狂戦士の戦い方
「グラム……グラム? ああハーフのグラムか」
アドラの言葉に俺は足を止める。
彼は何度も頷いており、その後、馬鹿にした笑みをこちらに向けた。
「ハーフで、しかも追放されたはぐれの狂戦士グラム。なるほどお前が戦場の華の息子か」
「なんだ、内の一族と関係があるのか?」
「ああ、戦場で数度背中を託した。良い戦士達だったよ。その時色々聞いたのさ。純血の下の階級ハーフ、そしてお前の事を」
宝物を思い出すよう、恍惚な表情を見せるアドラ。
俺は溜息を吐き、彼に呆れた目を送る。
それにしても狂戦士ね。
(あの天邪鬼か?)
俺は俺で、ある人物が頭に浮かぶ。
それは一族にいた頃絡んできた人物であり、同年代の狂戦士である双子の1人。
「お前に一族の内情を伝えたのは、俺と同年代の、純血の狂戦士か?」
「ああ」
「じゃぁ、スピカだな俺の事を話したのは」
俺は抜いた剣を肩に乗せる。そして項垂れ、息を吐き出す。
「何故わかる?」
「何故てそりゃ」
顔を上げてアドラを見る。彼の顔は怨敵を見るかのように真剣だ。そこで俺は知った。コイツ、スピカの事が好きなのかと。
(人の色恋に文句をつけるつもりはないが……趣味悪)
自分以上に、彼女の事を知っている存在がいた。それに耐えられないから、俺をハーフと見下していた訳か。
スピカはスピカで、おしゃべりの気質がある。会話の中で俺の存在を漏らし、それを聞いたアドラが、俺を敵視し始めた。こんな所か。
「俺と同年代の狂戦士は、特別数が少ない。戦争が立て続けに起こった影響で、一族としてそういうタイミングだったんだ。そしてその中で、ハーフという蔑称を使える純血は二人。スピカとその兄ザヴィー。だがザヴィーは、俺の話しをせず無言を貫くタイプ。となると残りは1人、スピカという話になる」
「正解だ、そしてスピカの話からすると、お前は落ちこぼれらしいな」
アドラは体に纏っている闘気の質を上げているようで、先程とは違いまさしく遊びなし。
アドラは剣を振るう。拡大される剣の刃渡り。それが再び背後の壁を切り裂いていく。だが俺の首筋に触れた所で、刃が止まった。
この間俺は、一歩も動いていない。口の端を上げ、薄ら笑みを作る。
お前の考えなどお見通し、それを教えてやるために。
「ど、どうした……回避が間に合わなかったか」
痩せ我慢だな。
俺の首に触れている刃が揺れ、動揺を伝えている。
「どうした宣誓のつもりか? 俺はお前より強い。アイツに相応しいのは俺だって」
俺は刃を手で摘み、指で弾く。アドラはそれを無抵抗で受け入れていた。
見透かされ焦ったか? お陰でゆっくり、伸びる刃、その正体を間近でみさせて貰った。
(馬鹿で作った、透明な刀身か)
つまりこれは、剣の能力ではなくアドラの技術。技術の補佐なるものは、刀身を作る際の合金に混ぜられているからもしれないが。
ともかく、タネはが割れたところで、どうにかできる代物ではない。
それより重要なのはアドラの感情。それを煽る物があるということ。この状況なら、レイの意趣返しも出来るのではないか?
