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王子の婚約者

 少女視点。


「ルドラ様が送った護衛。その合流地点がこの辺りなのですが、ルルイ何か聞いてますか?」

「いえ何も。ただルドラ様曰く、顔見せ程度で終わるかもしれないと」


 金髪の美しい少女。それに付き従う黒髪のメイド、彼女達は街道で足を止めていた。


 木が目印となるその一角で、並べられる数台の馬車。それが彼女達の身分を表している。


「それにしても、お父様がルドラ様の事、怒っていました。「アイツ、ワシに何一つ相談しなかった」って」


 私は頬を膨らませ、足踏みをする。会話の中の人物、父を表した。

 

 メイドは少し表情を緩めた。主のことを悪くいえない、だがそれは、私の発言に同意していると変わらない。


「となると、例の将軍事件のお話ですね」

「ええ、私含め我が家は、ルドラ様に忠誠を誓い、共に滅びる覚悟は出来ているのですけどね。事前の報告が欲しいです」


 そんな穏やかな談笑の中、突如メイドの表情が強張る。


「誰だ」


 短剣を抜き、メイドは私を後ろに庇う。

 

「ルルイどうしたの?」


 普段は諭すような口調の彼女。そんなメイドの怒声は、集団が襲って来たのかと、私の想像を掻き立てる。


「お嬢様、大人しくお願いしまう。獣が来る」


 メイドの手が小さく震える。


 彼女の様子から私は息を止めた。そして緊張を宿した目で、視線の先である山を見た。

 

「えっ、嘘?」


 現れたのは大きなクマ型の魔物。身長3メートル程だが問題は数。こちらに来るのは1匹2匹ではない。数十匹という数だ。


「ルルイ、私も一緒に戦うから」


 この数は、彼女が手練れだといっても無理だ。私も護身術程度は使える、時間稼ぎぐらいは。


 メイドの前に私は出ようとする、それを彼女は、手で防いだ。


「ルルイ、私だってーー」

「違う、タルト様。あれらの魔物は逃げてきただけだ」


 彼女が言った通り、むしろ魔物達は私達を避けるよう、街道の反対を側を超えても走っていく。

 

 そして彼が現れた。容姿は黒髪に紫の目。歳の頃は……15歳頃に見えるか。だが最も特徴的な部分はそこではない。頭から爪先まで、血に濡れている事だ。


 そして男性は、私達の前にまで歩いてくると、片膝をつき頭を下げた。


「始めましてタルト様、私はルドラ様の部下であるグラムと言います」

「えっと……始めまして」 

 

 丁寧な物だった。敬意も感じ、本来であればしっかりとした返答をすべき。それでも私は、男性から目を逸らす。

 

 理由は彼が被っている返り血が原因。今まで受けた、精神を保つ教育が意味をなさない。私は一度落ち着く為にも、ルルイの背中に隠れた。


 そんな私の様子を見た彼女は。


「グラム様、タルト様の前で、その格好は失礼では」


 彼女は前に一歩踏み出し、怒りを彼に向けた。彼はというと、自分の格好を一度確認し、「ああ」と頭を抑える。


「すいません、気づきませんでした。合流時間に着くことばり、考えていたもので」

「えっとグラム様、何をしていたのですか?」


 私はルルイの背中から、グラム将軍の姿を覗く。


 彼は全身血濡れだ。その事から盗賊を狩っていたのだろう。私はそう考えていた。それに彼は傷1つ負っていない。恐らく一方的な虐殺だと予想できる。

 

(強い人なのは間違いない)


 彼の存在は、私に取って嬉しいものだ。これほど強い人物が、ルドラ様の部下になったのだと、心強かった。


 僅かな歓喜。それも彼の言葉で消しとぶ。


「ニクス帝国に奪われた砦、それを1棟、開放してきました」

「は?」

「私の姿を不快と思われるでしょうが、私は貴方の護衛を付きっきり行うことははないので、ご安心してください。それでは」


 私の驚きを捨て置き、彼は去っていく。正直、話された内容、その殆どが頭に入ってこなかった。


「ちょと」


 彼は馬車の裏に周り、死角に行ってしまった。私もそれを追ったのだが。


「え、いったいどこに?」


 しかし、そこに彼の姿はなかった。

 

