第12話折れないアイドル
葵がソロアイドルとしてデビューする記者会見は生放送こそされなかったものの、ニュースで一部をとりあげられている。
学校から帰ってきて、たまたまやっていた葵の記者会見をテレビで見ていた時であった。
『好きな男のタイプを教えてください』
とある記者が葵に聞いたとんでもない質問。
それに対して、葵が長々と話しだした。
『身長が180に行かないくらいで、器用で優しくて、音楽がわかる人で、たまに悪戯してくるようなちょっと意地悪でお茶目なところがあって……。すみません、今の忘れてください』
……うん?
いや、あれだ。俺の聞き間違いだよな?
葵のデビュー会見の映像を見ていたニュースのコメンテーターは笑いながらいう。
『いやー、凄い理想がしっかりしてますね。さて、そんな渡良瀬葵さんの1stシングル『あなたのために歌ってないからね』は7月7日発売予定で、デビュー記念ライブも実施するとのことですので気になる方はチェックしてみてください。それでは、次のニュースに……」
ニュースの内容が切り替わった後も、俺は何が起こったのか理解できずに呆然と立ち尽くすしかなかった。
で、3分後。
ハッと我に返った俺はSNSで葵が炎上してないかチェックする。
検索窓に『渡良瀬葵』と入力すると、それなりに投稿されていた。
『理想ハッキリしすぎてて草』
『なんかガチで好きな人のこと言ってんじゃねw』
『真面目でクールな感じ装っておいて、好きなタイプについて聞かれたら饒舌になるとかなんかおもろいわ』
『アイドルなのに、ガチでしゃべりすぎで草しか生えん』
わりと好意的なコメントを見つけ、ホッとするも……。
やっぱり、ちょっとお行儀が良くない層もいた。
『アイドルするのに男のタイプをべらべらと語るとか舐めてね?』
『渡良瀬葵とかいう子、アイドルに愛着なさそ』
『この感じ、マジで好きな相手居そうだよな』
『ソロアイドルとしてデビューするって言うから、期待してたのに期待しなくて良さそうでよかったわ』
『てか、デビュー中止した方がよくね?』
『顔可愛くても中身がこれじゃあなぁ……』
『スウィートプリズムの子達も可愛そうだよな。こんな奴のために事務所のリソースを割かれるなんて』
確かにこの言い分はわかるが、それでもちょっと言い過ぎな奴が多い。
昔のアイドルは恋愛禁止を謳っているが、今は……アイドルが好きに恋愛できないのはおかしいという世間の声を受けて、面と向かって恋愛禁止を謳っている事務所なんてもうないのに。
まあ、恋愛禁止を謳わなくなったが、暗黙の了解でアイドルが男の存在を匂わせるのはプロとして失格って感じではあるけどさ。
にしても、ほんと葵はどうなっちゃうんだろうな……。
記者会見で盛大にやらかした葵のことを俺は心配するのであった。
※
夜の10時を過ぎた頃だろうか、俺の家に葵がやってきた。
記者会見の後ということで、マスコミに付け回されているかもしれない。
玄関近くに不審者がいないか確認してから、葵を部屋に招き入れた。
「今日、おじさんとおばさんは?」
「大阪に出張してる」
「そっか。で、あれ記者会見だけどさ……見た?」
「ま、あれだ。アイドルとして、あの発言はちょっとダメだったな」
プロ意識に欠けた発言をしてしまった葵。
下手に慰めるよりも、指摘すべきところは指摘した方がいい。
そう思って葵に軽く説教をしたら……。
葵は死んだ目で不気味に笑った。
「あははは……」
さてと、駄目なものは駄目だと言ったし。
今度はちゃんとフォローしてあげよう。
魂が燃え尽きたかのような葵の肩を叩いて俺は慰める。
「ま、やっちゃたもんはしょうがない。これから挽回していこう」
