ゲームの名は
森に入り彼を探す。広い森だが、姿を見つけるのに苦労はしなかった。
東側の森には訓練場がある。丸太椅子があり、彼はそこに座っていた。
「なんだ来たのはお前だけか? 他の奴らは?」
「帰った。薄汚い森に入れるかって。護衛を1人、置いていったがあれはサボるな。それはそうと、隣、座って良い?」
丸太椅子はもう一つある。誰かの特等席? 可能性を考え聞いてみた。彼は頷き、「どうぞ」と手を向ける。座ったのを確認すると、彼は前傾姿勢で唾を吐き出した。
「何が俺を迎え入れたいだ。どうせ欲しいのは親父の名だろ」
「間違ってないだろうな。運命だと思え。お前が天才なのは勿論だが、下地を作ったのは親父だろ?」 」
彼は俺を睨みつける。しかし何も言わない。溜息を吐き、寂しげに笑う。
「間違っちゃいない。俺の力は親父が育んでくれた。才能も、親父が登った道筋が俺の中に入っただけ。だから普通の人より早く、弓の道理がわかった。それだけなのかも知れないな」
「嫌じゃないのか?」
彼は父を尊敬している。なら、俺の考えた答えと一致しているはず。
「重たくはあるが嫌じゃない。だが俺は足を止め、立ち止まった」
揺れる彼の目。奥に潜む輝きを感じ取り、俺は意図に気付く。
(これはテストか)
彼の元に訪れた、多くの人間が受けた筈だ。
彼から出されるテスト。引っ掛け問題として立ちふさがるのは、醸し出される2世感。親父には勝てない、諦めを装った姿。
「でも、親父の存在が理由で、弓を置いた訳ではないんだろ?」
「よくわかったな」
じぶ 彼は嬉しそうに笑う
(狙いすぎだ)
俺が騙されないのは、彼の目を見ていたから。
自分に否がある内容は、他人の目を見て話せない。諦めきれない事柄を、誤魔化し生きるのは、本人の心情としては恥だ。
「今まで気付いて貰えなかったか?」
「ああ。面白い位に……いや、興味もなかったんだろうな。大抵の奴は俺の下に入れ。報酬は幾らが良い? そんな事しか話さない。声を掛けてこない分、壁と話した方が心絆される」
「で、弓を持つのを、どうしてやめたんだ?」
彼は「フ」と自嘲げに笑い、弓を手で撫でた。
「決まってるだろ? 間違いを犯したからだ」
「どんな?」
「簡単さ。俺は子供を射抜いた。だから弓を捨てたんだ」
「子供を?」
初歩的なミスをするだろうか? 山は彼の縄張り。人と獣を見間違う筈はない。
「最初は兎だと思った。草むら越しだったが、この山なら間違うなどありえない。全てが偶然だった。奴隷商から逃げ出した子供が居なければ。検問があると知った奴隷商が山近くを通らなければ。偶然、でも違うな。天狗になった俺がいけない。子供へ償いをするために、俺は弓を捨てた」
彼は弓を握りしめる。
「だから俺を手下にするのは」
「嘘だな」
感情を一切入れない、執着のない目で彼を見る。嘘だと簡単にわかる事を、強張っては言わないだろう?
証拠は訓練所中に転がっている。
彼は何度か瞬きをした。その後、薄い笑みを作り出す。
「なんでそう思う?」
「質問に質問を返すのは嫌いだが、どれの事だ?」
「そうだな……俺からは言わない。1つずつ教えてくれ。順序は任せる」
彼は座り直す。そして上半身を揺らし、俺の答えを心待ちにしていた。
「嘘というのは語弊があるか。まず1つ。子供は死んだのか? 俺の予想なら足を射抜いただけだろ」
「そうだが、他には?」
目を向けたのは、訓練場に生えている草。
「お前は弓を捨てていない。毎日ここで訓練しているだろう?」
訓練所には、草が生えていない場所がある。それは足跡の間隔で、訓練場の入口から、的を狙う立ち位置まで続く。
「この跡は、毎日通っていなければ出来ない。次だが」
今度は的を見た。
ば
的の中央には穴が開いており、彼の努力を示す。だが注目するのは後ろ、奥の木には凹みがあった。深く抉れており、もう少しで貫通しそうだ。
これは、今も弓を放っている証拠。対象物が生物である以上、回復は備わっている。数日はともかく、年単位で鍛錬をせねば、木の中身である黄色い部分は見えない。
(これだけでは、少し弱いか)
鏃があれば木を削りやすい。身体強化をすれば、木を撃ち抜くのは1射で可能。
これはテストだ。回答者を惑わすため、彼が作ったトラップの可能性もある。
ここから賭けだな。
彼は山に関する職業についている。なら環境保全の意識を持っているはず。木を無駄に傷つけない信頼の下に話を進める。
「訓練場の矢には、鏃はついていないのか?」
「訓練場だからな、つけていない。周りの景色を壊す気もないから、魔力を込めず、自分の身体能力だけで、弓を放つんだ」
彼の現状は調査済みだ。2年前から、弓は持たないと公言している。
どれも、毎日鍛錬せねば生まれぬ物だ。木に刻まれた傷、草が生えぬ地面も。
(一応、証拠にはなったが、これって必要か?)
