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彼の戦い方

「貴方は何を狙っているグラム将軍?」

「何をとは? 失礼か、わかってるだろ? 貴方が最後のピースだ」


 俺は今、デルフィン要塞の応接室で指揮官と話していた。


「要塞付近にある施設は全て、貴方の陣営だ。私達を取り込もうと?」

「そうだ。これは貴方達にも利がある話しだ」

「利、それは何だ?」


 自らに親指を立てる。


「俺、グラム将軍が助けに来る」

「はぁ?」


 彼は目を大きく開けた。驚きというより呆れが色濃く顔に出ている。

 

 小さく笑う。彼は挑発とでも思ったのか、机を叩いた。


「ふざけるな。デルフィン要塞は、国王派所属ハルトマン将軍。彼直属の部下が率いている場所だ。貴様に与してなんの価値があ……」


 彼の会話を遮るように指を2本立てる。そして説明する毎に畳んでいく。


「1つは、お前たちは帝国を舐め過ぎている。帝国単体でも手に余るのに、今は法国と連携を取っている。最も神秘に精通した国が、大陸首位の国家と手を組んだ。これほど厄介なことはない」

「法国が? 嘘だ」

 

 話を聞き、彼は顔色を変える。

 

 大陸での国家順位はこうだ。


 1位帝国、2位法国。そして我らシルバード王国が3位。


 上2つが手を組んだのだ。それ以下が単国で、迎撃出来る筈がない。


「魔王復活が近いなど、様々な理由があるのだろう。話は一旦置いておく。そして2つ目、我が派閥は王と敵対したい訳では無い。今すぐ王座から蹴落とすつもりもない。数年間、場合によっては十数年。王は王座に、第4王子は王太子として過ごすつもりだ。それが、王への忠義と尊敬を表せる方法だと思っている」

「確かにな。王もいずれ退く、後継と言う意味では理想的か」


 先ほどまでとは打って代わり、彼の心情はこちらに向く。

 

 当然と言えば当然。うちは穏健派なのだ、味方には。


 躾はするがな。

 

 足並みを揃える時、独自の判断を持ち込まれては困る。個人の判断は必要だが、あくまで縛られた状況でのみ。噛みつく自由を犬に与える気はない。


「幾つかの狙いとして、我が軍の盛況さを見せつけること。今後起こるであろう、他陣営が行なう将軍の乱立に備えての事だ」

「意地が悪いな。あくまで狙っているのは下っ端、兵士達の支持か」


 手を叩き彼を称える。

 

 彼の俺を見る目は先程と違う。既に人間へ送るものではない。卑下し、貶し、何より敵でないことに安心感を覚えていた。


「他の将軍は前線に出ないだろう。帝国との戦力差から、どの場所も苦戦を強いられる。それら砦を助ければ、奴らの元から人は消える。どうして俺達の将軍は助けてくれないのかと、不満が爆発するから。王子と兵士、上と下の心を分断出来る」

「出来ればな」

「出来るさ。なんせ今から証明するのだから」


 直後、要塞が揺れた。指揮官がいる応接室に兵士が駆け込んでくる。


「報告します。何者かがデルフィン要塞に襲撃を仕掛けてきました。紋章からしてニクス帝国だと思われます」

「ここは国境付近だ。襲撃されることもあるだろう」


 当然だと、俺は慌てず述べる。


 だが当事者達は違う。兵士は青ざめ、指揮官は、キッとこちらを睨む。


 やり過ぎたか、と俺は手を上げ。


「冗談だ」


 白々しい態度、良すぎたタイミングが原因で疑われてしまう。襲撃を知っていたのは事実だが。とはいえ協力関係ではない者を、俺が報酬無く助ける事は出来ない。


「貴様が裏で糸を引いているか、今はどうでもいい。それを抜きにすれば、貴様の言った事は間違っていない」



「そ、頑張ってくれ」


 応援するしかないのだ。


「貴様は待ってろ」


 彼は強く踏みしめ部屋を出る。

 

「さて、お手並み拝見と行こうか」


 恐らく彼らは負ける。法国が帝国と組む、真の意味を知らぬから。だがその状況は、俺にとっては都合の良いもの。


 生き物は皆、命に優先順位がある。聖人でなければ、他人より自分が大事だ。それを打ち砕く方法を知らなければ、俺の手からは逃れられない。


「悪いな老兵。お前より戦場に浸った時間は長いんだ」


 出された紅茶と茶菓子を摘む。まぁ一週間か、待つとしよう。


 唯一の心残りは。


「強きものは困難に挑め。出ないと人生は面白くない。だろトゥワイス?」


 核となる心情を、俺に与えた最初の副官トゥワイス。


 彼は悲しむだろう。貴方なら卑劣な小細工を、使わなくていいだろうと。

 

 *


 兵士視点


 稀にある小競り合いだと、最初は思っていた。

 

 帝国兵は砲弾の雨を掻い潜り、閉まった城門を解錠する。


 方法はわかっている、魔法だ。ただ俺達の常識にない魔法だった。


 砲弾を防いだ防御魔法。行うには熟練の魔法使いが何人も必要だ。そう熟練だ。人材豊富な帝国とは言え、小隊に複数人の規模で揃えられるか?


