彼女の告白
夜空を背に焚き火を見る。
「さてどうするかな?」
彼に弓を取らせる、その手段が思いつかない。
手っ取り早いのは盗賊を雇うこと。近場の村を襲わせ、場を作る。そんな事をしたら、アレイスターは俺を許さないだろう。
「俺にも誇りはある。でもなぁ……時間もないんだよな」
デルフィン要塞を巻き込んだ策。その正体は通信網の強化だ。電波を可能な限り増幅させる。強すぎる電波は、傍受され易い欠点がある。それは良いのだ、させる事が目的だから。
奪った情報は司令室、味方に伝えなければ意味はない。その通信は俺達が作り出す、強すぎる電波から発せられる、複数種類の周波数が邪魔をする。
(機密の高い話を、聞かれている通信に流す事はないんだけどな)
遠距離から伝える手段がない。であれば一度撤退し、情報を持ち帰る。
「目的はそこ。今は時間稼ぎが出来ればいい」
それでも攻めて来るのなら、遠距離通信の有無が、帝国兵を苦しめる。的確な戦力配置を楽しんで貰おう。
しかし戦力が足りない場合も出てくるだろう。帝国が、落とす価値ある砦として、本腰を入れれば耐えれはするが、撃退は難しい。
だからこそ、俺がいるのだ。
的確な人数配置で凌ぎ、俺が加わり逆転。同時に攻めてくるなら、開放した砦から人を出し、援軍とすればいい。
砦同士の距離は比較的近い。王都からの援軍? 要塞からの助け? 彼らを待つより、絶対的に早い。
「確かにアレイスターは欲しい。だが……俺は長期間、砦を離れる訳にはいかない」
戦略の核は俺だ。俺という解決策が動く、その時間稼ぎが主眼となっている。だから帝国に、感づかれてはいけない。あの地に、俺が居ないことを。
「一番の敵は時間か」
偶然に頼るしかない。逆に言えば偶然以外は揃っている。
アズサ達の加入。他派閥から内への鞍替え。ルドラ様は上手くやっているが、それ以上にガイルの名が、滑りを良くしている。
最初に気付いたのは足音だ。息を潜め、こちらを驚かそうという魂胆が透けて見える。
後ろを向くとレイが居た。彼女は頬をかき、気まずそうに顔を逸らす。
「グラム、難しそうな顔をしてますね」
「戻ってきたのか? 俺は野宿、お前はベット、さっさと寝ろ。肌が荒れるぞ」
手を払い追い出す。だが彼女は抵抗し、俺の隣に座った。
「丸太椅子だ。お嬢様じゃ尻を痛めるぞ」
「忘れましたか? 私はグラムと同じ出身地の村娘ですよ」
俺が渋い顔をする。それを見た彼女は、嬉しそうに笑った。
「やけに嬉しそうだな?」
「嬉しいですよ。どんなに小さい事でも、貴方から一本取れたんですから」
鼻歌を奏でる彼女。それを聞き決心をした。
レイを導いて来たのには理由がある。元々俺は将軍を全うするつまりはない。
帝国に戦で勝ち、アリスを手に入れる。そうしたら地位を捨て、田舎で過ごすつもりだ。彼女の意思次第では都会で生活するかもしれない。どちらにしても戦いから手を洗う。
レイに求める役割。それは俺の後釜だ。
身勝手な自覚はある。
だが英雄の孫にして、軍上層部に父を持つ彼女。才能、様々な事を加味すれば、俺の後継者は彼女しかいない。
だからせめてもの誠意として、腹を割って話すことを決めた。
「ラカンまでは違う。だが、ドラン砦にお前が現れた、そこからは意図していた。追ってくるように、レイが俺を目標とするように、誘導した」
「グラム?」
「お前はそれでも、俺の後ろを着いてくるか? 例えそれが、作られた感情であっても?」
村に住んでいた時の関係性、それは友人とすら言えないものだ。だがそれこそが、俺達本来の距離感。
こ問いに、彼女は迷わず答える。
「着いて行きますよ。それに作られた感情って、貴方が勝手に思い込んでいるだけでしょ、馬鹿馬鹿しい。私の気持ちは、私の物ですから」
「ちなみに気持って」
気になったから聞いた、意味を持たない質問だ。
「そ、それは」
しかし彼女は縮こまる。全身を赤くし、感情のまま立ち上がる。そして深呼吸を何度もした後。
「私はグラムが好きです」
「そうか」
なんとなくわかっていた。彼女が俺に向ける執着、その正体を。
「えっと……それだけですか?」
「驚いて欲しいか? ならちょと待て、気持ち作るから」
「もういいです」
彼女は座り込む。そして「そんな気はしてたんです」と呟いた。
