魔法使いの天敵
「正面とは甘いですぞ」
彼女は剣を生み出し投擲。その剣は躱され、老爺の背後を抜ける。
「ま、正面ではないので」
次の瞬間、彼女と剣の位置が入れ替わる。そして彼女は老爺の背中を斬り裂いた。
「固い」
「っく、剣との入れ替えか。だが来るとわかっていれば」
老爺の反撃。手刀を作り彼女に振るう。
「何? 今度はなんの効果だ」
手刀は何もない空中で弾かれる。そして、脇が開いた老人の腹部に向かって、彼女は光輝く剣を振り抜く。
「えっと、人間ですよね」
手刀を弾いた時も金属音がした。鋼鉄で作られた人形、と言われた方が納得できる、彼女の顔には書いてあった。
ただ驚く時間はない。老爺を吹き飛ばした隙を狙い、老婆が剣を振るう。
「いい加減技のカラクリを、はっきりさせないとキツいね」
彼女に振られた斬撃。またしても何もない空間で弾かれる。
「簡単に攻略はさせませんよ。私はもう負けられないので」
ようやく老爺が立ち上がる。彼は腹を擦りながら、老婆の隣に立つ。
「手酷くやられたね爺さん」
「まぁな。久しぶりに攻撃をまともに受けてしまったわい」
快活に笑い飛ばしているが、老爺の腹部は赤く染まっている。
「爺や!!」
「大丈夫です。お嬢様もお気を付けて」
「わかったわ」
そしてルルティエは、眼前の俺を見る。
「さて、どうして俺がお前と対峙しているか検討はつくか?」
挑発するよう魔法使いを見下ろす。
「気に入らないわね。魔法使いだからって、近接が出来ないとでも」
「そうとは限らないだろ。もっとも魔法は使えないだろうが」
「使えない?」
聞かれれば俺も答えねば。しかし会話を挟むまもなく、少女は魔法で攻撃を仕掛ける。そのせっかちさが嬉しくて、俺はニヤけてしまう。
何故なら、レイの正しさを証明できるから。
「気に入らないわね。私の方が強いのを証明して上げる」
俺が確認した限り、初めて杖を取り出す少女。そして無詠唱で、魔法を使用するのだが、魔法が形作られた所で、全て霧散する。
「え?」
「何を驚いているんだ? お前の仲間にもいるだろ、狂戦士がさ。ならわかる筈だ。俺とお前の相性は最悪。俺と向き合う距離にいる限り魔法は使えない。使った所でまともに魔法は効かない。俺がお前を相手にする理由、わかったか?」
レイはこれを言われずに気付いた。彼女自身、狂戦士という特性に負け、泣かされてきた。だから調べたのだろう。聞いたのかもしれない? どちらにしても、戦いの場で最善が選べたなら十分血肉と成っている。
「さて、最後だ」
少女の首を掴む。手に力を込め、首の骨を折ろうとした時。
「お嬢様!!」
老婆が大声を上げ、こちらに突っ込んでくる。だが、それを見逃すレイではない。
剣を作り出し投擲。しかし老爺に防がれた。
「頼むぞ婆さん」
「ありがとう爺さん」
剣を打ち払う事に、老爺は注力した……してしまった。足が完全に止まり、横を彼女は駆け抜ける。そして鋼と同等の硬さを持つ、老婆に斬りかかる。
「く」
腕をクロスし、斬撃を老婆は受け止める。しかし身体は吹き飛ばされ、少女との距離は開いてしまう。
「私が足でまといになってたまるか!!」
首を掴まれている魔法使いだが、魔法技術を使わない、魔力弾で応戦。俺が怯んだ隙に手から逃れ、距離を作る。
逃げられはしたものの、魔法使いの分が悪いのは変わらない。
(ま、逃がしたのはわざとなんだけどね。コイツを仕留める気はない、俺の手柄になっちまうし。それにだ)
魔法使いとの勝負。決めてしまえば、老人達の焦りを引き出せない。魔法使いを生かすからこそ、作れる隙がある。
(これが俺に出来る最大の援護だ。……なんだけど、余計なお世話だったか?)
既に老人達は余裕がなく、戦いは彼女が制圧されていた。
彼女が繰り出す連撃に、身体が着いてこれない。数の有利も作れず、1対1の状況を強いられる。そして隙を狙っても、不可視の斬撃で対処される。
負傷覚悟で来るのなら、ばらまいた剣と場所を入れ替え仕切り直す。
(たく、大したもんだ。俺が託した魔剣、その中の3つを使いこなしている。あと扱いが難しいのは1つくらいか? 近い内に使いこなしてそうだ。 そうしたら追いつかれちまうな)
戦いを止めるゴングが鳴る。
「そこまでだ」
声の主は護衛の1人。ハルバードを持っている大柄な男で、モルドナの護衛だった筈。彼の足元では、テロリストが、取り押さえられている。
「離せ。沈む船に共和国は乗らん」
「それを決めるのは歴史さ」
「だから従わぬ。その歴史が龍だ」
ハルバートが首元に添えられて尚、反論するテロリスト。
確保については作戦通りだ。意思疎通はしていなかったが、場面を作れば動いてくれると信じていた。
「で、ルルティアだっけ? どうするんだ? アンタの腕なら、結界内であっても転移で逃げれるだろ。ただし俺と向き合っていない事が条件だが」
「く」
少女は下がる。その背中が壁に激突し、逃げ場が無くなった時だ。
「お嬢様、私が盾になるので、お逃げ下さい」
老婆が俺と魔法使いの間に入る。
(人質が開放された時の、間を突かれたか?)
