奴隷
「だいぶ動くようになってきた…」
朝日と共に目覚めると、外が少し騒がしかった。
窓から外の様子を見て見ると、見知らぬ集団が来ている。
「撤退しろだと!?ふざけんじゃねえ!」
「ふざけてなどおりません。この骸鉱化魔王城の埋蔵量に、あなた方の仕事量が見合っていないと言っているのです。既に帝国の売買法に基づき正式に買取手続きは行われました。これは要求では無く報告です。」
「何言ってやがる!ありゃ軟質岩だ!直ぐに掘り進めると崩れちまうんだよ!」
「貴方方の迷信頼りな低レベルの技術について話している訳ではありません。それもどうせ、文明としての発展を代償にした自然との調和とやらの思し召しでしょう。」
「何言ってんだお前!そう言う話をしているんじゃ…」
「ともかく、明日までに荷物を片付け撤退してください。見張りも付けておきますからね。以上」
何で、なんでこんな事に。
「ちぃ…」
「どうするだよ夫長。此処であと3カ月は食いつなぐ予定だったのに…」
「どうするも何も…こうなりゃもう退くしかねえだろうがよぉ!」
「んな事したら全員飢え死ぬぞ!」
せっかく見つけた居場所だと思っていたのに。
何とか、何とかしなきゃ。
「何って…何?」
僕に、何ができる?
泥かきと土下座しか能の無い、僕に…
勘違いしてたんだ。
誰かに認められて、いっぱしに働いたつもりになって。
結局僕は、弱いまま。
そうだ。
結局僕は、弱いまま。
何もできない、ただの"ドブネズミ以下の奴隷"。
「う…うぐ…ひっく…」
寝床の上でくるまり、すすり泣く。
僕はなんて愚かで、無力なんだ。
僕には何もできない。
せめて迷惑にならないように、此処を去ろう。
重い脚で宿から出る。
玄関までこんなに遠かったっけ。
治りかけの指で扉を開ける。
「おお!あの子ですか!」
「…?」
広間に居たのは、黒いスーツの男だった。
シルクハットに高そうな時計。その顔は猫。確か、ケットシーって言う種族だ。
「どいつもこいつもふさげるのもたいがいにしろ!うちの大事な労働者を奴隷として差し出せだと!?」
「違います。差し出すのではなく、売却のご提案をさせて頂いているだけです。ふむふむ、性別がやや分かりにくいですがあの見た目。既に"これくらい"にはなるかと。」
「…!こりゃ…」
奴隷商…?
「タイミングが良すぎる。こいつらぜってーグルだぜ!きたねえ真似しやがる!」
「でもこの額…3カ月食いつなぐどころか機材を一新してもおつりが…」
「馬鹿言え!ジルはぜってえに…」
無力な僕でも、出来る事がある。
目の前に。
「行きます。」
「ジル!?いつから聞いて…」
「おお~!なんと美しい声でしょう!それにやはり性別はメス!これはお値段にたっぷり色を付けても問題ありませんねぇ!」
きっと、廃坑に飛び込もうとしてた頃の僕なら、こんな事は絶対にしなかった。
「これで…皆助かるんですよね…」
「待て!早まるんじゃねえ!お前はもう立派な仲間だ!」
「僕は、皆さんほど長い付き合いがあるわけではありません。元々は、たまたま流れ着いた浮浪者みたいな物です。こんな身の上でも、皆さんは僕を受け入れてくれて、食べ物をくれて、寝床をくれて…一瞬でも、家族って呼べるんじゃないかってそんな馬鹿な考えも湧く程に、僕は皆さんから沢山の物を頂きました。これは、せめてもの恩返しです。」
「ジル…」
「今までありがとうございました。このご恩は一生忘れません。」
目を閉じ、ケットシーの前に立つ。
「もう未練はありません。」
「実に…ああ実に実に素晴らしい!これは調教の手間も無・さ・そ・う・だ☆」
首筋にちくりと言う痛みがしたかと思えば、僕は急激に意識を失っていく。
ごめんみんな。こんな別れ方になって。
ありがとう。さよなら。
………
「………ん?」
目が覚めると共に、酷い頭痛と体の圧迫感に見舞われた。
付けられた冷たい首輪、多分何らかの魔導具だ。
「んー!むぐー!」
「ぐす…ひっく…」
