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先祖からの贈り物

 床で眠っている茶髪少女。彼女の治療は既に終えている。後は起きるのを待つだけなのだが、そんな時間はない。申し訳ないが、強引にでも起こさせて貰う。


 俺はバケツに水を貯め持ってくる。そして気付けとして、彼女に中身ををぶっかけた。

 

「あ、やっちまった」


 しかし水の掛かる数瞬前、彼女の目が開く。


「えっと……悪い」


 彼女は冷たい目で俺を見る。そして小さな声で。


「酷い」


 一言だけ呟いた。



 彼女にタオルを渡し、俺は頬をかく。というかそれしか出来ない。


「悪いな。えっと……アズサだっけ? 時間が無いんだ。主に俺の用事が原因で……でもしょうがない、うん。回復薬使っても起きないお前が悪い、うん」


 無駄に水を被せてしまった。俺はその言い訳をしてみたわけだが、彼女からの視線に折れた。そして項垂れるように謝罪する。


「本当にごめん」

「いえ……でもすいません。少しホッとしてしまって」


 彼女の目から涙が溢れる。といっても一滴だけだ。

 

「気が抜けたか?」

「はい。ありがとうございます」

「自分で言って何だが、感謝されるよいな事はしてないぞ?」


 俺が頭を傾げると、彼女は柔らかな笑みを見せる。


「いえ、お陰で旅の間、気楽に接する事が出来そうです」

「そりゃよかった。でも短い旅だぞ」


 俺は手を伸ばす。それを受け入れ立ち上がると、彼女は目をパチクリとさせた。

 

「短い旅? どう考えても、帝国にある目的の都市までは一ヶ月掛かりますけど?」

「その常識を崩す為のズルをするんだよ。その覚悟は固めておいた」


 そして俺達は、王都のスラム街に向かった。

 

 俺と彼女が戦って2時間と経っていない。なので夜は比較的浅く、人目も多くある。スラム街なら尚の事。


 そして送られる下卑た目線。嫉妬、獣欲、金銭欲。それらの視線を()()()気にせず歩いている。

 

「何処に行くんですか? こんなスラム街の外れに向かって……それといいんですか? 後ろの人、注目集めてますけど?」


 アズサは今、黒い外套を来ている。その華奢な体格は隠せていないが、容姿などは誤魔化せているはずだ。其の上で、男性を隣に置く。スラムを歩く際、女性がすべき最低限の危機管理を行っていた。


 そう、問題なのはアズサではない。後方にいる金髪の少女だ。


「いいんだ。というか、何処から漏れた?……ロイか? いや、ルドラ様だな。内の派閥にガイルが参加してるし、そこ経由で漏らしたな」


 俺も角を曲がる度に把握していた。


 綺麗な金髪、外套を被るなどの一切の工夫がされていない為、スラム街なのもあり、大変目立っている。


 それを見て、やめてくれと俺は恥辱を覚える。隠密を教えるべきだったと、自分の不甲斐なさを見せられているようで、結構しんどい。


 顔を手で覆い、震える。そんな俺に彼女は耳打ちする。


「えっと……はっきりさせて貰っても?」


 その声は、心配そうに揺れていた。


 これから家族と言える、仲間を助けに行くのだ。不安要素は無くしたい。そんな心情が漏れて聞こえる。


「大丈夫だ。あいつ、レイは今回留守番。門番に止められるだろうからな」

「門番?」

「着いたぞ」


 俺が足を止めたのは王都の外壁付近。今回の目的地は下水道だ。


 異臭が鼻につくが、その中を俺達は進んでいく。そして浮浪者の前に立つ。彼は集めた布を下に敷き、その上で寝転がっている。だが俺、達が前に立つと体を起こした。


 これは男の性か。浮浪者はまず、俺の隣にいるアズサに反応した。それを見た俺は、足元に転がる石を蹴り、浮浪者にぶつける。

 

「嬢ちゃんって痛ったいなぁ。お前ふ……え、グラムさん? グラムさんじゃないですか、お久しぶりです!!」


 最初は不機嫌だった浮浪者も、俺の存在に気づくと上機嫌に変わり、飛びついてくる。それを拳のカウンターで返すと、浮浪者は空中で一回転。カエルのようにひっくり返る。


「はぁ、ここの持ち場。お前かよケニス」


 できれば知り合いと会いたくなかった。特にこいつは、話が長いんだもん。


 伸びている浮浪者を、俺が渋い顔で見つめている。すると彼女が袖を引っ張ってきた。


「知り合いですか?」


 その言葉を聞き、浮浪者は跳ね起きる。そしてアズサとの距離を詰めると、胸を張って自己紹介をした。


「オイラはグラムさんと、最も多い数の戦場を共にした戦士。ケニスだ」


 彼は擬態とはいえ、浮浪者の格好をしていた。つまり何層にも重なり合った腐臭が匂うのだ。その匂いは、暗殺者であるアズサだとしても眉を潜める程。


 そんな彼女に俺は耳打ちする。


「悪いが、我慢してくれ。こいつも仕事だ」

「は、はい」


 そして俺は、ケニスの背後にある扉を指差す。

 

