表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/82

惨劇 2/2


 少し前のこと。数十人の騎士に守られ、村に馬車が入ってきた。


 収穫祭の当日。予定のない訪問者に不安が村を覆う。


「ここは私が対処します」


 名乗り出たのは神父様。彼が言うならと、みな収穫祭の準備に戻ってく。


「来なさいアリス。覚悟を持って」

「わかりました」


 馬車から出てきた男性と騎士の1人を引き連れ、4人は教会に入っていく。


 その光景を建物の影から、私は見ていた。だから彼女を呼びに教会へ来たのだ。


 正面は騎士が塞いでいる。侵入経路は鍵のない裏口を選ぶ。私は音を立てず、礼拝堂を覗いた。居るのは騎士と神父様の2人だけ。


(アリスさんはいないのか? ちょっとがっかり。でも、忙しいもんね)

 

 収穫祭の運営は教会がしている。修道女の彼女も走り回っている筈だ。


 入れ違いになってしまったか? しかし待ち合わせ場所に、彼女の姿はなかった。 


(ふむ、何かがおかしい。特に、アリスさんの態度が)


 今日の彼女は、カップルが通りかかる度に目を奪われ、赤子に近づけば、顔を赤らめ独り言。過剰反応にも程がある。


(駄目ね。陰謀論者と同じよ)


 彼女が居ない以上、教会に用はない。


 神父様に挨拶をしてから帰るべきか? 忍び込んでいるのだ、私が教会に居るのを神父様が知ったら怒るか。


「レイ」


 突然名前を呼ばれ、私の背筋がピンと伸びる。


(何故、バレた? あ)


 私の現在地は教会の入り口だ。考え込んでいる間に、障害物の影から飛び出していた。


 裏口から入ったのだ、いけないことの自覚は私にもある。急ぎ頭を下げ。


「すいません神父……さま?」


 違和感に気づく。私に掛けられた声は弱々しかった。絞り出した、最後の一滴のように。


 私が顔を上げると、神父様と騎士が抱き合う構図。


 旧友同士の再開か? 神父様の背中には出っ張りがある。あれは何かの風習か? 足元にある水溜りは? 疑問が残る。


「はぁはぁはぁ」


 違う。私が現実を、直視出来ないだけだ。神父様の足元には血痕。血みどろの世界がある。


「レイ……グラムの下まで……走りなさい」


 良く見ると、神父様の肩が盛り上がっている。何かを掴んでいるようだ。


「無駄な抵抗を」


 騎士が腕を振り抜くと、神父様から丸い物が散らばった。その1つが、私の足元に転がってくる。拾い、確かめてみると指だった。


「や、や」


 私は踏み外し、尻もちをつく。


「大人しくしていろ。騒がしく無ければ、女として生かすかもしれん。お前の見てくれは、極上だからな」


 剣を持った騎士が近づいてくる。教会の外へ逃げるにしても、床にお尻が着いたままでは、移動速度はたかが知れる。


 立ち上がるのも手だが、前から騎士が迫ってくる。立ち上がれば僅か一歩とはいえ、騎士と距離を詰めてしまう。勇気が無ければ出来ぬだろう。


 体の向きを変え、駆け出すように立つのも手だが、危険物を所持した人物から目を逸らす、この選択も勇気が必要だ。


「動いて、動いて」


 結局、私の足は動かぬのだ。策を立てても意味はなかった。


「ふ、静かだな。俺好みだ」


 騎士に首を掴まれる。体が浮き、立たされた時だ。


「コイツ、まだ動けて」

「レイ、今です。逃げなさい」


 背後から神父様が飛び出した。そして、騎士から剣を奪おうとする。態勢が良かったのか、剣の持ち手に手が届き、騎士と引っ張り合いになる。


 私は眺める事しか出来ないが。


 神父様を助けるべき、わかっている。でも体が動かないのだ。感情も、思考も。眼前の景色に浮かされる。


「行けレイ。何をしている!! 貴様死にたいのか!!」


 動かぬ体は、神父様の怒声と共に弾かれた。教会の入口を駆け抜け、村の広場に到達する。助けを呼べば神父様は助かるかも。淡い期待を抱きながら。


 私は学ぶ。一抹の希望は、砕かれる為に存在すると。


 「何これ?」


 教会を出ると、村の景色は一変していた。騎士が村人を襲い虐殺をしている。


 私は戸惑いながら、神父様の言った「グラムの下に行け」に従い、村はずれに走り出す。


 向かう道中の事だ。


「ライ、いいから、グラムの下に行きなさい」

「パパはどうするの?」


 道具屋のおじさんは騎士と相対しつつ、背後の子供を庇っている。


 俊足で有名なおじさんだ。子供を庇わなければ、騎士から逃げられた。それに問題は子供だけではない。おじさんのお腹には穴が空いており、長くは持たない。


「おじさん、その傷は」


 私は居ても立ってもいられず、彼らに近づく。駆け寄った私に気づくと、おじさんは子どもの背を叩き、私に向かって弾き飛ばす。


「レイちゃん。この子を頼むよ。じゃぁなライ、元気でな」

 

 息子に最後の笑みを送り、おじさんは騎士に突撃した。斬られようが構わない。騎士に飛びかかり、死後硬直で抑え込む。


「貴様離せ」


 騎士はおじさんを振りほどこうと、剣で身体を傷つけるが、既におじさんは亡くなっている。痛みでは拘束は緩まぬだろう。


 私は首を左右に振り、ライの手を引っ張る。


「行こう」

「待って。パパ、パパ」


 場を離れようとしない子供を抱き上げ、村外れにあるグラムの家まで走った。


 大人が敵わぬ騎士相手に「グラムの下に行け」と何故、大人達は言うのか?


