差別という概念
酷い頭痛がする。
意識も濁ってる。
全身が痛い。
それでも。
遅い。
「ん?剣が黒」
授罰の鞭
漆黒に染まった剣から放たれた、横薙ぎの巨大斬撃。
完全に油断しきった今なら、一挙に当たる。
剣からピシリと言う音が鳴った。あと二回も振れば木っ端微塵だろうね。
そしてその音が聞き取れるくらいには、会場は静まり返っていた。
「…おい。今の何だ…」
「きっとこれも何かの演出だ!そうに決まってる!」
「おーい!早く起きろよー!」
ざわざわ
がやがや
次第に音が戻って来る。
「それほどの消耗状態から、広範囲系の戦技を不意打ちで放つ判断。見事だ。」
目の前には、一人の剣闘士。
「見ろ!バルドルだ!」
「俺見たぞ!リジュール人の戦技を、一人だけ跳躍でかわしたんだ!」
「てことは演出では無いのか…おいこれやばくねーか!?」
会場がざわめく。
でも、不思議と気にはならなかった。
僕の神経全部が、目の前のバルドルって人に向いてる。
「娘よ。名は。」
「…ジル…」
「我が名バルドル・アウグスト。レミウト王国より来たりし戦士なり。ジルよ、その剣技に免じ、抵抗せぬのなら一撃でそのどうしようもなく哀れな生を」
「お断り…します…」
「そうか。」
バルドルが地を踏みしめると、彼を中心に地面に赤熱した魔法陣が現れた。
「来い。リジュール人ジル!」
「ぁぁぁぁぁああああああああああ!!!」
もう何も分からない。
何で僕は今戦ってるのか。
結局僕は何がしたいのか。
何も。
何も。
何も。
剣火が散る。
剣がかち合う。
びしりと、僕の剣にひびが走った。
「お前のような剣士は初めてだ。普通の戦士が確固たる意志で振るっているのだとすれば、お前は迷いと混乱で振っている。」
「そうだよ…分かんないよ!」
剣が交わる。
剣火と共に、僕もバルドルも後ろに弾かれる。
「なんでリジュール人に生まれたからってこんな目に逢わなきゃいけないの!何で僕は自分の体すら、自分の命すら自由にできないの!何でこんな酷い人生を生きなきゃいけないの!何で!何で!なんで!!!」
剣を再び黒化させ、振るう。
僕の足元には、黒地に白い曼陀羅状の文様が広がっていく。
罪の楽土
剣の耐久力的に、これが最後。
「いつも夢に見るんだ…もしもあの時攫われてなかったらって…もしも今…まだ集落で暮らせていたらって…」
涙で視界が滲む。
「僕にはもう…絶望しか無いんだ…だからもう…堕ちていくだけなんだよ…」
「今のお前には。天上の女神でさえ答えを出すことはできないだろう。俺の口から言えるのは、それだけだ!」
その一言を合図に、僕等は共に前に跳んだ。
剣を低く構え、モノプスグレマを放とうとした瞬間だった。
体が、動かない。
隷従の首輪だ。
終わっ
"ガシャアアアアン!"
次の瞬間、砕け散った首輪が僕の足元に散らばった。
「な…動きを止め首輪を身代わりに!?」
よくわからないが今だ。
全身全霊で、バルドルを、斬る。
この手に持つ剣が砕け散る感触と共に、バルドルは吹っ飛ばされていった。
◇◇◇
ジルは折れた剣を持って、わたくしの元までやってきましたの。
「ひ…ひいぃ!」
拷問官様は逃げ出してしまいました。
なので、ジルは折れた剣でわたくしの拘束を断ち切ってくれましたわ。
「ジル…どうして…」
「彼らが君を…一息で殺すなんてとても思えなかったから。」
「ふふ、それもそうですわね。」
どうしてジルだけが特別なドールだったのか。
今なら分かりますわ。
「ジルは、とってもお強いのですわね。」
「集落では鍛錬ばかりしていたからね。」
ジルはわたくしをおぶると、開いたままの入場口に向けて歩き出しますの。
途中で、転がっていたバルドルの剣を拝借しながら。
「これからどうしますの?」
「分からない。けど、」
入場口に入る前に、ジルは空を見上げましたわ。
遠くにある、何かを見つめているかのように。
「今なら少しだけ、未来に希望ってのを持てる気がするよ。」
◇◇◇
その日は色んな事が起こった。
まず新聞の一面を飾ったのは、大闘技大会で巻き起こった動乱。
余興として殺されるはずのリジュール人の奴隷騎士が、瞬く間に30人斬りを果たして、同じく余興の予定だった帝国人を連れ行方をくらませたそうだ。
同日、ひと月にも及ぶ第七駐屯城紛争が帝国軍の勝利で終結。今代の鋼の勇者が、戦死した。
「近隣の魔王城跡を要塞化ねぇ。相変わらず上手い事考えるぜ、全く。」
