第7話甘えてくる幼馴染
俺は月曜の深夜にやっている葵を含めたアイドル候補生の日々を描くドキュメンタリー番組の録画を見ているのだが……。
衝撃的な事実に俺は目を丸くしてしまった。
そう、葵のプロデューサーがとんでもないことを告げたのだから。
『葵さんはまだデビューさせることはできません』
あれ? デビュー時期が決まったって、葵に教えて貰ったよな?
葵には何も言われてないが、まさか事態が急変して……。
幼馴染が窮地に立たされているかもしれないと、俺は不安でいっぱいになる。
ちょうどそんなときだった。
「お邪魔します」
玄関から葵の声が聞こえてくる。
俺の家に防音室を借りに来るのが日課になっている葵がやってきたらしい。
きっと自分だけがデビューできないとなれば、ショックだろうし俺は再生していた録画を停止した。
そして、玄関の方に葵を迎えに行く。
「よ、よお」
「珍しいね。玄関まで来てくれるなんて」
「たまにはちゃんと出迎えてやろうと思ってな」
「そっか」
葵は思いのほか元気そうでよかった。
いやいや、まだそう決まったわけじゃないだろ。
必死に悔しい気持ちを隠しているかもしれないじゃないか。
防音室に向けて廊下を歩いてる際、俺はどうすれば葵を元気づけられるのかを必死に考えた。
ここはストレートに残念だったなと言って、でもお前なら絶対にデビューできると励ますべくべきか?
それとも、何も見てない振りをしておくべきか?
あー、何も見てない振りは無理か……。
俺が葵が出てる番組を楽しみに見ていることは知られてる。
となれば、ここはドストレートに慰めてやるのが最適解だろう。
方針を決めた俺は防音室にたどり着くや否や、葵に話しかけた。
「お前が出てる番組を見た。ほら、あれだ。まだデビューできないって言われてショックだっただろ? だから、あれだ。慰めになるかは分かんないけど、俺にできることがあれば何でも言ってくれ」
「あー、見たんだ。ちなみに、どこまで見た?」
「お前をまだデビューさせられないってプロデューサーから言われたとこ」
真面目な顔で俺がそういうと、葵は何とも言えそうにない複雑な表情で俺に言う。
「……本当に慰めてくれる?」
「当たり前だろ! あんなこと言われて、ショックに感じない方がおかしい!」
「そっか。そういうことなら、ちょっとだけお願いしようかな。あー、でも、さすがに颯太に頼むのはあれかもね」
あれかもね? 俺にいったい何を頼もうというんだ。
ちょっとした恐怖を抱きつつも、幼馴染のためならなんだってしてやる!
俺は威勢よく胸をはって葵に言った。
「《《なんでも》》してやるぞ!」
「……本当に?」
「ああ、本当だ」
葵はどこか恥ずかしそうにしてほしいことを口にし出した。
「……強めに抱きしめて」
確かにショックなことがあったら、他人の温もりに浸りたいものだ。
昔は揉みくちゃになって遊んでいたが、今となっては過去のこと。
成長した葵に触れるのは、なんかイケナイことのように思えてしまう。
どうやって抱きしめようかとしどろもどろになっていると、葵がそわそわとした感じで俺の方を見てきた。
「ほ、ほら、お前とくっ付くなんて数年ぶりなわけで……」
あたふたとしていると、葵がムスッとした顔で俺に聞く。
「私のこと抱きしめるのそんなに嫌なの?」
「いや、そういうわけじゃないから。うん、まじで」
「じゃあ、抱きしめて」
淡々と俺に抱擁を要求する葵。
俺はそんな彼女の背中に手をまわして、ぎゅっと手繰り寄せるように抱きしめた。
「んっ……」
俺に抱きしめられた葵が吐息をこぼす。
それがまぁ、なんというか凄く背徳的でイケナイことをしている気分にさせる。
そんな邪な気持ちを払いのけ、俺は温もりを欲する葵をより一層と強く抱きしめて葵に囁く。
「痛くないか?」
平気かどうかを尋ねる。
葵は何も言ってこないが、何も言わないってことは平気ということに違いない。
俺はこのまま葵を抱きしめることにした。
それにしても、葵が幼馴染の男にこんな風に抱きしめられてるのが世間にバレようものなら……大変だな。
ほんと、バレないように気を付けなくちゃだ。
すでにそれなりにいる葵のファンへ懺悔していると、葵がボソボソと話し出した。
「デビューさせられないって言われてさ、凄くショックだった。もう、アイドルになるのやめちゃおうかなって……。でも……」
「でも?」
「まだ私は諦めないよ」
強い気持ちの表れかのように、葵は思いっきり俺に抱き着いてきた。
そんな彼女に俺はありのままを伝える。
「俺がアイドルになったらって勧めておいてあれだけどさ、本当に辛かったらいつでもやめていいんだからな」
葵の異常なまでの自己肯定感のなさをどうにかしてあげたかった。
だから、アイドルオーディションに出たら? と勧めて、挙句の果てに勝手に応募までしてしまった。
少しでも自分に自信をもって貰いたかっただけで、俺は葵を傷つけたくない。
「やめない。最初はいやいやだったけど、今は違うから」
「……そっか」
俺がアイドルになるのを無理に勧めたし、今もいやいやなのかなと思ったが違うようで安心した。
そんな俺に葵は呟く。
「でも、私をアイドルにした責任は取って。……まだ、アイドルになれてないけど」
「具体的には?」
「私が挫けそうになったら、私のこと今みたいに慰めて欲しい」
「もちろん。でも、さすがにいつまで経ってもは無理だからな」
「なんで?」
俺は葵に少し笑いながらいう。
「いやいや、お前のファンに殺されちゃうだろ?」
「デビューしてないから、今はギリセーフ? だけど。さすがにデビューしたら、こんな風に颯太に泣きつくのは……あれかもね」
「正直今も、わりとアウトだと思うぞ」
「ふっ、かもね」
葵はふふっと笑った。
そして、そんな彼女に俺はずけずけと質問してしまう。
「にしても、よく泣かないでいられるな」
「デビューできないって言われた日に、枯れるくらい泣いてるから」
「あー、俺は知ったの最近だけど、収録は相当前だもんな」
「そ、だから、ここに来た時点でだいぶ立ち直りつつあったからね」
俺の手なんて借りなくても、葵はちゃんと自力で立ち直りつつあったんだな。
葵のことを過剰に心配して損したな。
ま、いいか。こんくらいの損なんて。
俺はそろそろいいかなと思い、葵を抱きしめるのをやめようとした。
しかし、普段ツンとした態度をしているが、それとは裏腹に意外と甘えん坊な葵はそれを許してくれなかった。
「デビューしたら、こんな風に慰めてくれないんでしょ?」
甘えられるのも今だけだからと葵が甘えてきた。
ったく、しょうがない。
俺はもうちょっとだけ葵を抱きしめてあげることにするのであった。