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それぞれの業



「はぁ、はぁやっぱり不利か」

「どうして本気を出さない」


 膝に手を起き息を整える。眼の前にいる白髪の男、彼は俺を見下ろしていた。


「どうしてって? 勘違い野郎に教えないとなって」

「教える?」


 俺は背筋を反らし笑みを浮かべる。その頃には傷も無くなり、戦況は振り出しに戻っていた。


「人を仕留めたいなら、常に命を危険へ晒せ。昔教えた筈だ」

「貴方の事は尊敬しているが、その言葉だけは意味が分からない。何故、危険を犯す必要がある」

「何故ってそりゃ……もう時間はないか」


 質問に答えようとした時、変化を感じ取る。

 

 屋敷の3階部分。そこから狂戦士特有の現象である、フィアーが発せられた。


(アズサが勝負を掛けたか)


 彼女は望みを叶えるだろう、例え、己の命を捨てる事になったとしても。俺が生命を掬い上げるには、近くに居らねばならない。彼との決着は、火急に着けてみせる。


 俺はザヴィーと向き合う。


 次で勝負を決める。目線に込めると、彼は僅かに後ずさる。


 流石は俺の元部下だ。増した圧迫感から、俺が本気を出す事実に喜び、笑みを作った。


 俺は咳払いをした後、止めていた問いに応える。


「言い直そう。何故、命を危険に晒すか? それは俺達が狂戦士であり、狂気の中に身を置かねばならないからだ。でなければ呪化に届かない。先祖達の残した物に、呪い呪われる。その境地には決してたどり着けないからだ」

「呪化……確か貴方が一番得意な技でしたね。それが理由の全てですか?」


 冷汗を流しながら彼は問う。


「ま、それが半分。もう半分は……それが出来ない奴はな、命の使い方が下手くそだからだ」


 俺は走り出し、間合いを詰める。一方で彼は、足を止めていた。このまま行けば序盤と同じ鍔迫り合いになる。男の顔には書いてあった。


 だから間合いに入る直前、俺は剣を投げだ。


「っく」


 上段から剣を振り下ろす、予備動作中にぶつけたのだ。ザヴィーの剣は弾かれ、大きく脇が開かれる。


 生まれた隙に接近。ザヴィーの脇に腕を通し、首を両手で締め上げた。

 

「ぐぅ、この程度で」

「言ったろ? 命の使い方が下手だって。他人より死に難い、それが狂戦士の特権だ。そんな俺らが、人間と同じ攻め方をするなんて勿体ないだろう? 呪いを受け入れるため、死を身近に感じなさい。それが俺達狂戦士の、本当の戦い方だ」

 

 脇を下げられない為、彼の抵抗は弱い。行われた反撃は、剣の柄頭を俺の頭部に叩きつける事。確かに常人なら、命を奪える有効な攻撃だ。


 だが俺は狂戦士だ。常人より頑丈で再生能力が高い。つまり、打撃にはめっぽう強いわけだ。


「これだと落ちるまでに時間が掛かるか」


 俺は手を離し、後ろに回り込む。そして裸絞に移行した。(チョークスリーパーとも言う)


 急速に飛ぶザヴィーの意識。抵抗の激しさは、剣を逆手に持ち、背中を突き刺す態度からも現れている。


「わかったか? これが狂戦士の戦い方だ。鬼化など、普段の力に毛が生えた程度。だが、まぁ……強くなったな。お前は一人前の戦士だ」


 彼の抵抗は、俺の言葉を聞いた途端弱まる。数秒後、手から剣が落ち意識を失った


「さて、急がないとな」


 彼を寝かせ、俺は屋敷を見る。階段を登る時間はない、残る手段は。

 

 俺も鬼化を使う。赤黒い髪と真っ赤な瞳孔に変化し、身体能力が跳ね上がる。


「置いていく訳にもいかないか」


 ザヴィーの後ろ襟を掴み跳躍。

 

 屋敷2階部分の外壁に足をめり込ませ、垂直に立つ。そして壁を走り出した。

 

 屋敷への侵入経路は3階部分にある大きな穴。俺とザヴィーの戦い。その中で、反らした斬撃が命中し生まれた物だ。


 穴から屋敷に侵入するが、周囲に人影はない。


「アズサは何処だ? そこか」


 元々は自身の魔法。魔法の残滓は簡単に追え、彼女の居場所を把握できる。


 位置からして、2、3個先のフロアか。


 扉に向かう時間も惜しい。右手に持つザヴィーを壁に投げ、壊して先に進む。そして壁の先には。


「裏切り者、裏切り者」


 アズサの背中を泣きながら刺す、白髪少女の姿を見つけた。彼女は片手で頭を抑え、もう片方で腕を振り下ろしている。


 俺は少女に近づき左手を掴む。そして手を解き、持っているナイフを奪った。


「あ」


 少女の眼前に手を伸ばし、フィアーを発動させ意識を奪う。


 少女が床に倒れる際、腕で抱え寝かせる。そしてアズサと向き合った。


「奇跡だな。ギリギリ生きてる」

 

 刺さ続けた背中は既にズタズタだ。それでも彼女が生きている理由は、少女が持っていたナイフのお陰。


 元々刃渡りが小さいナイフ。運が良いことにナイフの先端は折れており、刃渡りは5cmまで縮んでいた。


「といっても体力を奪うタイプの傷だ。ポーションじゃ無理だな」


 最高級の回復薬を持ってきているが、彼女には使えない。身体を急激に癒す行為は、肉体への負荷が大きい。重症時だからこそ、体力が奪われる前、直ぐの使用が求められる。


 血や体力を失い過ぎた彼女では、回復薬が齎す急激な再生に体がついてこない。


「残る手段は……だが耐えられるか?」


 俺達狂戦士は作られた存在。

 

 元々は女神に仕えていた使徒、世界を見守る2匹の竜。それらと並ぶべく人間に設計された。


 しかし偉大なる王国は既に滅び、計画は失敗となる。タネ事態は撒かれたが。


(凄いように言ってるが、俺達以外にも王国が撒いたタネはある)


 王国の動機。それは世界を守りたいなどという殊勝な物ではない。

 

 世界を守るのは、人間の力であるべきだ。願いでは無く願望。思いやりではなく奢り。


 どうやって彼女を救うか、その話に戻ろう。


 俺達は制作仮定で、ある遺伝子が組み込まれている。それは吸血鬼。つまり他者を眷属にする力があるわけだ。


 俺は再生能力が高い、少し変わった狂戦士。俺の眷属になれば特性が受け継がれ、彼女は生きながらえる。


「問題点は、俺の呪いに耐えられるか」


 狂戦士は呪いの専門家。身体は、呪いを扱う事に特化した設計がされている。実際呪いが無けれは、普通の人間と身体能力の差は殆どない。少し頑丈な位だ。


「俺に全てを委ねる覚悟があれば問題ない。そうでなければ発狂してアズサは死ぬ」


 でも、やらないという選択肢はない。


 手首を噛みちぎり、彼女の唇に近づける。

 

「飲めるか?」


 彼女は無言だ。押し込まれた血も最初は吐き出していた。だが俺の声を聞くと素直に従った。血を口の端から溢しつつ、喉を鳴らして呑み込む


「生きてくれ」


 俺に出来るのは祈るだけだ。


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