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英雄殺し



 場所は階段を上がった小広間。既に隊を分けており、この場にいるのは30人ほど。


「着いたぞ」


 俺が声を出したのは、彼女に時間切れを伝える為。そして兵士達に向けての備えろという合図でもある。振り返ると覚悟を決めた兵士がいた。


(相手を騙すならここか)


 俺達がいる小広間、それは四方から敵が雪崩込める死地である。正面の部屋、背後の階段、左右から上層に行ける階段があった。


 多面から攻めるならここがベスト。俺は最後の準備として、彼女の肩を叩く。


「レイ、答えを教えてやる」


 俺の一言で彼女はこちらを見る。


「帝国が何故、奪った砦を維持しないのか? 1つ目は補給の問題だ。近隣の村から奪ったとしても物資には限りがある。それに今は戦争の時期ではない。そして問題は2つ目。これは帝国軍の内情を、知らないと答えられない」

「内情?」


 指を立てながら彼女に説明する。案の定1つ目はわかっているようで、彼女が言葉の端々で頷いていた。そして2つ目の話をした途端、頭を傾げた。


「そう、現在ニクス帝国の軍内では、ある項目が重要視されている。それは、どれだけ他国の物資を略奪できるか。そして、どれだけ多くの砦を落とせるか、という項目だ」

「舐めてますね」


 彼女は吐き捨てる。その姿に怯えはない。やってやるという戦意に溢れていた。


「そして今回、俺がドラン砦に誘致した帝国兵は、砦も落とせない、しかし無辜の民から略奪も出来ない、落ちこぼれの大隊だ。彼らからすれば、砦を落とせたという実績があれば何でもいい。これからも砦の紹介をしてくれる、それに期待し、関係性を悪化させない為、大人しく砦から撤退する。そういう判断を相手がしてくれると、俺は思っている」