「行ってもいいか?」

「はい。グラムさんなら問題ないです。ただ後ろの方は?」


 彼が見たのはアズサではない。更にその後ろ、俺達を追って来る人物。


「問題ない。どうせ、門番も中に居るだろう? そいつに相手をさせる」

「本当にいいんですかグラムさん? 今日の門番は」

 

 いつもはイエスマンの彼が、しつこい位に聞いてくる。

 

 無言で頷くと彼は扉を開けた。その際「どうなっても知りませんよ」と小さな声で呟きながら。


 扉の奥には階段があった。建物の高さで言うと、2階分下に降りる。その先にはドアがあり、中には魔法陣が存在する。


 小部屋に足を踏み入れた直後、俺は止まる。急に足を止めたものだから、彼女は俺の背中に顔を埋めた。


「えっと……グラムさん、何かありました?」

「ケニスが言ってた意味がわかった。そりゃ渋るわ」


 部屋の中には青髪の女性が立っていた。彼女は左手を腰にあて、右手は軽く上げている。そして嬉しそうに口角を上げ、俺に笑いかけてくる。

 

「久しぶり、グ・ラ・厶」

「スピカ……お前が門の担当?」


 一縷の望みを掛け、そう問うた。


「運が悪かったわね……ごめん、嘘ついた。本当は代わって貰ったんだ」


 俺は頭を抱え、蹲る。彼女がここにいるという事は、今回の件、妨害が入る、それが確定したわけだ。


「メンドクサ。スピカ、お前の片割れは何処行った?」


 スピカ、それは最近耳にした名前。かつてドラン砦で戦った剣士、アドラが恋をしていた狂戦士だ。


 *

 

 戦争をする国は、まず狂戦士を探すという。しかし、彼らを見つけることは出来ない。では狂戦士は、どうやって戦争に参加するのか? それは自らを売り込みに、自発的に現れるのだ。

 

 彼らがどうやって国境を越えるのか? それは狂戦士に対する長年の謎。その答えは目の前にある魔法陣だ。

 

 転移魔法。既に廃れた魔法だ。この魔法が常識として消えた理由は、完全な対策が立てられたから。


 転移魔法を防ぐのに必要な魔力量。それは鍛錬もしていない一般人の子供が持つ、平均的な魔力量でいい。しかもその魔力だけで、国単位の広さをカバーできる。


 現在、転移が使えるのは、国内且つ許可がある者だけ。


 そして狂戦士が使う転移魔法だが、実は、普及している物との差異は殆ど無い。少し術式が古い位なものだ。では何故、国家間を跨ぎ、狂戦士は転移魔法が使えるか? それは各国から許可を得ているから。


 数百年前の事だ。我らの先祖は戦争に参加する際、ある条件を出していた。それは一族の者限定で、転移魔法の恒久的な使用許可を雇い主に求めた。

 

 詰まるところだ。この大陸にある全ての国が、狂戦士に転移の許可を出しているのだ。


 謎になった理由だが、幾分昔の事だ。皆忘れてしまったというのが話のオチとなる。


「大陸主要都市は勿論。辺境の村であっても、一日以内に移動できる」

「凄いですね、それは」

「だから使いたくなかった。俺はもう一族の者じゃないから」


 俺は空を見上げ呟く。


 悩みというより負い目。結局、俺が一番頼っているのは、捨てたがっていた部分ばかり。


 一度首を振り、アズサを見る。


「悪い暗くなった。計画だが勝負は明日だ。午前中は俺の用事で別行動になるが、それまで少し、街を歩こうか。案内してくれるか?」

「はい。昼間はともかく、夜は詳しいですよ」

「そうか……頼む」


 一瞬、転移陣がある場所に目を向ける。俺の想像では、スピカと彼女が戦っている筈。


(今頃レイは……流石にまだ勝てないだろう)


 負けて学べ。スピカには殺さぬよう、釘は刺してきた。でないと俺みたいに、試合に勝っても勝負に負ける、哀れな人間になっちまうぞ。


 *


 レイ視点


 シルバード王国側の転移陣にて。


「レイちゃんだっけ、やるねぇ。可愛い女の子は好きだよ。強ければなおさら」

「はぁ、はぁ。余裕ぶって何を言う」


 私は青髪の女性と戦い、そして負けた。

 

