとは言え良く生きてたねぇ。きっといいものをたらふく食べて育ったんだろうね。妬いちゃうぜ!もう!あ、はいポーション。魔界産の高級品だけど、使いどころ無くて困ってたんだ。貰い物だし。」


 ポーションを、うわごとを呟くレムルスに少しづつ潅ぎながら、僕等は二人でご主人様の車に揺られた。


「…して…わたくしが…こんな目に…」


 体力が回復したのか、言葉が少し聞き取れるようになった。ポーション凄い。


「………ジル………」

「え、僕が分かるの?」

「…貴女の事…知ってますわ…昔…第七駐屯城で………」


 確かに僕が居た場所だ。

 でも僕にはレムルスの記憶はない。


 ポーションが空になる頃には、レムルスはだいぶ元気になった。


「もがいて…泣き叫ぶ貴女に対して…無理矢理改造手術が行われていく様子を…マジックミラーから見ていましたわ…凄く…凄く気持ちよくて…楽しかった…」

「…そう…」

「でも貴女はきっといい子ですわ…わたくしを助けたんですもの…」

「見捨てる程の冷酷さが無かっただけだよ。」


 違う。どちらかと言えば、嫉妬だ。

 ゴミ箱に、ゴミみたいに捨てられてるのを見て、うらやましくなっただけだ。


「じゃあこういうのはどう?レムルス。僕はね、とんでもない目に逢ってる君を見て、快楽の最高潮に達したんだ。」

「ふ…ふっふっふっふっふ…なんて素晴らしいんでしょう…わたくしたちは…運命の憎悪の鎖で…繋がっていたんですわね…」


 そんな事を話しているうちに、ご主人様の家についた。

 僕はレムルスを抱え、ご主人様に腕と足と一緒に渡す。


「この四肢…保存状態は悪いけど新鮮っちゃ新鮮だし…まあ何とかなるか!」


 そんな事を言いながら、ご主人様は自室に入っていった。

 暫く暇だ。



 ◇◇◇



「ふぎゅううううううううう!!!」


 噛ませられた布越しに、わたくしの絶叫が聞こえますわ。

 あまりの激痛で、体と心が別々の場所にあるかのような錯覚に陥りましたの。


「わっはは!人間の癖に、家畜みたいな鳴き声だね!ジルには変な人間を見つける才能があるのかも!」


 魔族の方は、随分楽しそうにわたくしの四肢や傷を縫い合わせていますわ。

 麻酔なんて当然ありませんわ。


「ひぎいいいいいぃぃぃぃ!!!」


 もがく体はベルトで縛られていますの。

 本当に皆様、わたくしを拘束するのがお好きなようで。


「いや、もしかしたら案外本当に家畜かも知れないね!綺麗なお屋敷で、いい物を沢山食べさせられて、躾はしっかりするけど、ストレスは無く暮らさせるんだ。いいお家に嫁がせるって言う目的の為に!」


「ふ…ふぐっ…ゴポッ」


 眼球がぐるんと上を向いて、たくさんの泡を吹いて、わたくしは意識を失いましたわ。

 一体今自分がどんな酷い顔なのか、想像したくもありませんの。



 ………



 今思えば、あの日は全てが不自然でしたわ。


「わ…わたくし一人で?」

「ああそうだ。お前ももう16になるだろう?そろそろ一人前の社交と言う物を身に着けるべきだ。」

「かしこまりましたわ。お父様。そうですわよね、わたくしとて貴族の娘。早く一端にならなければいけませんわ。」


 いつもは病的な程心配性なお父様が、わたくしを一人で辺境伯の元に向かわせた事。

 移動に車では無く馬車を充てた事。

 そして、


「お父様もお母様も、どうしてあんなに悲しそうなお顔を…?」


 予兆はあちこちにあったのに、わたくしは見て見ぬふりをした。

 ただの杞憂。ただの考えすぎ。

 そう思っていないと、恐怖でおかしくなってしまうから。


 馬車は、辺境伯領に向かう途中の山道で止まった。


「ん?どうしたしたの?」

「…申し訳ございません。お嬢様。」


 強引に開けられる扉。

 押し入る男達。


「や!離しなさい!わたくしを誰だと思って!」


 今思えば、あの瞬間にはもう、わたくしは何者でもなかったのでしょうね。



 ………



「…しなさい…」

「ん?」

「どうせ…売り渡すつもりだったなら…わたくしの時間を…返しなさい…」

「んん?」


 拘束はもう解かれていたのか、少し身をよじると、わたくしの身体はどさりと台から落ちた。


「どうせこんな末路しかないのであれば…もっと…もっと自由に…幸せに過ごしたかった…」


 ずりずりと、胴体を床がする感覚がしますの。

 手足が戻っていますわ。


「もっと…お友達と遊びたかった…もっと…好きな時間に寝て起きたかった…厳しい言いつけも…将来の為と全部守って…最後がこんな…こんな…」

「はあ。やれやれだ。」


 体が浮き上がる感覚。

 意識も感覚もまだ朦朧としておりますが、わたくしはどうやら抱き上げられたみたいですわ。


「至極当然の流れとは言え君には少しだけ同情するよ。レムルス。丁度金髪の人間も一度飼ってみたいと思ってたんだ。」

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