対面して思った、このアレイスター。
「お前は自分の事を知って欲しいのか?」
スカウトに来た奴らは、気付いているか? この男は今も現役だ。技術面、精神面共に。
戦場に出て人を殺せ。主とさえ認めれば、アレイスターは今すぐにやれる。
(茶番だな)
彼を陣営に引き込むなら、言葉や金、目的すら必要ない。弓を構えさせる、場面を与えるだけでいい。
彼は身を委ねていた。決闘で鳴らされる開始の音を。そして音を鳴らした陣営に入ると、既に定めていた。
俺がやっていることは、親睦を深めているだけ。
質問の意図に彼も気付く。嬉しそうに目を輝かせ、コロコロと表情が変わる。
「まだ内緒だ。俺のお前への好感度は上昇中だぞ。俺への質問はあるか?」
あるにはあるのだ。例えば、訓練所にある弓の全てが、手入れをされている。矢が全てが新品。稀に放つなら、古い物を使えば良い。高いモチベーションを保っている証拠だ。
彼の遊びに付き合うのも良いが、俺の部下となる以上、彼の本音を1度は突かねば、上下関係が歪みかねない。
「悪いな、小出しにするのは好きじゃない。だからこれが最後だ。お前は子供を射ったことに引け目を感じていない。自身の矢が間違った的に刺さった、それの現実にプライドを傷つけられた。だから戒めを課したんだ……違うか?」
推論に根拠はない。会って数時間。資料で知った内容も、来歴と家族構成のみ。
ここで重視したのは、我の強さ。俺があれを任せられる。任せて良いと思える、男の条件
彼と仲良し小好しをする気はない。俺は仲間に強さを求めない。大体が飛び込み参加、計算出来ないのも大きい。しかし彼だけは求めた、最高の射手としての役割を。
急ぎすぎたか? しかし彼の表情は、口が裂けんばかりに歪んでいた。俺は見て杞憂だと理解する。
「いいぜ。今日からお前は俺の親友だ。よく分かったな狂戦士。お前の頼みを1つだけ聞こう」
正直胡散臭い。そしてこいつが、どういう人間かわかった。
聞くとは言ったが、やるとは言っていない。屁理屈を捏ねる筈だ。
(他の事はノラリクラリと躱すだろう。ただ自分が選んだ事は、どんな結果でも準じる。後悔させねぇよ)
苦笑の後、俺は彼を圧する。
「始めようかアレイスター。 舞台の幕は俺が上げる」
「なぁお前、俺をどれだけ喜ばせるんだよ?」
彼が求める事は2つ。
1つは運。狙うに値する獲物を、常に提供できる主をアレイスターは求めている。証明として、弓を構えさせる事態、それを生み出せる人間を望んだ。
2つ目は、己を理解してくれる、生涯を捧げるに値する主を。
彼が望むなら、俺は演じる。世の頂点、偉大なる夫婦竜を倒すには彼が必要だ。ベストは最低条件。その上で、普段できない神業を実行できる者でなくては。
「アレイスター、最後に1つだけ言わせて貰おう。弓の手入れは怠るなよ。俺が与える機会は、常に1射だ」
「お前、今から女にならねぇ? 抱くよ俺」
今は待っていろ。お前の伝説、序章を劇的な物に演出してやる。




