表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/33

第22話切なくて我慢できないアイドル

 お風呂あがり、自分の部屋に戻りスマホを手に取った。

 新着メッセージが来ていたので、俺はそれを確認する。


『ねえねえ、撮ろうよ~!!!』


 というメッセージとともに、おねがい! と頭を下げてるゆるキャラのスタンプがたくさん送られてきていた。

 そう、赤坂さんが投稿した俺が演奏している動画がバズった。

 赤坂さんは味を占めたのか俺に次はどうする? とか言って、最近はずっと新しい動画を撮ろうと誘ってくるのだ。


「めんどうだから放置しよ……」


 もう返事するのすら面倒だ。

 スマホを置き、濡れた髪を首にかけていたタオルで拭いていると……。

 

「うわっ!?」


 ベッドの上で寝転んでいる葵の存在に気が付き、大きな声をあげてしまった。

 いつの間に俺の部屋に来たんだ?

 驚いた俺に葵は仏頂面で話しかけてくる。


「来たら、おばさんが颯太は今お風呂っていうから、颯太の部屋で待ってた」

「いや、俺が部屋に入ってきたタイミングで声かけろよ……」

「声かけなかったらいつまでバレないかなって」

「……んで、今日は何の用で?」

「100万円でいいよ」

「ん?」


 いきなりの金銭要求に俺は戸惑う。

 訳を聞く間もなく、葵は俺に100万円といったことについて話し出した。


「私の曲を演奏してる動画あげたでしょ?」

「俺じゃなくて、赤坂さんがな」

「だから、利用料」

「権利団体の規約的に大丈夫な…………」


 大丈夫と言い切りたかったが、全然大丈夫じゃなかったことに俺は気が付く。

 そう、原曲をそのまま演奏していたら問題はなかったのだろうが……。


 かなり原曲にアレンジを加えて、俺は演奏してしまっているのだ。


 この場合、本来は権利元に許可を取らなくちゃいけない。

 動画が消されないのはただ単に権利者から見逃されてるだけであり、駄目といわれたら普通にアウトなのだ。


「で、偉大なる権利者様である私に謝罪は?」


 立場的に弱い俺をイジメて楽しむ葵。

 どうやら、今回の俺がしでかしたやらかしには気が付いているようだ。

 音楽に携わっている側として、ちょっと考えが甘かったなぁと俺は頭を下げる。


「すみませんでした」

「……で、100万円は?」

「いや、その……。動画消すだけで勘弁してください。あと、訴えるなら赤坂さんを訴えてください」


 俺は赤坂さんを葵に売った。

 すると、葵は何故だか嬉しそうに俺に言う。


「ふーん。赤坂さんを売るなんて薄情者だね」

「そんなこと言うわりには嬉しそうにしてないか?」

「いや、颯太がクズなのが面白くてね」


 と言われて気が付いた。

 葵は俺が赤坂さんに対して特別な感情を抱いておらず、簡単に売るような相手だと知って喜んでるんだ。


 てか、たぶんこれ……。

 俺が葵の曲をアレンジした動画を勝手に公開したのを怒ってるんじゃなくて、赤坂さんと俺が一緒に楽しそうにしてるのに対して怒ってるな。


「ああ、赤坂さんがどうしても動画をあげたいって言うから、俺はしょうがなく弾いただけなんだよ」


 俺の推理通りなら、葵の機嫌はこれで良くなるはず。

 恐る恐る俺は葵の顔色を窺った。


「……ほんと、赤坂さんに責任を擦り付けるなんてクズだね」


 葵はどこか嬉し気に笑いながら言った。


 前回と違って、赤坂さんと仲良くする俺を見た葵が嫉妬のあまりガチギレするかもと思ったが、《《今回もなんとか》》うまい感じに切り抜けられそだ。


 よし、このまま勢いで許してもらおう。


「ま、俺も悪いけどな」


 罪をすべて擦り付けるのはクズの所業。

 潔く自分も罪を認めて葵の同情を煽ってみたが、逆効果だったようだ。

 葵は俺を楽しそうに脅してくる。


「うん、颯太の態度次第では許してあげないこともないかな」


 くっ、こいつめ。

 悪いことをしたにはしたので、強く出れないのをいいことに……。

