惨劇 1/2
ーレイ視点ー
今日は楽しい収穫祭のはずだった。
「はぁはぁ。なんでこんな事に」
教会の外に出ると、村の景色は一変していた。騎士が村人を襲い、家には火の手が及ぶ。
「もうやめてよ。どっか行ってよ」
幸福な思い出が、悪夢によって塗り替わる。極限故の過敏さが、移ろいまでも際立たせた。
(なんで今日なの?)
収穫祭は特別な日だ。村にとっても、何より私にとっても。
*
私が村に引っ越して来たのは、収穫祭の前日だ。といっても去年の事だが。
当時、私は収穫祭に出るのを拒んでいた。
だってそうだろう? 収穫祭は、日々の努力を祝う祭りだ。新参者が参加すれば、後ろ指を刺される。想像すれば部屋から出られなかった。
叔父も私の意思を尊重し、無理に連れ出すことはない。許さないのは唯一。
「外に出なさい。祭りの時間よ」
ドア越しに声が聞こえる。私が引っ越してきたのは昨日。村に知り合いはいない。よって導き出される答えは。
(叔父さんが村の子供に頼んだんだ。同年代の方が心を開きやすいって)
私は布団を被り、耳を塞ぐ。少しすると、音は聞こえなくなった。帰ったのかな? 布団から顔を出す。
「きゃ」
悲鳴と共にゴト、何かが落ちる音が聞こえた。音は連続し、徐々に大きくなっていく。数秒間の音だったが、推論を生み出すには十分だ。
「まさか階段から落ちたんじゃ」
私は寝具から飛び出す。しかし布団が足に絡まり、床に顔をぶつける。
鼻が痺れる。膝が痛い。でも、見知らぬ誰かが心配だ。歯を食いしばり立ち上がる。施錠していたドアを開け、私は廊下に出る。
「つっかま〜〜えた」
「ちょ、誰? 今そんな事している場合じゃ」
修道女が肩を掴み、私を部屋に押し戻す。
咄嗟の事たが私に戸惑いはない。階段から落ちた誰かを、助けるんだと焦っていた。
私は修道女を振り払おうとする。
「レイ、焦っている時ほど冷静に、忘れちゃいけないよ」
(お父さん)
父の言葉に従い、私は大きく息を吸う。冷静さを取り戻せば、今まで見落としていた疑問が浮かんでくる。
行く手を阻む少女の声だが、何処かで聞き覚えがある。
綺麗な声だ。例え万人の中であっても聞き分けられるほど。
「まさか」
「いや〜〜、チョロいね」
彼女は階段から落ちる演技をし、私を誘き出した? 浮かぶ推論。急ぎ距離を取り、ファイティングポーズを作る。
私がした一連の行動を、修道女は笑顔で見守っていた。
「ありがとうレイちゃん、私を部屋の中に入れてくれて。私の名前はアリス、村のシスター見習いであり、祭運営の1人です」
修道女は胸を張り、両手を広げ、私との距離を詰め始めた。
「レイちゃん、覚悟」
「嫌です。私は」
私は後退るが、ベットの段差で踵を滑らす。背面からベットに倒れ込み、天井を見上げた。
近付く足音、興奮した息遣。何より、収穫祭に連れだされる事が、怖くてしょうがなかった。
私は目に涙を貯め、キッと修道女を睨む。
「帰ってください」
「いいから、私に任せなさい」
「信じられません」
修道女がではない、私自身が。
生まれ育った街でさえ、私は人付き合いが上手く出来なかった。同年代には瓶を投げられ、親は謝りこそしたが、後日以降は子供揃って無視を始める。腫れ物のような生活は、トラウマ以外の何物でもない。
荒れる呼吸を抑えるため、私は蹲る。しかし治まらず、背中を大きく丸め、顔を布団に埋めた。
息苦しさから私を救ったのは、手を包む暖かさ。
「大丈夫、ほら続けて」
顔を上げると、修道女と目が合う。彼女は穏やかに微笑むと、私の背中を撫でた。そして大きく息を吸い、正しい呼吸のペースを教えてくれる。
「大丈夫、ほら続けて?」
「大丈夫、大丈夫、大丈夫」
