英雄
朝9時に宿屋を出た。向かったのはレイの家だ。正確には、彼女の祖父母だが。
彼女の祖父は国の英雄。貴族様が住む、大豪邸に住んでいてもおかしくない。
「おっきい」
「だよな、デケェよな」
子供の1人が屋敷を見て言う。他の子も口に出せないだけで、同意と首を振っていた。それを可愛らしく思ったのか、ロイは彼らの頭を撫でる。
俺はというと、家の前で立ち尽くすレイに声を掛けた。
「大きす過ぎる力には自衛が必要だというが、自衛が出来ない場面がある」
懸念は1つ。俺は彼女の肩を叩き。
「レイ、大変だったんだな」
「はは、見透かすのは遠慮してください。トラウマが今頭に過ってるんで」
彼女は半眼でこちらを見ると、力のない声で返事をする。
有名というのは、良くも悪くも敬遠される。彼女が村で、友人を求めていたのは知っている。それはラカンで、祖父と父親の名前が強すぎて孤立したからだ。
馬鹿共は責めやすかった筈だ。父、祖父は家を開けがち。彼女の性格上、母や祖母には伝えられず、抱え込んでしまった。力ある者が耐えてしまうと、調子に乗る奴は一定数いる。それがまた、自重の利かぬ馬鹿どもの、歯止めの利かなかった理由でもある。
「わかるよ。俺も似た境遇だったから」
「えっとグラムが?」
目を開き、意外そうな顔をする彼女。俺は頷き。
「お前とは違うけど、俺の母親は優秀な戦士でな。あ、俺が元々遊牧民みたいな、閉じた一族出身なのは知ってたっけ?」
「いえ、初耳だけど」
「今どき流行らないんだけどな。子供は一族内で作るべしという、掟とまではいかないが推奨されていた。母は外の人間と子を作った。それが原因で、俺は一族内で浮いてしまったんだ。ま、今思えば、成人の儀が3才で行われるのは、流石にやり過ぎだがな」
立ち止まる彼女。俺はポケットに手を突っ込んだまま振り返る。
「気にしなくていい。それに昨日、お前は了承しただろ? 今日は頑張ってくれるって」
「任せて下さい。お祖父ちゃんは私に甘いので。……お婆ちゃんは厳しいけど」
彼女は俺を追い抜ぬく。そして胸に手を当て、力の籠もった笑みを向けた。
「ああ、頼むよ」
彼女に連れられ、門を潜った。
*
2人の老夫婦が、俺達を出迎えてくれた。
「いらっしゃいレイ。皆様も苦労なされましたね」
「話は聞かせて貰った中に入ってくれ。……貴様は孫と離れろ」
老人は、俺とレイの間に入ってくる。
(あの歳になると大変だな)
村に住んでいた老人。彼れらも、自分の孫が異性と一緒にいると、同じ反応をしていた。ああいう生態なのだと俺は知っている。刺激しても意味がないと、距離を取った。
「……」
(目的を成功させるなら、ガイルの心象が大事だしな。ごめんなレイ)
目を細め、俺を見る彼女。気付きながらも、老爺のご機嫌取りを優先した。
案内されるままリビングに向かう。子供達の中でも特に小さい3人。彼らは俺とレイ、ロイの膝に座らせる
そしてレイが祖父母に、俺達を紹介するのだが。
「で、お祖父ちゃん、この人がロイさんでこっちがグラム」
俺の紹介に入った途端、老人が睨みつけてくる。
「なるほどお主グラムと言ったか。表に出ろ」
(どうしてこうなった?)
