儀式
両開きの扉、その右側を俺は開ける。そしてまず、第4王子が部屋に入室した。
現ドラン砦の責任者は、ザイルという腹が膨れた男だ。真っ昼間からワイン片手に食事をしていれば、そうなってもおかしくない。
そんな貴族派の彼だが、いや彼だからこそか。第4王子の姿を目にし、飛び上がる。
「ルドラ様何故ここに!?」
だが彼は礼を尽くすどころか、椅子から動く事も生涯出来ない。
王子の後に俺も部屋侵入。そして壁に飾られている剣、それを掴むと走り出す。そしてザイルの両足を斬り落とした。
「足が、足がぁぁぁぁ。き、きさま、これがどういう結果を招くかわかっているのか!!」
汗を大量にかき、ザイルはこちらを睨みつける。その子犬のような眼差しを、脅してやっても良かったが。
(ま、贄だからな)
彼を無視。俺は第4王子に向く。
「ふぅ、ふぅ」
緊張から息を乱す王子。それを見て俺は、少し心配になってしまった。
(問題ないだろうが)
殺す必要はないと、王子は怖気づくかもしれない。それは杞憂程度の小さな物だ。だがその杞憂を俺は嫌った。
俺はザイルの腹部に剣を突き刺し、命のカウントダウンを早める。
「がはぁぁ」
「ほら急げ死ぬぞ」
ザイルの腹から剣を抜く。そして第4王子ルドラに、剣の持ち手の部分を突き出す。
それを震える手で取った王子は、大きく息を吐き出す。そして彼はザイルの首を触る。ガタガタとなるザイルの歯。その怯えように、彼は口角が上がらない、目だけを優しく緩めた申し訳ない表情を作り出す。
「済まないな。時代と着く相手を間違えた、己を恨むんだな」
そしてルドラ様は剣を上段に構え、ザイルの首を切り落とす。一太刀で落ちる首。無駄な苦しみはなかっただろう。
そして彼は、俺に剣を突き返す。
「これで僕とお前は一連託生か?」
俺の予測であるが、ルドラ様は初めての殺しだった。
俺がその言葉に頷くと、彼は俯き、乾いた笑みを浮かべている。
「ええ、家の一族ではこれがしきたりですので。後は俺の条件をいくつか飲んでくれれば」
「もう僕は引き返せない。なら聞くさ、できるだけ」
彼はこちらを見ない、投げやりな態度を取っている。
(流石にしょうがないか)
王子からしたらザイルは、殺したい程憎でいる相手ではない。それこそ、俺に強要されたのだ。
ただ悪いな。罪悪感に浸らせている時間はない。
俺は剣を受け取り、鞘に収める。そしてソファーに座った。
「話は座ってしましょう」
俺は対面にあるソファーへ手を差し、誘導。彼が座ったのを確認し、交渉に移る。
「報酬はただ1つ。ニクス帝国を敗戦国にした暁には大聖女を、俺の所有物にさせてもらう」
俺は身体を前のめりにして言う。第4王子はというと、腰を深くソファーに鎮め、興味なさげに天井を見ていた。だが大聖女の名前が出た途端、目の色が変わる。
「いいだろう。その程度良いなら、お前が本当に帝国に打ち勝ち、俺を王に出来るのなら」
第4王子は力強い目になった。その理由は、俺が心の打ちを明かしたから。
「それと、お前も女の為かグラム?」
「悪いか?」
「いや、仲良くできそうだ」
王子も理解ができない狂人と付き合うのに、不安を覚えていたのだろう。だが目的があり、それが自身と同じ女の為だ。ちょっと愛が重いだけの、理解できる狂人という枠に俺を入れてくれた筈。
後は自身の覚悟、その拠り所を認識出来たからだろう。王子もここに来る前、心は決めてきたはずだ。大事な人を手放さない為に、手段はもう、選ばないと。
さて、これでルドラ様と俺の距離は近づいた。だが俺には、まだやらねばならない事がある。それは傭兵が貴族などの、特権階級と契約をする。その際傭兵が貴族に、これから何をさせるか? それがどれほど困難なことか、認識させないといけない。
「第4王子。帝国との戦力差はわかっているか?」
「ああ、およそ5対1」
「わかりやすく言っただけだな。正確には8対1だ。神すら超える力を持つ、夫婦龍の存在も考えれば、さらに広がる」
「……何が言いたい」
「俺を裏切るなよ。もし、契約の支払いが不履行となったら、俺の牙は、この国に向かうぞ」
貴族と傭兵、どう考えても俺の立場が低い。一定数いるのだ。雇った傭兵を殺せば、支払いをせずに済むと考える、馬鹿な貴族が。
互いに無益な殺生をせず、そして傭兵は仇討ちという、せねばならないタダ働きをしなくて済む。
それに俺が求めるのは、アリスの持つ一面である、皇女、または大聖女としての立場からなる政略結婚。なのでどうしても、国からの指示という対外的な命令がいる。
(そうでなければ、今すぐ帝国に乗り込むしな)
「わかった覚えておこう。他には……、少し待とうか」
王子はそう言いつつも、俺から目を話さない。
これから俺が言う言葉は、それほどに重い。深く息を吸った後、俺は言う。
「第4王子、俺を将軍にしろ」
「わかった、俺がお前を将軍にする。だが覚悟はいいか? これは王位継承権を持つ全ての者に、喧嘩を売るのと同義だが」
