第25話独占欲
赤坂さんに詰め寄られているところをガッツリと葵に目撃されてしまった。
文化祭の準備で少しだけ家に帰ってくるののが遅くなってしまった俺は……。
まだかまだかと、葵が来るのをびくびくとしながら待っていた。
そして、とうとうその時が訪れた。
今日、街中ですれ違った時と同じ格好をしている葵がやってきた。
「……よ、よく来たな」
声を震わせながら、葵に挨拶をした。
葵は持っていたカバンを置いて帽子を脱ぎ、マスクを外して俺に話しかける。
「なんで、そんなにビクビクしてるの?」
めっちゃ低い声で葵はそういいながら、俺に近づいてきた。
俺はなぜか距離を取ろうと逃げてしまうも、葵はさらに距離を詰める。
今までは葵が不機嫌であってもわりと理性的で話せばわかる状態だったが、今日は何を言っても不味そうだ。
「葵こそ、なんか雰囲気があれだけど……。どうかしたのか?」
葵ににじり寄られ、壁際に追いやられた俺がちょっと惚けたときだった。
まだ制服姿のままな俺がしているネクタイを葵はグイっと引っ張る。
そして、低い声で俺に言った。
「随分と楽しそうにデートしてたね」
「……いや、あれはデートじゃなくて文化祭のために」
「ウソはいいよ。で、デートは楽しかった?」
「だから、デートじゃ……」
葵は俺の言うことを全然信じてくれない。
こうなれば違う切り口で葵の怒りを鎮めるしかないな。
「そもそも、俺と赤坂さんが仲良くしちゃダメなのか?」
俺と葵はタダの幼馴染。
互いに互いの色恋に口を出すような立場ではないと言ってみた。
「べ、別にそういうわけじゃないけど……。でも、なんかムカつくじゃん……」
葵はより一層と俺のネクタイを強く引っ張ってきた。
く、首が……。こ、このままじゃ本当に死ぬ。
「変なこと言った俺が悪かった! だから、手の力を……ゆ、緩めような?」
「……ごめん」
「ふぅ……死ぬかと思った。まあ、煽った俺が悪いんだけどさ」
拗ねた葵に殺されかけた俺は次はどんなことが起きるか不安でしょうがなくなる。
そんなことを考えながらネクタイを緩めていると、葵がおそるおそる俺に話しかけてきた。
「ねえ、前ご褒美でさ、ムダ毛チェックして貰ったの覚えてる?」
「あ、ああ。覚えてるけど……」
「あまりにもしょぼすぎるし、もう1つ違うごほうびをねだってもいいよね?」
「そ、それは……」
「ダメなの?」
しどろもどろな俺を葵は冷たい目で睨んできた。
それに怯んだ俺は頷いてしまう。
「大丈夫です。何でも言ってください……」
「ん、ありがと」
「で、その……。ごほうびの話をなんで急に?」
「ちょっとお願いしたいことがあるから」
ごくりと緊張で飲み込むのを忘れていた唾を飲んだ。
嫌な予感しかしない。鬼が出るか蛇が出るか不安でしょうがない中、葵は震える俺にお願いの内容を伝えてくる。
「颯太にお願いできる数を無限に増やして」
葵のお願い。
それは小学生が好きそうな反則技だった。
あまりにも度が過ぎているお願いに俺は苦笑いが止まらない。
そんな俺に対して、葵は冷ややかな目で言った。
「なんで笑ってるの?」
「いや、その……」
「颯太が言ったんだよ? なんでもお願いを聞いてくれるって」
「それはそうだけど……」
言い淀む俺に葵はひたすらに圧を掛けてくる。
ねえ? 颯太が何でもいいって言ったんだよ?
私は変なこと言ってないよね? ねえ、なんで答えてくれないの?
