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泥かき

 帝国にも連合諸国にもリジュール人の居場所は無い。

 商売は上手く行かないし、体も売れない。

 だからリジュール人は文明から遠く離れた森や山の中で、集落を作って自給自足をしてる訳だけど…


 幾ら待っても魚が釣れない。

 火を起こす前に道具を壊してしまう。

 獣を狩るにも武器を持ってないし、戦士への伝統として武器の作り方は教えられていない。

 よく考えたら、そもそも今の僕は流動食以外食べれない。


 それでもお腹は鳴る。


「………」


 もう夜だ。

 藪の向こうに街明かりが見える。

 見て見ぬふりをするつもりだったけど、背に腹は代えられないので行ってみる事にした。



 ………



「げ…リジュール人かよ。何の用だ。今日はもう閉山してるぜ。」


 やってきて早々早速番兵に止められた。


「此処は?」

「骸鉱化した魔王城の袂に据えられた臨時集落だ。まさか知らずに来たのか?」


 まずい。魔王城に関して何も知らない。

 大人しく退散するか。

 いや然し夜の森に籠るなんて、今の僕じゃただの自殺行為だ。


「すみません。旅の者なのですが宿に困ってしまい…」

「はぁ?何でリジュール人に寝床を貸さなきゃいけねえんだ。しっし。あっち行った。」

「う…」


 面と向かって拒まれるのも心にくるものがある。

 それでも、縋らなきゃいけないんだ。


「し…仕事…何か仕事はありませんか?」

「あ?だからもう閉山したっつって…いや、一個あるな。だが女子供に任せる仕事じゃ…」

「それをやります!だからどうか…せめてパンだけでも恵んで頂けないでしょうか!」


 手と額を地に平伏する。

 これこそ今僕が使える唯一の技。


「お願いします!」

「あ、おい!分かった!分かったから顔を上げてくれ!」

「ありがとうございます!」


 不思議な事に一度目ほど辛い気持ちにはならなかった。

 むしろ、リジュール人の身分で集落に入れてくれた事に心からの感謝さえ覚えた。


「鉱石を洗った時に出る泥を流す側溝だ。見ての通り完全に埋もれてるが、男どもはいつも採掘のせいでくたくただ。掃除する余裕なんてねえ」

「任せて下さい。力仕事には自信があります」

「本当かぁ?まあ、とりあえず頼んどくぜ。ふわぁ…俺はもう寝る。明日までに一区画でも終わらせとけばなんか恵んでやる。んじゃ」


 そう言って、番兵さんは建物の中に入っていった。

 正直僕も眠いけど、そんな事言ってられない。頑張らなきゃ。



 ………



「おい見ろよこれ…」

「嘘だろ…」


 体が痛い。瞼も重い。自分が今どんな動きをしてるかもわからない。

 ただシャベルとかき板で掃き出すだけかと思ったけど、想像以上に大変だ。

 砂利とか鉱石の欠片とかが混じった粘土質の凄く重い泥が延々と肩と足腰にのしかかる。拷問を受けてる気分だ。


「おいリジュール人!お前…」

「ず…みまぜん…慣れてなくて…」

「これ全部一人でやったのか!?」

「…はぇ?」


 番兵さんは泥の山を指さした。


「そう…ですけど…もしかして何か間違って…」

「おいお前ら!直ぐに飯の支度をしろ!ええとリジュール人って何喰うんだ?確か腐った肉とかだったよな!」

「いえ…おかゆがあれば…」

「粥か。分かった!待ってろ直ぐに用意してやるからな!」


 これは、気に入られたって事で良いのだろうか。


「驚いた…あんなに華奢なのに、たった一晩であれだけの泥を。誰だぁ?リジュール人は20になるまで親におぶられて暮らすとか言ってたやつ」

「おいお前旅人とか言ってたな。もう発つのか?どうせなら、この魔王城が掘り尽くされるまで此処に居たらどうだ。魔鉱山労働は稼げるぜ?」


「え…?」


 これは…受け入れられているの?リジュール人のこの僕が?

