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狂戦士と暗殺者


 話は戻り、暗殺者とグラムは対峙する。


 攫われていた人間が暗殺者とグルだった。予測できない状況。そこから皮一枚の差で、俺は首の切断を免れた。そして彼女らが言ったように、普通の狂戦士ならあの傷で死んでいた。それに嘘偽りはない。


 では何故生きているか? 狂戦士の中でも俺は、再生能力が高い変異種だから。

 

 そして俺が踏み出すと彼女らは呟く。


「なんで?」

「やるしかない。やるしかない」


 幻覚だった。そんな期待をしたかったと、彼女達の顔には書いてある。だが俺の服に付いた血、それが現実へと引き戻す。


 感情を殺せ。それを心構えとし暗殺者は育てられる。そして熟練者の暗殺者である、彼女達だがらこそ諦めを隠せずにいた。

 

 彼女達の装備は、短剣がそれぞれ1つずつのみ。


 奇襲を決められればともかく、あの短剣では相手を拘束しない限り、首の切断を戦闘中に行うのは無理だろう。また先程、俺が見せた再生能力。経験を積んでいればいるほど理解してしまう。


 (その装備では俺を殺せない。それがわかっちゃうよな) 


 恐怖に震える手。それを抑えるため彼女達は、言葉とある物を取り出す。


「「帝国の為に」」

 

 彼女達は、ポケットから白いタブレットを取り出し、飲み込んだ。


「「ぐ」」


 苦しげな顔は一瞬。その後、手の震えは収まり、冷静さを取り戻す。彼女達が何をしたか? その検討はついている。


「暗示に薬物強化。薬の対処は無理だが、暗示はやりようがある」


 俺は剣を肩に置き、彼女らを一瞥、そして語りかける。君は勇気ある者に成れるのかと。


「洗脳、暗示。それは他者の意思を歪める行為。それら全ては恐怖で解けるのさ。何故って? 人を歪める方法が総じて、恐怖からの逃避行が核となっているからだ。さてお前ら、恐怖に抗う勇気はあるか? フィアー80%」


 俺の体から黒いオーラが放たれる。それは煙のように濃く、彼女達を通り抜けた。


「私は大丈夫。大丈夫」

「どうして、また震えが?」


 茶髪の少女は再度腕が震えだす、それだけに留めた。問題なのは白髪の少女、彼女の目は虚ろだった。


「待ってローザ」


 そして白髪の少女は俺に突撃。一方茶髪の少女は、体の震えが原因で動けない。


 こうして彼らは分断された。いや選んだ。


 白髪少女の斬撃、それは見るに耐えない物だった。棒立ちですら当たらない、目算を間違えた攻撃。だが俺は、あえて間合い入る。そして手首を掴み、白髪少女を後方に投げた。


(俺の狙いは端から)


 俺は走り出す。狙いは、後方で動けない茶髪の少女だ。


(さっきから思っていたが)


 茶髪少女の存在は、他の暗殺者達のメンタル安定に一役買っていた。少し前、白髪少女の突撃を、彼女は宥めていた。その事からも間違いない。 


「くっそ、させるか。アズサ逃げて」

 

 背後からの着地音、それは軽いものではない。ドサという、顔やお尻から落ちた音。


 失敗した着地音を聞く。救援は間に合わない、そう俺は確信し、背後への警戒を切る。


「大丈夫ローザ。私は直ぐに負けないから」


 勇気を振り絞り、茶髪の少女は相棒に笑いかける。白髪少女を励ますため、自分の無事を伝えたかったのだろう。だが、彼女が顔を上げても仲間は見えない。見えるのは目先に迫る拳のみ。


「いい気合だ。だが普段通りとは思わぬことだ」


 彼女は背後の樹木に激突、上部の葉を大きく揺らす。そして茶髪少女だが、うつ伏せに倒れた後、動かなくなった。


「アズサ!! お前ぇぇぇぇ」


 白髪の少女が声を上げる。そして怒りのまま、俺に飛びかかる。

 

「学べよ。敗因はお前が作った」

 

 俺はその時2つの事をした。


 1つは黒いオーラを発すること。


(フィアー30%)


 もう1つは左手に持っている剣、それを空中に投げた。


 流石は暗殺者。武器の脅威は理解している。彼女は一瞬、冷静に剣を見ていた。


 優先は剣だ。拳ならまだ立てるかもしれない、リスク管理の観点から。だからこそ、俺への警戒が薄くならざる負えない。


 まぁ、戦闘巧者なら両方を見るのだ、剣と俺どちらも。ただそれは出来ない。仲間がやられた焦り。急ぎ駆け寄り、安否の確認をしたい。そしてダメ押しに、俺が魔法で与えた恐怖が2つ同時に見るという選択を奪う。


「しまっ」

「わかったか? これが恐怖との戦いだ」


 俺は回し蹴りを選択する。それは少女の腹部に命中、しかし彼女は吹き飛ばない。彼女は足の甲で体を持ち上げられていた。そして一際強い吐血の後、意識を失う。


 俺は白髪少女を抱き上げ、もう1人の暗殺者、彼女の下に向かう。


「確かアズサだったか?」

「はぁはぁ。そうですよ」


 彼女はまだ生きていた。だが右目は開かず、呼吸も浅い。起きているのが精一杯という所か。

 

