裏切り者の末路
アズサ視点
「ここにもいない。みんないったい何処に?」
あの男。サラミスの性格上、逃げを重視する。
ちなみにサラミスとは、ここの責任者の名前だ。
「プライドの高いあの男は、自身が死ぬことを世界一の損失と考えている。だから隠し通路近くに陣取っていると思ったんだけど」
青髪の男が施設を襲撃する。その場合は仲間達を使って足止め。そして自分だけ地下から逃げる。
私達も一部始終見ていた訳では無い。だが屋敷前に広がっていた光景、それから予測される奴の動きはこれだ。
(あの男は襲撃者ではない?)
走るのをやめ、その場で立ち止まる。
「何か、前提条件が違う気がする」
地下から1階に上がる。そして普段、私達が日常生活を送っている部屋を覗いた。
部屋は机と2段ベットしか入らない小さな物。予想通り、部屋に子供達の姿はない。
「それにしても懐かしいな。私は潜入の為、ここを長期間離れてたから。でも心が離れた事はない」
この階の部屋。そこには幾つかの空き部屋がある。
現在の季節は春。
この施設に、子供が連れて来られるのは、冬が殆どだ。
寒さは生物の天敵だ。お金が無い家庭は、子供を売り飛ばすか、捨てるしか無い。そこを施設の者が拾って来る。だから冬になると、多くの子供が屋敷に連れてこられるのだ。
春に子供が少ない訳だが、ここは暗殺者を育成する組織。
「春。篩が終わる季節」
空き部屋に入り呟く。
私と最初に同室となった子、彼女は冬を超えられなかった。
思い出しながら窓枠にある埃、それを人差し指で掬う。浸った心、それを引き戻したのは屋敷に生まれた揺れ。
「そうだ。今は彼らを見つけ出さないと。でも何処に?……まさか」
この考えが合っているなら、相手は悪趣味だ。
「つまり間違ってないと」
階段を登り、溜息を吐く。そして私は、屋敷の最上階に向かった。
屋敷の3階。それはこの施設の主、サラミスの住居。
「やっぱりいる」
施設に来て日が浅い、教育途中の暗殺者。彼らが漏らした気配を感じる。
間違いなく罠だ。
「それでも行くしかない」
扉を掴み中に入る。そこには白衣の男性、サラミスが座っていた。
「どうしたアズサ。君はシルバード王国で仕事があるはずだ」
清々しい男の態度。ムカつきはしない、ただ冷たい目線を送る。
「とぼけるのもいい加減にしろ。知ってるだろ。私が負け、そして貴方達を裏切ったのは」
視線を受け、男は体を震わせる。最初は恐怖、次は興奮。感情の変換に背筋が凍る。
(どうしてだろ?)
確かに私は、サラミスには嫌悪感を抱いている。ただ私が感じた戸惑い。それは彼に対する物ではない。
(切り替えが遅い、なんで?)
殺気を送る際、意識の切り替えが遅かった。それにたじろぐ。
それはともかくとしてだ。
部屋の中には子供達がいる。そして彼らは、自らの首に剣を添えていた。
「わかったかね? 今の状況が」
「1つ良いですか?」
「なんだ」
「外は、どういう経緯でああなったんですか?」
私の問いに男は地団駄を踏む。しかし男の怒りは、その程度では治まらない。
近くにいた少女から剣を奪う。そして無防備になった彼女、その顔を男は殴った。
(リリィ)
今殴られた少女は私の知り合い。グラムに挑んだ際の相方、ローザ。その妹が彼女、リリィだ。
私も妹のように可愛がっている娘で、懐いてくれていた。
「すいません。お父様」
「いえリリィ。貴方は役割を果たしただけ。よく頑張りました」
「ありがとうございます」
男に、花のような笑みを彼女は向けている。
それを見せられると、私は怒りに呑まれる? 残念ながらそんな事はなかった。逆にスイッチが入った。意識が冷たくなり、この男を殺す。そのためだけに全てを利用しろと誰かが囁く。
利用の対象には、周りの子供達も含まれる。勿論リリィも。男を殺す最も簡単な方法、それは子供達を見捨てる事だ。
子供達が、自らの首を切ろうとも無視をする。それとこの部屋には、私を止められる者はいない。最も効率よく、そして失敗する要素なく目標を仕留められる。
