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 背中がすーすーする。それに軽い。

 暫くは。尾てい骨から首までは触れない方が良いみたいなので、僕は無地無装飾の黒いパンツだけを身に着けていた。

 今は一人、宿泊の為に貸し与えられた酒場の屋根裏部屋から、窓の外をぼんやり眺めている。


 無機質で機械的な帝国とは、随分街並みが違う。

 機構に手を翳すだけで当たり前の様に水が出てくるのは、実は凄い事なのだろうか。ジッドさんもパン屋のおばさんも、定期的に井戸から水を汲んでいる。大変そうだ。


 天が少し暗くなる。

 飛空艇の船団が、下町にやってきたらしい。

 飛空艇からは幾つもの小機が飛んできて、それらが下町に降りて来る。中から現れたのは、帝国の兵士。


 ドタドタと足音がしてきたかと思うと、部屋にジッドさんが入ってきた。


「ジル。悪い知らせともっと悪い知らせ、どっちから聞きたい?」

「えっと…悪い知らせ?」

「帝国兵が下町に乗り込んできやがった。ドワーフと勇者に支援してたのがバレちまったらしい。多分、第七駐屯城諸共、此処も完全に帝国のモンになっちまうだろうな。」

「もっと悪い知らせ…」

「今日で店じまいだ!」


 それだけ告げると、ジッドさんは大荷物を背負いながらまたドタドタと下の階に向かった。

 え、これ僕見捨てられたって事で良いのかな。


「見捨てる訳じゃねえぞ!ただこの手の有事での集団行動は逆効果だからな!縁があったらまた会おうぜぃ!」


 バタン

 玄関のドアが閉まる音がする。

 嘘でしょ…


 困った。

 仮に素性がバレなかったとしても、僕はリジュール人。帝国の人間に捕まったら、ジッドさん曰く、今だと強制絶滅収容所送りらしい。

 一先ず街を出なきゃ。


 生存の決意を胸に屋根裏部屋から降りると、フード付きの茶色のマントと手袋とブーツ、いくつかの道具が括りつけられたベルトが置いてあった。

 これでたまたま居合わせた冒険者に扮装すれば、騒ぎで街を出たからと言って不審がられる事は無い、という事だろうか…いやだとしても…


 もしかしてジッドさん、まだ僕が男の子だと思ってる?

 この年にしては普通か少しある方だと思うんだけど…


 ただ文句を垂れてる暇がないのも事実。


 ブーツと手袋を履いてマントを羽織る。首元の紐でしか止めれず前が凄い開いているが、ぎりぎり隠れているので大丈夫だろう。多分。

 ベルトを胴体に巻くとぶかぶかだったため斜め巻きに変え、念のため黒髪はフードで隠し、いかにも慌てた新米冒険者っぽい挙動で酒場から飛び出した。


 街は既に帝国兵で溢れかえっていた。機械武装と銃ですぐわかる。

 ここはあえて、声をかける。


「うひゃあ!何事ですか!?」

『ん?なんだ冒険者か。この街に、帝国領でありながら敵国の勇者を支援した疑いが掛かってるから一斉捜査してるとこだ。この街は早く離れた方が良いぜ嬢ちゃん。その黒髪を、俺以外の奴に見られない内にな。」

「…!ありがとうございます!」


 やっぱりわかるものなんだ。

 危なかった。


 優しい帝国兵の助言に従い、僕は街を駆けだした。


 妙に速く走れると思ったら、マントに風切りのエンチャントが付いてる。魔法にはあんまり詳しくないけど、確かかなりいい奴だ。それこそ冒険者でもない限り好き好んで買わない様なやつ。

