第8話安定しない調子
自分の部屋のベッドで俺は寝転んで思い耽る。
葵が俺に抱いているであろう厄介な感情についてを。
「俺のこと絶対に好きだよな」
そう、葵はおそらく俺に好意を持っている。
違ったら恥ずかしくて死にたくなるが、たぶん十中八九は当たってる。
俺に好意を伝えるのが恥ずかしくて照れ隠しで、俺のことを好きなのに好きじゃないと言った感じで振舞っているだけで……。
本当は俺のことを異性として好きに違いない。
いや、ほんと間違ってたら死にたくなるくらい恥ずかしいけどさ。
葵のことを今まで異性として意識してこなかったが、こうも好意を寄せられていると思うとなんだかむず痒くなってくる。
てか、あいつってアイドルになるんだよな……。
今時、恋愛禁止と謳うアイドルグループはないが、現実は非情だ。
夢を売る仕事であるアイドルに恋人がいたらマイナスなことが多すぎる。
ゆえに、葵が俺に好意を寄せていることに気が付いたものの、俺が出した答えはこうである。
「絶対に恋人とかそういう関係にはならないように気を付けないとな……」
十分に葵とは適切な距離をとる。
あくまで幼馴染として、友達としてを維持しようってわけだ。
もっとも、今日の時点で全然距離なんて取れてない気もするけどな。
今となってはわりとアイドル活動に対し、乗り気である葵。
そんな彼女の邪魔者になってはいけないのだから。
「にしても、ほんと柔らかかったな……」
葵の体の抱き心地が今でも忘れることができない。
ほんのりと膨らんでいる葵の胸が俺の体に触れる感触を思い出しただけで、けっこうドキドキとしてしまう。
てか、抱きしめたときに、アソコが元気になってなかったよな? などと不安になりつつも、俺はもう一度、出したばかりの結論を口にした。
「葵との距離感には注意しよう。下手したら、葵のアイドル人生が終わっちゃうからな……」
葵との距離感をしっかりと考えなくちゃいけない。
アイドルになれと勧めたのを俺はちょっと後悔する。
まあ、ちょっとだけで普通に勧めてよかったとは思うけどな。
だって、アイドル活動を始めてからの葵は……。
忙しそうにしているも、どこか楽しそうな表情で前よりも明るくなったのだから。
※
葵との距離には要注意と決めた翌日。
なんか葵のリミッターが昨日の一件で壊れたっぽい。
いつもなら、発声練習をする際、見られていると恥ずかしいから見ないでと言われることがほとんどだったのだが……。
「練習付き合ってよ」
もじもじとしつつも、俺を練習に付き合わせようとしてくるのだ。
あまりの変わりように俺は少したじろいながらも、葵に返事をする。
「……あ、ああ」
「ありがと。じゃ、伴奏お願い」
いつも通りに発声練習用の演奏をする。
俺が伴奏を弾いているときは、恥ずかしがってか声の調子が良くなるまで結構な時間がかかることが多い。
でも、昨日の一件で俺へのなんかが振り切れちゃったようで、今日は最初から今までにないほどに声が出ている。
それどころか、いつもと次元が違うと言えるほどいい声なんですけど……。
「きょ、今日は調子良さそうだけど、なんか良いことでもあったのか?」
「別にないよ。ただ……」
「ただ?」
「颯太に慰められたのが効いたのかもね」
表情こそ、いつものようにクールで固いままだが……。
どこか少し浮ついているかのような声で葵は言った。
うん、葵って絶対に俺のこと好きだろ。
好きな人の愛の力でパワーアップしたヒロインみたいな葵を見て、俺は苦笑いしてしまった。
別にマイナスなことでもないし、これはこれでいいか。
しかし、すぐに考えが甘かったことを思い知らされた。
歌の練習をしている際、ちょっと音程がズレたのを指摘する。
そしたら、俺に間違いを指摘された後の葵のパフォーマンスが露骨に悪くなる。
で、今度は歌ってるときに良かった部分を褒めた。
すると、露骨に葵のパフォーマンスが良くなる。
「……俺の評価に流されるのやめような?」
めっちゃ葵を指導しづらい。
いちいち、俺の言うことで調子が狂うのはやりにくいったらありゃしないのだ。
「別にそんなことは……ないし」
本人も少しは自覚があるようで葵は自信なさげにそういった。
俺のせいで歌声が安定しない葵。
そんな彼女のためにも俺はハッキリと告げた。
「ま、あれだ。ちょうどいい機会だ。しばらくの間、俺と一緒に練習するのはやめよう」
ガチで練習にならない。
なので、これからは一人で自主練をするようにと告げるのであった。
だって、俺も受験生で葵に構ってばかりじゃいられない。
そろそろ本気で受験に向けて準備を始める時期だ。
進学先の高校には推薦入試で入学をすることにはなっている。
国語、数学、英語、といった科目のテストが必要ないが、その代わりに作文か小論文を書かなくちゃいけないからな。