「ま、俺に相応しいかはともかくだ、お前にスピカは相応しくないな」
剣を暴力にしか使えない薄い男。それを突き抜けられない、中途半端な奴。それが、俺から見たアドラの評価だ。
(こういう時、自分を偽らなくていいのは楽でいい)
後はこれを、アドラのムカつく言葉に加工し、返してやればいい。
「この短いやり取りで測りきれる、安い人間性だなと」
口を歪め、俺は呟いた。それを聞いたアドラは顔を赤くする。
「貴様、俺をわかったかのように言うな」
再びアドラは剣を薙いだ。
感情に左右されない剣筋は見事。だが狙いが単調だ。先ほどとまったく同じ、首を狙った斬撃。
俺はスライディングを行い、足を止めぬまま剣を潜り抜ける。
「わからないか狂戦士? 取り回しが悪きゃな、縮めればいいんだよ」
アドラが持つ、刃渡りの拡張能力は変幻自在。つまり取り回しが悪ければ調整すれば良い。遠ければ伸ばし、近ければ短くする。だから距離を詰めた所で有利にはならない。
(流石だな。なら速攻ではなく、丁寧に対処する)
間合いの適切な判断。これが出来たなら、アドラは感情のコントロールを、まだ手放していない。なら、本格的に攻めるのは後でいい。
「さてここからが本番だ」
その一言の後、アドラの剣技が変わる。
彼の横薙ぎ、それを防ぐため俺は剣を振るう。
間合いを拡張する技。だがそ、れに実態があるのなら対処は難しくない。剣をぶつけ弾けばいいのだから。
しかし剣同士の接触間近、アドラは剣の刃渡りを縮めた。結果、俺の剣は空振り。そして再び、アドラは刃を伸ばし、俺の首筋を狙う。
剣を薙ぎながら、突きが襲ってくる。本来ではありえない、刃渡りを調整出来るからこその剣技、それを見せつけられる。
この一撃に関しては、俺は右腕でアドラ剣、その腹を殴り軌道を変えた。
剣は打ち上がり、そして今度は上段からの唐竹割り。その中には当然、アドラは剣の伸び縮みを混ぜていた。
「おいおい、戦い難そうだな狂戦士」
「卑怯とは言わない。ただ小狡いな」
奴の剣技は確かに厄介だ。しかしそれ以上に面倒なのは、レイ達への攻撃を狙っている事だ。
奴の剣は砦の外壁まで届く。つまりアドラは剣を向けるだけで、俺の背後にいるレイ達に攻撃できるという事だ。これは俺に対する、一種のフェイントになっていた。
無視できないフェイントは、アドラに大きく一歩、先にいかれる。つまり現状、アドラが有利だ。
「グラム、肩が」
俺は肩を僅かに割かれる。それを見たレイが、心配そうな声を上げた。
「大丈夫だ」
とは言いえ、攻め手が無いのは事実。
俺に残された道は接近戦。ただし普通の接近戦ではない。焦る気持ちを抱えた接近戦だ。
問題はもう1つある。
接近戦は剣士の領分、そこに踏み込まねばならない。
アドラの戦術は理解している。伸びる刃を利用し、相手を疲弊させ有利を作る。そして焦った相手に、接近戦で勝つのだ。
全ては、剣士として勝つため布石。
「来たか狂戦士」
剣を盾に見立て俺は突撃。
アドラの対処は突き、しかし腕を動かす物ではない。刃渡りの拡張だけで行う突き。狙う場所も、手首が生み出す角度で調整可能。
(それは踏み込ませない為の戦い方だろ? それに見せすぎたな)
アドラの突きを打ち払い、軌道を変える。すると彼は、剣の刃渡りを縮小するのだが、その縮小速度は、俺の突進とほぼ同速。いや、やや早い程度か。
「さてアドラ、それで2撃目の突きが打てるかな?」
速度が測れれば、詰め切る為のスタート位置を割り出せる。
俺はそのままアドラに体当たり。鍔迫り合いの状況に持ち込んだ。
「ち」
そしてアドラの心を乱す為、俺はある真実を話す。
「それにしてもアドラ、お前はスピカの本質がわかっていないな」
「本質?」
「アイツは嘘つきなんだよ」
それを聞き、アドラの顔に憎しみが宿った。
「はは、どこがだ? 防戦一方のお前が。やはりスピカの言っていたことは事実だな。グラムという男はすぐに口で誤魔化すと」
アドラの体が膨らんだ。