 確かに帝国ほどリジュール人への風当たりは強く無いとは言え、まさかそんな。


 あれよあれよと流されて、僕はそのまま集会場の様な場所に連れてかれる。


「米が無かったからパン粥にしたぞ!さあ食え!」

「え…こんなにたくさん…良いんですか?」

「たりめえよぉ。働いてくれるなら人種なんざ関係ねえ!」


 目の前にはあつあつの食事。


「ありがとう…ございます…!本当に…本当に…!」

「おい泣くなって!」

「ぐすっ…はい、そうですね…頂きます…!」


 僕は無我夢中でパン粥を飲み干す。

 このシリコンの歯じゃ、物は噛めないから。


「はっはっは!良い喰いっぷりだな!好きなだけ食え!」


 味は殆ど無かった。

 それでも、こんなに美味しい食事は生まれて初めてだった。

 心も体もぽかぽかして、また無性に涙が溢れてくる。


「あの…もう少し…此処に居ても良いですか…?」

「たりめえだろ!そうだ、今日は骸鉱化魔王城に連れてってやる!パワーもスタミナもあるお前なら、きっと沢山掘り出せる!」


 ずっと独りぼっちだと思ってた。

 だから。

 例え利害関係だったとしても、誰かに受け入れられた事がどうしよもなく嬉しかった。



 ………



 二週間程経った。

 鉱山労働者さん達とはすっかり打ち解けて、みんな僕の事をジルって名前で呼んでくれるようになった。

 それにこの鉱山は掘っても掘っても鉱石が出てくるから、どんどん人が集まってきたんだ。


「おいジル!向こうにもパンを運んでくれ!」

「はい!」


 僕はもっぱら炊事と泥かき、あとたまに鉱山にも入った。

 どうやらこの集落は、魔王が打ち取られて鉱山に変わった場所を転々とする移動組織が中心になっているらしい。

 もしかしたらこのまま、此処が僕の居場所になるのかな。


 そんな事を考えながら幸せに暮らしてた時だった。


 泥かきをしていると、べちゃっという音と共に、顔の半分を粘っこく冷たい感触が覆った。


「…?」

「なんでリジュール人が居るんだぁ?此処は人間様の為の活動拠点じゃねえのかぁ!?」


 泥を投げてきたのは、最近入ってきた帝国人だった。


「あ、はは…」

「何へらへらしてんだよ!」


 もっかい投げられた。

 今度は砂利を多く含んでいて、普通に痛い。


「うっ」

「テメェみてえなドブネズミ以下の奴隷は良いよなぁ!富める幸せなんざこれっぽっちもしらねえから!こんな肥溜めでも平気で暮らせる!なんで俺なんかがこんな奴と同じ空気を吸わなきゃいけねえんだよ!」

「………」


 何だか怖い。

 仕事の途中だけど、一度退散する事にした。

 道具と一緒に溝からはい出そうとしたら。

 手を踏まれた。


「痛い!」


 思わず溝の底に転げる。


「俺はお前らとは違う!士官学校でトップの成績に立ち!将来を約束されたはずだったんだ!全部…全部あいつのせいだ!」


 石まで投げてきた。


「いや!やめて!」

「うるせぇ!何で…何でエリートの俺がこんな浮浪者の集まりと一緒に居なきゃいけねえんだ!」


「おい何事だ!」

「テメェ何してやがる!」


 大きな声を出したおかげか、人が集まってきた。

 帝国人は取り押さえられていく。


「離せ石拾いの貧民共!俺はこいつを殺すんだぁ!」

「どこが浮浪者の集まりだって!?誰が貧民だって!?」


 帝国人は、そのままどこかに連れてかれる。


「大丈夫かジル!げ、すげー血だ!直ぐに手当てしねえと!」


 なんとか僕は溝から引き上げられて、医務棟まで運ばれた。

 長年鉱山労働をやってるだけあってか、医療物資は場違いな程一級品が揃ってる。


「ご…ごめんなさい…僕が…」

「謝る必要なんてねえ。悪いのは全部あいつだ。」


 僕は自分の手を見る。

 かなり強く踏まれたらしい。包帯がぐるぐる巻きで、これじゃあ道具を持てない。


「ごめんなさい…もうここに居れそうには…」

「気にすんなって。お前は少し働きすぎだ。暫く休めばいいさ。」


 最初は差別こそされたけど、此処の人達は凄く優しい。


「ぐすっ…ありがとう…ございます…直ぐに治して、またすぐ復帰します!」

「おうよ!そんな小傷、俺が五年前に二十四針縫ったあの大事故の…」


 此処が僕の居場所だと、その時は確かに本気で思ってた。

 結局、僕が鉱山労働に復帰する事は無かった。

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