ジルと別れてからは、俺は帝国領に入った。
天を穿つビル。走り回る自動車。欠片も感じねえ魔力。
俺はそこで、寂れた商店街にあるテナントを一つ借りて、そこでバーを始めた。
昼の客入りはほぼゼロだから、こうしてゆっくりテレビを見る時間がある。
"チリン♪"
と、入店を知らせるベルが鳴る。
こんな時間には珍しいな。
「いらっしゃい。此処には最高級の…んだよお前かウェリウス。一体どっからかぎつけてきやがった?」
「おいおい~数年ぶりに再会する親友に向かって最初に言う事がそれかいジッド~」
ウェリウスはカウンター席につくと、揺り椅子を始めた。
たく魔族ってのはなんでこうも行儀悪いんだ。
「いやぁ愛玩目的で飼ったペットが、まさか大金に化けるとは思わなかったよぉ。」
「あ?何の話だ?」
「闘技場荒らしの奴隷騎士、多分私が売ったやつだよ。…あ、何でも良いからお酒頂戴」
帝国金貨を指で弾き飛ばしながら雑に注文を付けてきやがった。
仕方も無いので、適当な安酒何本かでカクテルを作る。
「んだよ。来て早々自慢話か?この"雌"狐め。」
「彼女たちのお陰で、魔族である私が帝国での永住権まで得れたんだ。そりゃ自慢したくもなるよ。」
「へいへいそりゃご苦労なこった。」
出来上がったカクテルをグラスに注ぐ。
かなり強く作ってやったぜ。
「うん!美味い!…それでさジッド」
「あ?まさか魔族らしく契約でも持ち掛ける気になったか?」
「違う違う!…いや、当たらずとも遠からずだけど…」
ウェリウスはカクテルを一気飲みすると、話を続けた。
「そもそも、リジュール人がどうして酷い扱いか知ってる?帝国に至っては駆逐すら目論んでいるほどに。」
「さあな。古代にでもなんかあったのか?」
「まあそうだね。具体的には、リジュール人の存在する歴史が今のこの世界の形の正当性を否定する物なんだよ。
御存じの通り!この世界には七つの種族が存在する!魔族、ドワーフ、シーマン、エルフ、人間、獣人、天人の七つだね。そして勇者も、まるでそれらに対応するかの様に七人まで同時に存在する。これが、この世界で七と言う数字を神聖視する理由でもあるんだ。
…そのはずなんだけどぉ。」
「もしかして、リジュール人にも勇者が?」
「少し違う。均一なんだよ。勇者が現れる確率が、どの種族でも。」
「かつてはもっとたくさんの種族が居たらしい。勇者は七人だけだけど。それで、かつてはどの種族に勇者が居るかで世界のパワーバランスが決まっていた。
だがある日、旧王国…今の帝国の源流は考えた。種族を淘汰していけば、それだけ自国に勇者が現れる確率が上がると。
今行われてるリジュール人の絶滅政策も、ある種、世界をまたにかけた意識改革と言っていい。人々に、何かを差別するって言う発想を当たり前の物として植え付ける為の。だって帝国も連合も一番上は同じだぁそんくらいのことはできる!」
「成程。そりゃ確かに理にはかなってるが、そんな事俺に話してどうすんだ。」
「やだなぁ。まだ誤魔化せると思ってるの?"闇の勇者"ジッド・レジード?君に持ちかける話としてはぁ、正統性に足るものと思うんだけどねぇ。」
「…出てけ。今すぐ。知らねえのか。闇の勇者は死んだし、まだ新しく生まれても居ない。それが公式の見解だ。」
「うー怖い><」
ウェリウスは席を立つ。
二度と顔も見たくねえが、そんな望みが叶うとも思えねえな。
「ジッド。君がどれだけ望まなくても、必ず君は戦いに巻き込まれる。もし私に頼りたくなったら、私のマナを三回唱えておくれ?」
そう言い残し、ウェリウスは店を後にした。
「冗談じゃねえ。俺は…二度と…」
◇◇◇
「ねえジル。貴女は勇者様ですわ。」
「違うよ。僕は勇者なんかじゃない。もし勇者なら、才能検査の時にそう出るから。」
「いいえ。貴女は勇者様ですの。わたくしの、わたくしだけの勇者様。」
荒廃した野に流れる小川で、僕は自分と、レムルスの身体を洗っていた。
「これからどうしますの?」
「決めた。魔界に住む。」
「魔界に?何故?」
「都市型なら屋根と壁がついた空き家が幾つもあるし、お腹が空けば魔物を食べればいい。それに魔物なら、レムルスをいたぶってやろうだなんて、きっと考えたりしないからね。」
「ふふ。わたくしたち、もう人間じゃないんですわね。」
剣を洗い終え、レムルスを背負い立ち上がる。
目指すは荒廃域の向こう。人ならざる者達の都。
魔界だ。