 正直面白くはない。一歩的な会話で消える所など怒りが湧く。それ以上に、報連相が出来ない狂った刃が、ルドラ様の側近で大丈夫か? そう思うと、心配にもなる。

 

 彼は宣言通り、王都までの帰り道で、私達の前に現れることはなかった。


 それにしても、いつも以上に暇な旅だ。普段なら盗賊が、1度か2度は襲撃をしてくるものだが、それがない。襲撃を望んでいる訳ではないが、少し不自然に感じてしまう。もしかしたら、護衛をしているというグラム将軍のおかげか? 私は暇つぶしに、メイドのルルイに話を聞いてみた。


「結局グラム? でしたっけ、いませんね」

「いますよ。あの男は」

「私は何も感じませんが」

 

 護身術として武術を、私は父から習っている。それなのに、存在感すら微塵も感じられない。


 自分の不甲斐なさを恥、下を向く。そんな私の手をルルイが包む。彼女は笑みを浮かべ、優しく頷いた。


「大丈夫ですタルト様。私も気配という面では、あれが何処にいるかわかりませんので」


 慰めているのか? それが分かり易すぎると、逆に人を傷つける物だ。私は頬をふくらませる。へそを曲げましたとメイドに示す。


 彼女はそんな私に溜め息を吐く。


「まったく、タルト様いいですか? 貴方が感じ取れないのは当たり前です。私は場の空気感で判断しているんですから」


 指を立て、私に迫る彼女。


 私達は馬車に乗っている、そんな中迫るのだ。彼女は文字通り、私の目と鼻の先にいる。その気迫に押されつつ、私は聞き返す。


「空気感?」

「はい。日当たりが良いのに、背筋が冷たくなる場所。そんな所に、行った経験ありませんか?」

「……1度か2度はありますね」


 探検がてらに行った下町。後はホテルなどもか。


「そういう場所の歴史を漁ると、処刑場だったり、殺人現場だったりなどあるものです。戦場でも、似たような経験をすることがあります。そういう時は大抵、待ち伏せか、罠が眠っている場合が殆ど。第6感と言われるものですね。私は今、それが鳴りっぱなしです。絶対に勝てない何かが、私達の周囲にいると」


 私は強者に取り入る難しさ、それを知っている。これでもルルイは、武闘派と名高い父に認められ、私の護衛をしている。その際もかなり揉めた。だからこそ不安になった。ルルイですら気配を感じ取れない、それほどの人物を自陣に引き込むのに、どれほどの代償をルドラ様が支払わされたか。


(大丈夫ですよね。ルドラ様)


 私は両手を組み、その場で祈った。



 「それにしても呑気な物だ」


 俺はタルト様にある要求した。それは学園に入る為の許可証をくれという物だ。


 彼女の目的は、王都の学園に戻ること。今は3月の終わり頃。新学期に合わせて王都に戻ってきたというわけだ。


 流石に学園内は道中と違い、他人の振りをしながらの護衛は出来ない。といっても彼女が連れてきた私兵。その警備システムに入る分けではない。俺は独自に考え動く、遊撃隊をしていた。


 そんな俺でもだ、他の護衛達と一緒に仕事をする場面がある。それは、入学式の夜に行われるパーティー。


 ドレスコードまで定められているそれは、護衛の俺達でさえ服装の指定が入る。そして俺は、肩苦しい服を着せられ、他の護衛たちと共に壁際で立たされていた。


「王都の学校。その新年度パーティーねぇ」


 貴族様の服装は、ドレスなどの高級品は当たり前だが、平民の彼らも、良い生地の制服を着こなしている。


 そんな彼らを見て思うのだ。


(村に戻りたい)

 

 俺が田舎を恋しく思っているのは、ホームシックの面もあるが、それ抜きにしても、豪華さというのが好きではない。服装もありのまま、それぞれにあった背丈でいいのに。


 後は、生徒から香ってくる匂だ。 

 

 お高い香水なのだろう、だが知ったことか。男女問わず漂わせる、花やら石鹸の匂い、それのアクセントとして交じる甘い香り。無駄に強調された、自然を真似る非自然の匂いが苦手だった。


 そういう意味で、学園に入ってからは俺のストレスは溜まりっぱなしだ。


 口には出さない。ただ、渋い顔でため息を吐く。

 

