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狂戦士は、解き放たれる

「アリスは大丈夫なのか」


 俺は、教会を目指し走り出す。坂下では、騎士と木こりが戦っていた。


 状況は、木こり不利だと言わざるを得ない。騎士は木こりの上に跨っている。押し付けられた剣は、既に木こりの首近い。木こりも斧で抵抗をしているが、肘は曲がった。どんなに意地を張っても、力の入るピークは過ぎてしまっている。


 木こりの守りが突破されるまで、数秒も無い。だからこそ、騎士は周囲に対して無警戒だ。 


「さて、終わりだ」

「クッソ」

「お前がな」


 騎士の背後に回り込み、斧の一振りで首を落とす。

 

 騎士に声を掛けたのは、時間を稼ぐため。不意に話掛けられれば驚き、腕に込められた力は弱まる。つまり、木こりへの負担が減るわけだ。彼が生き残る、一秒を稼ぎたかった。

 

 俺は騎士の体を蹴り退かし、木こりに手を伸ばす。

 

「大丈夫か?」

「ああ……グラム子供達は?」


 立ち上がった木こりの、第一声がそれだった。

 

 俺は背後の坂を見る。駆け下りた際、何人かの子供とすれ違った。しかし、口にするのは今ではない。村から騎士の増援がやってくる。


「今聞いてどうする。まだ眼の前に敵はいるぞ」

「すまない」

「気にしてないでくれ。それに疲れてるだろう? 前衛は俺がやる。お前は援護に回ってくれ」

「わかった、頼む」


 斧を片手に、俺は騎士へ飛びかかった。 


「何だその武器は? そんなんで、俺自慢の鎧が砕けるか」


 騎士が持つ余裕を、咎められる者がいったいどれ程いるだろうか。

 

 俺が持っているのは伐採用の斧。対する騎士は特注品の鎧だ。材料である鉄の質も、間違いなく一級品。武具の差は歴然。しかし、鎧が着脱式である限りやりようはある。


「ふん、無知な者め、汚らわしい」


 騎士は剣を上段に構え、振り下ろす。


(今だ)

 

 振り下ろしを見計らい、俺は地面を蹴り上げた。

 

 剣を躱し、騎士の左側面に回り込む。そして、騎士の振り下ろされた左腕を掴み、引っ張った。


 開いた騎士の左脇めがけて、下から斧を振り上げる。斧は鎧を砕き、騎士の脇に到達。左腕を切断した。

 

「俺の腕がーーーー」


 装備差頼りの蹂躙しか、経験してこなかったのだろう。腕を落とされた程度で、騎士は蹲り喚き散らす。俺は未だ、眼前に立っているというのに。


 騎士の胸元を踏みつけ抑えると、俺は斧を振り下ろす。


「ふぅ。もう大丈夫だろう」

「だろうな、グラムはどうする?」


 木こりの問いに、村の中心を見た。数秒間を考え込み、俺は答えた。


「これから……教会に向かう」


 彼は俺の肩を叩き。


「そうか……俺もついていく。足手まといかもしれないがな」

「いや助かる。だいぶ腕も鈍ってる……それに」

「それに?」

「覚悟しなきゃいけない。出来ないかも、しれないけどな」


 ため息と共に目を細め、俺達は教会に向かって歩き始めた。

 

 道中、3人の騎士と出会った。殆どの騎士は、剣で村人を弄んでいた。そんな奴らは大抵、視野が狭いものだ。背後を取り、一撃で首を落としていく。


 例外として、教会前に陣取った騎士は、木こりに囮をしてもらった。


「村をめちちゃくたちゃにしやがって、何が騎士だ臆病者。お前らが崇める、神か王かは知らないけどな。、碌な奴じゃねぇよ。いや偽神か?」

「貴様、言って良い事と、悪いことがあるだろう」


 騎士は怒りに支配され、木こりしか見えていない。その隙を狙い、俺は背後から接近。


「何だきさーー」

「遅い」


 足音に気付き騎士は振り返るが、斧は既に顔付近まで迫っている。構える暇を与えず、俺はフルスイング。斧で首を弾き飛ばす。


「やったなグラム……どうかしたか?」

「ああ……問題ない」


 近づいてきた木こりに、俺は手で、大丈夫だと表す。そして乱れた呼吸を整え、教会を見た。


 先程の騎士は、教会を守るよう入口前に陣取っていた。


(教会が騒ぎの中心か? ならやっぱりもう)