 ぐぬぬと歯を食いしばりながらも、俺は葵に媚びへつらう。


「な、なにをしたら許してくれるんですか?」


 葵は何かを考えるようなそぶりを見せる。

 数秒後、まるですでに俺に何を言うのか思いついていたかと言わんばかりに、葵は口を開いた。


「私の目の前であの動画と同じの弾いてよ」

「そんなのでいいの?」

「なら、追加で他にも何かしてもらおうかな」


 余計なこと言うんじゃなかった。

 そんな後悔を胸に俺は葵と一緒に防音室へと向かった。


 で、投稿した動画で弾いていた曲を弾いてみせると……。


 葵が俺の弾いてる姿を録画しようとするので、俺は部屋に戻って今は使ってないお古のスマホを葵に渡した。


「一応、3日前くらいに写真の整理で弄ってたから充電はあるはずだけど……」

「ん、充電は大丈夫そうかな。で、急にどうしたの?」

「いや、俺の動画を撮るなら普段使ってる端末じゃなくて、違う端末にしといた方が安全かなって」

「あー、男である颯太の演奏してる姿なんて、アイドルのスマホに保存されてていい動画じゃないよね」

「そういうことだ」

「……今度2台目のスマホを契約しに行こうかな。颯太に送るメッセージを誤送信とかしちゃったら本当に危ないし」

「ま、お金に余裕があるならそうしといた方がいいな」


 ちょうど話に区切りがついた。

 そんなタイミングで俺は演奏を披露する。

 で、弾き終わると葵はすごくうれしそうに撮ったばかりの動画を見なおしていた。


「喜んでもらえてなによりだ」

「……べ、別に喜んでないし」

「そうか?」

「明日、早起きしないとだからそろそろ帰るね」


 と言って、葵はそそくさと家に帰ってしまうのであった。

 ふぅ、今日もなんとか嫉妬のあまりガチギレする葵を見なくて済んだ。

 ほんと、あいつが本格的に怒るとマジで大変だからな……。


   ※


 葵Side


 寝る前、私はベッドの上で颯太の演奏している動画を見てニヤニヤが止まらない。

 弾いてるときの颯太の横顔が本当に格好良くて見てるだけでドキドキだ。

 それに、こんなにもドキドキするのにはもう一つ理由がある。


「ふふっ、ほんとに私の曲を颯太が弾いてる……」


 私が絶対に勝てないと思っていた相手である颯太。

 そんな彼が私の歌った曲をピアノで弾いてくれているのだ。

 うん、天才である颯太が自分の曲を弾いてるなんて、本当に凄い子になれた気がして嬉しすぎる。

 私は撮った動画を何度も何度もベッドの上でリピートし続ける。


 で、それに飽きたころ、私は動画を撮った端末が初期化されてない颯太のモノであることに気が付いた。


「あんま良くないけど、ちょっとだけ……」


 何か面白いモノでも見つからないかと、私は颯太のスマホを弄る。

 写真一覧を見ていたときだった。


 私はとんでもない《《お宝》》を見つけてしまった。


 中学生のとき、颯太は体を鍛えていた時期があった。おそらく、その時に撮ったであろう体つきの変化を確認するための写真を見つけてしまったのだ。


「これ、やばすぎ……」


 写真の内容は颯太が上半身は裸、下はパンツ一枚の姿で、大きい姿鏡の前で写真を撮っているというものだ。

 好きな人のこんな姿を見ちゃったら、きゅんきゅんと切なくなっちゃうに決まってるじゃん……。

 もうどうしようもなく感情を抑えきれなくなってしまい、私は颯太のお古のスマホを抱きかかえて布団にもぐった。


「好き好き好き好き好き……」


 颯太の前じゃ恥ずかしくて絶対に言えないようなことを言って、もどかしくて切ない気持ちを鎮めようとする。

 でも、こんなのじゃ全然足りない。颯太への切なさに耐えきれない。

 明日は早起きの日なのに……。


「んっっ……。颯太の馬鹿。ばかばかばかっっ……」


 私を困らせる颯太のことを罵りながら、切ない気持ちを慰めるべく夜遅くまで手を動かしてしまうのであった。

 


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