 俺は白けた目でパーティーを眺めていると、黒髪の女性が隣に来た。


「今回のパーティーはいつもより大きいわ」


 女性はパーティーを見ており、その目線は俺と同じ、タルト様に向けられていた。


「えっとルルイだっけか?」

「ええ」


 彼女の友人。護衛でありながら、そう表せられる距離で、接する事が許された女性。そんな彼女であっても、学生達主役のパーティーでは、主の側には居られない。


(正直驚いたが)


 ルルイは俺に苦手意識を持っている。なのに声を掛けてきた。きっと連絡事項があるのだろう。恐らく、警戒レベルを上げるなどの。

 

 後は情報の交換か? それとこの一週間、俺が暗殺者を最も仕留めた人間だから無視は出来なかった、こんな所か。


「で、今回のパーティーが大掛かりな理由は?」

「ニクス帝国の対抗策として、同盟という話が出たの。その会議に出てくるお偉いさんが、娘をこの学園に留学させ関係性の強化を図った。他国の、しかも王女がいるのだから豪盛になるのは当たり前ってこと」


 だから暗殺者が多かったのか。といってもそちらは副目的だろう。


 俺達が所属するシルバード王国は、大陸3位の国力を持つ。大陸2位の力を持つ法国は、数世代前から帝国と協力関係。つまりシルバード王国が崩れれば、明主足りうる国がなくなり、同盟など意味をなさない。


 どちらにしても、本命はタルトさまだろう。


「なるほど。因みにルルイは、今日で何人の暗殺者を始末した?」

「4人よ」

「4人、多いな」


 俺と数を合わせれば20人。それでも相手は、なりふり構わず暗殺者を送り込んでくる。殺害が失敗する度に、こちらの警戒が強くなるのは向こうも承知の筈だ。


(本命がいるな)


 考えられる線は陽動。でも何処から切り込む? ここは貴族、王族が通う学園だ。警備の厳しさ、そして増援の速さは、相手側もわかっている筈。


 俺が悩んでいると、ルルイが危機感を滲ませた声を上げる。


「ええ、貴方のお陰で少し楽ができ……ちょっと待って、タルト様は何処?」

 

 広場の中央部では生徒達が集まっている。そこで、タルト様の姿が生徒たちに隠れ、一瞬だけ死角となる。ルルイもここまでは安心していた。だがそれ以降、タルト様の姿が消えてしまった。


「すいませんグラムさん。私はタルト様を探さなくては」


 ルルイは俺に会釈もせず、壁を沿いながら広場を一周し始める。そして四方に到達する度に、他の護衛から話を聞いていた。


 俺はというと、ルルイがこちらを見ていない事を確認し。


「ま、タルト様も息抜きが必要でしょ、王女様も同樣に」


 俺は一直線に広場を出た。


 ルルイには悪いが、タルト様には借りがある。彼女は俺を煙たがらず、受け入れてくれた。俺が第4王子の将軍となったせいで、面倒を掛けたにも関わらず。


「さて護衛の仕事をしますか」


 タルト様は消える前、ある人物と一緒に居た。それは留学生の王女。名前は知らないが、彼女達は意気投合しているように見えた。

 

 そんな2人に、俺はある共通点を感じ取った。

 

 王女は馴れない土地で、貴族子息に話しを持ち掛けられていた。そしてタルト様は、他王子から来るルドラ様への探り、その牽制と対処をしておられる。

 

 隠していたが2人は、強い疲労感を抱えていた。だから彼女達は、この広間から逃げ出した。互いの護衛が死角に入った、一瞬の隙を狙って。


 彼女達は今、人目がない裏庭で息抜きをしているだろう。境遇の愚痴を、話の種にしながら。


 学園内とは言えど、護衛を付けずに出歩くのは危険極まりない。それらを承知の上で、俺はあえて見逃した。


「悪いな。俺もそろそろ疲れたんだ。この暗殺騒ぎを解決させて貰おうかな」


 タルト様達が護衛から離れた現状。それは暗殺者にとって絶好の機会。本命を動かすなら今だろう。つまり、俺は彼女達を撒き餌にしたわけだ。無論、彼女らの安全が最優先事項だが。


「急がないとな。後、ルドラ様にバレないよう。口封じもしないと」


 彼が知ったら、数カ月は機嫌が治らないだろう。それを考えると「間違えたか」と俺は首をかきつつ、裏庭に向かった。



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