突入
3人の容姿はこうだ。
両左右にいるのは、身長が2メートル近い老男女。そして中央には黒髪の美しい少女がいた。
「あら、まだ終わってなかったのね」
テロリストに少女は話しかける。
「うるさい、もう少しで終わる!!」
「そうかしら? 私達が来なければ詰んでいたみたいだけど」
少女は周囲を見渡す。
ワシ達を見てはいない。この場にいる、各国が用意した歴戦の護衛を見ていた。
「貴様、何故ここにいる?」
発したのは人質の男性。ただ共和国の首相は少女の名前や正体を問いたださない。何故なら、この場にいる誰もが知っていた。
ルルティエ・ライドハート。通称濡烏の魔女。帝国7武人の1人だ。
(武人と言ったら語弊があるか)
彼女は魔法使い。噂ではとある国の王都を、魔法の一撃で沈ませたらしい。
「何でって……アドラをやったグラム将軍にも興味はあったけど、一番は品定めね。だって貴方達、帝国と戦争するんでしょ? 私の魔法で消し飛ばす人間を見に来ただけよ」
「甘い、イフリートカノン」
護衛の1人が、少女に魔法を放つ。それは少女の全身を覆うほどの大きさであった。彼女の意識が人質の男性に向く、その隙を狙った攻撃。現に少女は反応出来ていない。
「お嬢様には手出しさせませんよ」
左に控えていた、筋肉隆々の老婆が盾となる。魔法の属性は火。老婆に命中後爆発、王の間には爆風が広がる。
煙が払われると老婆が立っていた。外傷は手の平が僅かに焼けたのみ。ほぼ無傷と言っていい。
「嘘でしょ?」
「若いのやりますのぅ……そういえば見覚えがある。ルルティエ様に突っかかっていた、根性あるご学友でしたな」
「合ってるわ。流石ねトガネ、でも相手が悪かった。婆の家系は狂戦士。魔法は精神力で放つ物。つまり心の力よ。そしてこの世には、魔法以外にも心の力と形容出来るものが複数ある。今回指しているのは呪い。人の執着や負の感情。その集合体である呪いを実体化出来る程に高めれば、魔法に対して強い耐性を持つ。婆の傷が浅いのはそれが理由」
「お嬢様、私の祖父が既に一族から認められない程血が薄かったのです。恥ずかしいのでその説明はやめてください」
照れくさそうに身体を捻る老婆。
「そうねごめんなさい」
口元に少女は手をやり、談笑する。場は呑み込まれ、前哨戦は彼らが勝った。そして少女が望んだ通り、長い小手調べが始まった。
少女が魔法を無作為に発動する。魔法の種類は何か? など考える気にならない程、大量の魔法が宙に浮く。
護衛達はそれら全てを防ぎ切る。
魔法を防ぐだけなら問題ない。しかし生き物には体力がある。その時点で、主導権を握られている訳にはいかない。
「このままだと防戦一方だな」
ハルバードを背負った男性。モルドナの護衛が魔法を放つ少女に詰め寄る。しかし老爺が割って入り、素手で武器を弾いた。
「お嬢様には手出しさせませんよ」
眼球を光らせ、楽しそうに老爺は笑う。男性も表情を釣られつつ、後ろに下がる。すると、先ほど居た場所に魔法が複数着弾した。
「こりゃ、長丁場になるな」
もし少女が、この場にいる者達を殺す気があれば、話は変わっただろう。だが放たれている魔法は、数こそ多いが威力は牽制程度。
時間稼ぎをしているのは分かっている。それでも、ハルバードを持った男性の役目は、護衛なのだ。他の者達も同じ。
老男女を突破し、少女の魔法を掻い潜る。さらには人質を解放させる為の奇策が必要。国から選ばれた兵で合っても、1人ではどうにもならない。
「ルルティエ嬢でいいかな? これだけの騒ぎを立てれば、我が国の兵士が集まるぞ?」
ワシは少女に問うた。
彼女は目を見開き驚く。そして腹を抑え、蠱惑的に笑った。
「まさか気付いてないの? 結界張ってるから、ここで幾ら騒いでも外には伝わらない。まぁ、さっきのトガネの一撃、その震動くらいかしら? それに私達だけで来たとでも? この城にはちゃんと兵士は潜ませています。それに会談の条件が理由で、兵士を殆ど城に置いていないのでしょう? 確かに私が連れてきた兵士の数は少ない。でも内側で、しかも突然現れたら、この城を落とせちゃうかもね」
中指の腹で溜まった涙を少女はふく。彼女の冷静な分析に、ワシは何も言えなかった。
(クソ。だが同盟を成立させるには、呑まざる負えなかった)
帝国がこの日を狙い、城に侵入する可能性。兵の数を減らせば、それに対抗する手段がなくなる。そんな事はわかっていた。
だが共和国とソマリスに、条件を出されては従う他ない。7国が協力し帝国と戦う。それこそが唯一抵抗する方法。帝国と法国が組む。それは本来、詰みを意味しているのだから。
だから全ての不平等を認めるしかなかった。
誰かが折れねばならなかった、その結果がこれ。
そして1つの魔法が飛んでくる。護衛が防ぐであろう魔法。彼らの間合いに侵入する、直前で消えた。
「えっと、どうしよう」
天井から一組の男女が降りてくる。知っている顔。だがワシは男性に聞きたいことがあった。
(グラムよ、何故仮面など付けている?)