 前述のはまだいい。問題は城門を解錠する魔法だ。似た手段に、鍵開けの魔法がある。しかし規模が違いすぎる。


 俺達一番の強みである、要塞という地形。これを潰されては勝負にならない。誰も口にはしなかったが、心の中では思った筈だ。帝国に勝てる要素は何処にある? と。 


 開いた吊橋から帝国兵はやってくる。


「押し返せ。この要塞は我らのものだ」


 俺ははっとし、弓を構えた。入口から侵入する帝国兵に、我武者羅で矢を放つ。


 幸い、帝国兵は押し返せた。一箇所しか、侵入口のなかった帝国兵は、俺達の方位攻撃を受け撤退。

 

 一安心と思ったが、地獄はここからだった。


 城門を解除できる魔法がある。司令官は知ると、要塞全ての、出入り口にある仕掛けを壊した。


 彼を責める気はない。しなければ俺達はパニックを起こしていただろう。その代価は、予想以上に大きかった。


「水がもうない。喉が乾いた」


 外に繋がる、全ての門は封鎖された。相手がすることは包囲だ。


 帝国が取った行動はそれだけではない。 

 

 水路を潰され、水を断たれた。これが痛かった。気付くのに遅れ、半日で水は無くなった。


 また水不足が、食料にまで影響し始める。要塞にある食料の大半は、乾燥させた保存食。食べ物を口にすれば、乾燥した食料故に水分を取られ、喉が乾く。噛むからこそ覚える、口を擦るボサボサ感、俺は食べることの苦しみを初めて知った。


「せめて雨が降れば」


 今なら雨水も喜んで飲もう。そんな時、ある怒声が響く。


「お前ふざけんなよ。自分だけ水を飲もうと隠してやがったな」


 小柄な兵士が詰め寄られている。よく見ると、兵士の口元が濡れており、つまり。


「お前、水魔法を使えるのを黙ってたな」


 普段なら誰も責めないだろう。

 

 そもそもの話しだ。魔法でどれだけの水を用意できる? 数人分の水で終わりだ。要塞には何千人いると思っている。数人しか飲めない水、何の価値がある。


 それに魔法で作られた水は直ぐに気化する。飲んでも余計に喉が乾くだけ、これは常識だ。


 理解していた筈なのに。


「お前ふざけんなよ。俺によこせ」


 俺は仲間に飛びかかり、彼の胸ぐらを掴む。自分が信じられない。しかし極限状態なら皆がこうなるだろう。

 

 司令官は言っていた。


「耐えろ。そうすれば援軍が来る」


 俺達は内心諦めている。数を動かすというのは時間が掛かる。分かっているのだ、援軍は間に合わない。みな焦りを抑えられず、俺を皮切りに、周りにいた全員が襲いかかる。


「貴様らいい加減にしろ」


 居合わせた指揮官が激を飛ばす。最後の方は声が掠れ、まともに喋れていない。


 幾ら尊敬出来る指揮官とはいえ、飢餓状態では誰も言うことを利かない。しかし、頬がコケた痛々しさから、僅かに足を止めさせる。

 

「うるせぇ。お前はここの指揮官だろ。ならなんとかしろよ」


 静止させたからこそ、敵意は彼を狙う。指揮官に皆が詰め寄る、そんな時だ。 


「なんとかしよう」


 覚えのない声が響いた。声の質は少年から青年の間。

 

 何も信じられない現状。しかし誰も否定しない。いや出来なかった。それだけの存在感が彼にはあった。


「どうするんだ?」

「簡単さ」


 彼は剣を抜き、門の上に向かう。そして敵兵が包囲する場所に飛び込んだ。


「何しているんだアイツは」

「急いで引き上げろ!!」


 俺達は城門の上に駆け出し、下の状況を確認する。

 

 そこで彼は、剣を振るい敵兵を薙ぎ払っていた。その勢いは、帝国兵を殲滅させてしまうのではないか、と思える程だった。


 楽しんではいないが大胆に、清々しい程伸び伸びと、彼は戦場で舞った。


 俺達は籠城戦を行なっている。生き残る手段であり、何より、国を守る最善の行動だが、苦しく、影の中で首を締められる窮屈感がある。


 だが彼の姿を見ていると勘違いしてしまう。要塞の中に隠れ息を潜めるより、戦場に出て戦う。あれこそが正しい道なのではないか? 人が本来取るべき手段なのではないかと? 

 

 隣の芝生は青いという。俺達は無意識に生き甲斐を望んでしまった。憧れは諦めればいい。だが渇望、満たすしかないのだ。


 気付けば武器を握っていた。皆で城門を壊し、戦場に駆け出す。


 横を見ると指揮官がいた。後ろを見ると救命兵が。前には食事係が。


 俺達に恐れはない。恐怖は我らの味方だ。彼が教えてくれる、正しき恐怖の向き合い方を。


 恐怖を過度に恐れてはいけない。耳を塞いではいけない。直視し、受け止める。それが出来れば、程よい危機感が、俺達を強くしてくれる。


 何も知らない俺達に、彼は戦い方を教えてくれた。


「やったぞ」

「今直ぐ死傷者の確認をしろ。早くだ」


 勿論死者は出た。しかし、籠城するしかなかった現状を考えると、死者の数が数十名。これは異常な少なさだ。


 機会を作った彼は、指揮官と話している。


「どうだ気持ちは変わったか?」

「はい。よろしくお願いします」


 デルフィン要塞は、グラム将軍に下った。

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