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ドールデイ

 金縛りは嫌いだ。

 永遠に解けないんじゃないかって恐怖で気が狂いそうになる。

 本当に解けないなら、尚更だ。


 泣きたい。

 叫びたい。

 今すぐ喉を掻き切りたい。

 でもそんな自由は、僕にはもう無いんだ。


「素晴らしい!ナンバー923よ、よくぞまた帰ってきてきてくれた!」

「………」

「お前も喜ばしいか923よ。感涙など流しおってぇ可愛い奴め。おいそこのお前!ハンカチを持ってこい!シルクの奴だ!」


 返り血が肌で乾き、耐え難い痒みと変わったそこを、男のゴツゴツとした指がなぞる。

 金縛りみたいな慢性的な恐怖の上から、更に不快感が押し寄せる。お腹は空っぽなのに吐いてしまいそうだ。


「やれやれ。またこんなに汚しおって。燃料を投入したら、私がこの手で隅々まで洗ってやろう。リジュール人の穢れた血は、きちんと洗い落とさねばならないからなぁ。」


 口を開けさせられ、冷たい筒を喉の奥まで差し込まれる。

 生暖かくドロドロとした流動食が、直接胃に流し込まれ始めた。

 受け入れろと言う命令と、僕の身体の反射反応の嗚咽が交互に主張し合い、普通に生きていれば決して感じないであろう不快感と昇華する。


「ぉ…ゔぉえ”….ゴポッ」


 僕の身体を、指がなぞる。

 押さえ込まれた嗚咽の音と、もうなんだかよくわからない涙が絶え間なくボロボロと溢れる。


「戦勝祝いだ。今夜もたっぷりと虐めてやるからなぁ。」


 嫌だ。

 不快だ。

 苦しい。

 死にたい。


 嘆く事さえ許されない。

 僕の空虚な余生はきっと、この先も永遠に続くのだろう。


「せ…先輩。あれは一体…」

「ああ。お前は知らないのか。あれはドール。一世代前の研究の遺物だ。敵国やリジュール人の集落から攫ってきた女子供の中から、魔力適性の高い者を自我の無い人形兵器に改造するってやつだ。」

「凄いじゃないっすか!無からの兵力の捻出!あれ、でもそんな凄い技術がどうして一世代前?」

「幾ら適性があれど所詮は一般人、殆どの個体は指令に肉体がついてこれずに、一カ月程度で戦死か事故死。今はあの923含め、たまたま机上論通りに上手くいった数体を残すのみだ。」

「へー。発展させれば色んな事に使えそうな気もするんすけどね。将軍もあの子に御執心みたいですし。」

「費用対効果が見合ってなかったんだとよ。ただ、ドール自体は失敗だったが923含め成功例もあった。その後、ドール技術のノウハウは現行の身体強化研究の礎にもなってるし。もうドールが新しく造られる事は無いだろうな。で、残った個体は処分するにはあまりに勿体ないってんで、今でもああして運用している。特に923に関しては、亜人諸国では帝国の黒い悪魔だの死の女神だの呼ばれて恐れられているみたいだしな。」


 きっとあいつらは、僕にはもう意識が残ってないんだと思ってるんだ。

 だからこんなに酷い事ができるんだ。


 不意に、地下研究所のブザーがけたたましく鳴り響いた。


「何事だ!?」

「先月落としたドワーフの国の残党が武力蜂起したらしい。奴らめ夜襲とは卑怯な…」

「923の起動命令も既に出ている。電源を入れたら我々は退避だ」


 ああ、嫌だ。また大勢殺さなきゃいけないなんて。

 こんな事の為に武錬を積んだわけじゃないのに。


 脳を有刺鉄線で縛られるような頭痛を感じたかと思えば、僕の希薄だった意識は更に薄まった。


『急報!第七防衛戦陥落!ドワーフ軍を率いているのは"鋼の勇者"です!第一級警戒態勢に移行!総員、非常時用マニュアルに従い…』


 ああ勇者様…

 どうか僕に…安らかな眠りを…



 ◇◇◇



『ピピ。高速接近する敵性反応を確認。ライブラリと照合中…完了。"帝国の黒い悪魔"と合致。』

「やはり来たか」


 バイザー越しにそれは見えた。

 満月を背にこちらに向かう、一騎の黒い機兵。


「あ…ありゃまさか…!」

「間違いねえ…黒い悪魔だ…!」

「ひいぃ!」


「うろたえるな!ドワーフの戦士の誇りを忘れたか!」

「だが鋼の勇者様よ…ありゃ到底人類が勝てる存在じゃ…」

「その鋼は何のために鍛え上げられた。その戦斧は何のために持っている!誇り高き軍勢だと思っていた物が、主君の仇討もできない腰抜けどもだったと亡き王に知らしめるつもりか!」

