第10話餌で釣る
ソロアイドルとしてデビューとなった葵。
今現在、どのくらいソロアイドルがいるのか調べてみるも、俺はすぐに頭を抱えてしまった。
「メジャーで売れてるソロアイドルなんて居ないんだな」
そう、ソロアイドルとは過去の遺物でしかなかった。
今の時代、どのアイドルもグループでの活動がメインなのだ。
とはいえ、葵の事務所は大手だし、なんの勝算もなく葵をソロアイドルとしてデビューさせる気はないのだろう。
現に、アイドル衣装をつくるにしてもアイドルである葵にデザインさせてみたりと、普通よりもかなり凝ってるしな。
「プレッシャーにやられないといいんだけどな……」
これからデビューする葵のことを心配しかない。
で、葵がソロアイドルとしてデビューすると俺が知ってから5日後。
葵の事務所から大々的に発表があった。
『渡良瀬葵。ソロデビュー&1stシングル発売決定!』
そして、記者会見もするらしい。
時刻は明日の夕方ごろを予定しているとのこと。
本格的に動き出した葵のアイドルとしての人生。
背中を押した側の人間としては、他人事とは思えないでいると……。
「……緊張で死にそう」
元気のなさそうな葵が俺の家にやってきた。
よろよろと玄関から家に入ってきた葵はというと、明日に記者会見を控えているからか、今にでもプレッシャーで苦しそうだ。
そんな彼女はいつもみたく発声練習をしている防音室には向かわず、リビングにあるソファーでうつ伏せで倒れこんだ。
そして、うめき声をあげる。
「んんんんんんん~~~~~!!!」
完璧に緊張でやられちゃってる。
柄にでもなく、叫んじゃう姿を俺に見せる葵に声を掛けた。
「だ、大丈夫か?」
「無理。もうマジ無理……。記者会見とか、ほんと無理……。颯太が私の代わりに記者会見してっ!」
「変わってあげられるなら、変わってやりたいが……。現実的に無理だろ。てか、アイドルデビュー前なのにテレビに出てたんだし、別にそこまで緊張しなくても……」
少しでも緊張を和らげようと、すでにお前は大舞台を経験していると言った。
すると、ソファーでうつ伏せになっている葵はボソボソという。
「それとこれはまた違うし……」
「て、てか、あれだ。1stシングル発売おめでとう」
「あああああああああああ……!!!」
急に奇声をあげ、足をじたばたさせる葵。
やばっ、地雷を踏んだか?
「だ、大丈夫か?」
「ぜんっぜっっん、大丈夫じゃない!」
「もしかして、まだ全然完成してない……のか?」
「……」
恐る恐る聞いたら、今度は葵がピクリとも動かなくなった。
うん、1stシングルの進捗状況がかなりよくないみたいだな……。
すでに葵はかなり頑張っている。
それなのに、俺からさらに頑張れと言われたらムカつくこともあるだろうし、どう声を掛けたものか……。
どう葵をケアするか悩んでいると、葵の方から俺に話しかけてきた。
「颯太って緊張で吐きそうになったときはどうしてるの?」
俺は大きなピアノのコンクールに何度も経験している。
そんな俺が緊張とどう向き合っているのかを聞かれた。
俺は頬をかきながらありのままを伝える。
「絶対に失敗しないようにするために、めっちゃ練習してる」
緊張とは自信がないから起こるもの。
自信さえあれば、緊張を跳ねのけることができるという理論だ。
しかし、この方法は葵には向いてない。
「いくら練習を頑張っても、不安が消えないんだけど?」
そう、葵は他人よりも頑張っているのに、不安を払拭できないでいるのだから。
俺は葵の緊張を和らげる方法を考えて見る。
そして、俺は葵の緊張を和らげるとある方法を思いついたのだが、この方法を使うのは……よくないような気がする。
だが、あまりにも苦しそうにしている葵を見て、俺は黙っていられなかった。
「ほら、元気出せって。もし、葵が記者会見を上手く出来たら《《なんでも》》言うことを聞いてやる」
葵は俺へ好意を抱いている。
それを利用させてもらう。
以前、俺が褒めればパフォーマンスが上がるし、貶せばパフォーマンスが落ちたことがあった。
今回はそれを上手く応用して、成功したらごほうびが待っていると葵に分からせることで、絶大なバフを付与しようって算段だ。
「……ナンデモ?」
ソファーでうつ伏せの葵が顔をあげて、食いつくように俺の方を見てきた。
獲物を狙う猛禽類かのようで、ちょっと怖い。
だ、大丈夫だよな? さすがに変なお願いはされないよな?
不安になりながらも、俺は葵のために大胸を張った。
「ああ。成功したら、お祝いで何でもお前のいうことを聞いてやる」
アイドルになる葵とは親密になりすぎず適切な距離を保つと息巻いていたのに、早速躓いちゃったな……。
でも、背に腹は代えられない。これも葵のためだ。
俺はそう信じて前に突き進むことにした。