 

 怖かった。あそこには神父様がいる。連中の狙いがアリスなら、彼の命はないだろう。


 教会に向かう筈の足が止まる。第2の父と呼べる人、神父様の死を見たくないと、俺の心が叫んでいる。

 

(まったく、情けないな)


 中々動かない俺に、木こりが声を掛けてくる。


「グラム?」

「大丈夫だ、行ける。今行くから」


 言葉とは裏腹に、俺の首は横に動き、否定を表す。誤魔化すよう、俺は斧に付着した血を払う。そして心に一区切りをつけた時だ、教会の入り口が独りでに開く。


「面白い奴がいるじゃないか」


 現れたのは騎士。恐らく作戦の責任者だ。証拠に、村に居た騎士は、鋼で作られた鎧を着ている。眼前の騎士はミスリル。村で会った騎士たちの中で、最も素材が良い。


 案外、鎧に使われた素材で騎士の階級を示すのは、多くの国で目にする光景だ。利点としては、ひと目で階級がわかること。騎士が日々接する相手は、貴族王族が殆どだ。彼らに恥を欠かせぬよう、要らぬ手間を作らせぬよう、発展していった文化と言える。


 首謀者の1人と出会ったわけだが、俺は棒立ちで居た。


 命の遣り取りをする場では、許されぬこと。直ぐに敵の首を取れ。出ないと、村を襲う悲劇は終わらない。何度も、俺の本能も命令してくる。


 なのだが、今だけは許してくれ。


「し、神父様?」


 木こりが呟く。騎士が鷲掴みにしている物は、神父様の首。


 変わり果てた彼の姿。俺はそれを見て、斧が手から溢れかけた。落とさなかったのは、染み付いた習慣のお陰だ。

 血にまで染み付いた戦場の掟。意識的には許される、だが無意識に武器を手放すな。


 掴み直した斧の重さが、飛んだ意識を呼び戻す。意識が戻ったからこそ我慢は出来ない。斧を強く握りしめると、持ち手が凹む。


「ぐぅぅぅぅ」


 獣のような唸り声が、腹の底から湧き上がる。


「待てグラム」

「黙れ!! わかってる」


 平静を保ちたかった。しかし目の奥に力が籠もり、自然と体が前のめりになる。


 そんな俺の様子を見て、騎士は神父様の顔を自身に向ける。


「ああ、コイツは私の邪魔をしたからな。大丈夫だ、お前たちも時期にこうなる」 


 騎士は投げた。神父様の顔が空中で回転。俺には一面ずつ、コマ送りに見えた。


(覚悟はしていた。でも、彼はあんな死に方をしていい人間じゃない)


 後悔が俺の心を蝕み、思わず歯を噛みしめる。


 神父様の生涯が、こんな結末で終わるなら、誘いを受ければよかった。


 父が死んだ時、神父様に誘われたのだ。


「もしよければ、一緒に暮らしませんか?」

「なんだ? 信心をしている人間のおこぼれを、俺に渡したいのか?」

「違いますよ。友人の息子。あなたを一人にしたくないだけです。不躾ですが、一緒に暮らしませんか?」


 俺が教会に住んでいれば、彼が死ぬ事はなかった。村の被害も最低限に抑えられ、家族を失う者が、かなりの数減っていた筈だ。


 何故って? この程度の騎士など、何百人いようと俺が皆殺しに出来るからだ。

 

 俺は神ではない。場合に寄っては悪魔に近いだろう。それでも考えてしまう。どうすれば、彼の不幸を取り消せるのか? 答えなど出るはずはない。増すのは憎しみばかり。


(そうか、そうなんですね)


 引き伸ばされた思考の中で、俺は気付いた。

 

 神父様の顔には、苦しみが色濃く出ている。だがそれとは別に、やり遂げた、優しい顔をしていた。


(貴方は貴方らしく死んだんですね。お疲れさまでした、後は俺がやります)