と言わんばかりに。
うん、誰か助けてくれ……。
葵はボッチで仲のいい相手は家族を除けば俺しかいない。
そんな彼女の嫉妬深さを俺は完全に見誤っていた。
嫉妬のあまり、とんでもないお願いをしてくる葵を本当に舐めていた。
だがしかし、俺もここで折れたらとんでもない目に遭う。
お願いの数を無限にするなんてふざけた願いに応じてたまるものか。
不屈の意志で葵に立ち向かおうとしたときだった。
葵は我に秘策ありと言わんばかりな堂々とした態度で俺に告げる。
「ふざけたお願いなのはわかってるよ。だからさ、私もちゃんと颯太に納得して貰えるように考えてきた」
「お、おう」
葵はもじもじと手をこねる。
そして、気分を落ち着けるためにスーーと大きく息を吸ってから話し出す。
「私の言うことを3回聞いてくれたら、1回私も颯太の言うことを聞いてあげる」
「なんでもいいのか?」
「……べ、別にいいけど?」
「んじゃ、変なお願いをされた時の拒否権として使えばいいか……」
3回に1回はお願いを拒否できる。
そんな風にしようとしていたら、葵は条件をつけ足してきた。
「私のお願いを防ぐために使うのは禁止で」
「てか、なんで俺がOKすると言わんばかりに自信ありげなんだ?」
「……そ、それは。わ、私もだいぶ人気出てきたし、そんな子にお願いできる権利をもらえるのは颯太もそれなりに嬉しいんじゃ……って」
「お、おう」
「ま、そうだよね。やっぱり、私なんて颯太にとってはそんな価値ない……よね」
葵がめっちゃ拗ねだした。
おそらく、葵は絶対に俺に納得して貰えると思ってたのだろう。
しかし、思いのほか俺の食いつきが悪かったこともあってか、ネガティブモードに入ってしまった。
アイドル活動を始めたことで、やっと養われてきた自己肯定感である。
俺は葵のために譲歩することにした。
「わかった。わかったって、お前の言う通りでいいから拗ねるのやめような?」
「……ほんとに?」
「ほんとほんと。てか、俺が3回葵のお願いを聞いたら、1回葵にお願いする権利をくれるっていうけど、そんなのはいらないって。人気アイドルからお願いされるだけで、俺的にはもう十分すぎるご褒美だから!」
必死に慰めたこともあってか、葵は満更でもなさそうな顔になる。
ホッと胸を撫でおろしていると、葵は早速無限に増えたお願いする権利を行使してきた。
「赤坂さんと、どんな関係か正直に答えて」
「だから、何度もいうけどタダの友達だって」
「それにしては親しすぎない?」
「いや、それは向こうから……」
嫉妬しているのを隠しきれてない葵は俺にグイグイとにじり寄る。
そんな彼女に俺は必殺技を使った。
「そんなに嫉妬するとか、俺のこと好きなのか?」
「……好きじゃないし」
「その割には嫉妬しすぎなんじゃないか?」
「……そ、そう。ほら、私はアイドルで恋愛禁止みたいなものなに、颯太だけ恋愛をしようとしてるのがムカつくだけだし」
葵はこれなら何の問題もないでしょ? と言わんばかりにどや顔で言ってきた。
そして、今言ったことをいいことに俺にとんでもないお願いをしてくる。
「だからさ、わ、私がアイドルしてる間は恋人作っちゃだめだから」
葵は、今は一緒になれないけど、絶対に俺を逃がさないからと言わんばかりだ。
独占欲全開で変な理由をつけて、俺を束縛してくる葵が可愛すぎてドキドキが止まらなくなる。
てか、素直じゃない葵は俺のことを好きだと認めようとしないが、すでに俺のことが好きなのはバレバレなんだよなぁ……。
葵のちょっとポンコツなところが可愛いくて、俺はより一層とにやにやとしてしまった。
そんな俺が葵はお気に召さないようだ。
ニヤニヤしてる俺を葵はむすっとした顔で睨みつけてくるのであった。