「つまりグラムの計算通り……あれ? でもなんで?」


 そこで彼女も気付く。周囲の兵士、その顔が強張っている事に。


「レイ、彼らの顔つきが重いのには、ある可能性を伝えてあるからだ」

「可能性?」

「そうニクス帝国の兵士が、砦から引いていない可能性を」


 俺は扉に触る。その意図に彼女も気づいたようだ。そして3メートルを超える扉、それを前に、俺達は一度顔を合わせ押し始めた。


「答え合わせといこう」


 開かれる扉。そこには帝国軍服を着ている死体と剣士が居た。


「つまりグラ厶」

「ああレイ、覚悟を決めろよ。戦いの時間だ」


 俺の言葉が合図となり、帝国兵士が現れる。位置は小広間にある左右の階段から。


 囲まれはするが対策はしていた。敵が現れたのは、2方向から。下の階から現れないのは、隊を分けたおかげ。


 予想外は正面のみ。前にも兵の姿は見える、数は30程か? だが突っ込んでこない。 


「レイ、この状況をどうみる?」

「正面に押し込みたかったんだと思います。そしてあの剣士がケリをつける。あれはグラムと同じ、戦場の例外っぽいですから」

「半分正解。もう半分は、剣士の近くで戦わせたかったから。ま、踏み絵だな。総員正面は俺達がやる、背後を頼んだ」


 兵士達は、遠近共に連動していた。前衛が守り、後衛が魔法を放つ。魔法防御に能力を割くようなら、前衛を魔法で強化させ、突っ込ませる。


 小競り合いは俺達の勝ち。その一番の要因は奇襲を防げたことだろう。そもそも場の空気感と息遣いで、帝国兵が潜んでいるのはわかっていた。


 問題なのはタイミングだったが、それも無事に乗り切った。負ける要素はない、だから俺は。


「任せるぞ」


 その一言を述べ、扉を潜る。正面に入ったのは3人。俺にレイ、そしてロイだ。


「なるほどアイツが原因で逃げれなかったか。俺じゃ勝てんは」


 剣士を目にしたロイが言う。俺は目を細め、胡散臭そうに彼を見ていた。。視線に気付いたロイは、手を左右に振る「無理無理」とやる気なく肩を下げる。


「いや勝てないにしても、アイツの体力切れまでは粘るだろうお前」


 そうじゃなきゃ困る。なんせ俺の……。


「ちょ、レイちゃん。待って、待ってって」


 俺とロイのじゃれ合い。そして生まれた一瞬に彼女は走り出す。


「アドラ、覚悟」


 名を聞き、俺は頭を抱えた。そしてレイは緑髪の剣士に斬りかかる。


 戦場での独断専行、それは本来許されない。ただ今回ばかりは、彼女の祖父であるガイルが悪い。


(ガイル、教訓のつもりなのだろうがやってくれたな)


 彼女の姿を見たロイは、俺に耳打ちをしてくる。


「え、レイちゃん。なんで怒ってるの?」


 俺は緑髪の剣士を観察する。剣筋には遊びが見えた。勝負を決める意欲が無いなら、彼女にやらせるのは良い経験となるだろう。


 懸念点はレイの感情か。


 説明をする余裕はあると考え、俺はアドラが何者かを話す。


「あの剣士アドラは、皇帝から特権が与えられた帝国7武人の1人だ。そして英雄ガイルが引退した原因。レイが怒っているのは傷の方かな? 奴との戦いで、ガイルには後遺症が残ったという噂だ」

「ああだからか。ってあの爺さん。後遺症ありであれなのか?」


 驚き顔のロイ。彼の間違いを正しておこう。


「いや、後遺症は嘘だな、傷跡位は残ってそうだが。レイに言わないのは、気にして欲しい。ジジイ心かな?」


 ガイルは外見に似合わず、狡賢い所がある。恐らく、権力者達が起こす面倒事への防波堤として、利用しているのだろう。


「それはそうとグラム。アイツに勝てんの?」


 ロイの一言に俺は眉を寄せる。認めたくはないが。


「ロイ、物事に絶対はないんだ」

「はは、そりゃー凄いな。それにしてもレイちゃん、成長速度がエグいな。俺、そろそろ抜かれそう」


 緊張感のないロイを置き、俺は走り出す。


「グラム、どこ行くんだよ」


 確かにレイは、5ヶ月前まで素人だった。だが今の実力は、村を襲った騎士、それらを容易に殲滅出来る程となっている。


 それでも、アドラの相手の荷は重い。奴ら帝国7武人が持つ、切り札の事を考えると。


 そして俺が走り出した理由。それはアドラの目付きが変わったから。


 彼女達は数度斬撃を打ち合い、鍔迫りになる。そしてアドラが口にした。


「お祖父ちゃん? 誰の事だ」


 それがまた、彼女の逆鱗に触れたのだろう。


「ガイルの事だ」


 力を込めレイは、祖父の名を放つが如く弾き飛ばす。アドラはその名前を聞くと頷き。


「ああ、彼は良い軍人だった。だが決定的な弱点があった」

「弱点?」

「そう、老いた事だ。だが彼は運が良いと思うよ。引き際を間違った軍人にとしは破格、五体満足で日常に帰れたのだから」


 ガイルの弱点を話す際、アドラは大きく口を歪めていた。


 レイからしたら、祖父を侮辱されたと感じてしまうだろう。だがそれは違う。あの手合は、認めた相手以外は覚えない。つまり、レイへの挑発だ。


「貴様」


 汗をかくレイ、涼し気なアドラ。これだけでも体力差は見える。


 さらに彼女は理性を失っていた。


 彼女の剣速はさっき程より早いが、隠す気のない殺気、大きくなった予備動作。これでは、相手を手助けをしているのと変わらない。現に隠してた苦しさが、アドラにはもうない。