老人は飛び上がり机に乗った。それを見て固まる彼女。俺は子供の頭を撫でつつ、溜息を吐いた。
子共達を預かって貰うはずが、俺は嫌われてしまった。理由はわかっている。だが不機嫌程度に留めて欲しかった。
彼女の祖父ガイルは、白髪の老人だ。しかし、今だその体は衰え知らず。彼は先程まで、庭で鍛錬をしており、3メートル近い大剣を自由自在に操っていた。
「こら貴方、お客様に何しているの?」
暴虐の化身たる力を維持する彼だが。女性の一言で、子供のような頼りない一面を見せる。
俺には圧を感じられない、むしろ安心感を覚える声だ。だがレイとガイル、彼らの背中が跳ね上がる。
「スザンヌ……これはだな」
ガイルは、ゆっくりと後ろを向き。
「これは、何ですか? 貴方は黙ってらっしゃい」
眼光に負け老爺は座った。女性は立ち上がり、俺に頭を下げる。
「ごめんなさいね夫が。話はわかっているわ。村の安全が確保できるまで家で子供達を預かればいいのね」
「はい、ありがとうございます」
容姿などは関係ない。姿勢だけで綺麗と思わせる洗練された所作。彼女の敬意を受け、俺は思わず直立、慇懃に感謝を述べた。
そんな俺を見て、ロイとレイは意外そうな顔をする。
「なんだよ」
俺が目を向けると、彼女達は顔を逸らす。
「初対面の人間に、礼儀正しくできたのかよ」
「すいません。私もロイと同じ感想です」
「こらこらレイ。失礼でしょ」
スザンヌさんの鋭い視線が彼女を襲う。震えだすレイ。隣のロイは鼻歌交じりに、彼女に哀れみの目を送っていた。
「ぐぬぬ」
ロイへ「なんで私だけ」と心の声が漏れていたが、不敬は彼女の祖母が許さない。
「レイ?」
スザンヌさんは彼女の元に向かう。そして後ろに立ち、肩を叩いた。今回は俺にも聞けた「わかっているわね?」と、口には出していない女性の声が。
「は、はい、お祖母ちゃん」
借りてきた猫になる彼女。現状を打開するために、視線で助けを求める。まずは祖父。
(助けてお祖父ちゃん)
(すまんのレイ。無理だ。わかってるだろ普段の関係性から)
彼女の祖父は首を振った、駄々を捏ねるように。
(いや、スザンヌさんにはバレているだろ)
現に女性は人差し指を立て、事態を見守るよう周囲に指示を出している。気づいていないのは、レイと老爺のみ。
彼女が次に頼ったのは。
(え、俺?)
俺に向かって合掌し、お願いをしてくるのだ。
手を前に出し「待て」と彼女に指示を出す。悩んだふりをし、女性にお伺いを立てた。
(どうしましょうか?)
(はぁ。ここまでで良いわ。申し訳ありませんが、切り出して貰っても)
(了解です)
いや待て。目を合わせただけで、何故会話が成立している? 俺とスザンヌさんは今日が初対面なのに。
(繰り出される会話が、わかり易すぎるからか)
頷くとレイは、嬉しそうに笑みを浮かべた。
(いやお前、俺を頼って大丈夫?)
わかっているのか? 彼女はこれからラカンに住む。強くなる鍛錬なら、さしたる影響はないだろう。しかし、スザンヌさんが教えるであろう、礼儀指導の諸々には熱が入り厳しい物となる。
彼女は一般家庭の人間ではない。貴族に半歩踏み込んだ、英雄からなる一族の系譜だ。そこに属する者なのだから、多くを求められる。
まぁ、俺にとっては都合がいいか。レイの教育が厳しくなる。考え方を変えれば、彼女がラカンで過ごす日々が長くなるという事。
(このままだと、俺の後を着いてきたがるな)
引き返せる奴を、血みどろの世界に巻き込む気はない。足止めという意味では、丁度いいのかもしれない。
「スザンヌさん、それくらいで」
「グラムさん? で、あってますわよね。すいません、孫と祖父が揃って。貴方は優秀な傭兵さんだもの、貴方から敬意を勝ち取るには、まず私達が敬意を持って接しないと。それに態度の違いを明確にしているのは、私達に思うところがあるかないかをはっきりさせる為。今度、しっかり教育しておきますね」