あちこちからもがく声やすすり泣きが聞こえてくる。
暗いが、今僕は鉄格子の中に居るらしい。揺れているのを見るに馬車か、車か、或いは列車か。
他にも同じような檻が何個も暗がりの中に見える。中に居る他の子達も、ぼんやりと。
「…あ。」
そう言えば僕は自由だ。服は安物の麻布のワンピース一枚だけになったが、首輪以外特には何も増えてない。普通は縄であったり鎖で拘束されるような物だが。
抵抗しないだろうと踏んでいるのかもしれない。
まあ実際、望んで奴隷に堕ちたのでそうなのだが。
狭い檻の中に寝そべり、目を閉じる。
なんやかんや夜も騒がしいあの集落よりも少し静かくらいだ。
「せめて下着くらい…いや、それも贅沢か」
不思議な気分だった。
普通はもう人として最悪の状況なのだろうけれど、何故かこの心は満ち足りてて、今の全てに満足できていた。
「外しなさい!わたくしを誰だと思っているんですの!?わたくしは第四駐屯城領ミルハイム伯爵家長女のレミリス・ミルハイムですのよ!」
「ええ存じておりますとも。貴女には既に飛び切りの買い手が見つかっておりますので、心待ちにしていて下さいませ。」
「あ、ちょっと!どこ行…むぐぐ!」
貴族も此処に居るんだ。
何だか不思議な感じだ。まるで別世界に来たみたい。
それから暫くは何も起こらなかった。
たたずっと悲しそうな声があちこちから聞こえてきて、可哀想になった。
揺れが止まり、冷たい風と共に視界が少しだけ明るくなる。
外は夜らしい。
奴隷商の従業員っぽい人達が次々と檻を運び出す。
「ん?ケーさん。この人少しも拘束されておりませんが。」
「ああ。その方は自ら己の身をお売りになられた方です。愛しき家族の為にね。嗚呼なんと純真なのでしょう!」
「へぇ。」
僕もまた運び出される。
「例え母親の為でも、俺には真似できないな。」
………
何日間かは、牢獄みたいな場所に入れられた。
向かいの部屋は、移動中に騒いでたなんとか伯爵家の子。
最初はあちこちで叩いたり怒ったり騒いだりする音がしたけど、そう言う子は時たま檻から出されてどこかに連れてかれて、暫くすると戻される。
戻された時は静かになってるんだ。くたびれているのか、或いは怖がっているかで。
そんな中。
「早く此処からださなさい!今にみてなさいよ!お父様の私兵が今に此処を見つけ出せば、あなた方なんで終わりですわ!」
迎えの子だけはずっと元気だったけど、何処かに連れてかれる様子はなかった。
どうにも話す気にはなれないけれど。
そんな日々が少しの間続くと。
「さあジルさん。貴方の番ですよ。」
僕も檻から出された。
これから怖い事か、それとも疲れる事をされるのかと思ったけれど。
僕は別な檻に入れられて、馬車に乗せられて、どこかに運ばれて行く。
………
やってきたのは、大きな鏡が幾つも並んだ部屋。
綺麗な給仕さんが、鏡の前に座る沢山の女の子をおめかししている。
「とびきり可愛くしてあげましょうね~」
「嫌…可愛くなんて…しないで…」
女の子はみんな手錠とかくつわを付けられている。
成程そう言う事か。
「僕も何か付けた方が良いですか?えっと…ケーさん?」
「いえいえ結構。貴女は手を加える前から身も心も最高級!一体人間時代にどんな経験をすればこのように華開くのか実に気になる所ですねぇ!」
僕も例外では無かった。おめかしをするのがケーさん…僕の事を買い取ったケットシーではあるけど。
麻の服から綺麗なドレスに変えられて、お化粧もされた。
鏡の前の僕はまるで別人…とまではいかなくても、確実に綺麗になった。
あと、髪を軽く切られた。最近伸び気味だったのが、ドールから解放された直後みたいなショートカットに戻る。
「普通は髪の毛が伸びるまで待ってから出すのですが、やはり貴女は短い方が似合います。さ、これで十分でしょう。」
ケーさんが僕の首輪に触れると、そこから鎖が伸びた。
「行きますよ。貴女にはきっと素晴らしいご主人様が待っています!」