第9話ソロアイドル
高校1年生になった。
新しい制服を着て電車で学校に通うのにも慣れてきた頃。
デビューに向けて動いていた葵は忙しくて、なんかおかしくなっていた。
「衣装なんて水着でいいでしょ。そっちの方が男は喜ぶんだから……」
凄く頭の悪そうなことを言っている葵。
そんな彼女に事情を聞いてみる。
「いや、急にどうしたんだよ」
「アイドル衣装を作ってるんだけど、私にデザインを考えてって」
「素人なのに?」
「衣装に素人な私が頑張って考えて作りました~感を出したいんだってさ。もちろんプロのデザイナーがデザインしなおしてくれるけどね」
なるほどなぁと思っていると、葵はカバンからタブレットpcを取り出した。
そして、俺に渡してくる。
画面をみると、そこには葵が考えたであろうアイドル衣装のデザインがスケッチされていた。
「面白いことやってんだな」
「別に面白くないから。どうせ、私の描いたデザインなんてゴミみたいなもんなんだから、最初からプロに任せた方がいいでしょ」
「……ほんと、自己肯定感低いことで」
葵が描いたデザインを見る。
それなりに頑張った痕跡がハッキリとしていて面白い。
アイドルっぽいふりふりとしたデザインを描こうとするも、自分には似合わないだろうな~と想像してしまったのか控えめなふりふりとした感じになっているのが葵らしくて本当に見ているだけで笑えてしまう。
とまあ、少しニヤケてると葵はむすっとした顔で俺にタッチペンを渡してきた。
「そんなに笑うなら、颯太が描いてよ」
アイドル衣装なんて描いたことない。
がしかし、ちょっと面白そうなので俺は筆を走らせた。
なんとなく想像で描いた俺のデザインは……。
「力作だな」
クールな葵に合わせて、ちょっと可愛いさは控え目な感じで描いてみた。
比べちゃ可哀そうだが、少なくとも葵が描いたのよりかはマシだと思われる。
俺が描いたデザインを見た葵はというと……。
「色は?」
「ここが白でここはエメラルドグリーン」
「……ほんと、多才なことで」
どうやら葵も俺が描いたデザインの方が良いと思ってくれたらしい。
褒められたというか認められて嬉しい俺は葵に威張るように言った。
「デザイン使用料はタダでいいからな」
好きに使ってくれと言わんばかりに俺はそういった。
まあ、どうせ使われることはないだろう。
そう思っていたのだが……。
5日後。
葵が俺にその道のプロが描いたアイドル衣装のラフスケッチを見せてきた。
そして、俺は目を丸くした。
「俺の描いたの、マジで提出しちゃったの?」
恐る恐るそう聞くと、葵は何言ってんの? という顔で呆れた。
「デザイン使用料いらないんでしょ?」
そうは言ったけど、本当に使うとは思ってなかったんだよな……。
てか、俺が描いたとか関係者に言ってないよな?
少し不安になっていると、葵が俺の不安を払拭してくれる。
「まあ、さすがに颯太の名前は出してないよ。ちゃんとお母さんが私の話を聞きながら、描いてくれたやつって説明して見せた」
「それならいいんだけど……。にしても、あれだな。プロって凄いな。俺の描いたデザインをベースにここまでいい感じにブラッシュアップできるなんて……」
プロの人にデザインしなおしてもらった衣装の出来は凄いとしか言いようがない。
葵から手渡されたデザイン案のスケッチは何枚もあり、ぺらぺらと捲ってはいろんなデザイン案を見ていたときだった。
「このデザイン、お尻見え過ぎじゃね??」
お尻が結構見えちゃいそうな低い位置で履く短パンタイプの衣装デザインを見て、葵にこれは本当にいいのか? と聞いてしまった。
「あくまで《《デザイン案》》だよ。ちょっと過激な奴をそのまま使うなんてことはないからね」
「なるほどな。にしても、葵のデビューでどんだけお金が掛かってるんだか……」
「……知らない」
考えただけでしんどくなる大金が葵のために動いているのだろう。
プレッシャーを感じたくない葵は現実逃避が如く、遠い目をしている。
わかる。俺もピアノの演奏会に出たとき、これは商業ですから失敗は許されませんとかいう主催側の人の発言聞いちゃってめっちゃビビったしな。
「ま、葵がお金を払うわけじゃないし、気楽に頑張れ」
「……ん、そうする」
「てか、思ってたんだけどさアイドル衣装ってグループでおんなじデザインじゃないのか?」
葵はこの春にオーディション合格者で結成されたアイドルグループ『スウィートプリズム』として、デビューする予定だった。
しかし、プロデューサーからまだデビューさせられないと言われてしまい、後から『スウィートプリズム』に新メンバーとして加入予定だったはずだ。
それなのに、まるで葵のためだけのオリジナル衣装を作っているのはおかしい。
俺に指摘された葵はバツの悪そうな顔をして、よそよそしい感じで俺に言う。
「……秘密です」
「もしかして、別のアイドルとしてデビューする……とか?」
「さ、さあ?」
葵は露骨な感じでごまかすも、ごまかしきれていない。
もしかしたら、葵は『スウィートプリズム』に新規加入するんじゃなくて……、別のアイドルとしてデビューするのかもしれない。
俺が色々と予想していると、葵がもういいやという顔で話し出した。
「……まあ、いっか。颯太に情報漏洩しまくってるし、今更隠してもね……。あれ、思った以上に『スウィートプリズム』の人気が出なかったから、私は完全に別アイドルとしてデビューすることになってる。しかも、ソロで」
「……まじか」
「絶対に言わないでよ?」
「あ、ああ。絶対に言わないから」
こんなセンシティブな話題を誰が言えるか!
てか、洒落にならない情報漏洩を俺にかますなよ……。
そう思いつつも、俺は葵を心配する。
「ソロアイドルって本当に大丈夫か?」
グループならすべてを自分で背負う必要はないが、ソロとなれば何もかもを自分ひとりで背負わないといけない。
ただでさえ、自己肯定感が低くてネガティブになりやすい葵だ。
本当にソロアイドルとしてやっていけるのか俺は不安でしょうがなくなる。
そして、ソロアイドルとして苦難を分かち合う相手がいない影響をもろに受け、ちょっと壊れそうになる葵を慰める日々が始まることを今の俺は知らないのであった。