 アドラはレイの腹部を蹴る。そして距離を作ると、間合いの外でありながら剣を薙いだ。


「レイと言ったか? 才能は俺よりある。将来祖父を超える将軍になっただろうが、今がこの体たらくではな」


 アドラは剣を振った。すると遥か後方の壁、そこに切れ込みが入る。魔法か? 剣の能力か? 拡張された不可視の斬撃、それがレイを襲う。


「嘘」


 彼女が態勢を整えた時には、斬撃は眼の前。既に回避が間に合うタイミングではない。


「さらばた、輝かしい未来よ」


 アドラは笑い声を上げ、愉悦を隠さない。


 そして彼女は、絶望故にこちらを向く。ガイルとの戦闘時、似た状況を対処した俺なら、なんとかできるのではないかと一抹の希望を持って。


(さっきも言ったろ? 俺を信じろって。それはつまり頼れって事だ)


 人間、不意には弱いものだ。意識の差だけであっても、生死を分けるほど。つまり彼女を生かすための、唯一の懸念点が消えた。


「力を抜け、レイ」


 俺は左腕で彼女の頭を掴み、地面に押さえつける。


 その直後、頭の上を何かを通り過ぎた。それほどの、限界ギリギリの救出劇だった。

 

(だからこれは必要経費)


 斬撃の通過点に、体の一部を残ってしまう。つまり俺の左腕は切断された。


「グラム、腕が」


 彼女には見えているのか? 立ち尽くすその姿から、ほぼ間違いないだろう。


「ごめんなさい。私、私」


 そして彼女は折れてしまった。剣を離し、その場で蹲り、泣きじゃくる。


「レイ、まだ戦闘中だ。泣く暇があるなら前を見ろ」


 俺はアドラから目線を外さず、彼女を怒鳴る。そして男の名を呼んだ。


「ロイ!!」


 その一言で、彼は全てを察する。取り出した糸で腕を回収、そして俺に投げる。


「はいよ。お届けぇ」


 それを俺は背面で取り、切断された断面とくっつけた。


「こいつ狂戦士の一族か。やらせるか」


 腕の回復、それを防ぐようアドラは剣を振るう。


 腕を受け取る前、俺は剣を地面に落とした。また腕を掴んでいる為、両腕は塞がっている。


「させねぇよ。緑髪の兄ちゃん」


 アドラの腕は、ロイの糸が絡め取る。其の為、剣は触れず、生まれた数秒の猶予。


「復活だ」


 腕の感覚を確認するため、俺は拳を握った。親指から小指まで、しっかりと力を込められる。


(これで戦闘能力は戻った。次は)


 そして足元を見た。そこにはしゃがみ込む彼女が居た。


「ごめんさい。私、足手まといになって。約束も守らなくて」


 彼女は今、泣いていない。だがすぐに決壊するだろう。俺は慰める意味でも頭を撫でる。


「怒っちゃいないって。それに我を忘れるまでは、よくやっていたと思うぞ。現にアドラを追い詰めていた。顔には出していなかったが、苦しげだったからな」


 期待以上だった。あのままのアドラなら、勝機を見いだせる。それほどまでに彼女は成長していた。


「レイ、お前は未熟者だ。だからこそ成長できる。それに失敗しても大丈夫だ。今は俺がいる」


 俺は、彼女の両脇に手を差し込み立たせる。そして出来るだけ柔らかく、口角を上げ笑みを作る。


「ここからは選手交代だ」

「グラム、私はまだ」


 まだできると、彼女は剣を強く握る。

 

 確かに戦えるだろう。彼女に目立った負傷もない。それでも今回は。


「とにかく見ろ。俺を、アドラを。そして相手を知り、選べ。感情的になっていいのはどんなタイプの人間かを。奴のように人斬りを楽しむ外道なのか? それとも義理人情を重んじる人間なのか? 考えて掴め。それが出来ないと、俺には一生並べないぞ」


 彼女の肩を叩き、俺はアドラと向き合う。

 

「ロイ悪いな。時間を稼いで貰って」

「いや、俺も限界だったから、ちょうどいいかな」


 次の瞬間、ロイの糸が切れた。そしてアドラは自由になる


「次はお前か狂戦士?」

「ああ。それはそうと、楽に死ねると思うなよ。お前はやり過ぎた」


 真っ赤に染まる左目。それを閉じ、俺は剣を構えた。


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