第15話「『ねえ、その女の子だあれ?』」
防音室内でちょっとギクシャクしてからというものの、忙しいというのもあってか葵は露骨に俺の家に来なくなった。
そして、向かえる8月31日。
今日は渡良瀬葵の1stライブ『雨のち晴れ』の日だ。
関係者席のチケットを握りしめ、会場へと向かおうとしたときだった。
『ねえねえ、ライブ一緒に行こうよ!』
俺と葵が幼馴染であることを知っており、そのことを出汁に関係者席のチケットを俺から強請った赤坂さんからメッセージが来た。
断ろうかと思ったが、赤坂さんの機嫌を損ねて変なことをされようものなら困ってしまうわけで……。
大人しく俺は申し出を受けることにした。
で、待ち合わせ場所に向かうとそこにはライブに相応しいおめかしをした赤坂さんが立っていた。
俺の存在に気が付くや否や、笑顔で俺に手を振って近づいてくる。
「もう遅いよ! 女の子を待たせるなんて! 男の子は待ち合わせの30分前には居なきゃダメなんだからね?」
「いや、ついさっき待ち合わせの約束したばかりだし、どう足掻いても約束の30分前に待ってるなんてできるわけないから」
「あははは、だよね~。んじゃ、行こっか」
俺達は合流してライブ会場へ向かう。
あっという間に物販の待機列に到着した。
で、長い列に並んでいると赤坂さんが俺に話しかけてきた。
「今日は楽しみだね」
「そんなに渡良瀬葵のことが好きなのか?」
「超好き。そういう颯太くんはどうなの?」
「いや、好きだけど」
世界で一番のファンだという自負ができるくらいには好きだ。
そして、ギクシャクとしてしまったあの日から、葵の調子がどうなっているのかほんとうに不安でしかない。
俺が葵の感情をかき乱したせいでライブが台無しになるかもと思うと、本当に胃が痛くなってくる。
「どうかしたの?」
よほど、変な顔になっていたのか赤坂さんが心配そうにこっちを見る。
俺はすぐに何事もなかったかのようにふるまった。
「いや、今日は暑くて嫌になるなって」
「あははは……。ほんと、夏のライブは大変だよね」
赤坂さんはそういって、涼しくなるために自分のTシャツの胸元ををパタパタと煽って涼をとった。
よく見ると俺よりも汗をかいてる。
そんな彼女を見かねた俺は首にかけていたひんやりとするタオルを赤坂さんの首にしてあげた。
「……颯太くんって誰にでもこうなの?」
「ん、何が?」
「いやいや、何の躊躇いもなく女の子の首に自分のしてた冷感タオルをしてあげるとかなんか凄いな~って」
「あー、嫌だった?」
悪いことしたなと思っていると、赤坂さんは親指を立てて俺に笑った。
「颯太くんはイケメンだから許してあげる!」
イケメンと褒められ、わりと嬉しい。
そんな俺は少し照れながら、待機列に並ぶ間の暇をつぶす質問を赤坂さんにした。
※
グッズを買い、俺と赤坂さんは会場の席に向かった。
関係者席ということで場所はそれなりに良い場所だ。
俺達みたいなのがいたら、場違い感が凄いかな……と思っていたが、今回の関係者席の基準は結構緩いようで俺達と同じように関係者からチケットをもらったであろう若い子が普通にちらほらといる。
ちなみに、葵の両親は関係者席よりも見晴らしのいい席で見ているので、近くにはいない。
「ワクワクしちゃうね」
「俺もこういうライブに来るの初めてでなんか緊張する」
ライブが始まるまでちょっとした時間。
そわそわとした感じで赤坂さんが話しかけてくる。
「今日、新曲のお披露目あると思う?」
「1st ライブでそれはないだろ。この前、CD出したばっかだし」
「ちっ、ちっ、ちっ、甘いよ颯太くん。今の娯楽産業はとにかくスピード重視。話題にならなくなる前に、新たな話題を提供しなくちゃすぐ埋もれちゃうんだから」
なんだかんだ葵も情報漏洩については気にし出したようで、最近はガチで俺にアイドル関係で話しちゃいけないことを話さなくなってきていた。
赤坂さんの言う通り、本当に新曲のお披露目があるかもな。
期待に胸を膨らませていると、開演のアナウンスが始まった。
『本日は~……
アナウンスが終わり少しの間があった後、葵がステージに現れた。
可愛いと格好いいが両立してるスタイリッシュなアイドル衣装を身に纏い、少し長めなボブヘアーを靡かせながら。
そして、手にしたマイクを口に近づけて言う。
「今日はライブに来てくれてありがとうございます。口下手なので、早速ですが歌わせてください。1曲目『時代遅れのヒロイン』」
肩慣らしにと言わんばかりに、葵はネットでバズった曲を歌いだした。
それと同時に会場は一気に沸いた。
もちろん、俺もドキドキが止まらない。
大きなステージで歌う綺麗で可愛いアイドルである葵に釘付けになり、目が離せなくなっていく。
1曲目が終わると、葵は息を少し整えて話し出す。
「1曲目ありがとうございました。そして、2曲目にと言いたいところですが、まだ持ち歌が少ないのでちょっとだけお話をさせて貰おうかなと」
今回は『渡良瀬葵』のお披露目ライブということもあってか、カバー曲は一切歌わない方針のようだ。
葵は少し不器用ながらも、小粋なトークで場を和ませた。
「今日まで色々とありました。でも、ここまで頑張ってこれて良かったです。そして、皆がここまで私の歌を聴きに来てくれて、本当に嬉しくて……。だから、感謝の気持ちをいっぱい込めて2曲目を歌わせてください」
落ち着いた様子で慌てることなく葵はライブを盛り上げていく。
心配なんて無用だった。
葵は俺が思っている以上に凄い子だったんだ。
アイドルとして世界に羽ばたき始めた葵に感動しつつ、俺は必死にペンライトを振って葵を応援した。
2曲目が終わる。
そして、トークやちょっとしたチャレンジ企画を挟んだ後、葵は3曲目を歌った。
今回は1st ライブということもあってか、1時間ちょいとかなり短めなライブだ。
とはいえ、3曲目を歌ったのに《《まだ時間が残っている》》。
赤坂さんは『ね? 』という目で俺の方をしたり顔で見つめてきた。
息を整えた葵が席にいる皆に話しかける。
「……デビューしたての私のライブに来てくれてありがとうございます。そこで、ささやかながら今日は来てくれたみんなにプレゼントを用意しました」
会場がざわつきだした。
そんな最中にステージにいる葵と目が合った……気がした。
俺の横に座っている赤坂さんは葵がこっちを見てくれたのが嬉しかったのか、テンションマックスの大はしゃぎで『今こっちみたよね?』と俺の腕を揺すって興奮を露わにする。
そして、そんなときだった。
キーン! と甲高い音が鳴り響く。
葵がマイクを落としたのが原因だ。
ちょっとしたミスをした葵は申し訳なさそうに謝った。
「ごめんなさい。親が凄い必死に応援してくれてるの見ちゃって、ちょっと驚いちゃいました」
会場は葵のお茶目な一面を見て笑いに包まれた。
そして、葵は笑顔のままステージを進行させていく。
「……今日ここに来てくれたみんなへのプレゼントとして、新曲を歌います」
葵は曲名を言うのをもったいぶる。
ためにためて……
「『ねえ、その女の子だあれ?』」
今まで見たことのないくらい満面の笑みを浮かべた葵は俺の方を見て、電波ソングっぽい曲名を叫んだ。




