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戦場に立つ赤子


ーガイル視点ー

 

 庭を見て俺は微笑んでいた。なんせ愛する妻が子供達と遊んでいる。心穏やかにもなるだろう。


(おや)


 息を切らし、妻がこちらにやってくる。


「少し休憩します。流石に歳ですかね。子供の体力には敵いませんん」

「スザンヌは十分体力がある。鍛えているワシですら、厳しいのだからな」


 俺は豪快に笑いつつ、妻の服を見た。


 彼女の服は汚れている。位置は腰付近、そこには土で出来た手形がある。高さからして子供が作った物だ。

 

 妻の服は安いものではない。生地は上質な物であり、古着であっても貴族出身の女性なら、悲鳴をあげるだろう。


 しかし彼女は眉1つ歪めない。そして今も、子供達を笑顔で見守っている。そんな穏やかな彼女だからこそ、パートナーして一緒にやれる。生涯を共にしたいと強く思えた。


「それにしても、レイとグラム君は大丈夫ですかね?」

「大丈夫さ、特にグラムが側にいる間は」


 彼女の呟きに俺は胸を張る。アイツなら大丈夫。それは兵を見てきた将軍の目であり、手合わせしたからこそわかる実感だ。


(これは凄いのが来る)


 スザンヌ毒舌だ。それを出す際、目にイタズラ心を宿す。


「あら、あんなに敵視していながら信じるなんて、厚かましいわ」

「ぐぬぅぅ」 


 何も言えなかった。

 グラムに孫娘を取られる。そう思ったら初対面時、我慢が出来なかった。結果、実力面で信頼できると、わからされたのだか。


 言い返すのもみっともなく思え、悔しさは拳だけに表す。


(どうしたんだ?)


 いつもの彼女なら、言葉の追撃が来る。「それで孫娘を取られちゃって寂しい?」、予想だとこれだが、少し手厳しいか? しかし言葉の追い打ちは来なかった。


 代わり妻は空を見ていた。その眉は歪み、何かを心配している。


(レイ達の方で何かあったか?)


 妻の勘は良く当たる。現役時代、その勘に何度命を救われたか。


(この表情を見たのは、あの日が最後か)


 俺が軍を、引退する事となった戦い、その出立の日だ。門を出ようとした時、彼女がしおらしかったのを今も覚えている。


 励ましとは違う。あの小僧がいる時点で、不足の事態には陥らないだろう。ただ懸念点はある。


「あの小僧がいれば基本大丈夫だろう。まぁ、奴が片目を閉じたらやばいかもな」


 俺は思い出す、夜通し続けた戦いを。あれは戦った者にしかわからない。


「どう、不味いんですか?」


 彼女の疑念の籠もった眼差し。それを安心させるため、俺は抱きしめる。


 だが本当は違う。俺が彼女を抱きしめた本当の理由は、恐怖を抑えるため。グラムとの手合わせで感じた、底しれない何かを表すには、それに耐えねばならないから。


「奴が本当の意味で戦場に帰って来る。制御不可能な形で」


 上手く言えた自覚はない。だが、あれは武芸者には倒せない、一種の極地なのだから。


 俺にわかるのは、グラムが今、本気を出せないこと。そしてその全力は、俺など優に超えている位だ。



 「母は貴方を愛しています。ですが……母は貴方が理解できない」


 母の事は嫌いじゃない。だがこの言葉が理由で、俺は一族を出た。そして抱かれた事もない父に、会ってみたいと思った。


「グラム、グラム」


 誰かに揺すられる。戦場なのに落ち着きがない、集中しろ。言いたいことは色々ある。でも一番は、父との感傷に浸らせてくれだった。


 彼女が俺を呼んだのは、ある意味当然だ。


「えっとグラム、この人たち誰。というか多すぎない?」


 俺の後方には、100を超える兵士がいるのだから。


「何だよレイ、落ち着きがないな」

「それはそうでしょ。なんですかこの人達は?」


 彼女は引き攣った笑みを浮かべる。そして背後を指さした。


 相変わらず面白い反応だ。さらにそれを引き出したくて、俺はわざと呆れる。


「全く何を言っているんだ? これから戦場を共にする仲間達だろ?」

「いや、どこから連れてきたこの数」

「と言ってもな、対した数じゃないし」


 平然という俺に彼女は項垂れた。そして「そんな事ない」と呟いていたが。


(ま、こればかりは馴れだな。それに数としては本当に少ないし)


 兵士の数は200と少し。この程度の数では戦争は出来ない。それ以前に、砦すら落とせるか怪しい。


 城門が開かれている砦、という条件なら話は違ってくるが。


「レイ覚えておけ。戦争は数だ。それをひっくり返したいなら、例外を戦場に送り込むんだな。今回の例外は俺だから、そこは安心してくれ」

「そうは言ったて、この人数で砦の奪還は無理ですよ」


 彼女は納得できず、チラチラと後ろを見る。そんな彼女に過去の自分を重ね、俺は懐かしんだ。

 

