第30話私にもしてよ
家に帰って来たのだが、俺のベッドの上で葵が寝っ転がっていた。
アイドルらしからぬ姿に俺は苦笑いしつつ声を掛ける。
「ただいま」
声を掛けると、葵はムスッとした顔で俺を見つめてきた。
何が言いたいんだ? という顔で見ると、葵はより一層と不機嫌そうになる。
「私に何か言うことない?」
「いや、特には……」
そういわれるも、特にこれといって葵に伝えるべきことは思いつかない。
強いて言えば、赤坂さんにまた執拗に迫られたってことを伝えるくらいか?
とはいえ、葵は嫉妬大魔神だ。
赤坂さんのことをわざわざ口に出したら、絶対に不機嫌になるだろうからな……。
が、しかし、俺も学習した。
ここ最近の葵の不機嫌な理由。
それはすべて《《赤坂さん》》によるものだ。
つまり、今も機嫌が悪いということは……。
「もしかして、赤坂さんのことか?」
恐る恐る俺は葵の顔を見た。
どうやら、俺の推理は完璧だったらしい。
「随分と仲良さげにしてたよね」
「見てたんだな。そういや、かき氷屋に並んでた時、妙に背筋がぶるってきたんだよな……」
「へー、私をお化け扱い?」
ちょっとしたジョークだろと笑い飛ばすと、相変わらず今日も嫉妬してる葵はブツブツと俺に不満を垂らすかと思いきや……。
「思ったより怒ってない?」
「……まあ、後ろから見てたけど、友達なんだからって赤坂さんのことをちゃんと突き放すときは突き放してたし」
「お、おう」
「とはいえ、イチャイチャしてたのは事実なんだよね……」
そういった葵は真顔で立ち上がりポケットから――
ナイフを取り出した。
占い師の言葉が頭によぎる。
『最悪の場合、死にます』
え? ここで葵に殺されるのか?
冷や汗がドバドバと溢れる。
俺が静止する間もなく、葵はナイフを俺に突き立てた。
「いたっ……くない?」
刺されたのに、全然痛くない。
あれ? という顔でいると、葵は呆れた顔で俺にナイフを見せつけてきた。
「おもちゃなのにビビりすぎでしょ」
「お、おう……」
本気で葵に刺されたと勘違いしたのが、めっちゃ恥ずかしい。
改めて見ると、葵の手にあるナイフは本当にちゃちでどう見ても、刺そうとすると刃が引っ込むおもちゃだ。
うん、ビビりすぎた。
嫉妬してるとはいえ、さすがに葵も俺をナイフで刺すわけないのにな……。
「文化祭で輪投げしたら景品にって貰った」
「意外とちゃんと文化祭楽しんでたんだな」
「颯太に尾行がバレないためにね」
「……てか、どこまで見てたんだ?」
「べ、別にそんなのどうでもいいでしょ……」
どのくらいの時間を葵に見られていたのか気になる。
しかし、葵はそっぽを向いてしまう。
ああ、うん。めっちゃ長い時間尾行してたみたいだな……。
アイドルだし、変な記者の餌食にならないためにも変な行動は控えるべきだ。
俺はちょっと葵を叱ってしまった。
「あんま目立つようなことはするなって……。アイドルなんだからさ……」
「楽しそうで羨ましかったんだもん……」
葵は不服そうにおもちゃのナイフを俺に何度もブスブスと刺してくる。
子供みたいでちょっと可愛いなとか思っていると、葵は拗ねたように言う。
「だからさ、……してよ」
かすれた声で聞こえない。
聞き返そうかと思ったが、すぐに葵はまた口を開く。
「赤坂さんと同じこと私にもしてよ……」
葵は俺の目を見ずに、どこか恥ずかしそうに言った。
嫉妬で可愛いことを言い出した葵にドギマギしてしまう。
ちょっとの間、俺が何もできずにいると葵はブツブツと言い訳をしだした。
「ちょっとは高校生みたいな青春したいって思っちゃだめなわけ?」
「だ、駄目じゃないけど……」
「私だって赤坂さんみたいに颯太とイチャイチャ……じゃなくて、普通の女子高生みたいな青春してみたいし」
再び、葵は照れ隠しでおもちゃのナイフで俺を刺してくる。
そのしぐさが可愛すぎて、なんか顔が熱くなってきた。
もうやめてくれ。
赤坂さんに嫉妬してるからって、可愛いことばっかりして俺を困らせないでくれ。
あまりにも可愛い葵に俺はしどろもどろに答える。
「わ、わかった。俺でよければ何でもする」
「……そうだよ。颯太が私をアイドルにしたんだから、私がしたいことに協力する義務があるんだから」
照れくさくて顔が熱くてしょうがない。
それを隠すために俺はエアコンのリモコンを手に取り、設定温度を下げようとしたときである。
俺は葵にさらにたじたじにされてしまう。
「あとさ、今日の演奏だけどさ……、すごく格好よかったよ」
好きな子に格好よかったと言われて嬉しくないわけがない。
俺はにやけ顔が止まらなくなる。
口元に手を当てて、それを隠そうとする俺に葵はさらに追い打ちをかけてきた。
「だから、私にだけもう1回聞かせて?」
葵が上目遣いで俺の演奏をねだってきた。
好きな子が甘えるように俺の演奏を求めてくる。
その事実が俺を狂わせていく。
聞かせて? と期待した目でみてくる葵。
そんな彼女に対して、俺は止まらないニヤケを押さえつけて言う。
「しょうがないな。葵が聞きたいっていうなら、いくらでも弾いてやる」
胸を張って俺がそういうと、葵は照れくさそうに小さな声で『ありがと』と俺にお礼を言ってくるのであった。




