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眷属とは?


 椅子に座り本と格闘する。本のタイトルは、防御魔法入門。


「それにしても中々起きないな」


 俺の前にはベットがあり、アズサが眠っている。

 

 静かな眠り。彼女が生きている証拠は、呼吸をする際の肺が膨らむ動作だけ。


「う……ここは?」


 言葉にはならない声を上げ、彼女は目を覚ます。体を起こし周囲を確認、俺を見つけると安心し、笑みを溢した。


 穏やかな彼女とは裏腹に、俺は緊張をしていた。


 椅子から立ち上がり、頭を下げ俺は謝罪する。


「すまない。お前を眷属にさせて貰った」


 それを受け、彼女は首を傾げ戸惑っていた。


「えっと眷属って何ですか? 狂戦士ってのはそんな事も出来るんですか……ともかく、グラムが必要だと思ったから行なったんですよね。なら信じます」


 彼女の真っ直ぐな目に俺は頷く。


「ああ、そうしないとお前は死んでいた」

「感謝するのは私の方ですね。ありがとうございます。ただ……眷属にどんなデメリットがあるか、その説明だけ頂けると」


 手を弄りながら聞いてくる彼女。俺は立ち上がれるよう腕を差し出す。


「その説明をしたいから、待っていたんだ。話しながら帰ろう」

「わかりました……所で私はどれくらい寝てましたか?」


 屈伸などの軽い運動を、彼女がしている間に俺は答える。


「アズサが寝ていたのは2時間だ。日の出までは時間がある」

「2時間ですか。私の仲間を転移陣に連れて行く。その事を考えると、時間的にギリギリですね」


 目立たぬ夜の間に、子供達の移動を終わらせたい。実行するのであれば時間的猶予は殆どない。


「それに関しては大丈夫だ。ザヴィーの奴に運ばせてるからな、罰ゲームとして」

「ザヴィーって確か……あの立ちはだかった狂戦士?」


 目を瞑り、こめかみを押しながら彼女は聞いてくる。


「よく知ってるな。奴の名を呼んだのは、アズサが屋敷に入った後なのに」

「へへ、声は聞こえたので」


 彼女は照れくさそうに頬をかく。


「そうだ。アイツは俺に負けた。そのペナルティーとして、子供達を転移陣に連れて行かせた。だからアズサと俺以外は、屋敷にはいないよ」

「よかった……ありがとうございます。それと面倒を掛けました」


 頭の位置が腰と水平になる深い謝罪。俺は彼女の肩を叩き、部屋出る。


「行くぞ。それに言ったろ? 説明しないといけないって。あと謝るな。お前は生きてる、それだけで作戦通りだ」

「は、はい」


 部屋を出て、屋敷の玄関に向かう。外に出るタイミングで俺は眷属の事を話し出す。


「まず眷属だが、特徴としては2つ。1つは互いの生死がわかる。俺が死んだらお前に、お前が死んだら俺に伝わる。そしてもう1つは、アズサ、お前は死に難い身体になった」

「死にづらいって、どれくらいですか?」

「首折られても死なない。斬られても10分間は生きられるかな? 流石に生えはしないが。ああ、首の断面同士を合わせれば引っ付くから、それで直せば良い」


 彼女は足を止める。振り返ると首に剣を添えていた。


「試しても?」

「そういう所駄目だぞ。昔、俺もやったけれど」


 言葉を残し俺は歩く。そして何故か? 無言の時間が始まり、彼女の方に振り向く。不思議な事に彼女も、俺と同じ困惑顔をしていた。


「えっとそれだけですか?」


 彼女の言葉に頷く。


「うん。だって伝える内容これ以上ないもん。呪いの洗礼は終えたしな。後は俺に害意がなければ大丈夫だ。日中も普通に歩けるし、種族も人間のまま。俺の思考が流れることがある位で」

「なんか……拍子抜けです」

「そんな事はないさ」


 俺は星を眺める。


 言うか悩んでいた。なにせ終わった事を掘り返し、危険だったんだぞ、と彼女を脅す意味があるのだろうか? 


「聞きたいです。どんなことであっても」


 アズサに目を向けると、力強い言葉が返ってきた。俺は足を止め、手振りを混ぜながら離す。まずは、大きく輪を描くように腕を広げ。


「アズサ、お前は凄いことをしたんだぞ。眷属化、俺に対して少しでも害意があれば、呪いに内側から殺される。呪いで死ぬのはキツイ、発狂死だからな。特に俺の呪いは特別性だから、死なず殺さず、戦場を彷徨い続ける化け物として生涯を過ごす事になる」


 最悪、怯えられると思っていた。勝手にこんな体にしやがってと、暴言を吐かれるとも。


 しかし彼女に変化はない。薄い表情のまま、それだけ? と変わらぬ心持ちだった。


「でもそれは私次第ですよね」

「後、俺が死んだらお前も死ぬ」

「それは逆に良いことでは?」

「そうか?」


 今度は俺が頭を傾げる。アズサは頷き、肯定した。


「そうです。ま、普通の人は怖いんでしょうね。でも貴方の呪いは忌避する物じゃない」


 彼女は俺を追い越し振り返える。そして満面の笑みを見せた。


「私にとって呪いは、貴方がくれた暖かさ。これは誰がなんと言おうと、私一番の宝物ですから」 


 彼女の言う暖かさ。俺はその源泉が何処に巣食うか、はっきりとわかる。心臓部分に被さり、存在する黒い火。俺が刻んだ呪いだ。誰かが縋り、希望とするには醜悪過ぎる。


 しかし彼女は宝物という。ただの呪いを、重しでしかない、背負わなくていい業を。彼女は大切な物を包むように服の上から触れていた。


 アズサの想いは、父の言葉を想起させる。


「存在が許されない物であっても、宝物になり得ると俺は思うんだ。グラム、お前が背負う呪いも、きっと誰かの宝物になれる」


(恥ずかしい言葉だな。父さんは昔から、ポエマーな所があったから)


 後で悶えても口にしたかった。それほど父とアズサ、彼らの言葉は嬉しい物だった。


「何か言いましたかグラム?」

「何でも無い。俺達も戻ろう」

「はい」


 俺は内心、ほっとしていた。耳に届かなくてよかったと。誰かに聞かれたら、その場で蹲るのは確定事項だ。


 それにしても最近、不思議な感覚に陥る。父が言っていた、漠然とした価値観がピッタリと嵌る場面が良く起こる。


 特に今回は強く意識してしまった。


(1番の収穫は、アズサという理解者を得られたことかもな)


 心の中で呟く。直後、彼女の足が止まった。どうしたのかと振り返る。彼女は俯き、俺に決して顔を見せないようにしていた。


「先に行って下さい」

「駄目だ。ここだって安全な場所じゃない」


 ここは帝国の領土。あの男が裏切るとは思っていない。だが彼女を置き去りにするような迂闊な行動はできない。


「わかりました。ならお願いです。少しの間、背後を見ないで下さい」

「わかった」


 おかしな態度を取る彼女に、疑問を抱きながら、街にある転移陣に向かう。

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