 限界だった。なんの工夫もせず、俺は真正面から突撃する。


「馬鹿ですね」


 騎士からの罵倒。狙いが、俺から冷静さを奪う事なら意味はない。既に怒り狂っている。だからこそ、久しぶりに開けられた。表面に纏う、底しれぬ悪意と、魂の奥に潜む、怨嗟の塊を。

 

 視界が真っ赤に染まり、色の判別が出来なくなる。そんな俺の前に、大きな玉が現れた。


 騎士が放った魔法。

 揺らぎは見える。だが色の認識が出来ず、魔法の属性がわからない。

 

 はっきりしている事は、回避すれば魔法が広場に直撃、村が吹き飛ぶ。


 後は、魔法を無詠唱で出せた仕掛け。ディレイマジック、呪文の先行詠唱だろう。教会の中で済ませてきたか。


 回避は許されない。ま、考えるだけ無駄なことだ。

 

 悪意は既に、俺への提案を終わらせている。

 

 奴は薄っぺらい。屈辱を与えられても、俺が満足出来る絶望を、与えきる前に死んでしまう。理解した上で出来る事は?


 脳が戦闘意識に切り替わる。黒いオーラを身に纏い、魔法の玉に突撃。


 肌に感じる灼熱感、魔法の属性は火か。認識した直後、火球は砕けだ。


「これで障害もっな!!」

「残念だったな外道。魔法なんて軟なもんじゃ、俺は倒せねよ」


 小細工はしていない。文字通り、体当たりをしただけ。タネを述べるなら、俺が狂戦士として、目を覚ました、それが答えだ。


 火球が消え、騎士は驚きのあまり動けない。俺は間抜けの脳天に向け、斧を振り下ろす。

 

 襟部分で一度斧が止まってしまう。両足を広げ食いしばると、鎧が裂け、股下まで斧が通った。結果、騎士の身体は一刀両断。


「やったなグラム」

「まだだ」


 俺は死体から、目を離さない。


 再生能力に一家言ある種族なら、身体が左右に別れた状態からでも、回復し襲いかかってくる。

 

(判別方法はあれか)

 

 騎士の体、その左断面に蹴りを入れ、無傷の心臓を見た。


「止まっているな」

 

 確認し、俺は立ち上がる。


 先程は心臓を見たが、実はどの臓器でもいいのだ。判別方法は簡単。無傷の臓器、その活動状況を見ること。再生を抑え、死んだふりをしようとも、生命活動をしている以上、無傷の部位は動いている。それは吸血鬼然り、オーク然りだ。


 俺は広場に向かい、ある物を探す。


「いったいどこに?……あれだな」


 血痕という、わかり易い印はなかった。記憶に焼き付いた、投げられた方角から想像で探し出した。


 目的の物、神父様の頭は草陰に転がっていた。

 

「貴方らしいな」


 自分の顔を見て誰かが苦しまないように、神父様は隠れていた。偶然に生前の彼が見えて、思わず目尻に涙が貯まる。


「すまん、上着を貸してくれ」

「謝らなくていい。むしろ貸させてくれ」


 木こりから上着を借り、神父様を包む。俺は彼を抱え蹲った。


(10秒だけ許してくれ)


 襲われている村人は他にもいる。助けに行かなけれならない。神父様も望んでいる。でも、悼まずにはいられなかった。


 宣言どおり10秒に抑え、俺は顔を上げた。


「グラム大丈夫か?」

「ああ。悪い、これを頼んでもいいか?」


 立ち上がり、神父様を木こりに託す。丁度その時だ、広場に複数の足音がやってきた。


「貴様、よくも隊長を」


 騎士が14名。そして。


「グラム指示をくれ」


 森の奥から戻ってきた、狩人が俺に指示を求める。

 

「ああ。狩りの時間だ。俺について来い」


 指示を出すと同時に斧を投擲。斧は兜を突き破り、騎士の頭部が吹き飛ぶ。


 騎士たちはその光景を見て逃げ腰となる。騎士だけではない、背後にいる狩人も。


(しゃあねぇな)


 先陣は、素手の俺が切らせていただく。


 俺が騎士の一人を殴り飛ばすと、遅れて狩人が動き出した。数分も経たず、騎士の殲滅が終わる。

 

 こうして村人の被害が、20人を超えた事件の幕を閉じる。

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