人間の身体は、100%の力を出せない。身体が壊れるなどの理由が上げられるが、強さに身を置く狂人共が、いつまでも出来ないままにしておくことはなかった。
剣の振り、拳の正拳突き。そのどれもが、力を込めるのは一瞬だけで良いと聞く。だからその一瞬だけ、肉体のリミッターを解除し、身体能力を底上げする。
アドラが使ったのはこの技術。そして俺は打ち上げられ、5メート後退する。
「これで終わりだ狂戦士」
強い踏み込み音。そこから放たれる、アドラの神速の一振り。俺は剣で斬撃を防ぐが、受け止め切れず体が浮く。
そして、アドラの狙いはここからだ。
俺が着地するタイミングを狙い、アドラは剣を振るう。俺は剣を防ぐ訳だが、先程と同じく、俺は衝撃を受け止めきれず、再び身体が浮く。
以下これの繰り返しだ。お手玉のように、空中でアドラに翻弄される。
無抵抗の嬲り殺し。アドラからすれば楽だろう。なんせ、俺のミスを待てば良いのだから。
対抗策として、両手でガードするというのもあるが。足が浮いた状況では、その策も意味を成さない。
そして生まれた、アドラ勝利への道。
「どうした、落ちこぼれ」
歪んだ笑みで連撃を続けるアドラ。そんな彼を、冷めた目で俺は見ていた。
(所で聞きたい。剣の長さ、それを活かした攻撃はいつ来るのだ? さっきから、刃渡りの縮小が来ないぞ)
危機状況だ。だが焦る必要はない。怒りとは停滞を、なによりも嫌う感情だから。
「狂戦士、これで終わりだ」
アドラは着地ではなく、両足の浮いた瞬間を狙い、袈裟斬りを放つ。
受け止めた衝撃で身体の向きが変わる。そして頭から床に叩きつけられる直前、俺は黒いオーラを発する。
(フィアー50%)
そのオーラは、謁見の間全てに行き渡る。
変化かがあったのは、後方にいる兵士だけだ。顔を青くしその場で蹲る。だが、レイやロイ。そして一番効いて欲しいアドラに変化はない。
「なんだ、悪足掻きか」
「さて、どうだが」
右腕で床を叩き、その反動で立ち上がる。しかし眼前にはアドラの剣が迫っている。その一振りを俺は、片手持ちの剣で弾いた。そして自慢げな笑みを見せる。
「はぁ? 調子のんな」
アドラは剣を振るうが、それら全てを払い、俺は距離を詰める。そして再度、鍔迫り合いに持ち込む。今度は俺が弾き飛し、左肩から右腹に掛けて斬り裂いた。
「傷は浅いか」
薄皮一枚斬っただけ。まだ勝負はついていない。そうアドラは思っているのだろう。
「勝負はついたな」
例え、切り札を切ったとしても。結果は決まった。俺はもう、奴の感情を掴んでいる。
俺は、アドラの見下すよう目を細めた。
*
レイ視点
(あれ?)
先程まで、グラムは防戦一方だた。だが、あの黒いオーラを発した後、戦況が変わった。
今では盛り返し、逆にアドラを押している
(援護しようと思っていたのに)
挽回の機会を失った。それを私は残念に思いつつ、剣を持つ手から力を抜く。
それはそれとして、私は頭を傾げた。
グラムがしたことは黒いオーラを飛ばしただけ。しかしアドラには、なんの変化もなかった筈だ
見ていろ、学べ。そう彼から言われたが、何故グラムが押しているのか、その原因が私は理解出来ないでいた。
そんな私に、ロイさんが声を掛けてくる。
「レイちゃん。なんでアドラの動きが悪くなったか、教えて上げようか?」
「はい、お願いします」
彼は袖を捲り。
「ほら、鳥肌立ってる」
確かに彼の腕には、つぶつぶが立っている。まさかと、私も自らの腕をめくり肌を見た。予想通り私の腕にも、鳥肌がたっている。
だが、これが何を表すのだろうか? 鳥肌を立たせる能力? それになんの価値がある?
「それが何か?」
彼は「チチチ」と立てた人差し指を振る。
「あれはな。グラムの使う魔法で。フィアーって言うんだ」
「フィアー?」
聞いた事の無い魔法だ。
魔法は、火、風、水、土。それに光と闇。無。これらが基本属性とされている。フィアー、名前からして、闇魔法の一種か?
