第16話アイドルは誘惑したい
未成年ということもあってか、思いのほかお帰りが早かった葵。
そんな彼女は俺にグイっと迫って尋問してきた。
「ねぇ、ライブで隣に座ってたのって誰?」
「……と、友達です」
俺はまるで浮気を問い詰められている男かのように縮こまりながら答えた。
「別に颯太は悪くないよ。でもさ、私のことをただの幼馴染呼ばわりした後に、あてつけかのように私のライブに可愛い女の子を連れてくるのはどうなの?」
葵からのほぼ告白のような『ほんと、颯太って私に興味ないよね』という発言に対し、『ああ、幼馴染だからな』と答えて、異性としての脈はないと言い切った。
葵からしてみたら俺にフラれたようなわけで……、それなのに自分以外の女の子と仲良くしていたら気持ちは良くないわな。
「……ごめん」
「別に気にしてないよ。ところでさ、実際のところはあの子とどんな関係なの?」
うん、やっぱめっちゃ気にしてるだろ。
俺の横に座っていた赤坂さんについて、葵は食い気味に聞いてきた。
まあ、正直に答えておけば別に問題はないか。
「ただのクラスメイト。ピアノのコンクールで何度か会ったことはあるけど」
「ただのクラスメイトにしては、イチャイチャしてなかった?」
怖いって、笑顔なのに目だけは笑ってない顔で俺を見ないでくれ……。
明らかに嫉妬してる葵に俺は毅然とした態度で接し続ける。
「テンション上がってただけだ。お前もなんか楽しいことがあったら、友達と騒いだりするだろ?」
「…………」
葵は何とも言えない顔になり黙ってしまった。
うん、悪かった。マジで悪かった。
お前に仲のいい友達いないの知ってたのに、変な事言ってマジでごめん。
気まずくなりながらも、俺は葵に話を続ける。
「で、だ。ほんと、赤坂さんとはなんもないから」
「……ならいい。ただまぁ、私のライブに彼女連れてきて、私をイチャイチャするための舞台装置にしたときは……」
「し、したときは?」
「どうなっちゃうんだろね」
葵はどこか含みを持たせた感じで言った。
うん、女の子とはもう絶対に葵のライブには行かない。
葵が俺に抱く好意のでかさを思い知らされ、そう覚悟したときだ。
スマホの着信音が鳴り響く。
画面を見ると、『赤坂栞』と表示されている。
普通に拒否して、ごめん今でれないとメッセージを送ろうとしたのだが……。
「出ていいよ。ただ、スピーカーで話して。彼女じゃないんだし、私に話を聞かれても問題ないでしょ?」
「……わかった」
余計なことを言ってくれるなよ?
そう思いながら、赤坂さんから掛かってきた電話に出た。
「もしもし」
『あ、颯太くん! 夜遅くにごめんね』
真顔でずっと見てくる葵の視線に耐えながら、俺は話をつづけた。
「で、どうかしたか?」
『今日はありがとね~って言うの忘れてたから、一応言っとこうと思って』
「あ、ああ。俺も今日は赤坂さんと一緒で楽しめたよ」
いきなり、葵が手に持ってたペットボトルをくしゃっと潰した。
怖い怖い怖いって……。
『なんか今、凄い音したけど大丈夫?』
「ん、ああ。手元にあったペットボトルを潰しただけだ」
『ならよかった。にしても、今日の葵ちゃん最高だったね! これはもう完全に虜になっちゃったよ』
さっさと電話を切りたいのに、赤坂さんがどんどん話してくる……。
「うん、ほんとうに最高だった。んじゃ、今日は夜遅いし……」
電話を切ろうとするも、赤坂さんはテンション高めに話し続ける。
『だよねだよね! 特にサプライズでお披露目された新曲が本当に……最高。あの、クールな葵ちゃんが嫉妬心露わに全力で電波ソングを歌ってるの見て、鳥肌凄かったもん。本当に恋してて、本当に誰かに向けて歌ってるみたいだったよね!』
「ん、ああ。本当に嫉妬してるみたいだったよな」
葵が俺の脇腹をつねってきた。
別にそんなことないんだけど? という顔で。
いやいや、この前のあれは俺に告白したようなもんだし、今更になって俺が女の子と仲良くして嫉妬してないとか無理あるからな?