 俺はかつて狂戦士の一族、その一員として何度も戦場に出た。


 最初の頃は、その規模に驚いた物だ。その後、一族の上層部に睨まれ、激戦区に叩き込まれたまでがワンセットだったが。


「ドラン砦に関しては、戦わず取り戻せる可能性があるしな。肩ひじ固めずに行こう」

「というと?」

「俺がドラン砦に、帝国の兵士を誘致したのは知っているだろ?」

「ちょ、グラム」


 バレたらまずい秘密だと、彼女は俺の口を塞ごうとする。その腕逆に掴み、防いだ。


「大丈夫だ、ここにいる連中は全て知っている」


 尚も背後を気にする彼女に俺は言った。


「え?」


 俺が腕を離すと、彼女はその場に棒立ちとなる。俺は背後の兵士に指示を出す。「押してやってくれ」と。女性兵士が彼女の背を押し、それを確認すると前を向く。


 それから3分か? 戻ってきた彼女に戦場の真実を伝える。


「レイ、1つ教訓を教えてやろう。巨悪と戦う為に仲間を得たいなら、わかりやすく命を賭けろ」

「はぁはぁ、命を?」

「そう。巨悪と戦う際、最も恐ろしい事は裏切られる事だ。トップが裏切らない。そう信頼出来なければ、他人は命を預けられないからな」


 その言葉を聞き彼女は、首を横に振った。


「私は命を賭けられない。貴方みたいには無理です」


 彼女の右手は震えていた。それを反対の手で押さえるのだが、今度は左手に震えが伝染る。


 彼女の事を、覚悟が出来ていない未熟者。そう馬鹿にする者もいるだろう。だが俺は。


(安心した)


 これを知り覚悟を決める。それが戦場に出るための最低条件。それが出来ぬと精神が病んだり、狂ったりするのだ。


 なんにより俺の前で、彼女は嘘偽り無く、一度それに向き合った。これで俺は、彼女を信頼出来る。


(とはいえだ。1人で乗り越える必要はないよな)


 俺は彼女の手を握った。はっとした顔で、彼女はこちらを見る。


「落ち着け、大丈夫だ。俺を信じればいい。俺は、決してお前を裏切らない。そして俺は、お前を見ている」


 彼女は俺の手を顔に持って行く。そして頬ずりをした。すると体の震えは収まっていく。


「少し落ち着いたか?」


 心の準備は出来たか? そういう意図で彼女に問う。


「はい」


 彼女は柔らかな表情で頷いた。


「よし、レイ覚えておけ。今のお前が普通だ。普通は命なんて賭けられない。だがそれに向き合った人間だけが、戦場で良い仕事をする。そして生き残る。行動し先に進むから信頼される」

「これに耐えているから」


 思い出したのか、再び顔を青くする彼女。


「ま、今実行する必要はない。ただ理解し忘れるな」


 俺は右手を伸ばし、頭を撫でる。それを受け入れた彼女は、力強い眼差しをしていた


 また1つ成長した彼女。それとは反対に俺は猛省する。


(気付かなかった)


 俺は先達として、彼女を導きたかった。しかし今のは装っただけだ。


 俺に見抜けたのは手の震えだけ。膝や呼吸の乱れ、単純な物でさえ気付けなかった。


 ミスは誰に出もある。だが俺がしていいミスではない。特に俺の強みは、戦いの中で相手の力みを見抜く、その嗅覚なのだから。


 *


 前方には目的の砦があり、偵察も兼ね足を止めた。


 ドラン砦の状況は変わらない。城門は上げられており、旗から見れば無血開城に思えるだろう。

 

「はぁ、ここまで想定通りに行くと、逆に面白みがないな」


 俺の反応、それに兵士達は同意だと頷く。溜息すら聞こえてきた。


「グラム。これは罠の可能性が高いですよ。気をつけましょう」


 違う反応は唯一人、事情を知らぬ彼女だけだ。既に剣を抜き、周囲を観察するその姿は、他の兵士に和みを与えている。


 そんな空気に、彼女は疑問を抱く。


「えっとグラム。なんか空気が緩くないですか?」

「俺から言えるのは、ドラン砦から離れた時の()()()だと思ってね。ま、今はその空気に気付けたのなら上出来だ」

「ありがとうございます……ってそれ、私のこと馬鹿にしてますよね」

「いや全然、褒めてるヨ」


 彼女はジト目で俺を見る、無言の抗議をしてきた。それを無視し、兵士に号令を出す。


「よし行くぞお前ら、幸運を祈れよ。そして警戒は怠るな」


 砦の中に入る。その最奥、城で言う謁見の間を目指し、俺達は進む。


(さてさて、どれだけ怠けているか確認しようか)