身体の前で手を組むルドラ様。その目は何処までも真剣で、ほんの少し震えている。
将軍という階級は、軍のトップに与えられ物だ。何故これを王子が任命出来るのか? それは100年前まで遡る。
当時、後継者を決めぬシルバード王に、王子達が痺れを切らした。
自分こそが王に相応しいと、各々旗を上げる。そして起こったのが血みどろの内乱。この際王子達は、己の派閥、その軍関係のトップに、将軍の地位を勝手に与えた。
優柔不断故に家臣からも見限られた王では、王権を犯した王子達を、止める力はなかった。
こうして実例が出来た。
そして貴族、王族がひしめく世界では、過去ほど重要な物はない。なんせ自分たちの権力は、過去からの贈り物だから。
だから、このシルバード国に限っては、王子が将軍を任命することができる。
しかしこの将軍任命。それには危険が伴う。
自分が王になるべきという100年前の王子達、彼らから生まれた実例だ。これをした瞬間、全ての王子に敵だと断定される。
曖昧故に見逃される事はもうない。王に成れなければ反逆罪で処刑だろう。
「でも出来るのか? お前は軍に伝はないだろう、浮くだけじゃないか?」
将軍はゴールではない。王子はそれを俺に問うている。
将軍という階級は、軍内に派閥が無ければ、なんの意味もない。ましてや、実績がない人間がなった所で、1人浮いた指示系統が出来るだけ。
では何故、俺が将軍になることを望むか? 理由は簡単だ、人を集めるには旗がいる。そして王子という旗と、将軍の旗は役割が違う。
「問題ない。争いが起こるなら、俺の元が最も安全だと誰もが理解するだろう。それに俺達の目的はニクス帝国の滅亡だ」
そう王子に笑いかける。彼はぐったりとし。
「僕はそこまで望まないよ。ただそうだな……確かにそれくらい言ってくれないと任せられないな」
俺は胸ポケットから紙を取り出す。そして王子に手渡した。
「ここからは俺が必要な物を教える。防御魔法の師、世界最高の射手、そして刻印魔法を扱える者を探してくれ」
書かれている内容はもう少し細かい。特に射手の指定は、性格面や人生など結構厳し目だ。
王子は眉を潜める。面倒くさいと思っていそうだ。
「刻印魔法……聞いたこともないな」
あっそちね。てっきり射手の方だと思っていた。こちらは特定の人物を狙い撃ちしているから難しくはないか。
ただそうか、刻印魔法。これを知らないのも無理はない。
「世界最古の魔法だ。使い手は少なく、また実用性は殆どない。残っている理由は、歴史的価値だけさ」
「それになんの意味が?」
「将軍の任命、それが正式に終わったら教えしましょう。どれも欠かせない物ですが、防御魔法の師だけは出来るだけ早くお願いします。他2つは、帝国への宣誓布告、その前に揃っていれば良いので」
頼むぞ、と王子に圧を掛ける。体に宿る呪いも、僅かに開放。勘違いするな。この条件は、俺達が勝つための最低条件だ。それを教え込む為に。
そこで彼は覚悟を決める。胸を叩き。
「わかった。他に何かいるか? 後から言われても困るからな。難しくてもいいから一度に言ってくれ」
「いや、後はルドラ様が派閥を作るだけですよ」
「本当にいいのか? 軍にお前の味方は」
彼は心配そうに眉を歪める。
「さっきも言っでしょ。俺は大丈夫」
軍内に味方はいない……正直に言おう、いるにはいる。
それはガイルの事だ。
ガイルは今だ、軍内部に強い影響力を持っている。
「小僧、後ろ盾になってやろうかぁ? 負けを認めたらな」
模擬戦中、ガイルに打診されていた。確かに、彼の推薦者が将軍になる。それだけで、一定の支持を得られるだろう。
ただそれは、俺からガイルの姿を見ているだけ。その歪さは、厳しい戦況に陥った時、派閥事態が空中分解する可能性も秘めている。
「いらないな。恐怖の叩き込み方位、知ってますし」
戦場があれば十分。それを表すため、俺はガイルの巨体を吹き飛ばす。
「お前、物騒な考え方しただろう?」
ガイルは身体を震わせ、怪しむ目で俺を見た。恐らく、脅迫や暴力で言うことを利かせると、想像したのではないか? いや、違うぞ。ただ言葉で表すのは難しい。あの時は、無言を貫いた。
(さて、どう答えたものか?)
王子は今、方法の説明を求めている。
俺はソファーから立ち上がる。そして窓の方に歩いて行った。意図した物ではない。窓に向かう最中、ザイルの首が落ちていた。
彼の目は苦しそうに開かれている。俺はしゃがみ、抱き上え、ザイルの目を閉じる。そうして決心がついた。
俺と彼は共犯者だ。なら、言葉を選ばずそのまま言おう。
「大丈夫ですよ。命の危機に身を置くものは、常に恐怖と戦い続ける宿命にある。だから俺から逃れられない。なんせ俺は、恐怖の代弁者と言われた男ですから」
一般的な人間は何日戦場にいる? 軍人は? 俺は母の腹にいた頃から戦場にいる。
だから誰よりも、戦場の生き抜き方を知っている。
「頼もしいよ」
ルドラ様は笑いかけ、俺は胸を叩く。
「まかせろ」
そして俺達の覇道が始まった。




