狙い所
王城、第4王子の部屋にて。
「正直以外だったよ、国王は無能だと思っていた」
「当然だ。父さんは凄い人なんだぞ」
胸を張るルドラ様。彼の興奮した姿を、俺は微笑ましく眺めていた。
「はい、はい。俺が間違ってましたよ」
俺が吹き出すよに笑うと、王子は不機嫌そうに口を曲げる。「悪かった」とその場で再度謝った。
互いに、父親を尊敬している者同士の軽いじゃれ合いだ。王子も謝罪を受け入れる。もしかしたら俺達の中で、一番強く紐付いた共感はそれかもしれない。
「国王はニクス帝国の行動を見逃していた。それだけで愚王でないのはわかっていたが、まさかここに来て、他の王子まで焚きつけるとは」
謁見の間において、王は俺が将軍となる事を認めた。これは他の王子を焚きつけるためだろう。
勿論、大臣や貴族からの反発もあった。
「王よ、この国を戦火に落としたいか」
「そうだ。しかも第4王子の者を?」
「何を考えているのですか!!」
「今は国一丸となる場面でしょう」
「貴様等、いつ発言を許した!!」
王は一喝、騒がしい声を黙らす。そして力強い足取りで、部屋の中央へ歩いて行く。
場の視線が、全て王に注がれる。その中でも変わらず、堂々とした佇まいを崩さない。
「俺はルドラの宣言を認める」
そして有無を言わせず押し通した。その後、王からルドラ様に送られるの目線。そこには期待が込められていた。それを彼は理解し、受け止めている。
俺もその場に居た。王の姿に体がジンと震えたのを今も思い出せる。
「国を割ったとしても、変わらねばならない。その覚悟が出来ているなら凄い男だ、国王は」
「だろう。だから僕達も急がねばならない。それにあたっての急務だが」
彼の顔が一瞬曇る。俺はその姿を見て、何を考えているか理解した。
(変に遠慮があるよなルドラ様は。ただ借りを作りすぎて、俺も上下関係を生み出したくはない……一芝居打つか)
右手を左手の平に落とし、俺は納得顔を表す。
「ルドラ様の婚約者、その護衛を俺がすればいいのか?」
彼は顔を赤くする。そして俯くこと3分、小さな声で問うてきた。
「……なんでわかった?」
「だって、分かりやすいんですもん。ルドラ様は」
「悪かったな」
顔を横に逸らし、不貞腐れた彼。
「いえいえ、一種の美徳だと思いますよ」
その子供っぽさが俺の笑いを誘う。腹を抱え笑い転げる俺に対し、彼は目を瞑りじっと耐えている。その姿がまた、腹の虫を落ち着かせてくれない。
笑い終えると、俺は目付きを変える。そして鋭い目で彼を見た。
「ルドラ様は後ろ盾を持たないという話だが、それにしては良い部下を持っている」
話の中心は、この部屋を守っている衛兵に向けられる。
「この衛兵、ルドラ様の私兵だろ」
黒髪の男性、身長は180後半。服の上からでもわかる鍛え抜かれた肉体。何度か敵意を向けてみたが、狼狽えないその姿。間違いなく実戦を経験した人間だ。
ま、固くなっているのは減点だが、何より重要な、ルドラ様への深い敬意を持っている。
「何度目かになるが、何故わかる?」
「何故って、目を見ればわかるでしょ。尊敬と俺に対する敵意。腕も立つようだし、一介の暗殺者に後れを取ることはないと思います。それにここは王城、元々警備はしっかりとしている。つまり俺の役目はここにない。そして先程もおっしゃっていましたが、俺達の弱点はルドラ様の婚約者、タルト様です」
そう、狙うなら婚約者。それを攫いルドラ様を傀儡にする。
(ルドラ様の婚約者、その重要性は理解している)
もし婚約者が死ねば、ルドラ様は王位に一切の興味を無くす。それどころか自身の命すらも。
それはつまり、俺の計画が白紙にまで戻る事を意味している。
(一番の泣き所だな)
そして俺は部屋の入口を見た。これを感じ取ったルドラ様は、婚約者以外の、この陣営の弱点を指摘する。
「どこに行く? それにわかっているだろう。この陣営は2つの急所を抱えている、それは」
「ああ、ルドラ様の婚約者と」
俺は親指を自らに向ける。
「俺を消せば、この陣営は終わっちまうということか?」
第4王子の陣営は、良くも悪くも、俺が背負っている将軍という地位と名が全てだ。もし、これを失えば、たとえルドラ様の地位が王族であっても、誰も信じず、力を貸してはくれないだろう。
だが、それは無駄な心配だ。とはいえ危機管理の観点では正しい。
「グラムをここに置いている意味がわかるだろう。せめて準備が整うまでここにいろ」
準備。それは俺が彼に提示した条件の事だ。
ルドラ様の言うことは間違っていない。間違っていないのだが。
(そんな悠長な事をしている時間はあるか?)
