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望むは前進。代償は痛み


「そうか、帝国の毒人形がアスラ要塞に。わかったありがとう。レイは無事か?」

「ま、一時期は落ち込んでた。でも特効薬の存在。術者の存在を教えれば元気になったよ。空元気かもしれないがな」

「だろうな。とにかく頼んだよアレイスター。俺はそっちに迎えない。やらねばならない事ができた」

「わかりましたよ将軍。できる限りはやらせて貰います。通信終了」


 伝えられた情報に、机に身体を預けホッとする。


 レイは無事か。タイミングが際どいと、前情報で聞いていた。もしかしたら、毒人形の胞子に巻き込まれたのではと、心配していた。


「ともかく。こっちも動かないとな」


 連合軍のゴタゴタに口を出す権限はない。なら口を出せる人間、彼を縛る鎖を壊す事が重要だ。


「入ります」

「ああ。入ってくれ」


 ノックし中に入る。そこには、ルドラ様にギルベルト王が座っていた。


 部屋には1つの長机がある。両面に人を座らせても、十分、いや大げさ過ぎる。作戦室や、企業の役員会議に置かれている物だ。


「グラム将軍、来たな。とにかく座ってくれ」

「はい。失礼します」


 王の手に従うまま、彼らの対面に座る。


「ではやってくれ」

「は」


 揃ったのを確認すると、ルドラ様は頷き、壁際に立っている兵士に指示を出した。兵士は転写魔法を使う。写るのは、ガレリア要塞にいるハルトマン将軍。


「すいません。トラブルの解決を手伝って頂きまして」

「まだ何もしておらんぞハルトマン。王家側の問題でもあるしな。此度の貴族達の妨害は」

「退けられない我らが悪いのです。ギルベルト王」


 ペコペコと頭を下げるハルトマン。それを手で静止するギルベルト王。


 彼らが言っている、貴族が起こした問題。それは、ハルトマン将軍を連合軍に出奔させまいと、帝国に奪われた領地の責任問題を問うてきた。


 この問題事態、言い掛かりに近い。領地は帝国に奪われたのではない、貴族達が献上したのだ。調べも着いており、そこを突けば国家反逆罪でしょっぴける。


 しかし王家の力は弱い。さらに周知の事実と来た。


 以前から貴族達は、手を組めばあらやる罰から逃げられる。王家など、遅るるに足りないと理解していた。簡単に言えば舐められているのだ。7国同盟、成立前までは。


 仮にも、帝国に対抗する手段が出来た。何かの間違いで帝国に勝ってしまったら、自分達はどうなる? それを危惧し、妨害に奔った。これが事の経緯である。


「で、裁判が終わるまで、ハルトマン将軍は動けないと」

「ああ。お陰で王国内での連合軍はバラバラ。耐えこそしているが、帝国との戦況は良くない。先程こちらにも伝わってきたが、毒人形だったか? 恐ろしい兵器が投入されたと?」

「はい、効果はーー」

「待った」


 手を上げ、会話を一度打ち切る。確かに、帝国の毒人形は恐ろしい。しかし、問題はそこではない。特に、毒人形の性質を考えれば、気にすべき点は他にある。


「王よ。毒人形が恐ろしいですか?」

「当たり前だ。感染する爆弾。近場の人間を媒介にし無作為に広がるなど危険過ぎる、人類抹殺兵器だ」

「気にして欲しいのは、そこではありません。扱うのはあくまで人間。そして帝国です。これらを聞いて、毒人形が使いやすい兵器だとでも?」

「……」


 俺の質問に、王は机を叩き反論。しかし、出される前提条件を聞く毎に静かになる。最終的には、顎に手を当て無言で考え出す。


「兵器の使い所という観点で見れば、拮抗状態か、敗戦時の撤退、その時間稼ぎにしか使えない。所謂撹乱が使い道の兵器か」

「はい。優勢時に使うと最悪、味方に胞子が付着す可能性があります。除去魔法もあるのですが、大勢の人間が争う戦場で使うのは不効率です。それをするくらいな、他の兵器を使うでしょう」