『そういや、今日ライブ会場に入る前にSNSにあげるためのライブに来ました~的な写真撮ったじゃん?』
「あ、ああ」
『それに颯太くんが映ってたのを見たお母さんが彼氏? 彼氏なの? ってうるさくされちゃったよ』
やめろ。やめてくれ。これ以上、葵の嫉妬心を煽らないでくれ。
嫉妬してないと認めてはいないが、明らかに嫉妬している葵。
そんな彼女は赤坂さんが楽しそうに話す声を聞いて……。
さっきから仁王立ちで俺のことを睨みつけていたのだが、どこか悲しげな顔になり、ソファーの上に移動し足を抱えてちょこんと体育座りする。
自己肯定感の低い葵である。とうとう限界が来ちゃったらしく、私なんかよりその子の方が可愛いよね……と言わんばかりにいじけだしてしまったのだろう。
「ちゃんとお母さんには彼氏じゃないって説明しといてくれよな」
『はーい。んじゃ、今日はありがとね~。おやすみ!』
「ん、おやすみ」
赤坂さんとの電話を終える。
そして、俺は拗ねちゃった葵に近づいた。
「ソファーの上で縮こまってどうかしたか?」
「次、私のライブで私以外の女の子とイチャイチャしてるの見つけたら、本当にゆるさないから」
ツンとした態度の葵。
そんな彼女に俺は言いたかったことを言う。
「てか、今日のライブ最高だった。ということで約束を果たそうじゃないか」
そう、ライブが成功したら『ごほうび』をあげることになっている。
何がいい? と葵に聞いた。
葵は上目遣いで俺にとんでもないお願いをしてきた。
「じゃあ、ムダ毛がないか確認して」
想定外すぎる質問に俺はその場で固まってしまった。
そんな俺に対して葵は顔を少し赤らめながら言う。
「この前、私に興味ないって言ってたし、颯太が私のことを変に意識するなんてことはないでしょ?」
「でも、だからと言って俺にムダ毛チェックを頼む必要は……」
「何でもしてくれるって言ったじゃん。なに? 私に嘘ついたわけ?」
葵が逃がさないと言わんばかりに俺を追い詰める。
好きな相手に自分を見せつけて、気を引きたい。
その気持ちは十分にわかるが、何でムダ毛チェックなんだよ……。
こうもっと何かいい方法が……と思うも、葵は不器用だしこんなやり方しか思いつかないのも無理はないと納得してしまった。
「わかった。んで、どこ見ればいいんだ?」
観念して俺はムダ毛チェックをしてあげる。
マジで意味わかんないけどな。
やれやれと思っていたら、葵が腕を上げて脇を見せつけてきた。
「……ちゃんとシャワー浴びてきたからね」
恥ずかしそうにしている葵の脇を見る。
普段見ないし見せないような場所をまじまじと見せつけられ、なんだかイケナイ気分になってきた。
パッと見は綺麗ですべすべだし、なんの問題もないと言って終わらせようとしたときだ。
「触って確かめてよ」
見るだけじゃなく、手でもしっかりと確認しろという。
アイドルの脇を触るという背徳的な行為にドキドキが止まらない。
俺はそっと優しく葵の脇に触れた。
「んっ…」
くすぐったそうな声をあげる葵。
そんな彼女を見て、俺もくすぐったくなった。
「変な声だすな」
「……颯太の触り方がやらしいから」
「ったく、俺にこんなことをさせて何が楽しいんだか」
俺が悪態を吐いたときだ。
葵は恥ずかしそうにしつつ、俺に挑戦的なことを言ってきた。
「……ねえ、颯太。手、滑らせちゃっても許してあげる」
赤坂さんに対抗意識を燃やし、俺に女の子として見てもらいたい葵。
俺はそんな可愛い葵を見てドキドキが止まらない。
盛大に手を滑らせて、脇どころか葵の慎ましくも張りがある胸を鷲掴みしたいという欲求に駆られるも、俺は必死に耐えた。
耐えに耐えて、なんとか俺はチェックを終える。
アイドルのムダ毛チェックというとんでもないことをさせられて疲労困憊になった俺を見て、葵は意地悪に微笑んだ。
「私のこと興味ないって言ってなかった?」
普通に私に興味あるじゃん。
そういわんばかりな葵に俺はたじたじにされてしまうのであった。