「そうは言うけど……」
デビュー前の一番話題になりそうな時期でのやからしということもあってか、葵はもう終わったと言わんばかりである。
このままだとズルズルと引きずってしまい、どんどん駄目になりそうだ。
葵の気持ちを奮い立たせるために、俺は告げる。
「で、ごほうびは何がいいんだ?」
「あんな無様な姿を晒したのに、ごほうびあるの?」
「……ああ、特別にな」
本当はごほうびなんてあげられる出来じゃなかったんだぞ? と少し笑いながら、俺は葵に言った。
とはいえ、葵はあんな最悪な失敗をしておいてごほうびを貰うのはおかしいと思っているようで、なんだか浮かない顔だ。
「私がごほうびを貰う資格なんて……」
「ある。頑張ったには頑張ったんだからな」
「……じゃあ、ネットで私のことたいして知らないのに『死ね』だの『引退したら?』だの、罵倒ばっかしてくる私のアンチを●して」
精神的に参ってしまっているのだろう。
葵が放送禁止コードに引っかかるような怖いこと言ってきた。
で、葵は俺に饒舌に話し続ける。
「確かにプロとしての意識はかけてるけどさ、今時いいじゃん。普通にアイドルが男のタイプを語ってもさ。なに? アイドルが恋愛禁止で男とはなんの付き合いをもってないとか、そういう非現実的なのを本当に信じちゃってるわけ?」
暴走モードに入ってしまった葵。
そんな彼女を俺は必死に宥めた。
「まあまあ、落ち着けって」
「……はぁ。ほんと、死にたい」
「縁起でもないことを言うな!」
こつんと俺は葵の頭を軽くたたいて、葵を明るい気持ちにさせるためにちょっとふざけたことを抜かす。
「にしても、お前の理想像にぴったりな男ってこの世に存在するか?」
「え、あ、え?」
「いやいや、あんなスペック高いやついないだろ」
「そ、そうだね」
葵は俺に聞こえるか聞こえない声でぼそっと言う。
『バレなくて良かった……』と。
いや、聞こえてるし、葵が俺のことは好きなのは普通にバレバレだぞ?
と思うも、あえて鈍感主人公を演じることにした。
「ん、なんか言ったか?」
「い、言ってないよ。と、ところで、ごほうびってナンデモいいの?」
これ以上、俺に聞かれまいとごまかすかのように話題を変えた。
そんな彼女をより明るい気持ちにさせようと冗談で笑わせようとする。
「ま、アイドル活動に失敗して無職になったら、私を養えでもいいぞ?」
「……」
「おいおい、なんで黙ったんだ?」
「…………」
葵は無言で俺の方を見てくる。
うん、めっちゃ滑って恥ずかしい。
だがしかし、今の葵は傷ついている。
つまんないことを言っちゃって、ちょっと滑るくらい気にしてたまるものか。
「おいおい、なんか言えって」
「……ごめん。そこまでOKなんだって驚いてた」
「いや、ガチで俺に何をお願いする気なんだよ……」
葵に何をお願いされるか分からなくて、ちょっと怖くなってきた。
鬼が出るか蛇が出るか、そんな気持ちで待ち構えていると、葵がとうとう俺へのお願いを口にする。
「私のライブ見に来て」
そんなのでいいのか? と思いのほか普通なお願いに俺は戸惑う。
そんな俺に葵は決意に満ち溢れた目で告げた
「まだ、颯太からごほうびを貰えるようなことしてないからね」
俺はちょっと安心する。
ああ、葵はまだ死んじゃいない。
「絶対見に行く」
ちゃんと見に行ってやるから安心しろと、俺は強くうなずいた。
ただ、葵はやっぱりごほうびを手放すのが惜しかったのだろう。
「でさ、あれ。……ライブが成功したら、私のお願い聞いてくれる?」
余計なこと言わずに終わってたら格好がついたのにな。
何とも締まりの悪い葵に対し、俺は笑ってしまうのであった。




