処刑への道
俺は何もせず、処刑の日を迎えた。
今は春先、早朝は体が冷える。
腕が封じられている関係で、肌を擦って体を温めるのも一苦労。そして牢屋の入口に誰かがやって来た。静かな牢屋に足音が響く。
「お前、グラム将軍の護送係だろ? 昨日ハイド様と話し合っていた様子から、気さくな人だと思うぞ」
「なら、ラッキーだな。俺、怖い人苦手なんだよ」
「それに相手はガキだ。気にしすぎるな」
「ありがとう。行ってくるよ」
1つの足音が、牢屋の前で停まる。
「グラム将軍。出発の時間だ」
声の人物は、扉越しに声を掛けてきた。
「ハイドは?」
最後まで彼が、俺の面倒を見れない、それはわかっていたこと。彼は3賢者、処刑当日は貴賓席から離れる事は出来ない。グラム将軍を捕らえた功労者だ、尚の事。
最後の日。最初に掛けられた声が見知らぬ者というのは、持て成しの心が足りぬではないか?
「貴様引け。最低、都市一番の戦士を連れてこい。でなければ俺は動かん」
「貴様、生意気を……え? ママ怖い助けて、助けてよ!!」
扉を開け、手枷の先に繋がらる鎖、それを兵士は引っ張る。座り込み抵抗する俺。地面から立たせる為、兵士は俺の髪を掴む。その時、兵士は俺の目を直視してしまった。彼はその場で蹲り、叫び出す。
兵士は無様をさらしているが、彼は訓練を受け実践もこなした、正真正銘の精鋭だろう。その程度では、戦場で万の命を食らった狂戦士、それと相対する資格はない。
「やっぱり壊れないか」
動かない兵士の傍らで、手首を押さえる拘束具、それを壊そうとする。ただの木材、しかしどれだけ力を込めてもぴっくりともしない。
(やっぱりこれも、呪いを防ぐ効果があるか。なるほど、つまりこれを込めたのは)
「そこまでです」
牢屋に祭服を纏った女性が入ってくる。金髪の女性は鼻を鳴らし、俺を見る。
「無駄です狂戦士。貴方がいかに呪いの力を使おうとも、その枷は、白龍様が数百年以上力を込め続けた、聖遺物と言える物です。幾ら戦場を喰らう鬼だと言っても、破れるものではありません」
見知らぬ女性だ。だが彼女の言葉に俺は驚く。戦場を喰らう鬼、それが未だ、この大陸で表していない俺の本質。
「初めて見破られた気がする。貴方に従おう、何処まで行けばいい?」
手枷を女性に掲げると、彼女は俺を睨みつけた。そして手枷に繋がる鎖、それを拾うと彼女は歩き始めた。
「では、処刑場まで。これ以上手間を掛けさせないで下さい」
俺は彼女の後を付いていき馬車に乗る。
窓から見える景色。その移ろう速さからして、一時間も経たず処刑場に着くだろう。それまでは、馬車から見える住民の姿、それを楽しむことにする。
王都の門を潜って直ぐの寂れた地域、そに住む人々は、俺に憎しみを抱いていない。石を馬車に投げた子供は、目を瞑り、やりたくないと顔に書いている。殆どの大人は建物の影から、希望が潰えたと絶望を顔に浮かべている。
(気付いていたさ。帝国の悪逆が、自国の民すら傷つけている事は)
憎しみの色は、王都の中心に近づく程に強くなる。金持ちほど憎み、貧乏人ほど希望を見出す。
富の集中化、それを表す帝国の縮図だった。
「で、後何分でつくの?」
「30分ですね。何ですか? その楽しそうな顔は。ついでに教えますけど、処刑場には法国が派遣した聖女が3人います」
「そうか……大聖女様はいるのか?」
大聖女の話を聞いた途端、俺の腹をシスターが蹴る。次に顔面を杖で殴りつけた。戦場に出たことのない小娘の物だ。痛くある、だが泣き出す程ではない。
「いいのかよ? 俺が自力で歩けなければ、処刑も格好つかないだろ?」
「貴方ごときが、大聖女にアリス様の名を口にするな。彼女と勇者様は法国でお休み中です」
「ふ〜〜ん。そっか、ならいいや」
処刑場につくまでシスターは無言。俺はというと、昨晩は寒さのあまり、寝付きが宜しくなかった。馬車の揺れが心地良く、頭が上下に、かっくん、かっくんと揺れる。
「ん? 止まった」
「狂戦士、着きましたよ。貴方の終点です」