私が落ち着くまで、彼女は待ってくれる。そんな優しい《ずるい》人が相手なのだ。抵抗出来ず、部屋の外まで連れ出された。
「友達が待ってます、行きましょうか?」
「でも……私」
「大丈夫、ほら繰り返して。ふふ、でも覚えておいて。私は貴方の味方だから」
振り返り、彼女はニコリと笑う。自室に後ろ髪を引かれるが、手から伝わる暖かさを惜しみ、思わず足が前に出る。
階段を降りるたび、心臓が痛む。
家の玄関で扉を開ける。直視する夕日に目を細め、私は朧気な視界で外に出た。
「綺麗な子」
「金髪かよ、おしゃれだな」
「ねぇ、どこから来たの?」
外には、私と同年代の少年少女が居た。
降りかかる言葉の嵐に目を開き。私は発する音に自動で向く、所謂首振り人形となっていた。
助け舟を出したのはアリスさん。
「そこまで。まずは自己紹介でしょ。はい貴方から」
私は肩を掴まれ、輪の中心に押し込まれる。
集まる視線。新参者がまず自己紹介をしなければ。わかっている、わかっているのだが……言葉が出ない。声を出そうにも、喉の中腹が痙攣し、雑多な音しか鳴らない。
「ええっと、わ、わたしの名は」
失敗すれば頭が下がり、音の適正距離は離れてしまう。誰にも聞こえない筈だ。それでも、再度挑戦しようと思えたのは、彼らの表情を見たから。溢れんばかりの笑顔だった。私に興味がある、歓迎してると、本心から信じられる程に。
(もう一回頑張ろう)
勇気をくれる物だった。私は意気込み、腹一杯に息を吸い込む。
「ちょっと待って、私隠れるから」
しかしアリスさんの一言で、意気込みは砕かれた。
膝を曲げ、彼女は丸くなる。それを囲むよう、子供達は立ちふさがり壁となった。
「一体何が?」
珍妙な行動に、私は頭を傾げる。
「グラムが来るの」
「グラム?」
アリスさんの口から出た名前。誰を指しているのか? 彼女の姿が見えない以上、察する事は不可能。
少しすると、少年が森から歩いてくる。
子供達の目が、落ち着きなく揺れる。誰から隠れているのか、ようやく私にも理解できた。
「彼は?」
「アイツは変わり者のグラムだよ」
「俺達と同い年の癖に、遊びよりも仕事、金とうるさい奴なんだ」
「まったく。木こりの親父や狩人の兄ちゃんは、アイツを見習えとか、うざったらしい事ありゃしない」
少年が去ると、彼らは文句を漏らし始める。しかしどの発言も、不満というより大人達に認められた、彼への嫉妬。
「ほら、みんなそこまで、まずは自己紹介」
アリスさんが手を叩き、彼らを宥めた。
再び私に集まる視線。もう怖くない。顔を上げ、クッスと頬を緩める。
「私の名前はレイ、よろしくね」
各々の自己紹介が終わり、収穫祭に私達は参加する。
警戒していた、村人からの拒絶はない。別け隔てなく扱ってもらえた。受け入れて貰えたこと。何より引っ張ってくれる人が、存在するという事実に、私がどれほど救われたか。
吹っ切れた私は、目標を立てた。村に住む、同年代全員と友人になる。
辺境の村という事もあって、子供の数は少ない。それでも、1人を覗いて友人になれた。
「ダメダメ、こんな時にアイツの事を考えるなんて」
村で過ごした1年は、紛れもない宝物。「フフ」と笑みを溢し、私は枯れ葉が覆った道を歩く。
「アリスさんには一杯お世話になったなぁ〜〜。さっきの喧嘩も解決しても貰ったし」
私は先ほど、友人と喧嘩をした。取っ組み合いになりかけた所を、通りかかったアリスさんに止めて貰ったのだ。
彼女の歳は15歳、私の2つ年上だ。憧れの彼女を呼ぶため、私は教会に向かった。
「おじゃまします」
立て付けの悪い扉を押し、中に入る。
教会に彼女の姿はない。変わりに居たのは騎士と神父様だけだった