「悪いな、一世一代見たいな事させて。正直、話のタネ程度にしか思ってなかったんだ」
「最低」
「だから悪かったて。これでもレイには情がある。だから、はっきりさせたかった。これから先は引き返せないから」
後継者にする。それは彼女を身代わりにするのと同義だ。責任を押し付け、周囲の期待すら背負わせる。先代から次代、俺と比較され続ける生活が始まる。
止める声が俺の中にあった。その声は無視出来る物ではない。だからこそ彼女に確認したかった。
「俺に淡い思いを抱くのはやめろ。叶わない願いに意味はない」
突き放す一言。本来ならするべきではない、目的と逸脱した行為だ。それでも諦めるなら今だと、伝えるべきだと良心が駆け出す。
「淡くはないです。もう苦くも薄暗くもあるので」
彼女は首を振り、否定する。そして焚き火を見ながら語る。
「私がグラムに惹かれた理由。それは貴方が先を歩いていたから。その中で広げられる、貴方が見せた予想外の一面に夢中になった。でも、最初からわかっていた事がある。私の恋は実らない。だってアリスさんがいるから。でも、追いかけると決めたからには、結末が決まるまでは進む。ま、カッコいいこと言いましたけど、グラムが好きだと自覚したのはついこの前。家の陣営に入った、アズサを見たからですけどね。えへへ」
彼女は頭をかく。
俺から言える事は少ない。だってレイは、覚悟を決めていたから。わかっていながら歩いていた。
俺に許されるのは、せいぜい冗談を言う位だ。
「アリスに頼むのも1つの手だぞ?」
「何でですか?」
「だってアリスは良い所の娘だ。なら一夫多妻制を多めに見るかもしれん。俺はレイの事は嫌ってないしな」
「それを男性から言うのは最悪じゃないですか?」
呆れというよりは諦め。暗い笑みであろうとも、愛おしげにこの場に浸る彼女。
送られる感情を嬉しく思っていた。口に出さなかったのは、ただのワガママだ。本来なら言うべきなのだ。苦くはあるだろうが、諦められる恋だから安心してくれ。そして引き摺らないでくれと。
自嘲げに笑った時だ。一匹の鳥が、俺の腕に止まる。
「うん? グラム、鳥が腕に止まりましたけど?」
鳥の足には紙が括りつけられている。これは帝国にいる男、彼との連絡手段の1つだ。
内容を読む前、彼女に伝えるべき会話の締めを送った。
「大丈夫だレイ。お前には、綺麗な部分しか見せていなかった。だから俺を恐れ、貶し離れていい。躊躇うするな、それが普通だから」
彼女は、それだけはない。と目に強い力を滾らせる。
「しませんよ。でも嬉しかったです。貴方は前もって教えてくれた。おかげで私を嫌っていない、それが本心なんだってわかりましたから。それにグラムって、案外普通なんですね」
「言ってろ」
互いに顔を突き合わせ笑う。そして俺は紙に書かれた内容を読む。
「なるほどな。これは丁度いいか」
「何が書いてあるんですか? あ」
紙を破くと、彼女は惜しむ声を上げる。頬を膨らませ、私にも見せて欲しかったと、無言の非難が聞こえてくる。
「大丈夫、教えてやるから。この下にある村が帝国に占領されたらしい」
俺は山を下り始めた。後ろを着いてくる彼女。俺は振り返り、家を指差す。
「レイはあっちだ。アレイスターに伝えてこい」
「でも」
「お前の仕事だ。それに俺も一度返ってくる。今じゃ手が足りないから、応援を呼んでくるだけさ」
「わかりました」
彼女は家に向かって走り出す。
周囲に誰もいない事を確認すると、指笛を吹いた。
現れるのは真っ白な鳥。その足に紙を縛り付ける。
「頼むぞ、アズサに渡してくれ」
鳴き声と共に、鳥は勢いよく上昇。直ぐに見えなくなる。
紙によるとだ。村を占領したのは、随分、えげつない手を使う相手らしい。だから、
「殺して良いってよ」
村を潜伏した帝国兵は、仕込みを終えているだろう。民間人の救助を考えるなら、危機敵状況だ。しかし俺の機嫌はよかった。
待ち望んだ偶然が、眼の前に転がり込んだ。
「アズサが村に潜入してからが勝負だ。近場に潜ませてよかった」
彼女は占領された村から、数キロと離れていない場所に滞在している。日が登る前には合流できるだろう。
「さてアレイスター。ゲームの時間だ。お前に俺の命を預けよう」
暗闇で一人、俺は笑った。