俺は天井を見上げる。そして今の状況を整理した。
俺達の所属国、シルバード王国には大きな問題がある。それは貴族の多くが、帝国と繋がっている事だ。
不義理だが、彼らを責めることは出来ない。
シルバード王国が、帝国と戦争をしても勝ち目はない。領民を守る、それが領主の役目である限り、生き残れる方に着くのは当たり前のことだ。
だから勝ち目を作れない王が悪い。例えそれが、人知を遥かに超えた理の化け物、夫婦龍が原因だったとしても。
国内でも敵だらけ。この状況を、彼の派閥だけで乗り切れるか?
(それに人員の消耗は避けたい。特にルドラ様への深い忠誠心を持つ奴は特に)
俺は護衛に目をやる。護衛は怪訝な顔をするが、それでも構わない。
(間違いなく、彼は今後も必要な人員だ)
俺がいないであろう彼の統治時代。それを支える人間は残さねばならない。
俺に関係ないものは、切り捨てれば良いと思うだろう。だが俺は一流の傭兵だ。ただ勝つだけの、後を考えない三流ではない。
なら俺がするべきことは。
「断る。それに暗殺者程度は自力で対処可能だ。何より、俺達の陣営には優秀な人材がいるが、純粋に数が少ない。出来る所は分担しよう」
分担? その言葉に彼は頭を傾げた。
俺は椅子から立ち上がる。そして彼の疑問に答える。
「自分の身を守るついでだ。お前の婚約者を守ってやるよ」
「お前が守る?」
それを聞いた彼の顔は、奇妙に歪む。
嬉しさ半分、嫌な顔が半分。自分以外の男が婚約者に近付く。それに思う所があるのだろう。
(嫉妬って奴だな)
「そ、そうか……お、お願いしようかな」
心底嫌そうに彼は頼む。俺は呆れた。忘れたのかと、彼の肩に手を置く。
「俺の報酬は何だ?」
「ああ、そうだったな。そうだ!!。うん、頼んだぞ」
俺の狙い。それもまた女だった事を理解し、彼は納得。先程の態度が嘘のように、完璧な笑みを浮かべる。
そして俺は扉に向う。扉に触れる前、軽く護衛に手を上げた。挨拶をしたつもりだ、だが何も返って来ない。
それに落ち込みつつ、背中越しに、ルドラ様への言葉を残す。
「最優先は防御魔法の師だ。忘れるな」
防御魔法。それは俺のある物を隠す為に、必要な手段だ。それを隠せなれば、あの結末には導く事ができない。
「わかった。それなら直ぐに選定が終わるだろう」
「じゃ行くわルドラ様」
「ああ、タルトの事を頼んだぞ」
そして扉から廊下に出る。
ルドラ様が俺のことをどう思っているか? 聞き耳を立て確認してやろうかと思ったが、廊下側にも護衛はいる。
俺は諦め、その場を後にした。
ちなみにだが、部屋の中でルドラ様と衛兵はこんな会話をしていた。
「なぁドライ、アイツ生意気だと思うか?」
「いえ、口は確かに悪いですが、私達を見下している感じはしませんね。今のも自分に出来る最善の仕事をしようとしているだけ。そして何より、あの男は底しれません、それに」
信用できません。護衛は口にこそしなかった。だが節々から、それを醸し出している。
「でも必要なのさ。僕はアイツが作った入口、そこから入ってくる人々を逃さなず取り込む。兄たちは優秀さ、でもこの国を任せてはおけない。自分勝手で、欲に自生が利かない彼らを王にさせるわけにはいかない。だから僕が王になる」
「仰せのままに」
グラムとルドラ。
彼らはまだ出会ったばかりで信頼などない。
関係を現すなら共生関係。そんな所が関の山だろう。そう今はまだ。




