妨害者
ニクス帝国にある都市ハーケン。その郊外に目的の地がある。
「それにしても不思議だな。メガネを掛けると建築物が現れるとは」
アズサから貰ったメガネ、それを掛けると建物が現れた。何度か、掛け外す。それを繰り返していた時だ、彼女が声を掛けてくる。
「で、グラム。貴方なら、どう攻め落としますか?」
「そうだなぁ。正直、良い立地だよここは」
山にある施設、その防衛側には不利な点が存在する。それは障害物が多いこと。さらに視界が利かない夜という暗さが加われば、施設の侵入、それを許しかねない危険な弱点だ。
(これに関しては、利点と欠点が同時に存在しているようなものだが)
だがこの施設にいるのは暗殺者の集団。そして奇襲とは彼らの縄張りだ。それらを作りうる障害物の数々は、不利どころか大きな強みを生み出す。
「正直、少数で潜入をするくらいなら、森を焼き木々をなぎ倒してから、数を使って責めるかな」
「褒め言葉として受け止めて起きます。でも今は気にしなくていいですよ。私がいるので」
そう言って彼女は走り出す。見張りの姿、それを見たのは一度だけ。障害物を利用し、見張り台に滑り込む。そして音もなく、二人の子供を無力化した。
「クソ、離せ裏切り者」
縛られた子供が言う。しかし言われた彼女は涼しい顔をしていた。
「グラム、お願いします」
そして俺に頭を下げる。
「はいよ」
「な、何をするんだ」
俺は子供の頭に手をかざす。そして目を瞑り、悪意を解き放った。
「フィアー発動」
黒いオーラが放たれ、子供達を通り抜ける。すると彼らは、糸が切れた人形が如く意識を失った。
「ごめんね。でも、もうすぐ終わるから」
アズサは子供達を床に寝かせ、頭を撫でている。そんな彼女に最後の確認を行う。
「そうだアズサ。切り札を忘れるなよ」
「これですね。持ってますよ」
彼女はポッケから黒い石を取り出した。それを見て頷く。
そして俺達は敷地内に侵入した……筈なのだが、状況は予測から、大きく逸脱していた。
敷地内では赤いランプが回っており、緊急事態を表している。
「俺達がここに来ることは、相手もわかっていた筈だが」
「その筈です。街中で視線も感じました」
俺達は日中、都市で遊んでいた。その理由は、暗殺組織に姿を補足させるため。
そうすると、気になるのはこの赤ランプ。侵入者の正体、それが俺達ならランプは点いていない筈だ。そもそも俺達は、来るとわかってた客。油断を誘い、もてなした方が効率的。警戒を表したりはしないだろう。
(考えないといけないのは、別の襲撃者か)
敷地外からも見える大きな建物。その前には運動場があり、青髪の男性が立っている。
彼は屋敷を見ていた。そして足音に気づき、俺達を認識するとこちらを向く。
「貴方は誰?」
アズサは剣を構え、殺気を放つ。
彼女が好戦的なのは、青髪の男性、彼の足元が原因だ。そこには十数人の子供が倒れていた。
「待っていた。この時をずっとずっと」
しかし青髪の男性は、彼女に興味を示さない。その目線は俺へと愚直に向いている。
「アズサ先に行け。どうやら俺が狙いらしい」
直後男性は動き出す。剣を抜き一閃、斬撃を飛ばしてきた。俺は彼女を庇うため前に出る。そして斬撃を打ち返す。
斬撃は正面の屋敷、その3階部分に直撃。大きな切り傷を残し建物が揺れる。
「わ、わかりました」
彼女の顔が一瞬歪む。
これから行くのは、斬撃が命中したあの屋敷。……あそこにいくのか。そんな嫌そうな顔を彼女はしていた。
「ま、死なない程度に頑張れよ。生き延びれば俺がなんとかしてやる」