そこには我が国の将軍。そして本来ワシの護衛をしている筈の少女、レイがいた。
*
時間は少し巻き戻り、会談が行われている天井裏。
四つん這いになり、俺達は小さな穴から下の様子を覗き込んでいた。
「さてレイ、どうする? どうしたい?」
俺は胡座をかき、腕を組む。彼女はこちらを見ず、穴に貼り付いていた。
「魔法使いは室内なのでなんとかなる。問題は護衛と人質。アレイスターとモルドナかな? 彼らは強力しているけど、他はしてない。アレイスターがいるなら、人質は忘れて、魔法使いとその護衛に集中すれば……いける」
顔を上げ、剣に触れる。自信があるようだ。俺自身、彼女の作戦に問題点は見つけられない。だが一応だ。
「本当に?」
嫌らしい笑みで、彼女に確認する。
「いや、貴方が渡した魔剣ですよね。どうしてその返答が来るんですか?」
彼女のジト目に頭をかく。そして目を逸らしながら、魔剣の効果を思い出そうとする。
(あれ? なんだっけ)
「つまり覚えてないと?」
冷たい声に直視が出来ない。唸った結果出せたのは言い訳。
「説明はしただろ。位相魔剣とか……位相魔剣とか、位相魔剣とか」
「1つしか出て巻きませんねぇ〜〜」
「悪かったって。俺自身、使わない物だったから頭から抜け落ちてよ、ちょっと待て」
彼女は青筋を立て、足場を叩く。
俺達は天井裏にいる。普段なら気にする事はない。人が乗り、補修の際に行き来もするのだ。ただ、魔法が無策に放たれている現状は違う。
天井は既に、何度か魔法が直撃し脆くなっている。そして彼女の一撃により崩れ、戦闘をしている下に落ちる。
「えっと、ごめんなさい」
彼女は着地と共に一閃。魔法を斬り裂いた。
「ま、今はお前が上だから、突っ込めと命令されれば行きますよ」
固くなられるのが嫌で、軽口を叩く。
「だからわざとじゃないと……いけない、揶揄われてるだけだこれ」
彼女が肩を落としている間に仮面をつける。なにせ俺は、この場に居ては駄目な人間なのだから。
「悪かったって。さっきも言ったろ? 今日はお前が主役だ。といっても無謀な事はやらんよ。部下を納得させる作戦を立案、それもまた上の人間の仕事だ」
「最初なんだから優しくお願いします。はぁ、じゃぁ」
彼女は腕を組み、周囲を観察する。そして恐る恐る俺に提案をした。
「その……前衛二人を私が抑えるので、後衛の魔法使い、その妨害って任せても大丈夫ですか?」
「それだけじゃ納得できんな。お前なりの根拠を教えろ」
意見の否定をしたいわけではない。一種のテストをしたかった。
(今の作戦、だからこそのテストではあるが)
それを表すために、雰囲気を緩めた。彼女は胸を撫で下ろし、俺だけに聞こえる声で理由を話す。
「それはーーーだからです」
「それが理由で人選を決めたなら合格をやれるな」
「やった」
「いい加減にしなさい」
背後から怒鳴り声が聞こえると同時、魔法が飛んでくる。
「様子見をしていましたが、なんて緊張感がない」
「そりゃ悪かったな」
その魔法を剣で跳ね返す。
跳ね返された魔法は老婆が受け止め、無力化。そして生まれた僅かな隙に、彼女に目で促す。
お前がやれ。
それに頷き、彼女は背後にいる王、ギルベルトに許可を取る。
「ギルベルト様、彼らとの戦闘許可を」
「わかった、許す」
王からは、お前でなくていいのか? そんな視線が突き刺さるが、今は無視だ。
例え俺が誰なのか? それがバレていても認めない事が重要。
「私がまず突っ込むのでその隙に」
「了解。お手並み拝見だ」
「プレッシャー掛けないで下さい」
顔を青くした彼女の背を叩く。それが合図となり、彼女は筋骨隆々の、老人達に勝負をしかけた。