「……!」


 帝国の黒い悪魔。

 あれの脅威は最早、並みの魔王を優に超えている。

 かつて海の国を滅亡にまで追いやった"冷たい奇兵"、その最後にして最強の一騎。


「ネットワークでは何度も調べたが、実際に相まみえるのは初めてか…ティンク。勝率はどれくらいだ」

『総合的な性能、状況補正を加味し、32%と予想』

「十分だ」


 黒い悪魔が降り立った。

 月光を浴び、その姿が良く分かる。

 四肢と目元を覆う黒い機械鎧。背には翼の様に展開された六本の機械剣。そして左手に、ひときわ大きな七本目の剣。

 磁気の唸る音をたてながら、それは少し浮遊している。


「帝に仕えし冷たき騎士よ。魔王にさえ届きうるその力、そしていかなる蛮行にも顔色一つ変えぬ忠義。お前の忠誠心もまた大義があるのだろう。だが!」


 鞘より、同じく機械剣を抜く。

 瞬間、ドワーフ達の武装が共鳴し薄明かりが灯った。


「俺も、我々もまた、負けられぬ理由がある!帝国の悪魔よ!我らが未来の為!今此処で貴様を討つ!」

「………」


 何も語らぬ。

 故の機兵か。


 剣を手に、俺は機兵へと切り掛かった。


「はああああああ!」


 奴の腕の巨大剣が振るわれ、打ち合う。

 それとほぼ同時に奴の背の六剣が分離、俺の首目掛けて飛翔する。

 一人で戦っていれば此処で終わりだ。だが!


「勇者様には近付けさせねえ!」

「帝国のなまくらに負ける鉄器なぞ、ドワーフの国には一振りたりとも無い!」


 奴の機械剣と戦斧がぶつかりあう。


「へ、大したこたぁねぇじゃねえか!」

「勇者様!今のうちだべ!」


 今の俺には、仲間達が居る!


「はああああ!」


 鋼の打ち合う音が響き、奴の剣が跳ね上げられる。

 その首に追撃を加えようとした時、奴は全ての機械剣と共に後退した。


 六本の剣が剣先で縁を描く様に並び、その中央に奴の七本目の剣。


「あれは…!」

「間違いねぇ!俺達の王都を吹っ飛ばした奴だ…!」


「狼狽えるなぁ!」


 確かに、純朴なエネルギー量だけ見れば、ここら一帯を吹き飛ばすには充分だろう。

 だがあの機構、ドワーフのそれに比べれば随分穴が多い。

 可能性は、ある!


「ドワーフの戦士たちよ!武器を掲げよ!俺に…力を貸してくれ!」


「武器を…?」

「一体何だってんだ!?」

「でも…信じよう!俺達の勇者を!」


 ドワーフの戦士達が武器を掲げる。


『ピピ。並列回路構築完了。いつでも行けます。勇者様。』

「助かるよ、ティンク。」


 一歩踏み出し、奴の元まで跳躍。


「武装共鳴!出力最大!」

「………」


 奴の剣に魔力が満ちる、この瞬間。

 刀身を両断するように、振るう。


 キンッと言う、薄い鋼の絶たれる実に軽い音と共に、奴の剣が両断された。

 その瞬間。


 行き場を失った魔力が暴走。

 奴の持つ剣を全て巻き込み、爆発した。


 爆風に押され、俺は地面に叩き付けられるように堕ちる。


「勇者殿!」

「勇者様!」


「心配ない。俺は大丈夫だ。」


 ガラガラと、奴の装甲の破片が散乱する。

 そして奴本体も。


 とどめを刺すべくそちらに向かったが。


「勇者様!奴らめ、城から飛空艇で逃げようとしています!」

「何!?」


 武装の破壊は確認した。今更何か出来る訳も無い。

 数秒迷った末、俺は彼らを引き連れ城へと進む事にした。



 ◇◇◇



 目が覚めると、朝日が見えた。

 そして次に、今自分の意志で目を開けた事に気付いた。


「確か僕…勇者様と戦って…」


 振り返ると城があった。

 でも掲げられている旗がドワーフの物だ。

 負けた?僕、死んだ?


 歯を触ってみると、ぐよぐよと柔らかい、確かシリコンとか言う素材の物だった。

 これは改造の時に入れ替えられた物。つまりまだ僕は生きている。


 僕を支配していた物が、消えた?

 つまり僕は、自由?


「あ…あああ…やった…僕…自由…」


 …自由…?

 家族も居ない独りぼっち。改造手術のせいで…普通の物も食べれなければ眠る事もできない…それに…赤ちゃんももう作れない…


 何か奇跡が起こって、束縛が解かれたら元に戻るんじゃないかって、そんな期待をしていたのに。

 でも、やっぱりそんな事無かった。


「行かなきゃ…」


 体に埋まってる機械はそのままだ。またお人形にされる前に、僕を、壊さなきゃ…

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