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悪人の定義



「はぁ。まさかこんな事になるなんて」


 お酒をくれと口にしていた、父の気持ちを私は初めて理解した。


 勿論、お酒は飲んではいない。というか飲める年齢でもない。

 

 村で外食出来る場所が、この酒場だけだった。私がここに居るのは、それだけの理由だ。


「もう1つ。お祖父ちゃんと約束したんだっけ」


 私はコップに目を移し、思い出す。


 ドラン砦に来る前、祖父とある約束をした。それはグラムの指示に従う事。


「絶対お祖父ちゃんは、グラムの狙いを知ってるし、なんとかしてーー」


 コップを握りしめ、私は決心を固める。そして「聞き出してやろう」そう口にしようとした時だ。


「お、レイちゃんじゃん。グラムに会いに来たのか? ま、ともかくよくやった。これで、アイツとの賭けは俺の勝ちだな。酒代が浮いたぜ」


 背後を向くと、狩人のロイさんが居た。


「えっと……ロイさん? 久しぶりですね。こんな所で合うだなんて」

 

 てっきり、村に帰ったのかと思っていた。


「ぐう」


 偶然、その言葉を私は呑み込む。


(そんな筈はない。このタイミングで現れるって事は、グラムの共犯者?)


 私達が住んでいた村、あの場所は広くない。そのため、人間関係などは自然と耳に入ってきた。


 ここからが疑問だ。


 村で不自然な程、接点を持たない二人が居た。それがグラムとロイ。ラカンに向かう道筋から、引っかかってはいたのだ。


 どうして彼らは仲が良さそうなのかと。


 今思えば木こりと狩人。10の年齢差。住人が少ない村だった。なので年齢差から来る距離感は、体感3才前後まで縮まる。


 今考えれば違和感しかない。


(二人共、意図的に関わらないようにしていた?)


 ロイさんは、私の左座席に座った。そしてこちらを向き。


「レイちゃん。今偶然って、言おうとしたでしょ」


 言い当てられ、私はむせてしまう。


「けほ、そんな事はないですよ」

「正直は美徳だよ。それに思いは秘めた所で腐るだけ、時には捨てるために吐き出さないと。言う相手も丁度居るしね」


 右側に誰かが座った。まず感じたのは匂い。


(臭い。数日間洗って……ない)


 私は急ぎ右を向く。そこには牢屋に入っているはずのグラムが居た。


「おおグラム。見事にボロボロだな」

「ロイ首尾は?」

「バッチリ、後30分って所か」

「じゃ、腹ごしらえしたら行くか」

「了解〜〜」

「グラム……どうしてここに?」


 彼は私の問に答えない。代わりにお品書きを手に持ち、メニューを漁っている。


「腹減った、何を食おうかな? よし女将さん」

「はい、はい。なんでも言って」


 彼は20人前の注文を終えると、私の方に椅子を動かす。


「さて、後回しにして悪かったな。牢屋の食事じゃ足りなかったからな、腹ペコなんだ。だから食いながらでもいいか?」


  目が彼と合う。私は思わず、唾を呑みこむ。そして緊張を抑えるため、深呼吸をした後。


「私は構いませんけど」


 ぶっきらぼうに答えた。彼の表情に変化はない。、笑みを作った後、右上を見ながら話し出す。


「そうだな……今の俺の立場だが脱走兵。そして後30分で、ドラン砦にニクス帝国の兵士が攻め入る。その後、見立てだと占領? 俺がそれを奪還、名を上げる……以上」

「え、え、え?」


 彼は一方的に言った後、出された料理に目を輝かせ、手を叩く。


「女将さん早いね」

「注文が多いから、手間の掛からない物、優先で出すわね」

「助かるよ」


 彼は料理に向かってフォークを突き出す。その腕を私は止めた。


「今の説明だけで終わるのは、勘弁して下さい」


 情報量が多すぎる。私も地下牢で、帝国兵が襲ってくるのは聞かされていた。それでも占領? ドラン砦の規模は大きい。即座に落とすなら、師団規模の人員が必要だ。


 ただ、彼は何も答えない。食事に戻ろうと腕を動かす。


「む、俺の飯」


 私が腕を抑えているので、食事には戻れない。数十秒の攻防後、ロイさんが助け舟を出す。


「グラム、もう少し噛み砕いてやれ。まずは、どうして牢屋にいるはずのお前が、ここにいるかだ」


 彼は渋々といった顔でフォークを離す。「今はなさなきゃ駄目?」そうロイさんに聞くが、「ああ」という返答に折れた。


「はぁ。俺がここにいるのは、ニクス帝国の兵士と戦うため牢屋から出されたんだよ。そして俺は、砦内の仲間を連れてこの村に逃げてきた」

「だから脱走兵」


 彼は喉仏をもみ、そして咳をした。何度か発生の練習も行い。


「流石に、ごほん。お前ら平民の低階級兵士は砦の外で戦え。って砦があるのに外に放り出されれば、誰でも逃げるわな」


 はは、と快活に笑う彼。


「あったりめいだ馬鹿野郎」

「グラムさん、似てますね。俺と掛けしません? 買ったら、あん野郎どもの、死に真似して下さい」

「駄目、下品だから」


 気付けば酒場には、多くの軍人が居た。その殆どが、彼の言葉に同調。

 

 それを見た私は、砦の現状を思い出していた。


 ドラン砦、通称貴族のゴミ捨て場。軍人達に裏でそう言われている、問題のある場所だ。

 

 グラムが牢屋に閉じ込められていた理由。それは上官を気絶させ、指揮権を奪ったからだ。

 

 軍の仕事には、魔物の間引きがある。その仕事の最中、上官がありえない指示をした。内容はたしか「巣の中に突っ込め」だったか? 装備も万全とは言えず、人数も少ない。魔物の種類もわからないのだ、誰も命令を聞かなかった。