 剣を肩に乗せ、笑う女性。

 

 少し前までは互いにボロボロだった。傷の深さ、数もほぼ同じ。しかし見合う時間。手が出せない場面が生まれる毎に、相手の傷は塞がっていく。それに焦り、私は戦い方を間違えた、その結果が敗北。


 地面に叩き伏せられ、私の体は動かない。女性の見下す態度に歯を噛み締める。そして剣を固く握り、不甲斐なさを嘆いた。


 そんな私を励ますよう、青髪の女性は膝を曲げる。


「これでも私ね、結構傷付いてるんだ。年下に、しかも普通の人間と互角だった。誇ればいいよ。私が狂戦士でなけば確実に負けていた」


 女性からしたら褒めているのだろう。だが、その言い分だからこそ、彼女に私は負けられない。


「相手が狂戦士だとか、そんな言い訳意味がない。私が目指しているのは」


 私は膝に手を置き、立ち上がる。剣を持ち上げた時、足元がふらついた。普段より重く感じる剣。それでも両手で構える。


「まだやるんだ?」


 勝ち目が薄いなど百も承知。だからこそ、私は精一杯の挑発をする。


「当然。グラムに泣きつかせてあげる。負けました〜〜って」


 私は意地を張ろうと心に決めた。どうせこの戦いでは、死ぬことは無いのだから。


 体は既に限界、その中で何ができるか? 

 

(狂戦士は切り傷程度なら、瞬時に塞がってしまう。それが一番の、私と彼らの違い。一発逆転、しかも重い一撃を狙うしかない)


 まず呼吸を整える。そして反撃の一撃を研ぎ澄ますのだ。

 

「でもいいのレイちゃん? 狂戦士は獲物を、全力で追い詰めるよ」


 女性は容姿を変化させる。青髪は白髪へ、瞳孔は赤に変わる。狂戦士が見せる変化の1つ、鬼化を使った。


 私は胸元を掴み、自分に言い聞かせる。


 大丈夫。この状態とは先ほどもやり合えていた。守りを固めれば、直ぐにはやられない。チャンスまで粘る事はできる筈だ。なので己を鼓舞する意味でも、彼女に聞くのだ。


「スピカさん、またそれ?」

「ま、意地を張り合うなら、これだなって。てか、レイちゃんいいの? 私がグラムに甘える、口実を作って」


 女性は目を細め、誂うような笑みを送ってくる。


「いいですよ。私は下ではなく、対等に見られたいので」


 胸を張り、私はそう宣言をする。それは既に決めたことだから。


「それが出来たらどれほどいいか」


 そんな私を女性は、眩しそうに見ていた。


「どうかしました?」


 私から顔を逸らした、女性の態度が気になり聞いてみる。


「いや、遠いっていいなぁって。近いとより理解出来ちゃうからさ。どれほどの差が、彼と私にあるのかを」


 女性は項垂れる。そして肩から剣を降ろし、そっぽを向いた。突如女性の戦意が萎み、私は力も抜く。


 流石に、無気力の相手には斬り掛かれない。命を掛けた戦いでは無いのだから。


 しかし次の瞬間、女性は私の懐に飛び込んできた。警戒はしていたが、行動の落差、それに私の反応が遅れた。鍔迫り合いになるが、押し込まれた分、私が不利だ。


「なりふり構いませんね。流石に卑怯では?」


 いや、油断した私が悪い。今の言葉は、相手の意識を少しでも揺らせたらという、でまかせだ。


 それを聞いた女性は、一瞬下を向いた。


「ま、言葉で勝てそうにないからこそ、戦いでの勝利は譲れないな」


 間近で見る、顔を上げた女性の爛々と輝く目。それを私は睨み返す。


 ここで私は、戦いの意味合いが変わった、それを理解する。今までは、訓練という色が強かった。しかし今は、意地の張り合いだ。

 

 私も正面切って戦いたいが、鬼化を使われた以上、身体能力は確実に負けている。意地を貫くだけの戦い方では、私は女性に絶対勝てない。


 剣を離し、鍔迫り合いを拒否。私という対抗物が無くなった事で、女性は前のめりになる。その腹部を私は蹴り、距離を稼いd。そして腰にある、予備の剣を抜く。


「今度は負けない」

「それはこっちのセリフ。私まで負けたら、お兄ちゃんを誂えないからね」


 そして私達の戦いは続く。

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