 それは半年前。

 

 体長、4メートルを超える魔物、グリズリーボアが現れた。

 

「どうする、村長?」

「狩人の力を総動員すればあるいは……いや、それでも勝率は低いか」


 村存亡の危機。討伐したのが彼だ。


 策もなく、通りかかっただけというあり得ない理由で。

 

 その時からだ。命の危機に陥ったらグラムの下に行け。大人達が、口酸っぱく言い始めたのは。


 私はグラムの自宅前にある、急坂を登っていた。

 

 体が重い。男児を背負い、坂を登っているとはいえ、前に進んでいる気がしない。


 私は両手を地に着き、四つん這いになる。汗が額から流れ、目や口に入るのを右袖で拭く。1度、心と身体を落ち着かせるため、私は父の言葉である「焦る時ほど冷静に」を心の中で繰り返し、息を整えた。


 立ち上がった私は、再度坂を登り始める。

 

 太ももがはち切れそうだ。足先に力が入らず、足首を何度も捻る。それでも歯を食いしばり、坂道を登りきった。しかし私達に待っていたのは、さらなる絶望だ。


「嘘、グラム」


 玄関前の光景だ。騎士の剣に胸を貫かれる、グラムの姿があった。


 剣を引き抜くと、騎士がこちらにやってくる。グラムの家から村を繋ぐ、唯一の道で私達は佇んでいた。騎士が村に戻ろうとすれば、見つかるのは必然。


「なんだガキか。まぁいい、目標は村人全員の抹殺だ」


 姿を認識すると、騎士は舌なめずりをした。剣の血を払い、ステップしながら向かってくる。


(ここで死ぬんだ)


 最後の希望が目の前で奪われた。限界だった心は折れ、私は死を受け入れ立ち尽くす。


(きっとこれは夢だ。目を瞑れば、いつも通りの日常が戻って来る。幸せな収穫祭が始まっているはず)


 夢なら覚めて欲しい。夢なら夢で浸りたい。なのに腕が引っ張られ、現実に連れ戻される。


 うるさいな。私は余計な事をする誰かを見る。


「お姉ちゃん逃げようよ」

(そうだここには)


 はっ、と目が覚める。ここには連れてきた男の子がいる。


 気付いた時には遅かった。騎士の剣は既に頭上。出来たのは、男の子を腹に抱え背中を盾とする事。


 無意味なのはわかっている。でも助けたかった。ライを守りたい。思いで体は動くのに、気づくのが遅すぎた。


 抱えた子供が、私の服をぎゅと掴む。


「ごめんね」


 私は穏やかな気持ちで諦めを口にする。死を受け入れ、目を閉じた。後は痛みを待つだけだ。


 願うのはやはり、ライの安全だけ。


「こひゅ、こひゅ」


 妙な声が上から聞こえる。髪を伝い、落ちてきたのは血の水滴。私は気になり顔を上げると、騎士の首に剣が刺さっていた。

 

 騎士が自殺した? ありえない。騎士は横に倒れていき、ある人物が目に入る。先ほど胸を刺された筈の、グラムが立っていた。


 彼は無言で、私の手を掴み引っ張っていく。

 

「痛い、やめて」


 手首を捕まれ、骨が悲鳴を上げる。痛みを訴えるが彼は取り合わない。玄関を開け、私達は家の中に放り込まれた。

 

 男の子は私と手を繋いでいた為、共に投げられてしまう。幸い、私がクッションとなり、男の子が怪我をすることはなかった。だが危険な行動だ。乱暴な彼の態度に腹が立つ。


「もっと優しく。怪我したらどうするんですか」


 私の反論どころか文句も聞かず、彼は外に出る。数秒後玄関が開き、彼は顔だけ突っ込み、中を覗いてきた。


「大人しくしてろ、それと他の奴がここに来たら、入れてやれ」

「え、はい」


 彼は音を立て扉を締める。突然の衝撃に少年は跳ねた。私は宥めつつ彼が身に纏う、違和感の正体を探し始める。


 グラムには傷がなかった。だが確かに見たのだ。胸に剣が突き刺さる瞬間を。

 

 残ていたのは、破れ跡と服についた血の汚れ。


「さて、何人生き残っているか。だいぶ出遅れたな」


 ドア越しの声。私は安心感を覚え、緊張の糸が切れる。瞼は落ち、意識は暗闇に消えていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