 その道中、俺は城門の仕掛けを確認した。


「やっぱり知らなかったな」

「知らなかった?」

「ああ、ここに残った貴族出身のコネ軍人はな。門の下ろし方も知らなければ、罠の使い方も知らない奴らだったという話さ」


 さらに進むと、王国所属の軍服を纏う、男性が転がっていた。


「死体だな」


 触らなくてもわかる。それに見た所、倒れているのは王国側の人間だけ。一方的な戦いだったと思われた。

 

 ここで気になったのは、レイの反応だ。彼女は村の惨劇を経験したとはいえ、人の生死に接する機会はまだ少ない。吐いてしまっても、誰も責めないだろう。


(へぇ、意外にタフじゃん)


 彼女は涼し気な様子で躯を調べていた。それに先ほどの件もある、実はここでお別れ(リタイア)とも、俺は考えていた。


(それはそうと)


 彼女は今、罠と奇襲に夢中だ。


「血痕はある、でもここまで簡単に入れるとなると。グラム……罠を警戒しないと」


 曲がり角の都度、彼女は飛び出す。先ほど俺が言った、命を賭けろ。それを実戦しているようだが……意味が違うと、後で教えておこう。


 彼女の愚直さ。俺は隠したが、出来なかった者もいる。


「レ、レイちゃん。大丈夫さ。ちょと待って、落ち着くから。ひひ、やべ笑いが止まらない」


 ロイが吹き出してしまった。それを見た彼女の眉が寄り。


「ロイさん、何で笑っているんですか? 私、怒りますよ」


 逃げ出したロイは俺を盾にする。彼女は一瞬怯み、その隙にロイは弁解を始めた。


「ニクス帝国の兵士に、砦を攻めさせたと言ったろ。この砦に残ったお坊ちゃま兵士がいくらダメダメだとしてもだ、砦が落ちるにしては早すぎるだろう?」

「つまり先んじて、砦の門を開けておいたと?」

「その通り。だから砦の中に犠牲ゼロで侵入できるって訳だ」


 城門の仕掛けは壊していない。普通に働いていれば、門の動かし方は、誰でも知っている。


 生かす道は残しておいた。それが平等であり、最後の慈悲だったのだが。どうやら無駄だったか。


「それが戦略」


 納得と共に彼女はロイを諦める。そして俺の背後にいる男は、ほっと息を吐き出し。

 

「ああ因みにだが、帝国兵士に伝えた条件、その中には砦を占拠したらさっさと離脱しろというものがあるんだ」

「そんな事してなんの意味が?」

「それはーー」


 ロイは指を立て、楽しそうに答えていた。そんな彼に、俺は肘鉄を食らわす。


「ちょグラムさん、酷くね」


 蹲る彼。だが俺は信頼している、ロイはこの程度でくたばる男ではないと。


 それはそうと彼の口調には、隠し事をばらす際の愉悦を感じた。レイの将来を考えるなら、自ら考えさせるべき。ロイは少々おしゃべりが過ぎる。


「ロイ、何でもかんでもレイに教えるな。少し考えさせろ」

「わかりやしたよーー」


 立ち上がった彼は、兵士の波に消えていく。その際不貞腐れた声を残して。そして彼女だが、俺を睨んでいた。


(大方、最後まで聞きたかったのだろう)


 そんな目をされても困るのだ。ロイが喋った内容は、自力で考えつかねばならない事だ。それが出来るよう、俺も会話にヒントを混ぜている。


 推測を立て真実を勝ち取る。

 これを疎かにすれば、いくら実力が合っても権力に絡め取られる。そして自由に動く事が出来なくなってしまう。そうならない為の教育だ。

 

 だから、彼女が恨めしそうに見ても、俺は答えは教えない。俺に出来ることと言えば。


「自分で考えろ。出来るだろ?」

「……わかりました」


 レイの承認欲求を利用する。出来る事前提の課題だ。そう信頼を見せれば、彼女も納得するだろう。

 

 実際彼女は不満げだ。しかし頷き、俺の横で考え始めた。


 ま、一度に全部やるのは無理だ。まずは考える事。煽りこそしたが彼女なら出来る。それは俺も確信していた。


 なのだが、時と場合は考えよう。


「警戒を完全に解くなよ」


 その言葉は彼女に伝わっていない。


 砦には敵がいる。その可能性を捨てきれない状況で、彼女は、考える事に全神経を集中していた。それに苦笑いしつつ、俺は一歩前に出る。

 

「守るのも俺の仕事か」

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