 ジッドさん…結局良い人なのかダメな人なのか、よく分かんなかったな。



 ………



 街を出て、平野に引かれた道を歩いていた。

 青空の眩しい、良い天気だ。

 体の中はまだ機械だらけだけど、目に触れるのはもう無い。

 人に戻れるなんて夢にも思っていなくて、肩で風を切る感覚さえも愛しい。

 働く前に失職してしまったけれど、この自由に動く体があれば、何だって出来る気がする。

 もう一層、このまま旅人にでもなってしまおうか。


 向かいから人が歩いてきた。

 赤毛のかっこいい人。

 隣には、同じく赤毛の小さな女の子も居る。


 そっか。

 僕にはもう、血のつながった家族はできないんだ。

 少し寂しいな。


「…ん?おい」

「?」


 通り過ぎて少ししたところで、男の人に声をかけられた。


「お前…漆黒の鉄騎だな!」

「え?え?」

「誤魔化してても匂いでわかる!」


 男の人は剣を抜く。

 赤熱し、燃え盛る剣。


「あのスカしSF野郎が討ったって話は間違いだったみてえだなぁ。見てろよアイミ。今日こそ俺ぁ勇者っぽい事をするぜ!」

「へー…頑張って…」


 困ったな。戦っている間の事は殆ど覚えていないんだ。

 でも口ぶりと武器から見るに彼は…


「ほ…炎の勇者様…?」

「他に誰に見えるんだぁ!?まさか忘れたたぁ言わせねえぞ!」


 炎の剣がバーナーみたいに伸びる。

 シューと言う音が恐ろしげ。


「覚悟しろこの殺人…」

「待って!やめてよ!」

「あぁ!?」


 昨日自殺しようとしてたなんて嘘みたいに、死ぬのが怖かった。


「ぼ…僕は今何も武器を持ってない!勇者様は、こんな無力な女の子を焼き殺すの!?」

「お前だって同じだ!無抵抗の一般人を一体何人殺してきたんだ!」

「それは操られてただけで…」

「うるせえ知らねぇ!お前が何であろうと、無抵抗の市民を殺しまくった事実は変わんねえんだ!」


 巨大なバーナーみたいな剣が振り下ろされた。


「ひいぃ!?」


 反射的に剣に対し横向きに駆け、間一髪で回避する。

 熱い。

 あの刀身に近付いただけで、呼吸が喉が焼けるように痛い。


「ちぃ!かわすなよめんどくせぇ!どうせすぐ炭か灰になっちまうってのによぉ!」


 剣が、勇者を中心に円を描くように振るわれる。


 話が通じる相手じゃない。

 逃げなきゃ!


 跳躍し、身を翻し、剣の上を通り抜ける。

 マントの先が少し焦げる。


 草原に向け滑るように着地すると、そのまま僕は、死に物狂いで走り始めた。

 死ぬ気で走らなきゃ。さもないと死ぬ!


「あ、おいこら待て!アイミ、あいつおっかけるぞ!」

「はいはい。」


 背中が熱い。

 と思ったら、その熱が近付いてきた。


 炎の勇者が、火龍に乗って追いかけてきてた。


「ぼ…僕だって嫌だった!」


 虐殺の時は意識を切られなかったから、あの感覚は今でも覚えてる。

 悲鳴と、肉を切るあの感覚。生暖かい返り血。

 幾ら止めようとしても、あの時の僕の身体は、僕の物じゃなかった…


「死にてー奴なんてこの世にいる訳ねーだろーがよー!!!」

「違うよ!僕は…あの鎧に閉じ込められてたんだ!ずっと!ずっと!!ずっと!!!」

「あぁ!?」


 火龍が止まる


「…どういうことだ。」

「は…は…はぁ…ぜぇ…そ…のままの意味だよ…僕は…」


 そこから、村から此処に至るまでの経緯を説明した。

 本当はこんな話したくなかったけど、命には代えられない。


「あー…つまりだ」


 炎の勇者はやっと剣を納めた。


「帝国がめっちゃ悪い奴って事じゃねえか!」


 不意に火龍が解け、女の子の姿になる。

 さっき勇者の隣に居た子だ。


「ごめんなさい…貴女も被害者だったのね…」

「け。期待の斜め下だったな。せーっかく久々にやべー狂戦士と戦えると思ったのによー。まさかこんな腑抜けが…」

「ちょっとブレイズ…どうしてそんな事言えるの…!」


 僕は護国の戦士や、ましてや勇者様みたいな立派な人間じゃない。


「お願いします。だからどうか、見逃してください。」


 手袋とブーツを脱ぎ、掌と額を地に付け、強者に平伏する。

 ドールとしての日々程では無いけれど、やはり惨めな気分にはなる。


「ッチ。胸糞悪ぃ。まるでこっちが悪者じゃねえか。行くぞアイミ。真の敵が分かった以上、こいつに構う理由はもう無い。」

「………」


 遠ざかる二人の足音。

 僕は身を起こし、汚れた額を軽く手で払う。


 勇者の後姿を見ていると、なんだか無性に、苛立ちの様な物が湧いてきた。


 弱い事が、腑抜けな事が、身分不相応な人生である事が、こんな気持ちにならなきゃいけない程に悪い事なのだろうか。

 これから先も僕は地に這いつくばりながら、こびへつらって生きて行くしか無いのだろうか。


 ふと、自分の掌が視界に入った。

 幾つもの剣ダコができた、ごつごつとした手。

 あの頃は、沢山訓練すればどんな奴が来ても村を守れると思ってた。剣の達人になれば、どんな悪者も倒せるって。


 無敵だと思ってた村の守り人たちが、たった一発の鉛弾で一瞬で倒れているのを見て。

 足のけんを銃弾で貫かれて、動けないまま目の前で家族を殺されるのを見て。

 今思えばあの時の感覚が、絶望って言うんだと思う。


 僕は弱いからあんな目に遭った。

 僕は弱いから、この先もきっと何度も絶望する。何度も死にたい気持ちになる。

 僕は弱いから、この先もきっと、もう幸せになれない。


 これからの逃げ隠れの人生を思うと、掌の上に涙が落ちた。

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