005 接触
《》で囲われてるのはこの世界の言語です。
凪は足を止め、息を殺す。
鳥のさえずりすら聞こえない、静寂の中。
耳を澄ませば、かすかな足音。
それは風ではない。獣の足取りとも違う。
規則正しく、複数の影がこちらに近づいてくる。
(誰かが……いる?)
凪の背筋に、冷たい汗がつたう。
目視ではまだ確認できないが、気配だけは確かに感じられた。
複数人──少なくとも三、いや、それ以上。
(この森に“人”がいるのか? それとも──)
警戒心と期待が入り混じる中、凪はゆっくりと身を低くし、音を立てないようにその場に膝をついた。
はたしてそれは人に見えた。
この方向から人が来たということは文明がある。
助かるかもしれない。
──そう思った瞬間、自らの思考に内心で吐き捨てた。
(違う。“助かる”じゃない。“生き延びる”だ)
この命は、ナスレスクを殺すためだけにある。死ねない。誰かの情けに縋っている暇はない。
背後の森で、枝を踏む音。複数だ。近い。凪は膝を折り、構える。
やがて霧を割って現れたのは──見たこともない種族の集団。
一人は人間のような顔立ちだった。だが、その隣の女は樹のような肌をしていた。後ろにいる3人の男は鱗と角、尻尾を持つ、まるで爬虫類のような体躯。全員が武装していた。
──人類じゃない。異世界の住民。未知の種族。
凪は動じなかった。
恐怖や驚きは、とうの昔に捨てている。いま必要なのは、状況把握と対応だけ。
《見ろ、人だ……》
《顔もついてるぞ》
彼らが言葉を交わす。凪には通じない。発音、構文、リズム──すべて未知。
日本語とも英語とも、凪が知る世界の言語ではない。
「……俺は……高原凪。人間だ。」
冷たく吐き出すように言う。だが彼らは怪訝そうな顔をするだけだった。通じていない。
(流石に文化ごと違えばコミュニケーションも無理か。)
凪は判断した。言葉が通じず、意思疎通もできない相手を味方にするには、行動で信用を得るしかない。
紡遣者たちは目を見開いた。
《喋ったぞ……?》
《言葉を使う?》
《いや、違う……言葉に“なってない”。意味がわからん》
《なんだこいつ、何を喋ったんだ?》
《なに言ってるか分からねえし魔力もほぼ感じられないが、顔はあるぞ》
《まさかエルフってのは顔を持ってるのか?》
最初に凪を見つけた若い紡遣者が、ぼそりとつぶやいた。
《伝承じゃ、エルフってのは恐ろしく、無慈悲で、森に入った者を一瞬で引き裂く存在……だったはずだが》
《でもこいつ……こんなにおとなしい。まるで、俺たちには危害を加えないみたいじゃねえか?》
《……エルフってのは案外、語られてるほど怖くないんじゃない?》
“エルフ”。その単語だけが、凪の耳に明瞭に届いた。
──森に住む幻想的な種族。
だが、この世界では意味が違うようだった。彼らの顔に浮かぶのは、畏怖と焦り、そして下卑た野心。
《もしこいつがエルフなら、街に連れて帰れば俺たちは英雄だ》
(使える)
凪はそう思った。
彼らが自分を“価値ある存在”と勘違いしているのなら、それは利用できる。活かす価値のある手札だ。
凪は何も言わず、ゆっくりと立ち上がった。
掌を見せ、武器を持っていないことを示しながら、一歩踏み出す。
たくさんのキャラが喋るところってすんごい難しい。