『千夜千字物語』その38~あの時
「シフト代わってもらえません?」
「無理無理、18時以降はダメだって知ってるじゃん」
マサキはここ1年ずっと用事があるからと
18時以降のシフトには入っていない。
あまりにも特別扱いされているので
ハルが店長に何度か文句を言ったこともあるが、
「人一倍やってくれるからな」
でいつも片付けられてしまう。
それでもバイト仲間は納得してなかった。
バイトにとってシフト交換は当たり前の行事で、
ある程度融通が利くものとして
当てにしているところがあるからだ。
ハルもそんなマサキにウンザリしていた。
ある日ハルは、
友達のお見舞いに行くために
彼女が好きなケーキを買いに行った。
ラスイチだったのですぐに注文すると、
他の客が駆け込んできて
「売切れかよー」
と残念そうに言った。
「もし良かったら…」
とハルが振り返ったら、
そこにいたのはマサキだった。
マサキもハルに気付き、初めは遠慮していたが
「悪いな」
そう言ってケーキを持って出て行った。
ハルは他のものをお土産にして病院へと向かった。
「元気かー!」
そう言って病室に入ると、
友達のリンの目の前にあのケーキがあるのに気付いた。
「お兄ちゃんが買ってきてくれたんだ」
嬉しそうにリンが言うと、
「いらっしゃい」
と言いながら病室に入ってきたのはマサキだった。
お互いに顔を見合わせ驚いているとリンが
「もう知り合いみたいだね」
と笑った。
ハルは、バイトのシフトといいケーキといい
妹想いのマサキを見て印象がガラリと変わった。
それから二人は病室で会ったり、
バイト先でリンの話をしたりと急接近した。
そんな二人にリンは「付き合えばいいのに」と言ったりもした。
ハルもまんざらではないのだが、
「そっか、ハルはずっと想ってる人がいるんだもんね」
とハルの気持ちを代弁するように言った。
それはハルが中学生の時に
不良に絡まれていたところを助けてくれた
当時高校生の男子だった。
「誰が不良に絡まれたって?」
マサキがそう言うと、リンがハルを指さした。
「やっぱりそうか。いやー、あん時は参ったよ。
助けたのに泣いてるからまるでオレが泣かせてるみたいで」
ハルを初めて見た時、
あの時の子じゃないかとマサキは思っていたらしく
ずっと気にはなっていたと言った。
それを聞いたハルは、
開いた口を手で塞ぎ目を丸くして驚いた。
マサキは硬直しているハルを見て
「今度は笑顔にしてやらないとな」
と言ってハルの頭に手を乗せて
髪の毛をクシュクシュにした。