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第6話劣等感

 ある日の夜のことだった。

 午後7時を過ぎたころ、とつぜん俺の家に葵がやってきた。

 俺たちは同じマンションに住んでいて、意外と遅い時間でも互いの家を行き来できるのだ。


「発声練習してたら、うるさいって。だから防音室借りにきた」


 どうやら、葵は我が家のグランドピアノが置いてある防音室を使いたいらしい。

 別に断る通りもないので、俺は葵に防音室を貸してあげることにした。


「……久しぶりに入ったけど、散らかりすぎじゃない?」


 防音室内に落ちていた楽譜やら空になったペットボトルやらなんかのゴミを見て、葵が何とも言えない顔で言った。


「まだ綺麗なほうだ」

「……そ、そうなんだね」


 ちょっと引き気味な葵。

 そんな彼女は俺の方をじっと見つめてきた。


「そんな熱い視線を送らないでくれ」

「練習するとこ見られるの恥ずかしいから、外に出て欲しいなって」

「見ちゃダメ?」

「……恥ずかしいんだけど」


 と言われると、見たくなっちゃうんだよな。

 俺は椅子に座ってピアノを弾きだした。


「伴奏があった方が、発声練習が捗るだろ?」

「いや、別にこれで伴奏流せるから」


 葵はそう言ってスマホを見せつけてきた。

 だがしかし、俺は折れない。


「生演奏の方がテンション上がるって」

「……はぁ、人が練習してるところ見て何が楽しいんだか」


 OKとは言ってないが、どこか諦めたような感じで葵は呆れる。

 よし、これは練習に付き合ってOKということだろう。


「で、何がいい? オーソドックスにこれか?」

  

 俺はそういって、ドレミファソファミレドとピアノを弾いた。

 すると、葵はまあそれでいいよという顔で俺の演奏に合わせて発声練習をしはじめた。

 葵の透き通ったような綺麗な声が聞こえる。

 ただまぁ、やっぱり俺に練習を見られるのは恥ずかしいようで……。

 ちょっと声の大きさは小さいし、音程も少しズレているし、たまに声が裏返ったりと、結構ひどい。

 俺は一回演奏を止めて葵を笑った。


「俺の前だからって恥ずかしがり過ぎじゃね?」

「べ、別に恥ずかしがってないし。喉の調子がまだ本気じゃないだけだから……」

「んじゃ、続けるぞ」


 俺は葵の発声練習に付き合ってあげた。

 大体1時間が経った頃だろうか。

 練習に満足した葵はとあるお願いをしてきた。


「久しぶりになんか弾いてよ」

「じゃあ、適当に……」


 そういって、俺はピアノを弾き始めた。


  ※


 葵Side


 久しぶりに幼馴染である颯太そうたの演奏を聴いている。

 いつ聴いても、さすがとしか言いようのないほどの腕前だ。

 颯太は私のことを凄い人間かのようにいつも言うが、実際はそんなことはない。

 本当に凄いのは颯太の方だ。

 そう、彼はピアノを弾くのがとても上手い。

 コンクールに出てはいい結果を残し、国内の同年代では敵なしと言われるほどの実力者。ちなみに本人は自覚なしだが、顔もめっちゃ格好いい。

 たかだか顔が良くて、ちょっと声が良くて、ちょっと運動ができるだけの、私とは根底から違う。

 彼は本物の――


 天才だ。


 教室でアイドルを目指している私のことを小馬鹿にしているクラスメイトがいた。

 そんな子達をすぐに黙らせられたのは颯太がピアノに真剣で、しっかりと結果を残している本物だったから。

 天才少年ピアニストとして界隈では有名な颯太だからこそ、あの女の子達はすぐに私を馬鹿にするのをやめたのだ。

 ほんと、嫌になっちゃうね……。

 颯太といると、いつも自分がちっぽけな存在にしか思えなくて。

 うだうだと自分と颯太を比べていると、颯太の手が止まった。


「ふぅ……。コンクールで弾いた曲だから、なかなかに上手かっただろ?」


 颯太は爽やかな笑顔で私に言った。

 うん、格好いいね。凄く格好いい。

 本人は無自覚だけど、普通にイケメンなんだよね颯太ってさ。

 特に最近は本当にドキドキしちゃう。

 こうなんか、少しずつ大人びてきて、男らしくなってきたところが本当に良い。

 もうほんと、直視できないくらいに大好き……。

 恥ずかしくて颯太のことを見れないでいると、颯太が無邪気に下を向いている私の顔をのぞき込んできた。


「なんか反応くれって」


 あ、無理。

 そんな風に見られるとヤバいからやめて。

 私は照れ隠しで、今日も颯太に冷たく振舞ってしまう。


「演奏は良かったけど、女の子の顔を下から覗くのはキモいからしない方がいいよ」


 全然キモくない。

 むしろ、もっとしてほしい。

 だがしかし、天邪鬼あまのじゃくな私はいつも反対なことを言ってしまう。

 こういうとこが、愛嬌ないって言われちゃう原因なんだろうね……。

 自分の駄目さを実感し落ち込むも、私は強く気を引き締めた。

 そして、はやる気持ちから、まだ世間には公表されてない言っちゃダメなことを、颯太に伝えてしまう。


「そういや、私のアイドルデビュー、来年の春ごろに決まった」


 とんでもないカミングアウトを受け、颯太は目を丸くした。

 そして、私の頭を軽く叩いて叱る。


「普通に情報漏洩すんな!」


 うん、ごもっともです。

 颯太とは親しい間柄だけど、アイドルデビューの時期は守秘義務があり、家族以外には言ってはならないという契約がある。

 でも、言いたくてしょうがなかった。

 いつもいつも天才である颯太と自分を比べて、惨めな思いをしていた私だけど……。

 本当にアイドルになれたら、ちょっとは凄い颯太と肩を並べられるかもしれない。

 そう思うと、デビューするのが決まったことを黙ってられるわけがないんだから。

 情報漏洩した私をちょっと怒っている颯太。


 そんな彼が好きだ。

 ううん、超大好き。


 でも、天才な彼には平凡な私なんかは似合わないと思って、いつもいつも好きな気持ちを彼の前では出すことができない。

 だからこそ、私は頑張らなくちゃいけない。

 超人気なアイドルになって、少しでも凄い颯太との差を縮めて、彼にお似合いな凄い女になって……。


 大好きな颯太に――

 私と結婚してくださいっ! て言うためにもね。






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