「スザンヌさん、恐れ入ります」
女性は、傭兵との付き合い方を心得ている。だから、尊敬の念を込め頭を下げるのだ。
女性故のしなやかさに気高さ。彼女の祖父より、スザンヌさんの力で地位を築けたと、勘違いする程。
女性は手を叩き、夫を見る。
「ただ、夫が貴方に思う所があるのは変わらない。こうしましょう。夫とグラムさん、2人が戦い、勝てたら願いを聞くと言うことで。ちなみに負けたら、私が貴方の願いを叶えましょう」
どっちにしても叶うのか。俺に損はないな。
「俺の願いをご存知で?」
「いえ、ただ子供たちとは別件で、夫か息子にお願いがあるのでしょう? 安心なさい。約束は守らせます。良いわね」
「と、当然だ」
女性は老爺に目を向ける。彼は何度も頷き続けた。
英雄ガイルが尻に敷かれている。その姿に苦笑しながら老爺を観察した。
実務には向かない現場タイプ。筋肉質の体に、身長は180後半を超えている。実力とカリスマ性で戦場を駆け抜けた傑物。
肌を刺す圧迫感から、俺がガキの時にいた戦場、そこの突起戦力から1段落ちるか? 歳の事を考えれば十分に強い。
「やりましょう」
「よっしゃぁ。妻から正式に、お前をぶっ潰していいという許可が出たんだ、これほどーー」
「ただし俺のお願い、その内容を聞いてから。勝ったとしても叶えられません、それじゃ困りますから」
俺は子供を降ろし立ち上がる。斧を肩に乗せ、条件を言う。
「ええ、構わないわ」
「ありがとうございます、スザンヌさん」
勝とうとすれば、能力の幾つかは晒す。しかし、リスクを背負うだけの価値があると判断した。報酬的にも、勘の錆落としをする意味でも。
(まぁ。可哀想な点は)
老爺は蹲っていた。無理もないか。
当事者は彼の筈。しかし、蚊帳の外で話が進んでいた。孫の前でカッコつけたかった筈だ。
俺が老爺から話を聞けば、惨めさもある程度は減らせる。しかし戦闘のガイル、交渉のスザンヌさん。関係性が見えたのだ。どちらを優先するかは決まっている。
「ワシの意見は?」
「お祖父ちゃんどんまい」
「流石にみてられないぜ」
(ごめんって)
レイとロイ。2人が慰めの言葉を掛けている。ガイルは「うん」と、膝を抱えて受け止めた。
(でも、なんか羨ましいや)
誰も気づいていない。スザンヌさんの老爺を見る目。とても優しく、愛しそうだった。
見られている事に気づいたのか? しぃーと、女性は口に人差し指を当てる。
可愛らしい人だ。そう思っていると、スザンヌさんの目付きが変わる。
「で、願いとは?」
本題か。断られる願いではない。一家が持つ力があれば必ず叶う。
「ドラン砦の兵士にして下さい」
「待て、お前何を言っているかわかっているのか!!」
ガイルが机を叩き、話に割り込む。しかしスザンヌさんは咎めない、いや出来ない。彼女も目を見開き、驚きを隠せずにいた。
「失礼ですがグラ厶さん。ドラン砦の状況を、ご存知で?」
「知ってますよスザンヌさん。でもね、最前列にいる星、それに興味を持って貰うには、泥に塗れながらも、自ら輝かなければいけない。だから、ドラン砦を選ぶんですよ」
レイとロイは頭を傾げている。しかし年長者2人は、俺の言っている事を正しく理解出来たようだ。
「ふん、大口叩く実力があるか、試させてもらおう」
「確かにお手並み拝見ですわね」
孫娘にちょっかいを出す、悪い虫を懲らしめてやろう。そんな老爺心が宿った目ではない。
我らの誇りを口にしたのだ、実力がなければ許さない。老爺は机から乗り出し、無言の圧を掛けてくる。優しげだった女性も、今だけは、俺を射殺す勢いで睨んでいた。
先程の言葉、星の意味だけは教えよう。我ら庶民が決して届かない地位、所謂王族を表した比喩だ。
「さて始めようか」
彼らを笑みでいなし、今は戦意を燃やす。
(久しぶりに骨のある相手だ。楽しもうか)
外に早く行こうと、ガイルに手招きをした。