大きな欠伸をし、馬車を下りたシスターの後に続く。観衆が出迎えることはなかったが、それ以上に嬉しい人影があった。
「お、ハイドじゃん。いいのかよここに居て」
「最後の付き添いをやらせて頂ける事になりました」
「シスターよりお前の方がいい。馬車の中で虐められたし」
彼女に目を向けながら言うと、ハイドはシスターを見る。
「ホントですか?」
「すいません。この男が大聖女様を侮辱したので……」
女性は最初、嘘を言おうとしたのだろう。目が泳ぎ言い訳を口にしようとする。しかし、ハイドに向けられた目、それに耐えられなかったようで、肩を落とし、顔を青ざめながら真実を話していた。
「はぁ、今回の事は不問とします。貴方は指定の場所に移動して下さい」
「はい。それでは」
逃げるように走り去るシスター。おかげで出来た最初で最後、彼との一対一の場。
「俺に聞きたいことはないかハイド?」
「世間話ついでに幾つか。歩きながら聞きましょう」
彼を追い、処刑場に入る。
2人きり。そして、ハイドは戦闘が得意な人間ではない。この場から逃げるには絶好の機会だ。 それをする気はないのだが。
ある意味で言えば、生まれた時から覚悟していた。狂戦士の価値観だと、自分を殺すために場を整え、飾り付ける。そして住民まで集めた。
処刑に、どれほどの手間暇が掛けさせられるか、戦士としては、処刑の規模もまた、価値を図りである。
これほどの大規模な物、栄誉に思う。
「狂戦士。貴方に1つ質問です。どうして勇者では駄目だったのですか?」
廊下を歩いていると、彼がそんな事を聞いてくる。俺は歩くペースを早め、彼の隣まで進んでいく。そして、そんな事で良いのか? と上目遣いをするのだが、彼は笑顔で頷いた。
それにしても勇者? 何故そんな事を? 頭に浮かぶ理由は一つ。
「ハイド。お前、馬車内の会話を聞いてたな?」
腕を上げ、手枷を彼に向ける。すると、人の良い笑みで、ハイドは頷いた。
「ええ。だから気になっていたんです。貴方は黒龍には強い関心があるのに、聖女と勇者にはない、何故ですか?」
黒龍については、協力関係になった際に話したか。大聖女に関しては、黒龍以上にあるが……確かに彼が指摘した通り、勇者と普通の聖女には興味がない。
「俺が黒龍を狙う理由は、奴が一番強いから。俺が勇者を狙わないのは、ナンバー4に興味がないから」
「ナンバー4?」
「そう。黒龍、白龍がトップ2。勇者が4位」
「3位は?」
「言わなきゃ、わからないか? 俺だよ。誰だって同じだろう? 上しか興味がない」
これはヒントを出し過ぎたか? まぁいい。既に引き返せる段階ではないのだから。
明かりが入らない暗い廊下、それを出る時が来た。眼の前には、強い光が差し込んでいる。それは終点を意味していた。
道の終わり。案内の終わり。人生の終わり。色々と名残惜しく、足を止め目を瞑る。
「ここまでだな、ハイド」
「良く分かりましたね。私が送れるのはここまでです」
彼の一言が終わると、左右から兵士が現れる。そして俺の肩を掴み、前進を強要してきた。
「ちょっと待ってくれ。じゃぁなハイド、お前に会えるのは次で最後だ」
「ええ。ありがとう、我らが怨敵よ」
首を捻り後ろを見るが、ハイドの姿は目の端で捕らえるのがやっと。それでも姿を目にし伝えられた。
機嫌よく踏み出す俺の背を、穏やかな声が押す。手を上げ、それに応える。
それから、ほんの百十数歩進むと 人々の歓声、熱気が俺の死を願う。
アリーナの中心に連れて行かれ、作られたステージで膝を付く。すると宣言が聞こえた。
「これより、シルバード王国将軍グラムの処刑を行なう。前もって通達したとおり、グラム将軍の死をもって、シルバード王国への宣戦布告とする」
首の後ろには、重厚な刃の感触。首に刃を添えられた状況。ここから逃げ出した人物は、歴史状でも居ないだろう。
……これから始まる。俺の絶望が、避けられぬ死が。でもいいんだ。これこそが、俺の望んだ展開だ。