「ローザは?」

「まだ死んでない。でも結果はわかりきっているだろ?」


 彼女は、焦点の合わぬ目で俺を見る。そして咳と吐血混ぜながら口を動かす。


「あ、あの」

「何だ?」


 俺が睨むと茶髪少女は言葉を止めた。その後何度か、続きを話そうとするが声が出ない様子。


 喋るだけでも精一杯。だが敵の心を動かすなら、それだけでは足りない。彼女もそれがわかっているのか、肺に空気をめいいっぱい送り。


「ゴホ、お願い……します。た……すけて……ください。何でもしますから」

「駄目だ。生かす意味がない」


 俺はしゃがむ。そして彼女の頭を掴み、眼の前に持ってくる。


「何でもって何だ? はっきり言え。帝国を裏切り、俺に絶対服従を誓うか? 出来んのかお前に? 暗示を掛けられ、縛られているお前に。先に言ってやるがな、それじゃお前らを生かす理由にはならん。ま、運がなかったな。お前が俺の首を斬らなければ、見逃すという選択肢もあった。恨むんだな自分の優秀さを」


 それだけ言うと、俺は手を離す。

 

 彼女は唯一見えている、右目を必死に動かす。捻り出しているのだ、俺の興味を引ける事柄を。

 

 必要な情報は揃っている。


 俺達の陣営、その狙い所たるタルト様。彼女の誘拐を企んだ際、見つけたはずだ。俺達陣営の穴を。


「一度だけお前の条件を聞いてやる。熟考して言うんだな」


 哀れみを込め俺は呟く。


「一度だけ、一度だけ……でもこれしかない」


 彼女は木を支えに立ち上がる。そしてふらつきながら頭を下げた。


「私達の兄弟。彼らを、貴方の部下にしてくれませんか?」


 俺は吹き出すように笑う。だってあり得るか?


「お前さぁ、味方になるかもわからない、お前の仲間をこちら陣営に()()引き込めって? 馬鹿じゃないの? 交渉事って知ってる?」


 普通ならありえない。辞書から言葉の意味を調べてこい。言いたいことは様々ある。だが、正解だ。 


(それにしてもよかった。彼女たちを生かす事ができる)


 彼女達だけが服従誓う。それでは我が陣営の抱える問題、人手不足は何一つ解決しない。それに、彼女の所属する組織ごと取り込めたとしても、軍事面では何の役にも立たないだろう。


 そう、軍事面では。俺が求めるのはタルト様の護衛。


 高位の権力者。彼らが連れていける護衛の数には制限がある。理由としては、警備上、後は景観、それと主催者を立てるという面が大きいか。だから子供や従者、メイド。様々な人物に変装する暗殺者達は、護衛だと思われずに、主を守る役にピッタリだ。純粋に守る人間を増やす意味でも、暗殺者の視点という、相手の思考を読む意味でも。


 そういう面では、限りなく有能なコマになる。


「いいだろう。腕前はお前の優秀さに免じて信じよう」


 彼女の一斉一代の大博打。少女は返答を聞くと微笑み、首から力が抜け眠ってしまう。俺はそれを抱きかかえ、街中に姿を消した。


 そして、今向かっている場所は、俺個人が借りているセーフハウス。


「護衛の終わりが見えた。大きな前進だが、それにしてもニクス帝国か。それほど時間を掛けられない。どうすっかなぁ」


 彼女達が所属する組織、その本拠地は帝国内だろう。陸路で行けば長旅になる。海路を頼っても時間は変わらない。問題なのはその時間を、俺が捻出出来ないこと。


 とはいえだ、一応解決策はあるのだ。ただちょっと、一族を出た俺がそれを使うのはプライドが許さない。


「どうこう言ってる場合でもないか。やるなら色々、一度に片付けようか」


 隠れ家に着いたら、まずロイに連絡。そしてルドラ様には護衛を離れるらの伝達。最後に、昔の知り合いに頼み込まなければ。


「それにしても、大きな拾い物だったのかも知れないな」


 俺は自身の首を撫でる。それは既に癒えた、切り傷の場所だ。


 この暗殺者2人の、どちらかが逃亡。戦闘状況を事細かに、帝国へと報告されていたら、俺の計画は頓挫していた。


「助かった……かな?」


 監視の目もなかった。間違いなく喜ぶべき所だ。なのに俺の口は尖っていた。


 先程の戦闘で、俺は一種の危惧を抱いた。それは自身に宿った甘さだ。昔の俺なら間違いなく、彼女たちを皆殺しにしていた。


「はぁ、正直に言いますよ。同情しました。俺と違って、父さんや母さんがいない。そんな彼を、可哀想だと思っちゃったよ」


 だが計画は曲げれない。それ故の落とし所が、強者からの脅しという行動だ。


「物語のヒーローなら、手を止め、話し合うんだろうけどな。でもさぁ、これでも優しくなったと思うんだ。トゥワイスだって昔言っただろ? 強者が楽しく生きるには、善良になりなさいって。じゃないと、簡単に物事が上手く行ってしまい、人生つまらなくなるって」


 誰もいない夜道。そこで俺は、本能に言い訳を始めた。

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