いや、アドラの表情には困惑の色がある。彼は歴戦の戦士だ。基本属性の魔法を、知らない事はないはず。残る線は。
「狂戦士特有の魔法ですか?」
「そう、っていても普通の狂戦士は任意では使えない。戦闘意識が高まると勝手に出てしまうものなんだ。それを魔法として使っているグラムを、馬鹿にする狂戦士もいたがな、俺は狙って使えるからこそ恐ろしい魔法だと思う」
口で何度か魔法名を転がし、そしてロイに目を向ける。
「フィアーって、どういう魔法何ですか?」
「簡単さ。相手の体に、恐怖を叩き込む魔法だよ」
「恐怖を」
彼は淡々と語る。だが私には、その凄さが掴み切れないでいた。
恐怖は戦いの中で向き合うもの。
命の危機、相手の威圧感、他者の命を奪う恐怖、様々な形がある。それを今更与えられて、何が変わるのだろうか? 既に皆、覚悟を決め、立ち向かっているだろうから。
「レイちゃんさ、足が竦むとその次の行動にどう影響するかわかる?」
「次の行動が遅れますし、恐怖に突き動かされて出したものですから、縮こまった物になりますね……そうか」
ロイさんの言いたい事が、なんとなくわかった。
なにせこれは、私も経験したことがあるから。それを経験したのは、ラカンで行った祖父との訓練。
私が初めて、真剣を持った時の事だ。
「今日はレイに、刃を潰していない本物の武器を使って貰う」
男の子ならこういう時、喜ぶのだろうな。やっと訓練用ではない、本物が触れると。
だが私は違う。その時合ったのは、グラムの後を早く追いたいという焦り。真剣など、所詮通過点に過ぎないと軽く見ていた。
そして武器を握り、私は祖父と向き合う。
「どうしたレイ、早く来ないか?」
「ちょっと、待って下さい」
その時、私は初めて理解した。武器を振るう恐怖を。これは、取り返しのつかない結果を生み出す道具だと。
私はその訓練で、まともに剣が振れなかった。
もしお祖父ちゃんを傷つけたらどうしょう。かすり傷ならまだいい。胸に深く刺さり、殺してしまったら。
実力差としてはありえないだろう。だが想像は自由だ。
足や手が震える。地面を踏み込めている自身がない。動いていない筈なのに、ぐるぐると回っているような錯覚を頭が覚える。そして数分と立たず、私は膝をついた。
「はぁはぁ」
教えられた事が、何一つ出来なかった。
蹲り、悔しさのあまりに涙を流す。そして何も無かった事に安堵を覚える。
「レイの恐怖は、村での経験が尾を引いているだけだから大丈夫さ」
お祖父ちゃんはそう言っていた。実際その通りで、その後何回か、私は真剣を使った戦いを行った。相手は、祖父やその部下、そして死刑囚相手。人を殺した際、確かに心への凝りはあった。それでも、この訓練以上に恐怖を感じた経験はなかった。
「アドラは今、及び腰で戦っている。奴の実力なら、影響を最小限に抑える事も本来は可能。だが、グラムの奴がアドラを、感情的にさせてから魔法を使ったからな。よう効いてる。それにしてもグラムの奴もおかしいな。強敵相手ならいつも、集中力が必要な攻防で魔法を使い、精神的な消耗を狙っていくんだが、全く、誰の為の講義なんだか?」
ロイは私を見る。
そう、グラムは伝えようとしているのだ。お祖父ちゃんをアドラに貶され、怒りに飲まれた私の行動が、どれほど危険だったかを。
(ああ、やっぱり遠い。まだまだ手が届かないや)
でも、知れてよかった。
「やっぱり強いなグラムは、そしてあれがグラムの本気」
「……」
ロイは笑みを浮かべている。鈍感な私でもわかる程、不自然な笑みを。
「なんですかロイ?」
「いや、何でも」
彼の顔には「それがグラムの本気ではない」とはっきり書いてある。だがその事を追求する気はない。
私は今必死だった。あの遠すぎる背中、その横に立つ日を、夢見る事に。