 だからその上官は、自身の手で巣に火を着けた。動かざる状況なら、兵士達も否応なしに言うことを利くだろう。そんな浅はかな考えだった。

 現れたのはクマ型の魔獣。しかも数は100を超えている。


 本来ならありえない数。それにクマ型は獰猛で、一対一では戦っては行けないと教本に書いてある。

 

 精密な数は報告書から読み取れなかった。だがその場に居た兵士の数より、多かったのは確実だ。そこからの流れは、上官が「僕を守れ」と脅しを交えた命令で、場を混乱させたのだろう。だから彼が、上官の意識を奪った。


 ここまでくれば、グラムがドラン砦を選んだ、その理由が見えてくる。

 

「あの砦を選んだのは、一般兵士から手軽に信頼を勝ち取れるから?」

「そう、犠牲になるのを恐れず矢面に立つ。命を掛ける人間、その信頼を勝ち取る一番簡単な方法はな、命を救ってやることだ。覚えとけレイ」

「待って下さい、つまり」


 彼の言った情報を元に、たどり着いた推論。それに気付き、私は思わず立ち上がる。


「グラムがニクス帝国を、ドラン砦に攻め込ませたという事ですか?」

「違う、俺は絵を書いただけだ」  


 そして彼は、ロイさんの方を見る。


「そうです、引き込んだのはロイ。俺でーす」

「貴方達は何をしているんですか? わざわざ帝国を引き込んで」


 ロイが何を考えているかはわからない。だがグラムは、子供を見るかのような目で、私を見ていた。それに苛立ち、私は彼を睨み返す。


 だが彼は平然としている。


「なぁレイ。どうして俺がこんな重要な事を、酒場で、しかも密室でもない場所で話していると思う?」

「何故ですか?」

「簡単さ。もう手遅れだからだ」


 帝国の兵士が砦に攻め入るまで、残り20分を切っている。私が走り、砦に向かった所で間に合わない。それを教えられ、拳を握りしめる。


(これがお祖父ちゃんの言った意味)


 グラムの指示に従え。私では、彼の予想を超える事は出来ない。


「今はまださ。ていうか、初戦も迎えてないヒヨッコに足掬われたらな。俺が泣いちゃうよ」

「心を読まないで下さい」

「わかりやすいんだもん」


 彼は私の頭を撫でる。恥ずかしく思い、今回は振り払う。


 グラムは振り払われた手を見つめる。そして楽しそうに、笑みを浮かべ。

 

「レイ、お前は自分が無力だと思っているだろう? だから糧にしろ。どうでもいい命を使って」

「そんな者はーーー」


 そんな者はいない。命は平等。とは言えなかった。彼の目が、怒りに燃えていたから。


「あの砦に残っている奴ら。それが生きている価値があるとは、俺はどうしても思えない」


 これも噂だ。


 あの砦にいる貴族出身の軍人。彼らは罪のない兵士を殺し、死を隠蔽するのは日常茶飯事。さらには自分達がした悪行、資金の身勝手な使い込みなどを、殺した兵士に押し付け不名誉の死を与える。


「……それもドラン砦を選んだ理由ですか?」

「ああ、利用するな悪人をって奴だ」


 そして彼の目は、この酒場を経営する女将さんに向かった。その顔はとても悲しそうで。


「この店の女将さん、彼の息子もその被害者だ」

「え」

「だから協力してくれる」

「……」

「なぁ、レイ俺は悪か? 目的のために俺は手段を選ばない。だが大勢の人が救われる、そんな結果を選んだつもりだ」


 そして彼は、出された食事に手を付ける。

 

 グラムが私に言った問。俺は悪人か? やらないよりやる偽善。砦にいる連中は、してはならない事をした。それでも私は。


「グラム、貴方は悪人です」


 俯き私は言う。囁き声と変わらない大きさで。


「レイ、良い答えだが正解はやれない」

「現実が見えてないという意味ならーー」


 机を叩き、私は彼を覗き込む。

 呆れられた、見限られた。心の中に隠していた、彼に認められたいという、承認欲求が悲鳴を上げる。


「違う」


 彼は首を横に振る。そして私の肩を掴み、穏やかな声色で言い聞かせる。


「俺は殺戮者にして恐怖の代弁者。お前が考える程、俺の業は浅くない」


 最後に彼は目を細め、それ以上は何も言わなかった。


 そうじゃない。私が何も言いたくなかった。だから彼は喋らなかった。

 

 彼の物言いから、食事を終えたら砦の奪還に行くのだろう。


 私に取って、今何より重要な事。砦の奪還を手伝ってもいいか? それを彼に聞かねばならない。


(言わなくても、私が何を考えているかくらい、わかってるくせに)


 息を吐ききり、私は前を向く。わからないなら確かめるまでだ。其の為に、ここまで来たのだから。

 

 彼には彼の答えがある。

 

 なら、私のなり答えを掴まなければ、彼と相対する資格すら貰えない。いつまで経っても子供扱いのままだ。

 

 それを変えるためにも私は、彼の後ろを着いていく。決心したのだから、自信の無さは心に隠す。


 だが、グラムの次の言葉は、私の決心を挫くように吐かれた。


「それはそうとレイ、一緒に行くか?」


 怯える必要はないと、彼は笑みを浮かべている。


(はぁ、本当にこの男は)


 私の気持ちが弱い方に行くときばかり、欲しい言葉をくれるのだろうか?

 

 こういう所があるせいで認められないのだ。彼より才能が上だという、祖父の言葉が。


 私は認めてしまっている。彼が上の存在だと。いつまでも導き続けて欲しいと、心の底から望んでいた。

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