経験の差、彼女を老婆が出し抜けるのは、そこしかない。
「離せ」
「嫌ですな。ワシはここで死ぬと決めましたので」
老爺が自らの腹を鞘代わりに、レイの剣を捕まえたか。彼女は身長2メートルある、超人を相手にしている。拘束は簡単に抜け出せないだろう。
(とはいえ、その選択をさせたなら勝ちでいいだろう。アイツの初陣ではないが、記念すべき戦いだ。負けさせたくはないな。それにしても老婆でよかった。あれなら、なんの障害にもならない)
俺は今日始めて剣を抜く。そして老婆の存在を無視し、魔法使いと距離を詰める。
「させませんぞ」
勿論老婆は立ちふさがる。間合いなどお構いなし、拳で殴りかかって来る。そんな老婆に、俺は剣を投げた。
「なんのつもりで?」
投擲とは言えない。俺自身、手渡すつもりで投げたのだ。剣を受け取り構える老婆。足は止まった。向き合う場面ができれば、それだけで十分。
「この戦いを制すのは狂戦士としての力だ、それは間違いない」
「それで? 何が言いたいのですか、若いの?」
「ババアどけ、格が違う」
仮面越しに睨みつける。老婆は身体を震わせ膝を落とした。
(血が混じったからこその悲劇だな)
俺は呪いを、身体の外に出していない。内側で膨らませただけ。老婆が感じ取れてしまったのは、狂戦士の血が原因。
「じゃ、返してもらうぜ」
老婆から剣を奪い、近付く。そしてしゃがみ込んだ魔法使い、その首元に剣を添えた。顎下を剣で持ち上げ、俺に目を向けさせる。
「お前の敗因は1つ。戦いを舐めた事だ。敵陣のど真ん中に現れ、小手調べに適当な魔法を使い時間を浪費する。現場を軽視する学者そのもの。お勉強の発表をしたいなら、発表会に籠もってな」
魔法使いを観察するに、恐怖で魔力弾すら使えない。
(俺は様子を見るなど、甘い考えはない。やるなら勝つ。帝国は滅ぼす)
首を跳ねる横薙ぎ、それを放つ一呼吸を、体に入れようとした時。
「グラム待って下さい」
一言で俺は剣を離し、少女から離れる。
声の主はレイだ。信頼の根拠は、それだけでいい。
(この状況をひっくり返す。それは奴にしか出来ない)
背負っている弓を、背後にいるアレイスターへ投げる。アイツなら、言われずとも気付くはず。
「来たのか」
俺を覆う影。その正体は黒龍。建物の外で羽ばたき、黄金の目でこちらを見る。
「久しぶりだな鬼よ」
「初対面では?」
黒龍の姿は、戦場で何度か見上げている。俺にとっては忘れない姿。しかし黒龍の中では、汚らわしい戦場にいる、大多数の1人。覚えられているのは、予想外だった。
「ほんの最近の事だ。戦場を見渡した時、我にこそ及ばないが忘れられない鬼がいた。過去の遺物がこれ程までに力をつけたかと、感慨にふけてしまった」
「俺が知ってる限り、10年近く前なんだけど」
「なら最近だな」
「これだから長寿は」
呆れというよりは、不貞腐れだ。黒龍が国境を超えやってくる。それは反則だ。しかし止められる者がいないのだ、文句は言えん。
「これは人間の戦いだ、引け」
人差し指を黒龍に向ける。それと同時、矢が飛び出し龍の羽に命中した。
「効かんよそんな玩具わ。それにしても腕がいいな、ワシが纏う呪いの障壁、その隙間を抜くとは」
無傷。しかも痛みも感じていない。相変わらず馬鹿げた強さ。生物としての差がデカすぎる。だから俺に負けるのだがな。
「とにかく、兵士回収したら帰ってくんね?」
黒龍が戦う気なら、ブレスで全てを吹き飛ばしている。それほど大雑把なのだ。人間の事など考えない。
「いいだろう。ただし、小娘共も返してもらう」
「はぁ。いいよ、持ってけ」
俺は背後のギルベルト王を見る。彼は頷き了承。確認を終えると手を払い、さっさと帰れと黒龍に示した。