「つまり、どういう事だグラム将軍」


 黙っていたルドラ様からの質問。俺は、背後に控えている兵士へ目をやった。兵士は眼前にある大きな机へ、地図を広げる。書かれた地図は、シルバード王国北方の地図。今回戦端が開かれた地域だ。


「帝国の狙いは時間稼ぎ。恐らくですが、シルバード王国内の何処かに、別の企みが実行中である可能性があります」

「やはりか」


 ギルベルト王とハルトマンの顔色が沈む。


 わかっているのだ。ハルトマンの問題が片付かなければ、連合軍の力は十全に発揮せず、まともな調査は出来ない。王家から人員を出す? 山が多く連なる北方を探し切るには時間が足りない。


 目星をつけるにしても前情報が必要だ。その地形情報も、地元貴族が握っている。王家と敵対し、鞍替えしている貴族が多い中では、それも難しいだろう。


「今回の議題がわかりましたね。どれだけ早く、ハルトマン将軍を裁判から開放するか。それを話し合う会談です」


 *


 出した答えは、王家に対して変化を求める物だった。


「貴族を切り捨てろ。出なければ、シルバード王国は滅びる」


 全ての貴族を、切り捨てろとは言っていない。


「ラインベルグ侯爵でいい。奴が、反王族派のリーダーだろ」


 言葉を続けるが、ルドラ様にギルベルト王は首を縦に振らない。


「すまない。時間をくれ」

「わかった。ただし期限は3時間だ。それ以上は、前線を維持している戦士たちに申し訳がつかない。……後で戻って来る」


 項垂れる2人を残し、部屋を出た。向かったのは以前出向いた宝物庫、ただし呪いの方だが。


 鎖や呪符を使い、厳重に封印された扉を眺める。


「はぁ。悪役をやるのはキツイな。責められないのが唯一の救いだが」


 胡座をかき、肩を落とす。水筒を取り出し、ブランデーを一滴だけ垂らした。


 俺は未成年。シルバード王国の法律上いけない事だ。しかし狂戦士の法では、酒を飲むのに年齢制限はない。というか、呑まずにはやってられない。


「元々シルバード王国は、大陸随一の統治能力を持っていた」


 貴族、王族の関係は良好。それを崩したのが帝国の侵略だ。強い後継者を求めた貴族達の後押しが、権力争いを激化させ、混乱と無秩序を生み出した。


 先程話題に出ていたラインベルク侯爵。かの一族もかつては、王への忠誠心が高かった。いや、今も厚いのかもしれない。


 侯爵、名の通り王家の親戚に当たる。彼らの狙いも、シルバード王国一派として帝国に取り入り、王国が滅んでも、シルバード王国という歴史を別の形で後世に受け継ぎたい、それだけなのかもしれない。


「これに関しては、ルドラ様達の方が知ってるか」


 彼らの表情からして、外れた考えではない。陣営は違うが心は繋がっている同士。だが、決別の時が来てしまった。


 掲げられた旗は下ろせない。今更、帝国に取り入るのはやめます。それは下にいる貴族達が許さないだろう。


「はあ。何も言えんな。恐らく、ラインベルク侯爵家の処刑人は俺だ。そんな人物の言葉など、同情にすらならない。狂戦士の色眼鏡から、血を求めているだけと勘違いされかねない。俺はただ、近しい人間に笑って欲しいだけなのに」


 俺の言う近しい人間が、ルドラ様達からしたら、ラインベルク侯爵の人々に当たる。悩む筈だ。苦しむ筈だ。しかし時間は掛けられない。


「せめてもう1人。旗頭となる貴族が居ればな」


 戦力からして、ラインベルク侯爵家は王国一の貴族と言って良い。


「悩むなよ、王、王子。あんたらの守るものはなんだ? それを覆し、全てを救いたいなら。両者が恥をかくしかない」


 頭を下げ、信頼を互いに失う。ラインベルグ侯爵の為に、今まで積み重ねた物を捨てられるか? 心とは晒せねば伝わらないのだ、


「ただ忘れるなよルドラ。俺はなんだ? 傭兵だぞ。報酬を詰めば何でもやる悪魔だ」


 上で悩んでいるであろう彼らが、忘れていないことをただ望む。

 

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