心は要らなーー私は自らの頬を叩いた。その沼を私は拒絶する。私の目的は、あの男を殺す事ではない。仲間達を救い出す事だ。
決意を込めた目、それには熱が籠もっている。その眼差しで私は男を睨む。
「全く、何をしているのか? そうそうさっきの話でしたね。あの青髪が我儘を通して来たのですよ。まぁ、帝国の協力相手だ。手加減したのが仇となっただけで、私の作品が劣っていた訳では無い」
男は近くにいる少年の足を撫でた。今回はリリィとは別。労わるように優しく。そして頬を赤らめながら。
(男色が)
見ているのも不愉快だ。
「もう良いでしょう」
剣を抜き男に向ける。そんな私を見て、男は深い溜息を吐いた。
「だから女は頭が足りないんだ。作品として認めていた者がこの程度とは」
「ならよかった。貴方に認められても価値が下がるだけですから」
私は笑みを浮かべて挑発する。そして彼からは、色濃い失望が顔を出した。
「戦況がわかってるか? 人質、及び人数差はこちらが圧倒的なのに、うん?」
男は高らかに説明している。しかし、それを邪魔する者がいた、それはリリィ。彼女はサラミスの服を引っ張り懇願する。
「お父様お願いします。アズサお姉ちゃんを許して下さい」
「はぁ? 誰に命令してるんだ」
「ひ……それは」
リリィは男の目付きに負け、座り込んでしまう。そんな彼女にサラミスは詰め寄る。
「誰に命令していると……聞いて……いるんだ」
そして何度も、彼女を踏みつけた。声も出せず、蹲る少女。私はそれが見ておれず、走り出した。
「ようやく引っ掛かったな」
周りにいる子供達。彼らは剣を握り、私に襲いかかる。圧倒的な人数差。室内故に逃げ場もない。その中で私は、冷静に俯瞰する。
(全員近づいてくる、でもまだ早いか?)
最前列の人物。彼の刃が体に届く直前、そこで私は黒い石を取り出す。そして地面に叩きつけた。
次の瞬間、黒い波動が広がる。グラムの魔法、フィアーが発動したのだ。
「な、なんだ」
襲ってきた子供達。彼らは膝を着き、意識を失う。洗脳にまで達した暗示、それが解かれた証拠だ。
「これで、道は開けましたね」
この黒い石は、グラムが渡してくれた切り札。
石に強い衝撃を与える。すると中に込められていた魔法が発動。欠点としては霧散しやすく、射程が半径3メートルまで強制的に縮まる事。
「罠に掛かったのはサラミス、貴方ですよ」
魔法の効果範囲内。それに子供達を誘い込む為、私はあえて飛び込んだ。
1つしかない切り札、それを有効に使うことが出来た。
(だからこの傷も、計算どおり)
人は急には止まれない。だからしょうがないのだ、この剣を受けるのは。
限界まで彼らを呼び込む為、無傷は捨てた。石を投げた直後、力のない剣が私の首筋に直撃する。
傷は浅いが出血は多い。首という、血管が多くある場所だ。当たりどころが悪かった。そう諦め、私はサラミスに向かって歩き出す。
「さて、傷も軽いことこですし。覚悟はいいか!!」
私は声を張り上げる。それにサラミスは腰を抜かす。
「待て、話しを」
「命乞いには耳を貸すな。そう教えたのは貴方です。だからこれは……恩返しですよ」
本来なら首を落とす所。私が選んだ部位は腹、そこに剣を突き刺す。そのまま固い骨を押しのけ、股下に剣を振り抜いた。
「……助けてくれ。私は役に立つ」
必死にに手を伸ばすサラミス。私はその顔面を蹴り凹ませる。
生死の確認はしていない。ただ長年の経験でわかる。サラミスは死んだ。
「終わった」
言葉を吐き出した直後、ドスンという衝撃が背中を突き抜ける。
「なるほど。仲間殺しの業は消せないか」
私は前のめりに倒れる。誰かが背中に乗り、何度も剣を突き刺す。
このままだと私は死ぬ。でも結末としては悪くない。全ての罪を私に塗りつけ、彼らが日の当たる場所で生きれるなら。そして刺しているのが彼女、リリィであるのなら。
彼女はサラミスに踏まれ動けずにいた。それが魔法の範囲内にいなかった理由だろう。
納得した。できた筈なのに。
「なんでかな。私、まだ生きたいよグラム」
手を伸ばし涙を流す。そして私は意識を閉ざした。