「期待してますよ」
そしてアズサは走り出す。
予想通り、青髪の男性は動かない。まるでアズサを認知していない様子。そして彼女の姿が屋敷に消える。それを確認してから男性に話し掛けた。
「大きくなったな。まだ二十歳じゃないって考えると、背丈も伸びしろがあるのか?」
男性の身長は2メートルに限りなく近い、190センチと言った所だ。
年下からの上から目線。挑発のつもりだが、彼は平静に受け止める。むしろ目を瞑り、懐かしむようでもあった。
相変わらずの態度。瞼を下げながら苦笑する。そして俺は彼の名を呼んだ。
「仕事かザヴィー? それとも過去の遺恨を晴らしにきたか?」
「どれも違う。俺の価値を示しに来た」
綺麗な水色の目、それは俺だけを見ていた。
「だよな」
俺は首を動かし周囲を見渡す。
辺りに転がる子供達。ザヴィーが施設の助っ人なら、彼らと俺達を向かい打てばいい話。
狂戦士が帝国に協力している。その情報は掴んでいた。転移陣にいたスピカからは、帝国から撤退中だと伝えられている。
撤退中、つまり契約は完全に切れていない。だとしても、この惨状には疑問が残る。
もし最後の仕事があるのなら。そしてそれが、暗殺組織の処分なら、子供達、彼らを始末していないのはおかしい。
つまり彼個人の理由で、この場に立っているのは間違いなさそうだ。
「成長したじゃないか殺さないなんて。妹のスピカ共々、落ち着きを身に着けたか?」
彼が子供を殺さなかった理由を、俺はそう判断した。
「まぁ、どちらにしても変わんないか。お前の覚悟は」
男性は無表情を装っている。しかし目は血走り、呼吸も荒い。緊張と興奮が入り混じった状態だ。そう、狂戦士が戦闘をする際の、本能と理性が混じった最高の状態。
とにかく、俺は今すぐ戦いを始めたい。たたでさえ、彼とは種族の関係で長時間の戦闘になる。アズサの援護にも向かう事も考えると、ゆったりしている時間はない。
そして俺が構えると、逆に男性は解いた。
「違いますよ。俺が彼らを活かしたのは、今日は貴方に勝つであろう特別な日だからです。俺は他の事に目移りしないので」
俺は貴方しかみない。だから貴方も俺以外を見るな。さもなくば、足元を掬われるぞという、ザヴィー形の忠告だ。
「出来たらな」
俺は先程のお返しとばかり斬撃を放つ。それを男性も剣で弾き飛ばし、屋敷に新たな傷を作り出す。
先ほどと同じ状況。違うのは男性の頬に傷が出来たこと。その傷も、直ぐに塞がってしまうのだが。
そう彼の正体は狂戦士。スピカの双子の兄。そして俺の元部下だ。
「隊長、あんたを俺は超える。鈍っていないだろうな」
そして青髪の男性、彼の容姿が変わった。髪は白く、目の瞳孔は赤い。狂戦士特有の変化、鬼化を使用する。
彼の覚悟、俺はそれを見届けた。応える為にも、全身に呪いを迸らせる。
「いいだろう付き合ってやる。それと俺が口酸っぱく教えたこと。それを理解できているかも試してやるよ。ただ、今の所は」
そして地面を蹴り男性に接近。剣を振り、防いだ彼と鍔迫り合いになる。
「失格だ」
「っつ」
男性の顔が落ち込む。その意識を突き、腹に蹴りを入れた。
しかし彼の体はビクともしない。
「ああ、そうか……行けるな」
それを見た男性は、全身に自信が滾る。そして膨れた右腕に俺は吹き飛ばされた。
「っち」
飛ばされた体は止まらない。足で踏ん張り、剣も地面に突き刺す。それでも十数メートル、大地に跡を残した。
「やっぱり鈍ったか? 残念だ」
顔を上げると、目を細め蔑むザヴィーの顔があった。
こうして俺達、狂戦士の戦いが始まった。




